前回似非エッセイ「しょこたんの“だら尻”」で味をしめて、こりゃ何書いても似非エッセイだぞと調子に乗りつつある僕。相変わらず「雰囲気負け」については書けないままです。

春休みには秒速5センチメートルに心酔した僕。中でも 第2話タイトル“コスモナウト”が凄くツボでした。
どのくらいツボかって? そりゃ、今回のアドレス変更でcosmonautと組み込んでしまう程です。
残念でなりません、色々と。


しかしコスモナウトとは何なのでしょうか。
作品のイメージと微妙な語感だけで惹きつけられたといっても過言ではないですから、よく解らないので辞書で調べてみたことがあります。

cosmonaut(名) (旧ソ連の)宇宙飛行士。

ということでした。

イマジネーションはふくらんでいきます。
秒速5センチメートルの作品内での“コスモナウト”の意味は、解釈の問題になり人それぞれだと思うのでここではできるだけ言及を避けますが(よって、以降の記述は何を思って僕はアドレスにcosmonautを使ったか、ということになります)、ちょっと語ってみたり。

一般的に宇宙飛行士を指す単語は、astronautです。
しかしここでは、cosmonaut。二つの語の意味的な差は前述の通り、cosmonautが旧ソ連のものを指すということです。

僕たちは(大げさでも、少なくとも僕は)目の前のものばかりに煩いながら日々を生きています。
しかし宇宙飛行士は、訓練や勉強など、一般人のレベルをはるかに超えた現実に直面しながらも、遠く宇宙を、そしてどこかの星を見ています。

そのようなastronautの姿は一般人を惹きつけ、夢を与えます。自分たちは宇宙にはきっと行けないだろうと解っていながらも、(英語圏では)応援せずにはいられません。
しかし、cosmonautはどうでしょう。
敵陣営にあたる旧ソ連の宇宙飛行士を、西側陣営(の中の特に英語圏)はcosmonautと呼び、自分たちが応援するastronautと区別しました。
きわめて日常的な視点で見れば、cosmonautも夢を追いかける、ややもすると応援したくなる存在です。
しかし世論の潮流と自国の国際的立場という“理性”は、それを許しません。
“宇宙”という夢を追うcosmonautは、(彼らをcosmonautと呼んだ英語圏の人々にとって)複雑な思いを投げかけられる存在であり、あるいはcosmonautという言葉にも、そのような響きを持たせることもできるのではないでしょうか。

あまりメールアドレスを(細切れでも)公開していくのはよろしくないと思うんですが、それでももう一つだけ付け加えます。
今回変更したアドレスのテーマいよいよちょっとキモいぞ)は、「僕には見えない遠くを見つめているあの人との決別」ということでいかがでしょうか(後付けなので低姿勢)。
ある程度の意識下にあった理由によって、バイバイ、でアドレスは始まっています。



僕が惹かれた“cosmonaut”は、遠く星の彼方を見つめ、夢を追いかけようとしている。
“cosmonaut”に惹きつけられる思いは、その夢の実現への願いにつながる。
しかし“cosmonaut”の夢が叶うことは、僕にとって必ずしも望ましいことではない。
だからといって同じ夢を追おうとすることも、情報が遮断された“敵陣営”のことだから解らないし、自分への不利益を考えてしまうと、“cosmonaut”を妨害することもできない。
もう、“cosmonaut”との決別しか、そのアンビバレンスから逃れる方法はない。
だから僕は決別する、何よりも焦がれた“cosmonaut”から、永遠に。



自分のことを書いているつもりだったんですが、いつの間にか詩的表現に終始してほぼフィクションのようになってしまいました。が、イメージとしてはそんなところです。
間違った欲求と間違った理性の間で板挟みになっている、とかいろいろとレトリックはありますがそれはそれ。
受験までは200日少々までしかないですが、人生はまだまだ長いので、とりあえずもうしばらくは悩んでみることにします。



次回こそ「雰囲気負け」を……(“予定は未定”絶賛驀進中)!
連休を利用して書ければいいなあ。
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予定していた「『雰囲気負け』を考える」のアイデアが上手く出てこないのでちょっと逃げに入ります。
ここんとこ考えていたテーマなので(なぜそんなことを考えている)

しょこたんこと中川翔子さん。現在バラエティにも引っ張りだこですね。
僕もしょこたんぶろぐは常にチェックしています。
そんな彼女がよく自らを称して使う「だら尻」。そのへんについて考えてみました。

他のアイドルブログもぼちぼち巡回している(つくづく残念です)ので、しょこたんぶろぐの特殊性というものは十分理解しています。
更新回数がおかしい。日常のさらけ出しかたがすごい。
すべてにおいて(無論良い面悪い面あると思いますが)他のアイドルブログを超えている、と言っても過言ではないのではないでしょうか。

で、「だら尻」について。いちばん最近の用例がこちら です。
グラビアでまず人気が出たわけだから(ぽっこりお腹が話題になったりしましたがそれはそれ)そこまで尻が垂れていることもないと考えられるので、おそらくこれは(ネタ含みの)卑下ということになります。
ブログで好感を持ってもらうには、やはり愛されるキャラクターと並んで、ある程度の謙虚さのようなものも必要であるでしょう。
バラエティもやっているわけで、しかもブログ発の人気という面もある。(無策なアイドルブログにありがちな)素人っぽさだけ、日常を切り取っただけではそうはいかなかったはずです。

