主要三教科については学校の授業だけでほぼ完成をみていたので、まあこちらも後でまとめるつもりではいますが、自分で戦略を立ててやった社会についてまずは書いていきます。
社会については、僕は地歴を日本史・世界史選択(センターは日本史選択で97点、世界史も対策しました)、公民を政経選択(センター91点)であり、先生の方針で現社も政経と平行して(政経分野のみ)勉強し、一時倫理も勉強していたという具合なので、特に公民については比較して論じることもできようかと思います。

◆ 日常学習のやり方

日本史と世界史についてしか論じることができないので、そのつもりで読んでください。
まずは用語を入れないことには話になりません。所詮センターレベルですから、現役生なら学校の授業で出てくる程度で構いません。
学校で利用された教科書はともに山川出版社のものだったのですが、どちらもほぼ使いませんでした。センターまでなら正直利用しなくてもいいように思います。
用語が「点」であるとするなら、センターの選択肢になる程度の短文は「線」です。点を2、3個繋ぐだけで線は成り立ちます。二次レベルになってくると線を多く寄せ集め、「流れ」としてマスターする必要が出てきます。「流れ」は合流して強くなることもあれば、ぶつかり合って打ち消し合ったり、時に渦巻くこともあります。
例えがわかりにくいかもしれませんが、センターまでしか必要のない人がイギリス名誉革命・アメリカ独立戦争・フランス革命の違いを体系的に論じられるようになる必要はまったくない、ということを考えてください。
特にセンターまでなら一問一答形式で構わないと思います。山川の一問一答は、僕も最初は「教科書作ってる会社の殿様商売だろ」とか思ってたんですが、問題数が他の一問一答形式の問題集の比ではありません。
どう考えても中学受験でも問われない簡単なレベルの単語まで大真面目に出題されているので漏れがなく、日常学習にも直前期におさらいするのにも使えます。世界史は2月に入ってから全部やり直しました。日本史は紛失したのでできませんでしたが。
その他日常学習で利用したのは、日本史は山川「総合テスト」「流れがわかる日本史Bノート」「10分間テスト」、数研「ゼミノート」「重要問題演習(学校採用専用)」などです。世界史は山川「総合テスト」「研究ノート」でした。これらはすべて学校の宿題として課せられたものです。


◆ センター本試に向けて

しかし日常学習で確実に身につけられるのは「点」までであるように思います。ここで重要になってくるのはセンター形式での演習です。
日本史は駿台・進研(学校採用)・Z会(学校採用)と模試形式の問題集を直前にこなした上、学研マーク5年分・進研マーク5年分、全統マーク13年分(!)とその都度過去問を解かされてきました。センターそのものの過去問はZ会・数研の分野別問題集で対応しました。
世界史は分野別問題集を1冊解いた後黒本で過去問をすべて解き、駿台・河合・代ゼミ・Z会と模試形式の問題集をこなしました。結局本番では日本史を使いましたが、その日本史以上に世界史を勉強したことが二次につながりました。

ここで2科目を比較してみようと思います。
日本史は狭く深く・世界史は広く浅いというのが一般的な言われ方です。間違ってはいないと思います。
ただ日本史は基礎工事が完了しています。奈良・平安・鎌倉・室町・安土桃山・江戸、と時代を並べることなら誰でもできます。しかし世界史にはそれがありません。テューダー朝・スチュアート朝・ハノーヴァー朝・ウィンザー朝、とイギリス王室を並べることができる中学生はほとんどいないでしょう。世界史はとにかく、基礎工事を完成させなければどうにもなりません。これはギリシア・ローマが混同していないかどうかで簡単に解ります。
しかしセンターレベルまでなら、基礎工事が完成すれば世界史のほうが格段にラクです。
まとめると、30点から60点をとれるようになるまでが難しいのが世界史、60点から80点が難しいのが日本史です。80点からはどちらも変わらないように思います。

◆ 世界史年号について

世界史について。基礎工事って何だよ! と思うかもしれません。ここで有効なのは年号を覚えることです。タテの繋がり・ヨコの繋がりが同時に抑えられます。日常学習の+αとして平行して行えるので、現在の勉強の邪魔をしません。総括編に書いたように勉強法は各自で編み出すものであると考えるため、自分の勉強法を押しつけるつもりは全くないんですが、年号だけは絶対の自信を持って、必ず覚えるべきだと断言できます。ここでお勧めしたいのは中谷まちよ著「世界史年代ワンフレーズ」です。
簡潔で、バカらしく、そしてたくさんの語呂が並んでいます。無駄な説明を省いているため覚えやすく、特に量は他の追随を許しません。
バカらしさについても同様です。1905年ベンガル分割令「便が、僕うんこ」、1828年トルコマンチャーイ条約「トルコマン、頭髪ハゲ」、916年耶律阿保機の遼建国「アホは黄色」、1126年靖康の変「成功のバント、人1、2塁」、1492年コロンブス新大陸到達「ころんだブス、意識不明」……など、友達に紹介してもピンと来ないような(笑)ものが並んでいます。
語呂を突き詰めるとこうなるものであり、いろいろ見た中では最も覚えやすかったと自分は思います。ただあまりに突き詰めすぎてしまっているが故にアレルギーを起こしている友人を多く見受けました。僕はあくまで食わず嫌いだと信じて疑っていませんが、結局紹介しまくって採用してくれたのはひとりだけだったことを付記しておきます。最終的には自分で判断してください。

