昨日、一昨日からの続きです。

でも例えば、相手の都合とか時の流れとか恥や外聞、そういうものをすべて度外視してHさんに会おうとしたらどうなるでしょう。
6年時にはもう、個人情報保護がどうとかで緊急連絡網は無くなってしまっていました。
あの日は、僕が携帯を買ってもらう1週間前でした。
最後にHさんと会った同窓会と称した集まり(さしたる話はしませんでした)はその後の春でしたが、コミュニケーション能力のなさを露呈してHさん含めほとんど誰とも連絡先を交換していません。

3年ごしの告白(→参照)も、唯一アドレスを交換した男勝りのWさんという人(今でも時たまメールしてくれます)経由で連絡先を教えてもらってのことで。
しかももう諦めるつもりで全部Wさんに吐露したところ、「じゃあ告白しなよ!」って言ってくれて、という情けなさ全開の展開でした。

話を戻します。そういうわけで、僕がHさんと連絡を取る方法は常識的にはありません。
ただまあ、またしても人づてならどうでしょう。
Wさんは知っているかどうか微妙だとしても、道はあります、ウルトラC。告白した相手に聞けば、すごく仲がいいはずですから。
……ええ、実行することもできないただの戯言、常識なんてくそくらえの妄想です。
でも今重要なのは、“不可能ではない”という事実です。
“不可能ではないけど、絶対実行することはない”という現実です。

浪人しなければ僕はあと1年強で上京します。
Hさんにだって彼女なりの進路や未来、夢があるでしょう。
そこまで時が流れてしまえば、ウルトラCももはや通用しなくなるでしょう。

17歳で永遠なんて語れませんし、語るつもりもありません。
とりあえず人生残り常識的には4分の3ほど残ってますし、世の中何があるか解らないということはこの歳でも(実感ではないにせよ)うっすらと感じるようになりました。
ただ、このままそれほど横道にそれることなく生きていけば、僕が持つあらゆる“望み薄”は何もないまま僕の生命とともに消えてしまい、それこそ“永遠”に叶わないということになります。

結果論としての“永遠”――どうでしょう。



こんな思考のきっかけはもうひとつ、君を、せかいのはじからという今書いている(受験勉強スタートで頓挫しそうな)小説の登場人物(2/29現在公開分までの範囲では未登場ですが)松村雪乃からも少し。
もともと特に意識せずにキャラクターとしての設定を行ったんですが、なんとなく(強いて言えば昔読んだライトノベルの人物に引っ張られて)つけた名前が第6回「思い出せないことと、思い出せなくてもいいこと」に書いた“コユキ”と結びついて。
名字すら思い出せず(親も知らなかった)にいるわけだから、コユキとは本格的にもう会わないんだろうな、と最近友達と雑談しながら思い出したりなんかして、この機会に書いちゃおうかな、って。

コユキと結びついてからの雪乃は、年上という共通点も手伝い僕の記憶の中のコユキ同様の元気で少し手のつけようのない性格(おい)に仕上がってきています。
だからこれからも、そんな残念な感じで生きていこうと思います。

平凡(=何事もなく安穏)に生きているから、平凡な(=本当にごくまれにしか特別なこともなく、その特別も小さな)生活を楽しんでいられる。
そんなことにふと、体調が悪く電車を使った今日、あの日と同じ型の車両で世界史の参考書に目を落としながらふと思い当たったので、付け加えておきます。


あー、でももうちょっとでいいから面白いこととかキセキとか起こんねーかなぁ(いつもの結論
ってことで、3日続けた今年初の似非エッセイをシメさせていただきます。

そんな大事にならなくていいから、早く小説の結果出て欲しいなあ。
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いとあはれ

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我思ふ詞にあらずとをしへしもながむこころは知らぬさまなり

……だからとっとと寝ろって。
つくづく生産的じゃないなあ、俺。
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昨日の第10回の続きです。

Hさんに妙なこだわりを見せる理由は、別にモデルの方とのそういうどうのこうのだけではありません。
ただ、モデルにした人の影響を受けないキャラクターというのはいないと、僕の小説の場合は断言できます。

例えば主人公の妹、未来はモデルのTさんに立ち振る舞いを似せたつもりです。
書いている途中にモデルを決めたんですが、そこから未来の出番が増える増える、動かしやすいことこの上なく、性格もほぼそこで決まったと言っても過言ではありません。
(つーか未読だと意味ない文章だなあつくづく 早く公開しないとまるっきり内輪ネタだなあ)

そして今作「すべてへ」が完成をみて少し時間が経った今にして思うわけです。
主人公やヒロインを差し置いて、ストーリー展開上のキーパーソンが対馬冴だったなあ、と。

だからHさんがいなければ、「すべてへ」が今のような仕上がりになることはなかったということになります。
今のような仕上がりにならなくても納得のいく作品になることはあり得ます。でも、僕の中での「すべてへ」は、完成した現在の「すべてへ」が唯一無二なわけであって、それ以上でもそれ以下でもなくただHさんにはありがとうなわけです。

