東大合格体験記~総括編

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自宅に戻ってきました。でも新居も決めたしホテル生活も長かったので、自宅という感じも薄れています。
少しずつ気持ちは、新生活に向かっているということでしょう。
明後日は学校に顔を出しに行きますが、明日は丸一日オフなので、今日明日でできれば合格体験記なるものを完成させ、受験生活に区切りをつけるつもりです。
とりあえず今日は総括編ということで、少し抽象的なことを書いてまとめていきたいと思います。
明日は各科目、センターと二次に分けて細かく書いていくことになるはずです。

とりあえず総括編スタートです。

◆ 受験など見えない世界で

元来真面目というか、小心者というか、そんな性格だった僕ですから、受験少年院とまで揶揄される中高一貫校に入学したのは結果を見れば正解でした。
受験に向けて自主勉強することが前提とされた高2以降つまり受験期と異なり、センターに直結する基礎を形成するとされる中3・高1の軽視されがちだが極めて重要な時期を有意義に過ごせたことが一番大きいように思います。
初めて東大を意識したのは、志望校を書く欄が初めて出現した高1冬の進研プロシードでした。文学部に行きたいと口に出したら親にやんわり反対された(親に進路について口出しされたのは後にも先にもこの時だけです)ので、ぼんやりと経済と考えていた僕は、とりあえず文2を志望として記入しました。
模試とはいえ試行テストの段階だったそうで、名のある高校といえば洛南くらいしか受けていなかったらしいのですが、その中で文2全国1位という成績が出ました。多分50人くらいしかいなかったはずですが。
受験などまだ眼中になく、宿題だけやってふらふらしていた自分が、もしかしたら東大を受けることになるのかもしれない、とその時思いました。
その後学校で進学講話があり、東大の受験科目を初めて知りました。衝撃を受けました。

世界史が要るのか、と。

定期テストにおいて、数学は試験範囲全問の解法を暗記し、英語は出てきた単語を意味・綴りともに全部まとめて覚え文法事項もすべて書き出し、現代文は文章をすべてフローチャートにまとめ、古典は文法事項と文章の意味を丸覚え、日本史は莫大な試験範囲を最低2周平均3周は覚え、化学は範囲を完全マスター、物理は(とらないから)解法丸暗記、生物はとらないのにひょっとすると一番マトモに勉強するという力業をやってのけていた僕が、唯一面白味も解らず適当に(全科目の平均点が87点程度なのに対し一度を除いてすべて70点台)済ませていた世界史が、と。
(各科目への対しかたは後でちゃんと書きます)

そんな僕ですから、もともと東大を目指していた、というわけではないわけです。

◆ 高2~周りが乗せる絶頂期

中学受験における全盛期を、3回の実力テストで1位・1位・2位(分母は200人くらい)を記録した小5で迎えたように、高2の1年間はものすごく調子に乗ってました。
定期テストの世界史が教員が変わったことで簡単になり(抜本的改革には至らず)、時間を取っていた物理・生物が消え、化学も簡単になり(1年間での総失点は7)、数学も微積が終わると新しい内容が無くなって所要時間が劇的に減少(ゼロの時もあった)、英語のテストもやりやすくなった。そういう要因がすべて重なって、順位が完全に一桁に張り付きました
一方模試は(秋まで)英数国のみであり、地歴への危機感は生じないままで偏差値は一部80を超え(第1回駿台の英国コースとかだったっけ)、面談されても(相手が)お手上げ状態、毎日2時間(=宿題のみ)しか勉強してませんと冬にぶっちゃけても逆にほめられるという体たらく。
高2冬で部活引退となる学校の方針もあり徐々に周りが受験モードになっていく一方で逆に放送から解放されてふらふら遊び始め、逆に勉強を半分捨てて部活に賭けていたようなクラスメイトに羨ましがられ始めたりなんかもして。
模試に地歴が入ってくるとB判定に落ちましたがそれほど危機感はなかったです。学研マーク・進研プロシードと成績上位者掲載の基準が甘く普通に載ったのが大きかったんでしょうか。

決して褒められた生活ではないです。あえて一つだけ意味づけを行うとしたら、僕の自信過剰な面はこの時期に作られた、ということでしょうか。
これがなければ受験を乗り切れなかったかもしれない、ということにさせてください。

◆ 高3夏まで~いまいち爆発しきれず

地歴について何の解決もみていないにもかかわらず判定がAに戻り、放送室に行かなくなったこともあってやたら毎日ゲームとパソコンに明け暮れていた(とは言っても1日2時間程度ですが)ような気がします。
宿題は確実に増え、ちゃんとこなしてはいたのですが(このことで数学と現代文はこの時期に伸びたと思われる)、地歴特に世界史の抜本的改革はやはり進みませんでした。