日本史は前述のように基礎工事が完了しているのでそこまで必要はないように思います。ただ明治以降は世界史の枠の中で捉えられるのでやはり有効だといえるでしょう。



……一日だらだらしてたらここまでしか書けませんでした。
明日は地歴の二次と、センターの公民について書ければいいなあ。
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壮行会原稿

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本日は、このような壮行会を開いていただきありがとうございます。
毎年毎年、五度にわたって歴代の先輩方を見送ってきた自分が、
今度は見送られる立場に身を置いていることを感慨深く思うとともに、
少しまだふわふわした、どこか信じられないような気持ちもあるというのが本音です。
ただ、毎年この壮行会を過ぎた頃から、学校全体を包む空気が少し、しかし僕にも感じられるほど確実に、
変化したことが思い起こされ、やはり身の引き締まる思いがします。

受験とその合格とは決してゴールではない、とよく言われます。
自分の将来に思いを巡らせてみれば、それは当然のことです。
しかしひとつ忘れたくないのは、受験という舞台が未来に向けての第一歩であると同時に、
○○での生活の最後にあたる、締めくくりとなる大きな節目でもあるということです。

西洋の伝承に、白鳥の歌というものがあります。
概要を述べますと、白鳥はその最期の時、つまり次の世界に旅立つ瞬間に最も美しく鳴く、というものです。
転じて、詩人や小説家の最後の作品、などという意味に用いられます。
一瞬ごとのいまを生きている人間にとって、何かの終わりとはいつも、どこか感傷的で美しいものです。

これをそのまま当てはめるわけにもいかないでしょうが、僕たちは今その締めくくりに向かって、
少しでもよい結果を出せるように力を尽くしているところです。
センター試験まで、あと40日を切りました。その先にはすぐ2次試験が控えています。
少しだけペンを走らせる手を休めて考えてみれば、それらの日にちはすなわち、

○○生という場所に身を置いていられる、残りの日にちであるのだということにすぐ思い当たります。

○○で過ごしたすばらしい時間は、未来においても僕たちの中にあり続けるものだと思います。
時間を遡って、充実した時に立ち返る。そんなことは決してできないでしょうが、
その時間の上に真っ直ぐ立って、少しでも自分で納得のいく高みを目指す。
とかくくじけそうになりがちな日々でもありますが、
そのために自分は頑張っているんだ、と、そんな確信があります。

とりとめのない話をしてきましたが、最初に述べたとおり、まだふわふわしているというのが本音です。
遠くのことはまだしも、近い先のこともまだはっきりと掴めないままですが、
先生方の指導を受けながら、今日からも焦らず、しっかりと一歩ずつ、進んでいきたいと思います。
その結果、この○○という場に何かを残せるとしたら、これ以上のことはありません。

いつか遠くに見たものがいつの間にか、思ったより近くにあるような、今はそんな気がしています。
これからも様々なかたちで、もう少し、応援のほどよろしくお願いします。
ありがとうございました。



伏せ字は学校名です。今更感もありますが。
いずれ投稿しようと思っていたんですが忘れていました。

途中ふと回したRSSリーダーからショッキングな事実(↓)が飛び込みまして精神状態は良くないですしぶっちゃけかなり眠いんですが、この機に乗じて、ということで勢いで投稿してみました。
いろいろ後悔しています。残念です。
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fripSide

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fripSideからnaoが脱退とかー。
事実上解散やーん?

メジャーデビューは嬉しかったけど、正直複雑でした。
muzie時代から応援してきたのでねー。正直エロゲで知った連中がRed・misery以降だけ聴いて解ったような口をきいたり、最近エンジニアリングが追いついてないというのとはまた別問題で、結成当時の曲を音質だけで切り捨てたりするようなのには耐えられなかったというか。
いろいろな方向に向かおうとしていたのは解ります。エロゲ界進出だってナオプロだってメジャーデビューだって、それそのものはいつも好意的に捉えさせてもらっていました。
エロゲとかキャラゲーとかやらないですし、アニメも見ないからよくわかりませんが、求められている曲調のようなものがあったでしょう。
それを否定するわけではありません。むしろ最近の曲も好きですし、聴いていて凄いと思うのはこちらのほうです。

ただ、はじめてfripが形になったlove to singが、naoとsatが出会って生まれたbright daysが、僕にはどうしても、ほんもののfripSideだったように思えてなりません。

これからもsatはfripSideのかたちをとって活動を続けていくような感じです。
naoもnaoで、すぐに業界から消えることはないでしょう。
どちらも多少なりとも追いかけてみるでしょうし、興味はあります。

ただ、僕はあのfripSideを、「僕の中のfripSide」を忘れない。
それだけで、今はいいような気がしてきました。
似非エッセイ第15回「”友達”というモラトリアム」。あの思考をくれたfripとbright daysに、これまでの人生全体で感謝です。

Over the space, I wanna dance with you!
...forever.
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