どうしてここまで人気が出たのか。真っ先に浮かぶのは全開オタクキャラです。
ただ(どんなに強烈なオタクだったとしても)アイドルとして売ろうと思えばまずは無難に、ひた隠しにするとはいかないまでもルックスで売ることを考えます。
キャラ云々を抜いても結構可愛いなあと思ったり僕はしています。それどころかかなり好きです
それを前面に出したのには、やはり戦略的なものもあったでしょう。
ものすごーく自由に書いているように思えるブログですが、まあ多少の事務所パワーもあるんじゃないかと思ったり思わなかったり。

(ネタ含みの)卑下の話に戻ります。
文章力がないのでまず結論から書きますが、「だら尻」はベストに近いものではないだろうか、というわけです。
身体的特徴をネタにして卑下に使うのはアイドル(ぼちぼち結構タレントにシフトしてますが)として珍しい物だと思います。
しかも「だら尻」です。ぽっちゃりとかと違って尻が垂れている人が好きという人はいないでしょう。
よくある「またいっぱい食べちゃった~、体重まぢャバィ(>_<)」(文面はイメージです)とかいうのともワケが違う。

そして例えば考えてみてください。巨乳アイドルが自分を「垂れ乳」とか言ったらどうなるか。
実際に垂れているにせよいないにせよ、自分の売りを潰すことになりますな。幻滅ですわ。
しかししょこたんは尻を売りにしたアイドルではありません。
正直そこまで引き締まってはいないとおもうけdグラビアなんかでも、尻ばっかり見る尻フェチの人は多数ではないでしょう。
その他たくさん、自己卑下の方法はありますが、どれも(性格面にいくと)卑屈になってしまいがちだったり、(身体的特徴にいくと)イヤミあるいは前述の通り売りを潰して幻滅、なんてことになりがちです。

しかし「だら尻」はどうか。
「そんなことはないだろう」と思う人は、まあそれでいいでしょう。
「尻……垂れてんのか?」と思う人も、確かめる術もあまりないでしょうし、実際にそのような結論を下したとしても、しょこたんというアイドル(タレント)を見る目はそこまで変わらないのではないでしょうか。
ましてあのキャラです。上記リンクと最近の用例でも、いくらかネタとして成立させています。

たとえベストでなくとも、(ネタの面、卑下の面含め)かなり自然に、いい形だと思いませんか?
それが本人の才能(ないしは運)なのか、事務所の陰謀なのかは解りませんが。
でもやっぱり、細かく見ていくと売り出し方は頭が良いなあ、と思うわけです。
2ch内でかなりのアンチを生む結果になりましたが、ねらーをカムアウトしなかったことも。
オタクに対しては多少変わってきましたが、社会的な風当たりは強まるばかりですしね。

僕はこれからも、しょこたんと「だら尻」を応援していきます。
大雨のなか、プリチョコ(iPod再生回数3ヶ月で100回超えた)を聴きながら。




こんなに尻尻尻尻書きまくる記事は空前絶後でしょうな。
これを似非エッセイにしていいものかとも思いますが(書き始めにはその予定はなかった)、意外と盛り上がってしまったので予定していた「雰囲気負け」云々の記事にかえることとします。
次回第17回こそ「雰囲気負け」が扱えればいいなあ。
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「友達なんかじゃイヤだよ」って
涙流したあの日がある…
fripSide「bright days」 より引用。JASRAC登録楽曲ではないので

この曲にハマって、友達ってなんだろうとガラにもなく考えてみたりしたので書きます。

クラスが同じなら友達と言ってしまえる面も、学生時代ですからあります。
でも「離れても友達で」とか「友達になろうよ」とか、そういう“友達”はそれとはちょっと違うでしょう。
それらの友達が、友達じゃなくなる時はあるのでしょうか。あるとしたら、それはいつでしょうか。

僕が受けている感じでは、“友達”とは比較的カンタンなものであり、何かを分かち合ってともに乗り越える存在である“仲間”は少しハードルのあるもののような気がしています。
放送委員会で5年間一緒に活動した連中が“友達”かと尋ねられれば、僕は違うと答えます。
既に友達はもちろん、仲間をも超越した(大げさか?)、“戦友”のようなものだと思っています。

ただ僕がそう答えても、そう尋ねた人はピンと来ないでしょう。
一般的な認識でいくと、僕の言う“戦友”は“友達”に含まれてしまうでしょう。

人間が人間として生きていく限り、完全に解り合えることはありません。人類補完計画
でも誰もがお互い、解り合えるかもしれない、と思っています。
長く濃く時間を共有し、人間としての違いというものをはっきり認識した。その上で、こいつとは、解り合えなくても大丈夫だ、と解った。
それが良いことだったのかは解りませんが、最後の1年は実務に関しての話し合いをする機会がグッと減ったような気がします。
仕事が適当になって、できることも少なくなったのかもしれません。でも僕にとって、息を吸うように放送室に行き、息を吐くように仕事をこなした、あの時間は僕にとって気持ちのいいものでした。

比べて、友達、というのは少し便利すぎる言葉なんじゃないでしょうか。
使い道が多すぎる、もしかしたらお茶を濁す為に、いつも使っているのかもしれません。

“友達”という言葉を使って、いくつか例文を挙げてみます。
「まずはお友達から、はじめませんか」(←本当にこんなこと言う奴居るのか)
……その先には確実に、“恋人”なるものがあるでしょう。
「友達でいよう」「友達に戻ろう」(←恋愛ものの読み過ぎ書き過ぎ)
……今(もと)の状態が友達だというなら、その“友達”のままでいられる(に戻れる)ことはないでしょう。