夏休みになっても宿題は相変わらず多く、夏を越えればなんとかなると思っていたのにどうにもなりませんでした。
世界史が宿題の多い筆頭だったんですが、自分のレベルをあまりにも超えたもの(Z会「実力をつける世界史100題」)が中心であり、単語レベルでこんなの見たことない→見たことはあると変わっただけでした。
日本史も弱かった鎌倉・室町を見直した程度で、オリンピックを見ていたら夏休みも終わってしまいました。
残ったのは意外と数学の過去問が解けない、英単語が入ってない、古文ができない(これは使用した問題集の難易度の問題)という焦りだけでした。

但しこの時期は、時間だけなら冬休みや2月の直前期より勉強していました。
少し遠回りに勉強したことが結果的にのちのちの実力として表れた、というのは勝者の論理でしょうか。
ただ、夏が天王山だからと焦ってこの時期から受験テクニックに走るのは間違っている(早すぎる)、とは思います。

◆ 最後の秋、そして

散々書いてきた文化祭・体育大会のあと、いったん真っ白な灰になった頃に夏のOP・実戦が返却されました。OPはA判定、実戦はC判定という中途半端な結果。
全統記述・第2回駿台全国と地歴は停滞・数学はミス・英語は伸びきらずというフラストレーションがたまる状態が続いていました。予備校のシステムを調べ始め、後期は本気で横浜国立と言い始め、冬の時代だと称して白い目で見られたのは全部この頃です(笑)。
一方で少しずつ世界史をやり始めました。いろいろ買っては投げていましたが、友達と一緒に数研「ゼミノート世界史B」は仕上げました。
最後の定期試験で7位を取って年間オール一桁を決めると、一気にセンター対策に流れ込みました。

この頃、まさかの前日にオファーを受けた高3壮行会で文系総代として緊張しながらも役目を果たし、理系総代にして元生徒会長の幼稚園以来の友人の大演説を聞き届けて握手をしたのもいい思い出です。
だからといって勉強に集中できたのかといえばそうではないものの、自分はこれから受験に向かうんだ、合格するんだ、という思いを強くしました。
彼は理3を受験し、そして合格しました。駒場での住まい探し相談会で発表翌日に会ったので、また固く、握手しました。

彼とのつかず離れずの付き合いはこれからも続くような気がします。

◆ センター対策

目の前のことをこなすことしかできない(だから宿題ばかりやってきた)性質なので、面談では「君はセンター対策と平行して二次をやっていいレベル」と評されたにもかかわらず、理科社会については誰よりも対策しました。
特に世界史・政経については入手できる問題はすべて解きました。世界史はここで一気に、一応論述ができるレベルにまでは基礎が完成しました。
センターについては、結果を除く僕の受験生活全体で唯一と言っていい大成功だったと思うので、後で詳しく述べていきたいと思います。
国語と数IIBの不安は最後まで消えませんでしたが大ケガはせず、センター出しで早慶を抑えることができました。

また少し無駄話をするのですが、上述の理3合格の彼は物理・化学・数学がすべて満点だったそうです。
高2冬、一緒に生徒会誌の編集をしたときはまた北大医学部かどこかを受けるつもりだったようで、後輩に「僕なんかが理3に入れたら世の中苦労しないんだ」なんて言っていたのも聞いていたんですが、本気になるとやはり凄かったのだと思い知らされました。
思えば彼の生徒会長就任は、候補不在という生徒会内部の異常事態をみた当時の学年主任が半ば強引にねじ込んだものでした。
ただの曲者のようにしか捉えられていなかった彼の学内での評価ががらりと変わったのは、古くからの友人としては気持ちのいいくらいでした。
彼のポテンシャルはもちろんですが、当時の学年主任の判断力にも感服せざるを得ません。

彼は僕をどこか認めてくれている面があって、それどころか何を勘違いしたか過大評価している面もありました。
そんな経緯を鑑みるに、そりゃ前日に平気で文系総代をオファーしてくるはずだ、ということです。
受ける僕も僕ですが、そこは彼に見抜かれていたということでしょう。
何の情報も入ってきていないのに、理系総代は彼で(成績はトップではない)、やるとしたら彼とともにやるのだもとから決めつけていた僕もどこかで彼と通じる面があるのかもしれませんが。
……なんか書いていて嬉しくなってきました。

(長くなったので文字を小さくしました。読みにくかったら飛ばしてください)

◆ 二次直前~「俺はまだ本気を出したことがない」

……と豪語し、事実2月最初の数日は10時間前後、しかも同程度の時間をとっていた夏休み中盤とは比べものにならないほどの密度で勉強したんですが、どうやら僕の本気は3日しかもたなかった模様です。
受験が差し迫った状況ならバリバリやれるのではないかと淡い期待をかけていたんですが、逆に細かいことを一からやる気になれず(間に合うかが微妙だったので)、ひとつずつ諦めていくに従って勉強時間も短くなっていきました。
さすがに危ないと思い立ち、東大落ちなら進む予定だった早稲田の入学手続きをやめて退路を断ち、なんとか自分を奮い立たせました。
勉強時間は結局元に戻りませんでしたが、完全に演習中心にスタイルを切り替え、各科目の試験時間の使い方を身体にたたき込みました。結果的にこれも成功だったといえるかもしれません。
緊張度はさすがに違いましたが、本番でも自分の積み上げてきたスタイルをなぞることによって力を出し切れたと言えるかと思います。