たびたびネタ同然の扱いでHさんについては書いてきました。
繰り返しモデルに使う動かしやすい、想像しやすい人として。
(住田弁護士の少女時代とか新桃太郎の桃太郎とか、完全にネタにしたこともありますが今回は関係なし)
ただ、作品の規模とかけた時間が大きいということを差し引いても、一番影響を受けたのが今回だと思うわけです。

「中学に入ってすぐな、うち、なまり直してしもたから」

僕的ハイライトシーンから最小限の抜粋です。
対馬冴は主人公と知り合った小5の頃には西日本系のなまりがあった、という半ば思いつきの設定があり、結局重要な場面に色をつけることになったんですが、生まれも育ちもみかんの国である僕にはよその方言なんて解るはずもなく、結局はまあ、伊予弁でごまかしてあります。
Hさんの一人称は、“うち”と“あたし”が混じっていたとおぼろげながら記憶しています。


6年間同じ小学校に通った僕とHさんが同じクラスになり、よく話すようになったのは6年になってからのこと。
共有したものはそこまで多くなく、後々になってこれほどまでに影響を受けるとは思いもしませんでした。

今思えば、対馬冴は僕の中にあるHさんのすべてだったのかもしれません。

センチメンタリズムの話に戻ります。
中3のはじめに引っ越しはしましたが移動距離たったの数百メートル、ずっと同じ街に住みしかし出身小学校からひとり私学に進学した僕ですから道や街や電車や駅で小学校時代の友人と会うことも時たまですがあり、物珍しさもあるのか声をかけてもらったり話したりもします。
でも人付き合いと会話のキャッチボールが苦手なので往々にしてさらっと形式的なやりとりだけで別れてしまうことがほとんどです。

中学卒業までは同窓会と称して集まって思い出話や無駄話をするというイベントもあったのでそんな旧友たちと長く話すこともありましたが、出くわしたものに限ると、そしてちゃんと(僕の基準で)内容のある会話をしたのはHさんのケースのみになります。

「背、伸びたね」
「声、低くなったね」
「やっぱり(僕の名字)ってば、すごいね」

第10回の終わりに付け加えた台詞、もちろんHさんの僕に対してのものです。
客観的事実。単なるお世辞。僕だって解ってます、解っているつもりです。

でもこういうことって、毎日学校で顔を合わせる友達やひとつ屋根の下で暮らす家族には言ってもらえないことじゃないですか。
進学校にいて、成績は上の中くらいにしがみついています。友達には認められます。先生は単純に励ましてくれます。両親はうるさく言わずに見守ってくれます。
無条件(ときに無責任)に褒めてくれるひとは、今の僕にはいません。

もちろんそれが不満だとか不幸だとか言うつもりもありませんし、今の友人関係なんかも満足そのものです。
ただ、普段勉強や生活態度、あるいは引退前は放送委員会の仕事などでしか他人に評価されることがなかったからともすると儀礼的なあの言葉がいやに嬉しかった、ような気が。もう2年半も前のことです。

書いてきて解ってきた。俺褒められたいだけか……ってそれはいいとして。


ただ実感として多分、そのHさん、今なんとなく会いたい、会って話したいHさんと会うことは二度ともうないんだろうな、ってのがあって。

またしても明日(またしても予定)に続きます。
ようやくにして“結果論としての永遠”の話になる……はずです。
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いま会いたい人は、いますか。
僕には、何人かいます。ずっと会いたい人もいます。
でも、今だから会いたい人もいます。

“世界で一番読みたい小説グランプリ”一次予選通過、あまり大きな賞ではなくその上まだ一次のみ、ネット上での発表だから実感もさほどなく。
でもよく考えたら嬉しいんです。シャーペン壊れるまで下書きして、2ヶ月かけて打ち込み+校正。
青春の無駄遣いが僕の総計200時間が少しでも報われた気がして。

感謝しなくちゃいけない人はたくさんいます。
書き上げることができただけでも嬉しいものなのに……だからいつもより沢山の人に。
夏休みの間じゅうテンション異常を起こしている自分を放っといてくれた家族に。
下読みをせっついて感想を求める僕にそれなりに応えてくれた友人に。
ヒロインのモデル(諸事情により、念のためイニシャルも内緒)さん、主人公の妹未来のモデルTさん、主人公の親友木田貴司のモデル(先程とは違う事情により、念のためイニシャルも内緒)くん、ヒロインの友人灰原凜のモデルIさんとMさん(ふたりを参考にキャラ作りしました)、そしてヒロインの友人B対馬冴のモデル、小6時のクラスメイトHさん。
書くのも何度目になるでしょうか。Hさんについてはこの記事をとりあえず参照です。
まともに話したこともないような人も含まれていますが、とにかく感謝感謝ということで。