友達に対して、“友達”たることを望むことは、普通ありません。
仲良くしている、気の合う友達なら、もっと仲良くなって“親友”になりたいと思う感情が自然です。
あるいは席が隣だったりでよく話すけど、何となく話が合わない、“知り合い”程度でいいのに、と思うことも。
“友達”には、往々にして義理(、のようなもの)が含まれます。
しかし“親友”ならそんなものを超えた自然な感情で、“知り合い”ならそんなものが元々無い状態で、どちらにせよ楽に関わっていられます。

放送委員を引退して半年ほどが経ちました。
今年度に入ってからは、放送室がもはやアウェーの空気です。
(このことについては次回第16回「僕は雰囲気に勝てない(仮題)」で別論します)
放送委員の後輩達にとって僕はどういう存在なのでしょう。
することもないのにしぶとく顔を出す老害? 一時代を築いた尊敬できる先輩?
……聞くこともできませんし、万一聞いても正直に答えられる人間などこの世に存在するでしょうか。

僕はひとつ上の先輩が卒業するとき、寄せ書きに「いつまでも先輩の後輩で」と寄せました(口は達者)
少し芝居がかった表現だったようにも思いますが、多くの部分が本音です。
後輩達はそう思ってくれるでしょうか。
ちょっと、違う感じがします。

先輩とはあまりキャリアが変わらず、本気でぶつかり合うこともしばしばありました。
それに対して後輩とはあまりそういう面が無く、どちらかというと指導をしてきた(そしていつの間にか追い越されていた)関係にあるように思います。
おそらく後輩達と僕の関係は、義理が含まれるという点では、いくらか“仲間”寄り(=一緒に仕事をこなした)で、だけどやはり“友達”(=同じ空間を共有しただけ)でしかないような、そういった認識をしていますし、そういう風に思われている感じもあると思います。
(誤解の無きように記しておきますが、いずれにせよ皆可愛い後輩であることには変わりありません。)

本筋と関係のあるようなないような話が長くなりすぎました。
“「友達なんかじゃイヤだよ」って” 言った時の“友達”とは、“このまま”と読み替えることができると思います。
前述のように、こいつとは友達でいい、と本気で思えたときにはそいつは親友であり、友達のままでいよう、と思ったら、(男女関係でなくとも)得てして疎遠になってしまうものです。

友達なんかじゃイヤだと望み、“友達”から飛び出したその時に、友達(このまま)に戻ることはできなくなります。
“友達”を超えた関係となるのも、その関係を維持するのも、容易ではないことです。
冷静に(例えば他人事として)考えれば、もしかしたら友達のままが往々にしてちょうどいいのかもしれません。

……だけどやっぱり、友達なんかじゃイヤなんです。



結局抽象的な話になってしまいました。
あまり放送関係を絡めるつもりはなかったんですが……思考回路は基本的に変わっていないみたいです。

そろそろ諦めたつもりだった んだけどなあ。
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誰にでも思い出の曲ってのはあるもんだと思います。
僕にもたくさん……とは言わないまでも、まあそれなりにあります。
中3・高1の夏に宿題を追い込みつつよく聴いた森山直太朗「夏の終わり」、ただあなたに会いたくなると口ずさむと、今でも心が揺れます。
高1になる春休みに聴きまくったスピッツ「君が思い出になる前に」アンダーグラフ「真面目すぎる君へ」、それにまつわる最近の回想で「車輪の唄」(参照 )とか。

聴いているだけで当時あったことや考えていたことが、断片的ですがそれでもいやに鮮やかに甦るんです。
(上記高1春休みの出来事の次に)書き尽くしてきたことにはなりますが、今回書きたいのは、高2夏から秋青春燃え尽きかけの頃のことです。

この前何気なくiPodをランダムで流してたら、ORANGE RANGEの「イケナイ太陽」が出てきました。
……イントロだけでもう(むしろイントロと言ってもいいか)、なんかかなり心が揺らぎました。
もともと(パクり騒動を知っているだけに)レンジそのものがあまり好きではないんですが、だったらどうしてか言いますと。

母親と妹に頼まれてシングルを借りてきて、ついでだからとiPodにも落として、ちょうどいいから文化祭で作ったVTR(パート紹介)のBGMに使ったりもして。
(歌詞の中に出てくるABCってのがうちの放送委員会の略称だったりもした……って小ネタもあります)
忙しすぎて(←今思えばそれさえもいとおしい)途中から見られなくなった「花ざかりの君たちへ」のこととかも思い出しますし、何よりやっぱり心の奥は違うんじゃない?きっと君じゃなきゃ、と歌ったひねくれて聴けば陳腐にも思える歌詞が。
何よりも、心に来るというか。

ブログにもならないエッセーだか日記だかを当時たまに書いてたんですが、そのころ抱き始めたある感情について、「あれっ」、と気付き、意識し始めたのが9月7日だと記していました。
自転車をこぎながら本気で「このままじゃマズい!」と思ったのは、下校延長で8時を過ぎた暗い帰り道だったと記憶しています。
その下校延長は、9月10日から。ちなみに僕の誕生日は、9月8日。
使える時間をすべて放送委員会に捧げながら17歳になった僕に、何が起こったのか。
人の心のメカニズムは、本当に解らないものです。
(でも夏休みの小説書き+エヴァ一気で以来しばらく精神不安定になったのは解ってます、「Komm, susser Tod~甘き死よ、来たれ」もイントロを聴くだけで、な一曲だったり)