◆ まとめのまとめ、まとまらない~「結果がすべて」を逆手にとって……

受かったのをいいことに自分を全面肯定して書いてみました。参考に出来る面は多くないと思います。
まとめると結局、自分を合格に導いた全科目に共通するポイントは、

・中3~高1で基礎力をきちんと養成した
・しつこくセンター演習を行った
・二次直前にばたばたせず(できず)本番を見据えて演習した

の3点であるように思います。
更に付け加えるならば、

・心の拠り所として放送委員会があった
・周囲からほとんど口出しを受けなかった

など、環境面についても挙げられるように思います。


受験を通して思ったこととして、あくまで個人作業である受験勉強は、自分と向き合う良い機会だということです。
受験は団体競技だという言い回しを先生方は好んで使いますが、僕はこのフレーズは個人作業をするための支えとして高校ないし予備校という共同体があって、その雰囲気から推進力をもらうという一点に尽きると思います。
授業の際のノートの取り方をとっても、小学生でもあるまいしいちいち指定されないはずです。
宿題のやり方であっても、勉強する場所であっても、テスト勉強や自主勉強の方法であっても、過程にあたるものはすべて個人の裁量に任せられています。

当然友人と一緒に勉強することが能率アップにつながる人間が集まって勉強することは正しいと思います。
これも「個人作業」の能率を高める、有効なひとつの方法です。
ただし僕にこれは該当しませんでした。自習室の利用もまた然りです。
テスト前になると、僕は教室に残って勉強する友人たちを少し邪魔して(雑談)帰宅し、ひと寝入りしたりだらだらしたりした後夕食後から自室で勉強していました。
自習室を利用すると逆に気が散るため、家でやったほうが能率が得られたためです。

朝から根詰めて勉強していると大体夕方の5時~6時に頭痛を発症するからいっそのこと寝て能率を上げるとか、めざましテレビのある平日なら休暇中でも6時半に起きられるから頭が冴えるまで好きなことをしてやる気を高めるとか、学校のある日は夕食をとらないと勉強を始められないから夕食の時間のほうを早めるとか、ノートにおける記述内容の重要度を(色分けなどが極度に苦手なので)赤ペンと文字の丁寧さで視覚的に表すとか、ノートを持ち運ぶと週1回は絶対忘れるのでルーズリーフにして全部持ち運ぶとか、決して他人には該当しない僕個人の勉強テクニックのようなものがたくさん存在します。どうですか役に立ちそうもないでしょう(笑)。
体調管理のやり方のようなものも随分工夫しました。自分を乗せ、騙す術もたくさん身につけました。何枚しょこたんのCD買ったんだろう。何冊写真集買ったんだろう。部屋で踊ってたりもしたなあ。

このように、受験勉強の中で自分の可能性を引き出そうとする過程において、自分自身とは否が応でも向き合わなくてはなりません。
円周率が3.05より大きいことが証明できたって、過去に出た最高裁の違憲判決を暗記したって、ベンガル分割令が西暦何年に発令されたか覚えたって、ゆくゆく直接役に立つことは無いかもしれません。
これからの学問の基礎や、生活していく上での教養になるものも勿論ありましょう。
しかし、最も重要なものはそこであるような、そこであったような、そんな気がしてならないのです。

そこで、これから受験を迎える人たちにお願いがあります。
どんな素晴らしい成功につながった勉強法であれ、それは他人の勉強法でしかありません。
その中から自分に合ったものの、自分に合う部分だけを取り入れ、創意工夫して勉強してください。
明日からは僕も各科目について具体的な勉強法のようなものを書き連ねていく予定ですが、絶対に鵜呑みにしないでください。
他の誰が実践しても確実に効果が得られると胸を張って言えるものはほんの一握りしかありません。その一握りすら、僕の考えが及ばないだけであなたの方針や性質と合わないかもしれないのです。

世界史が完全に行き詰まり、いろんな人から真剣なアドバイスを受けすぎて逆にどうしていいか解らなくなった経験から、これだけは、ということで言わせてもらいました。
結局世の中にあふれる勉強法の数々は、すべて説得力の問題で広まったりけなされたりしているような気がしてならないのです。
ここで僕が「東大合格生はノートをつくらない」とかいう水色の本を書いたとして、それがベストセラーになることは決してないでしょう。
相反するふたつの勉強法が、同じ合格という結果をもたらすことも考えられるわけです。
あまりに非効率的なのは考えものですし、当然ページを食べろとかいうオカルトに走れと言っているわけではありません。そのあたりは各人の理性で判断してください。

ただし、結局勉強するのは自分なのだということを忘れると、思うように結果が出なかったり、あるいは結果が出てもピンと来なかったりするのではないか、と疑問を投げかけておきます。


それでは明日に続きます。
投稿日時は22:50とかになってますが、そこから3時間かかってます。眠いぜ。
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