ここで取り上げたいのはヒロインの友人B、対馬冴。
対馬冴というキャラクターは、ひらたく言えば“極めて普通の女の子”です。
頭はそこそこ回る。料理をする。少し大人しい。簡単な言葉が、ずっと言えないままでいる。
モデルのHさんから引っ張ってきた設定ではないです。
でも、前面に出るヒロイン、仕切り屋でパワフルな灰原凜との対比もあり一歩引いたキャラクターにしようと決めたとき(主人公とは小5以来の友人、もともと転校生、主人公を好きなどの設定はすべて後付け)にふと、しかしあくまでもそのキャラクター像にとって自然な感じで浮かんできたのがHさんでした。

ヒマヒマな方は過去の記事を調べてくれたっていいんですが、僕は彼女のことが実は好きで~、とか、そういうベタな話ではありません。
ただ、二次予選通過できずに時間が経って感動もいくぶんか薄れる前の今だから会いたいと思うんです、そのHさんに。

小説書いてる、くらいには言うかもしれませんが、モデルにしたことを告げるつもりもない。
そもそもたとえ会ったからといって、話したいことも別にない。まあ思い出話はいくらでもあるでしょうが
でも。

「背、伸びたね」
「声、低くなったね」
「やっぱり(僕の名字)ってば、すごいね」

あの日が僕のこういうセンチメンタリズムに影響を与えていることは事実でしょう。
解っていても、解っているから、ああいうひとつひとつが僕の心を動かしているんでしょう。



明日(予定)に続きます。
君を、世界のはじから

気がついたらひと月開いてました。
あー、どうしよ。書く時間もない打ち込む時間もない。

でも東大行きてえよお。春休みはもはや勉強でみっちりの予定です。
高2時のA判定とか後で悲しくなるだけですねきっと。3科目型はB判定に落ち込んだし、これが次への布石とならないといいんですが。
しかも政経→倫理転向を決めたのでさらなる負担増。
政経はできないわけじゃない(むしろできる方、学年最高点を取ること2回)んですが、今倫理をさわり程度でも学ぶことは僕の人生にとっていくぶんかのプラスになる気がするのです、はい。

高校在学中に今作と「卒業-graduation-」の続編は書いておきたかったのに……前者も危うい感じか。
まあ、今日は今日とて勉強時間まだ20分ですけどね。部屋片付けたりツタヤ行ったりパソコンしたりひと月録りだめたあいのり見たりぷっすま2週間分見たり。
世界史と古典が課題だなあ。センターレベルもまだ危うい。

こういう愚痴っぽい+優等生ぶった記事は書きたくなかったんですが、まあ書いちゃったものは。
勉強するか、小説書くか。とりあえずパソコンの前から離れないと、うん。

気がついたらvipに入り浸ってる状況から改善を図るべきですか、そうですか。
さて、後輩から貰った義理チョコ(大体はクッキー)より同級生(男)がネタで配った手作りチョコのほうが格段に美味しかったという圧倒的事実をどうすべきか。

宇仁田ゆみ先生「うさぎドロップ」1~3巻買いました。
一気に3000円、リアルに所持金払底しました。

衝動買い

テーマ:
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谷川史子先生「東京マーブルチョコレート」、高橋しん先生「最終兵器彼女」1~7、外伝集、師走冬子先生「あおいちゃんとヤマトくん」1、2巻、「スーパーメイドちるみさん」2巻。
あとライオリ。

むしゃくしゃしてやった。今は反省している。

やっぱりというか

テーマ:
人間調子に乗るとろくなことがないもんだ。
いくら好きな人のことだからって、なんでもかんでも知って嬉しいわけじゃない。

相手方はもちろん、僕だってもしかしたら悪くない。
でも、人間の気持ちってそんなもんでしょ?

明日からはまたすみっこで生きていきます。
それこそ「世界のはじ」で。

君のための歌・91

テーマ:
終わってしまった思い出
あの日々はもうすでにはるか遠く
かつての僕を驚かせるほどの時が過ぎ
君はきっと新たな道を進んでいるだろう

だけど僕は 僕の日々にはまだ
君以外に誰もいないし 何もない
今を生きる僕のすべてが
君との日々を思い出させる

未来を見つめても何も見えないから
その向こうに目を凝らすしかなくなった
だから僕は 僕じゃなくなった未来の僕の
君じゃなくなった未来の君との出会いを
見つめて生きていくことにしたんだ

死んだつもりで生きるのは
思ったより 苦しいことじゃなかったよ

僕はもう死んでいるから
あの過ちを思い出すことはない
強いていうならその過ちが僕そのもので
その存在をあえて意識することもない

そして僕そのものであるその過ちは
僕じゃなくなった僕にも残るだろう
生まれ落ちたときから抱く心の傷として
僕に信号を発していくだろう

その信号に気付かなくても きっと
ひとつ確実なずっと未来の僕があるよ

だから繰り返す輪廻の果て
僕を忘れた君にまた出会えたら
その時はもう一度だけ恋をしよう
大丈夫 僕はもう間違えない
過ちなんて犯さない 君を傷つけもしない

何万年後になるか解らないその日まで
このぶんだと待っていられそうだよ