そして青春も燃え尽きて、こういう感じ で友達から紹介されてミスチルを聴き始めて。
結局イマイチハマりきれなかったんですが、「LOVE」「抱きしめたい」はよく聴きました。
いない歴=年齢のDTのくせに自分を重ねた、“君”が他の誰かに染められるのが気にかかる「LOVE」、
放送の打ち上げに行きながら聴いていたのを奇妙なくらい鮮明に覚えている「抱きしめたい」。
特に後者、「抱きしめたく」なったことがあるのは認めます。 ベタな話ですが、女の子が本当に華奢なものだと気付いたのもちょうど文化祭の頃です。

こういった曲も、あの頃を思い出すのに外せません。

夏休みに書いた小説の「すべてへ 」、ヒロインではなく主人公の妹、斉藤未来のモデルが、こうして抽象的に書き続けている思いの対象でした。
「すべてへ」はもちろん、それ以前から小説を書くときにインスピレーションを受け続けたfripSide「bright days」が一番心に響いてきたのもこの頃で、この曲に関する思い入れはそれはそれはキモいほどであるので、次回書きたいと思ってます。


この記事を書こうと思って下書きをしながら、こんな曲をたくさん集めたプレイリストを作ってみました。
並んだ曲名を眺めているだけで、なんだかひどく、心がぎゅっとなります。
思い出というのは懐かしいもので、でも思い出の中の“それ”に手を伸ばすことはもうできません。
でも曲だけは、ボタンひとつで流れてくれます。
あの日と同じように。

あの日の自室や通学中、あるいは放送室で流れていたBGMBack Ground Music背景に流れる音楽)は、いつまでも僕の心のBGMBack Ground of Memory思い出の背景)として記憶の中にも流れ続けて、僕をあの日に繋ぎとめてくれたらいいと思います。


どんなに輝いていた思い出だとしても、きっとディテールはかなりの部分、忘れていることと思います。
過去が過去である以上、すべてを思い出すことなどできやしません。
でも今懐かしく思っているその時間も、かつて確かに、僕の周りに確実に流れていたわけです。
そして、僕が今引きずっている気持ちも、本物であってくれれば嬉しいと思います。
少しでも多くのことを覚えていたいから、思い出したいから、忘れたくないから。
僕は思い出の曲を多少精神が不安定になっても聴くし、こうして文章にしているのも、多分目的は同じです。

今日はとりあえず、このプレイリストで学校に行ってみました。
テンションは下がったけど、一日がんばれた気がしましたよ。

皆さんはどうですか。
参照リンク~3/23 雑感(長め)

前の前の日曜だったかの話……だったっけ。
何らかの形で書かないとどうにもならない自分に嫌気が差します。

とはいっても、まあこんなブログだから誰かに迷惑をかけるわけでもないわけで、リアルの友人にもほとんど知らせてないし、というわけなのでまあええじゃないか。
そもそも、前回の「結果論としての“永遠”」も、ここに書くことで自分の中で感情を処理できた面もあるし。

前置きはこのへんで。眠いので本題に入ります。

参照リンクは、僕の“振り返ることができなかった”話になってます。
会いたかったはずの人が真後ろにいる。偶然を装って振り向くことは簡単にできる。

でも、振り返ることはできなかった。
そんな僕の、いわば心境の変化でしょうか。



好きな人がいるということを直接書くことは……たまにあったかもしれませんが、少なくともそんな感じを醸し出す発言も……時たま、してたと思います。記憶が怪しいにもほどがある
ただそれも、過去のことになりつつあるというか。

東大文2という目標を一応掲げ、危機感だけを募らせている感も否めないながら未来を見据えさせていただいている(無駄な低姿勢)現状なので、とりあえず人生次のステージへ踏み出しかけている、と今の僕については言えるでしょう。ダメ?
それに伴って、今持っている感情も少しずつ過去のものになりつつあるというか。

あー書きたい、はっきり書きてえよお!(泣笑)


でもまあ、守るべきものがまだ僕の中に残ってるので、そういうわけにもいかないです。
ひらたく言うと、まあ好きな人について、なーんかどうでもよくなっちゃったかな、っていう。

会うことも話すことも、もともとほとんど……な感じでしたが、それももうなくなり。
時間割の都合が何だか知りませんが、廊下ですれ違うことも高3になって極端に減り。
窓際の席だったときに自然と覚えた体育で姿を見られるタイミングも新年度で変わり、今更把握する元気もなく。そもそも窓際の席じゃねーし



いろいろ理由をつけることもできますが、とにかくもう、どうでもいいんです。
だってどうせ叶わないし。相手に彼氏がいるのかどうかも知らないという予想以上のヘタレっぷりにそろそろ飽きた

ちょくちょく書いてきた“好きだった人”とは関係が違いますから(一応挨拶ならまだ……)単純には言えませんが。
とりあえず得意の抽象的な表現でいくと、今は参照リンクで書いた時と同じ、“振り返ることができない”段階です。

その段階に進んだ、という言い方のほうが正しいかもしれません。

進んだとしたら、“好きだった人”についてはどうなのか。
そこでタイトルにつながります。
僕は、“振り返ること”が、そのとき。



何しに出かけたのかも2週間前のことなのに覚えてませんが、僕は自転車で出かけました。
家を出てすぐの、僕が以前住んでいたマンション。
僕がその“好きだった人”とまだ友達でいられた頃に住んでいたマンションの前でした。

