平成2年ごろ、當麻(たいま)寺中之坊(奈良県葛城市)の僧侶、松村實昭さん(現・中之坊院主)が護摩木を焚いていると、一つの祈願文に目がとまった。

 《『死者の書』の人形アニメーション化が実現しますように 川本喜八郎》

 折口信夫が中之坊にたびたび逗留(とうりゅう)して構想を練り、昭和14年に発表した「死者の書」を学生時代から読み込んでいた實昭さんも以前から「折口先生のこの作品を現代に広く語り継ぐために、現代語訳したり、ドラマやアニメにしてほしいと思っていた」といい、この祈願文が心に残ったのだった。

 約10年後、中之坊に、人形アニメーションの川本喜八郎監督が正式に紹介され、實昭さんはその名前を聞いただけでこう言ったという。

 「折口先生の『死者の書』の話でしょ」

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 昭和54年に折口の原作に出会った川本監督は「死者の書には人の執心が描かれている。日本の仮面劇、人形劇というのは古来、能や文楽に見られるように執心を描いてきた。死者の書はまさに人形で表現すべきだと感じた」といい、平成17年に実現するまで約30年間ずっと映画化の構想を練ってきた。「私も相当な執心ですね」と笑う。

 物語はこうだ。奈良時代、藤原豊成の娘、郎女(いらつめ)が称讃浄土経の千部写経を行う途中、春分の日の夕暮れに金色の輪が現れ、荘厳な人を二上山の上に見た。そして写経を果たした夜、二上山のふもと當麻寺にまで来てしまう。やがて、郎女は大津皇子の魂と二上山の人の姿を重ね、その魂を鎮めようとする…。現世に思いを残す大津皇子と、その魂にこだわる郎女、みな執心を抱えている。

 奈良時代のまま残る當麻寺東塔から二上山を拝み見た川本監督は「すばらしい眺めでした。郎女が二上山を目指してたどり着いた先がこの東塔だったのだと実感しました」といい、その高揚を映画では郎女に音楽に合わせて舞わせて表現した。

 ただ、「門の位置だけは実際と物語では異なるようにしている」と明かす。

 現在、當麻寺の門は東塔の北東に位置するが、そうすると門と二上山の間に東塔は見えず、二上山をひたすら目指してきた郎女が気がついたら門をくぐり東塔に着いていた、という表現ができないからだ。映画では二上山と東塔の延長線上にある南側に門を置いた。

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 原作では時系列がバラバラなのも難解とされる理由の一つだが、映画は、抜き出した台詞(せりふ)は原作そのままにしながら、時系列を理解しやすく構成し直したのが、物語をわかりやすくしている。

 松村實昭さんは「折口先生の物語を現代に広め、残したいというのが私の念願でもあったので、川本先生が護摩木に書かれた願いと同時に、私の願いも成就したのです」と話した。

 當麻寺を後にして、振り返ると二上山の頂に日が落ちようとしていた。初夏、山に隠れる日の光は夕日なのに白銀色をしていた。(安田奈緒美)

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【中将姫】「死者の書」の郎女は、當麻寺に残る中将姫の説話と密接にかかわっている。中将姫の物語は、称讃浄土経の写経に専心し、二上山の夕日の中に仏をみた藤原豊成の娘が女人禁制だった當麻寺に入門して尼僧になった後、蓮の茎で大曼荼羅(まんだら)を織り上げたという話。この曼荼羅が現在も當麻寺に伝わる国宝・綴織(つづれおり)當麻曼荼羅という。中之坊では、曼荼羅を織り上げた中将姫、そして死者の書の郎女の追体験をしてもらおうと、写仏道場を持つ。31日午後1時からは大仏師、渡邊勢山さんの講習による「写仏の会」も行われる。参加費3千円。TEL0745・48・2001。

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 歌舞伎や小説、映画、歌…。さまざまな小説に登場する舞台の“今”を訪ねます。

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