多分部活帰りだったのでしょう、ジャージを着て、友達と二人で話しながら自転車にのって向こうからやってくる人。

見間違うはずもありません。
髪型が変わっていても、最後に会ってからたとえ、2年もの月日が経っていたとしても。

記憶に新しい、春休みに見た秒速5センチメートル第3話。

「今振り向けば、あの人もきっと振り向く。そんな気がした」
まさしくその状況でした。


結果としては、僕は振り返りませんでした。
でも、“振り返ることができなかった”のではありません。
“振り返らなかった”んです。

後付けの負け惜しみではありません、その時に強く、自分に念じました。
「振り返らない!」、と。

前回、登校時の“振り返ることができなかった”時は激しい後悔の念がありました。
でも今回は微塵もありませんでした。僕はペダルを、迷いなく踏みました。
自信は、あります。

でも、それは僕が進歩した、成長したからではきっとありません。
時間が経ったことで、否が応でも次のステージに立たされたからです。

間違ってはいないと思います、今はまだ。



今好きな人のことも冷静にこの記事を読むとプロファイリングが出来てしまうのはナイショだ)、もう少ししたら多分、こんな風に吹っ切れるんじゃないかな、ってちょっと楽天的に考えてます。
ありがたいことに、受験生の毎日は変化の連続、少しずつ少しずつ僕を取り巻く空気も変化し、受験本番に向けて形を変えていきます。
だからそんな日も遠くない、って。


当たって砕ける勇気も、2年かけて失くしてしまったのか、と言われれば、確かに耳は痛いです。
でもまあ、相手との関係が、今回は違います(“好きだった人”が別にどうなってもよかったわけでは決してありませんが)。
中高一貫校で5年間、僕は僕なりに、命とは言わないまでも想像以上に大切な何か(自信なさげな婉曲表現)を賭けて、積み上げてきたものがあります。

それはもはや僕だけのものではありません。
2年前よりももっとたくさんの人に、迷惑をかけたくなんてないから。

最悪でもこういう形で吐き出すくらいにとどめて、卒業したいと思います。



ま、こんなくそ恥ずかしい文章、自分用ですよ。
詩を未だにたまに書き続けていることも、別にまだイタいとは思わないですし。

(NHK教育「にほんごできます」を見て、カタコトの日本語をぎこちなく話すエリーたんに萌え死にそうになりながらお送りしました)


……つくづく自分が残念です!
(結局そーいうこと本位で生きている自分と、最後には結局何もかも茶化してしまう自分が)
昨日、一昨日からの続きです。

でも例えば、相手の都合とか時の流れとか恥や外聞、そういうものをすべて度外視してHさんに会おうとしたらどうなるでしょう。
6年時にはもう、個人情報保護がどうとかで緊急連絡網は無くなってしまっていました。
あの日は、僕が携帯を買ってもらう1週間前でした。
最後にHさんと会った同窓会と称した集まり(さしたる話はしませんでした)はその後の春でしたが、コミュニケーション能力のなさを露呈してHさん含めほとんど誰とも連絡先を交換していません。

3年ごしの告白(→参照)も、唯一アドレスを交換した男勝りのWさんという人(今でも時たまメールしてくれます)経由で連絡先を教えてもらってのことで。
しかももう諦めるつもりで全部Wさんに吐露したところ、「じゃあ告白しなよ!」って言ってくれて、という情けなさ全開の展開でした。

話を戻します。そういうわけで、僕がHさんと連絡を取る方法は常識的にはありません。
ただまあ、またしても人づてならどうでしょう。
Wさんは知っているかどうか微妙だとしても、道はあります、ウルトラC。告白した相手に聞けば、すごく仲がいいはずですから。
……ええ、実行することもできないただの戯言、常識なんてくそくらえの妄想です。
でも今重要なのは、“不可能ではない”という事実です。
“不可能ではないけど、絶対実行することはない”という現実です。

浪人しなければ僕はあと1年強で上京します。
Hさんにだって彼女なりの進路や未来、夢があるでしょう。
そこまで時が流れてしまえば、ウルトラCももはや通用しなくなるでしょう。

17歳で永遠なんて語れませんし、語るつもりもありません。
とりあえず人生残り常識的には4分の3ほど残ってますし、世の中何があるか解らないということはこの歳でも(実感ではないにせよ)うっすらと感じるようになりました。
ただ、このままそれほど横道にそれることなく生きていけば、僕が持つあらゆる“望み薄”は何もないまま僕の生命とともに消えてしまい、それこそ“永遠”に叶わないということになります。

結果論としての“永遠”――どうでしょう。



こんな思考のきっかけはもうひとつ、君を、せかいのはじからという今書いている(受験勉強スタートで頓挫しそうな)小説の登場人物(2/29現在公開分までの範囲では未登場ですが)松村雪乃からも少し。
もともと特に意識せずにキャラクターとしての設定を行ったんですが、なんとなく(強いて言えば昔読んだライトノベルの人物に引っ張られて)つけた名前が第6回「思い出せないことと、思い出せなくてもいいこと」に書いた“コユキ”と結びついて。
名字すら思い出せず(親も知らなかった)にいるわけだから、コユキとは本格的にもう会わないんだろうな、と最近友達と雑談しながら思い出したりなんかして、この機会に書いちゃおうかな、って。

コユキと結びついてからの雪乃は、年上という共通点も手伝い僕の記憶の中のコユキ同様の元気で少し手のつけようのない性格(おい)に仕上がってきています。
だからこれからも、そんな残念な感じで生きていこうと思います。

平凡(=何事もなく安穏)に生きているから、平凡な(=本当にごくまれにしか特別なこともなく、その特別も小さな)生活を楽しんでいられる。
そんなことにふと、体調が悪く電車を使った今日、あの日と同じ型の車両で世界史の参考書に目を落としながらふと思い当たったので、付け加えておきます。


あー、でももうちょっとでいいから面白いこととかキセキとか起こんねーかなぁ(いつもの結論
ってことで、3日続けた今年初の似非エッセイをシメさせていただきます。

そんな大事にならなくていいから、早く小説の結果出て欲しいなあ。
昨日の第10回の続きです。

Hさんに妙なこだわりを見せる理由は、別にモデルの方とのそういうどうのこうのだけではありません。
ただ、モデルにした人の影響を受けないキャラクターというのはいないと、僕の小説の場合は断言できます。

例えば主人公の妹、未来はモデルのTさんに立ち振る舞いを似せたつもりです。
書いている途中にモデルを決めたんですが、そこから未来の出番が増える増える、動かしやすいことこの上なく、性格もほぼそこで決まったと言っても過言ではありません。
(つーか未読だと意味ない文章だなあつくづく 早く公開しないとまるっきり内輪ネタだなあ)

そして今作「すべてへ」が完成をみて少し時間が経った今にして思うわけです。
主人公やヒロインを差し置いて、ストーリー展開上のキーパーソンが対馬冴だったなあ、と。

だからHさんがいなければ、「すべてへ」が今のような仕上がりになることはなかったということになります。
今のような仕上がりにならなくても納得のいく作品になることはあり得ます。でも、僕の中での「すべてへ」は、完成した現在の「すべてへ」が唯一無二なわけであって、それ以上でもそれ以下でもなくただHさんにはありがとうなわけです。

たびたびネタ同然の扱いでHさんについては書いてきました。
繰り返しモデルに使う動かしやすい、想像しやすい人として。
(住田弁護士の少女時代とか新桃太郎の桃太郎とか、完全にネタにしたこともありますが今回は関係なし)
ただ、作品の規模とかけた時間が大きいということを差し引いても、一番影響を受けたのが今回だと思うわけです。

「中学に入ってすぐな、うち、なまり直してしもたから」

僕的ハイライトシーンから最小限の抜粋です。
対馬冴は主人公と知り合った小5の頃には西日本系のなまりがあった、という半ば思いつきの設定があり、結局重要な場面に色をつけることになったんですが、生まれも育ちもみかんの国である僕にはよその方言なんて解るはずもなく、結局はまあ、伊予弁でごまかしてあります。
Hさんの一人称は、“うち”と“あたし”が混じっていたとおぼろげながら記憶しています。


6年間同じ小学校に通った僕とHさんが同じクラスになり、よく話すようになったのは6年になってからのこと。
共有したものはそこまで多くなく、後々になってこれほどまでに影響を受けるとは思いもしませんでした。

今思えば、対馬冴は僕の中にあるHさんのすべてだったのかもしれません。

センチメンタリズムの話に戻ります。
中3のはじめに引っ越しはしましたが移動距離たったの数百メートル、ずっと同じ街に住みしかし出身小学校からひとり私学に進学した僕ですから道や街や電車や駅で小学校時代の友人と会うことも時たまですがあり、物珍しさもあるのか声をかけてもらったり話したりもします。
でも人付き合いと会話のキャッチボールが苦手なので往々にしてさらっと形式的なやりとりだけで別れてしまうことがほとんどです。

中学卒業までは同窓会と称して集まって思い出話や無駄話をするというイベントもあったのでそんな旧友たちと長く話すこともありましたが、出くわしたものに限ると、そしてちゃんと(僕の基準で)内容のある会話をしたのはHさんのケースのみになります。

「背、伸びたね」
「声、低くなったね」
「やっぱり(僕の名字)ってば、すごいね」

第10回の終わりに付け加えた台詞、もちろんHさんの僕に対してのものです。
客観的事実。単なるお世辞。僕だって解ってます、解っているつもりです。

でもこういうことって、毎日学校で顔を合わせる友達やひとつ屋根の下で暮らす家族には言ってもらえないことじゃないですか。
進学校にいて、成績は上の中くらいにしがみついています。友達には認められます。先生は単純に励ましてくれます。両親はうるさく言わずに見守ってくれます。
無条件(ときに無責任)に褒めてくれるひとは、今の僕にはいません。

もちろんそれが不満だとか不幸だとか言うつもりもありませんし、今の友人関係なんかも満足そのものです。
ただ、普段勉強や生活態度、あるいは引退前は放送委員会の仕事などでしか他人に評価されることがなかったからともすると儀礼的なあの言葉がいやに嬉しかった、ような気が。もう2年半も前のことです。

書いてきて解ってきた。俺褒められたいだけか……ってそれはいいとして。


ただ実感として多分、そのHさん、今なんとなく会いたい、会って話したいHさんと会うことは二度ともうないんだろうな、ってのがあって。

またしても明日(またしても予定)に続きます。
ようやくにして“結果論としての永遠”の話になる……はずです。
いま会いたい人は、いますか。
僕には、何人かいます。ずっと会いたい人もいます。
でも、今だから会いたい人もいます。

“世界で一番読みたい小説グランプリ”一次予選通過、あまり大きな賞ではなくその上まだ一次のみ、ネット上での発表だから実感もさほどなく。
でもよく考えたら嬉しいんです。シャーペン壊れるまで下書きして、2ヶ月かけて打ち込み+校正。
青春の無駄遣いが僕の総計200時間が少しでも報われた気がして。

感謝しなくちゃいけない人はたくさんいます。
書き上げることができただけでも嬉しいものなのに……だからいつもより沢山の人に。
夏休みの間じゅうテンション異常を起こしている自分を放っといてくれた家族に。
下読みをせっついて感想を求める僕にそれなりに応えてくれた友人に。
ヒロインのモデル(諸事情により、念のためイニシャルも内緒)さん、主人公の妹未来のモデルTさん、主人公の親友木田貴司のモデル(先程とは違う事情により、念のためイニシャルも内緒)くん、ヒロインの友人灰原凜のモデルIさんとMさん(ふたりを参考にキャラ作りしました)、そしてヒロインの友人B対馬冴のモデル、小6時のクラスメイトHさん。
書くのも何度目になるでしょうか。Hさんについてはこの記事をとりあえず参照です。
まともに話したこともないような人も含まれていますが、とにかく感謝感謝ということで。

ここで取り上げたいのはヒロインの友人B、対馬冴。
対馬冴というキャラクターは、ひらたく言えば“極めて普通の女の子”です。
頭はそこそこ回る。料理をする。少し大人しい。簡単な言葉が、ずっと言えないままでいる。
モデルのHさんから引っ張ってきた設定ではないです。
でも、前面に出るヒロイン、仕切り屋でパワフルな灰原凜との対比もあり一歩引いたキャラクターにしようと決めたとき(主人公とは小5以来の友人、もともと転校生、主人公を好きなどの設定はすべて後付け)にふと、しかしあくまでもそのキャラクター像にとって自然な感じで浮かんできたのがHさんでした。

ヒマヒマな方は過去の記事を調べてくれたっていいんですが、僕は彼女のことが実は好きで~、とか、そういうベタな話ではありません。
ただ、二次予選通過できずに時間が経って感動もいくぶんか薄れる前の今だから会いたいと思うんです、そのHさんに。

小説書いてる、くらいには言うかもしれませんが、モデルにしたことを告げるつもりもない。
そもそもたとえ会ったからといって、話したいことも別にない。まあ思い出話はいくらでもあるでしょうが
でも。

「背、伸びたね」
「声、低くなったね」
「やっぱり(僕の名字)ってば、すごいね」

あの日が僕のこういうセンチメンタリズムに影響を与えていることは事実でしょう。
解っていても、解っているから、ああいうひとつひとつが僕の心を動かしているんでしょう。



明日(予定)に続きます。

第9回「2007年の精算を」

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左サイドバーより第1回「自分の近未来に思いを馳せてみる」の続きです。随分遅くなりました。今年の文化祭・体育大会の話です。
直後に書いた「独白~monologue~」なんてのもありましたが、あれはあくまでフィクションということにさせてください。今となってはもうそれも図々しい感じですけど。

さて本題なんですが。
現実ってね、いつも予想の斜め上をいくものなんですね。

まあ第1回の記事の要旨は「今年で放送委員引退だから、格好良く引退したい」みたいな感じでした。
実際に(事実上)最後の体育大会でマイクを握ってみると、どうもまあ、当然というかなんというか格好良くなんかいられませんよね。

ちなみに文化祭で起こった事件については「独白~monologue~」参照としておきます。出来事は少なくとも事実に基づいているので。まあ、読む価値はありませんが、自分自身の記録の意味もありますゆえ。

午前中はね、良かったんです。自分としては順調で、他の委員にミスは出ましたがそれを叱り飛ばす余裕もありました。体調不良者も出ましたがそれを気遣う余裕も見せ、しかもその体調不良者もすぐに回復してくれて、という感じ。
そして午後。いつも通り声はかなり怪しくなっていましたが体力的には大丈夫。後輩の台頭と経験からくる慣れのおかげだったのでしょうか。
しかしそれとは逆に精神的な余裕は全くなし。午後最初が高3アトラクションっていう高3生がMDに合わせて大がかりなコント的なものをするある意味目玉種目があって、その打ち合わせがうまくいってなかったのと、音響担当の同級生が(お前も引退だろうがしっかりせえやと思いましたよええ)どうもピリッとしないのでしつこく確認しまくったりしていて、しかも本当に最後の体育大会となる高3生の晴れ舞台で失敗はできないという意識が学年が近くなったことで生まれ、本当に追い詰められていました。

しかしそれはかなり何もかもギリギリの状態ながらも何とか乗り切り、午後の本種目に入ります。
午後は自分が出る種目もひとつだけ入れていたのでそれに向けて少しずつシフトを整えていったわけなんですが、そこで急に「もうおしまいか」の思いが生まれてきました。
無我夢中から一瞬解き放たれた感じですかね。昨年一昨年と自分がこれまでメインやってた年は種目には出てませんでしたから。(職員会議で問題になったという話があったりなかったり)

で、3年ぶりの入場門に向かうじゃないですか。
ひとりで走って行くじゃないですか。
なんか、切ないじゃないですか。

ボロ泣きですよ。みんな並んでる中で。まるで不審者だ。実際そうだったのかも。

なんかね、普通は引退の時を迎えて泣くじゃないですか。
でも自分はなんか、意識の上で自分が背負い込んでいたものが大きすぎたのか、
もう引退できる、とおもって泣いていた、気がします。
3年ぶりに遠くから聞くことになった体育大会のアナウンス、後輩たち2人がこなしている実況はが随分頼もしく聞こえて。
引き継ぎのために意識的に高2生全員が抜けたのに何も違和感なく業務が進んでいることに感動というか、自分たちがそれに向けて指導してきたのに、ショックなんか受けちゃって。

種目も泣きながらやって(綱引きです、2位でした)、すぐに本部に戻りましたが。
すぐに泣き止めるはずもなく、後輩たちも気づかないはずもなく。
でもまあ文化祭でも泣いてますから、今更感もあって特に隠すことなくいました。

泣きやんでもまた嗚咽がこぼれて、涙も止まらなくて眼鏡を拭いても拭いても汚れて。
でも、マイクを握っている間だけは落ち着くんです。根っから実況が好きだったんだな、と思いましたよ。思い知りました。

で、ようやくというか前回の続き、最後の種目、リレーについて。
もう既に喉のほうが限界になっていたので自分がものすごい考えた学年別の口上以外は後輩に丸投げ。格好良さの欠片もない。
いくつか泣きながらトラブル解決とかしてましたが周りがどう思っていたかはいざ知らず。
そして高2のリレー、さすがに自分の学年はやりました。
まあレース展開が予想を裏切らなかったのもありそこそこの実況でした。

で、まあ限界ということが主で後輩2人にラストのリレーは任せました。
形としては予定通りというか妄想が現実にというか。

本部テントで真っ白な灰になりつつ、後輩たちの実況を聞いてました。
楽しそう。上手。代わる代わる喋って、息もピッタリ。

超えられましたよ。もともと単なる思い上がりだったのかもしれませんけど。

さて、もう本当に終わりか、と思っていると、実況から一人抜けてきて。
原稿を指さして僕に言うんです。
“以上で、全種目終了となります。続いてプログラム24番、閉会式です”

「ここからはまた、先輩の番ですよ」

もうね、無理です。
勝てませんよ。あんなの言われたら。

でもね、閉会式も無事、こなせました。
吹っ切れましたよ。来年は安心して見ていられるな、と思えました。

でもまた来年、高3生も実況ぐらいならできます。
願わくば夢の続きを。

今は引退の実感が徐々に体に染みこんできて、心はもう空っぽです。



なんかまとまりのない記事でしたね。
まあこういうことです。適当に読み飛ばしてくだされば。

これで2007年やり残したことはない、ということにしておきます。
今「すべてへ」っていう小説を書いています。
で、執筆が深夜に及んでしまっているわけで、規則正しい生活だけはがんばっていたのにそれさえ怪しくなってきて。
まあ、明日は日曜でめざましTV無いからいいんですけどね。

で、一人テンション上がってきたので寝る前にこういう時にしか書けないことをぶっちゃけよう、という。
明らかにヤバ気な感じな動機です(汗)。


さて、僕は高校生男子です。
彼女とか、いたことありません。
小説書いてて、5日家から出てません。
まあ、それは関係ないんですが。

彼女はいませんが、好きな女の子はいます。
以前にもちらりと書いたことがあるかと。
そしてまあ、普通ならモーソーするじゃないですか。
もし○○さんが……だったら、とか。
もし○○さんが……してくれたら、とか。

ハイ、邪な想像をした者、怒らないから手を挙げなさい。
(注:眠いので見逃してやってください)
先生は、もし○○さんが俺の彼女だったら、とか、もし○○さんが俺に突然電話をかけてきてくれたら、とか、そういうもう少しピュアなモーソーのことを言っておるのだよ。解ったかね。

でも何故か、僕はできないんです。
萌えシチュならいくらでもあります。
多少の妄想力がないと、恋愛小説は書けません。文章力構成力が足りない僕の小説なんか妄想のカタマリと言っていいでしょう。

ただ、○○さんの部分に好きな人を当てはめられないんです。


何故か。
ちらっと想像することさえ、なかなか難しいんですよ?

思うに、大事だからじゃないでしょうか。
好きになった欲目を多めに差し引いたとしても、その人は僕に見合わないほど素敵な人です。
だから、「そのままで」いて欲しいんじゃないでしょうか。

放送委員の後輩に好いた惚れたの話が出た時に、上手く想像できなかったのも、それはきっと委員会が僕の大事な居場所だから。
親の馴れ初めを聞いてもいまいちピンと来ないのは、きっと家族として生きる今のほうが、僕にとって大事だから。


好きな人のことを知らない今が大事なのかも知れません。
知らないから、それが本物でも偽物でも、脳内に情報が溜まらないから大事に思えるのかも知れません。

でも、今はそれでいいんです。
朝は開いたドアの隙間から廊下を歩いて教室に行くその人に焦がれ、休み時間たまにその人と同じクラスの友達のところに遊びに行く機会がある度にその人が視界に入ることを喜び。
些細なことを失いたくないから、僕はがらんどうを選びます。
多くを望んで光を失うぐらいなら、岩の隙間から差し込む僅かな光を浴び続けたいんです。

それがしばらくできなくなった夏休み、好いた惚れたの小説を書きながら、そんな言えないことを考えました。


(実は思考のきっかけはイミフでVIPのとあるレス「アスカとレイでどれくらいのs(自粛)を搾り取ってきたんだろうか」を読んで、俺は本当に好きなキャラじゃそんなことできないなあ、と思ったことだというのは絶対内緒)

……はあ(溜息)、アスカ派。
あと2、3年早くエヴァと出会ってれば、もっと正統派のオタクになれたかも知れませんね。人格形成やばかったかも。

てなわけでこのへんで。つーか、結局〆がエヴァネタかよ。