安倍晋三は韓民族後裔だった!? 佐藤元首相が告白
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日本次期総理候補1位の安倍晋三は韓国系 佐藤元総理が告白
対韓タカ派が韓国系だなんて…

2006年5月17日(プレシアン)


この4月、日本の独島(竹島)周辺海底測量騷動を背後で指揮するなど、日本の対韓タカ派の代表走者として知られる安倍晋三官房長官が壬辰の乱以後、朝鮮から日本に渡った韓国人の子孫であることが明らかになって注目されている。

このような事実は金忠植(キム・チュンシク)東亜日報論説委員が最近発刊した本『悲しい列島-永遠の異邦人400年の記録』(ヒョヒョン出版)で明かされたことで、壬辰の乱直後の1598年日本に連行された陶工で日本の陶磁器宗家を成すまでになった沈壽官(シム・スグァン)家門の14代子孫をインタビューする過程で明らかになった。

この『悲しい列島』によれば、14代沈壽官は1964年から72年まで日本総理を務めた佐藤榮作(1901~75)がなくなる1年前、自分を訪ねて来て佐藤家も壬辰の乱以後日本に渡って来た韓国系であることを直接告白したと明らかにしたというのだ。

「佐藤さんの言うことは驚くべきことでした。私に『あなたは日本へ来てからどれくらいになりましたか』と問うので、400年近くなったと言ったら、『私たちの家門はその後に渡って来た家』というのです。半島のどの故郷からいつ来たかは詳らかに分からないが、自分の先祖が朝鮮から渡って来て山口に定着した、という話だったです。」

14代沈壽官は佐藤元総理が自分の家に密かに伝えられて来たこのような来歴を明らかにし、その席で書いてくれた揮毫を30年以上まさに彼と会った部屋に今でもかけている。佐藤は彼に「言葉にせず黙々とあっていても、認めることはすべて認めて通じる」と言う意味の「黙而識之」という言葉を書いて去った。論語の述而編に出る表現という。(中略)この揮毫から、佐藤元総理の心情を推し量ることができる。

このように見る時、岸総理と佐藤総理はもちろん安倍長官にも韓国人の血統が混じっているわけだ。これと共に安倍長官の父親で同時に80年代4期連続日本外相を引き受けた安倍晋太郎にも韓国系が多い山口県出身という事実は、安倍に韓国人の血が濃く流れていることを傍証する。

「対韓半島タカ派の先頭走者が韓民族後裔だなんて…」 金委員は本で「日本総理の靖国神社参拜を積極支持するナショナリスト(国家主義者)に韓半島血統が伝えられているということはまことに皮肉だ」と言った。(後略)

Source: PRESSian(韓国オンラインニュースメディア)
http://www.pressian.com/scripts/section/article.asp?article_num=40060517143952
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【沈壽官(シム・スグァン)の経歴】

壬申の乱の時1558年に日本の「薩摩」へ連れて行かれて以来400年受け継がれて来た朝鮮陶工の家柄。初代の沈當吉から14代の沈壽官(1998年現在)まで「薩摩焼き」という日本の代表的な陶磁器を造り伝承してきた。薩摩焼きは1873年オーストリアのウィーンで開催された世界博覧会に12代沈壽官が大花瓶を出品したところ「薩摩ウェア」という名称で世界中に知れ渡った。特に12代沈壽官は透かし彫り、浮き彫りの発展、生活の器である瓶(かめ)を繊細な彩色と彫刻技術で芸術品化し、日本の陶磁器の芸術的品格を高めてくれる先駆的な陶磁器としての位置を築いた。14代目を独り息子に受け継がせ韓国固有の性質を固守して、朝鮮の陶工の芸術魂と韓民族の誇りを共に守り抜いた沈壽官の家門は、1998年7月韓国のソウルで展示会を開き不屈の陶魂を見せてくれた。

(出典:「韓日交流祭 KOREA SUPER EXPO 2000」)

【日本政界とカルト統一協会コネクション】

「文鮮明 『希望の日』晩餐会」 74年5月7日 於/東京・帝国ホテル

希望の日実行委員会は、岸信介名誉実行委員長、久保木修己実行委員長。

以下、出席者の一部

〈政界〉
福田赳夫(蔵相) 倉石忠雄(農相) 毛利松平(自民党副幹事長) 石井光次郎(同党顧問) 千葉三郎(同党顧問・元労相) 西村英一(同党財務委員長・前建設相) 原健三郎(前労相) 植竹春彦(元郵政相) 園田直(元厚生) 小島徹三(元法相) 木内四郎(前科学技術庁長官) 小沢辰男(自民党経理局長) 中川一郎(大蔵政務次官) 谷垣専一(自民党広報副委員長) 安倍晋太郎(大蔵委員長)

衆議院議員
愛野與一郎 宇田国栄 上村千一郎 加藤六月 越智通雄、関谷勝利 中山正輝 八田貞義 松本十郎 宮崎茂一 保岡興治 田中竜夫 井原岸高 福田篤泰 江藤隆美

参議院議員
田口長治郎 高橋邦雄 中西一郎 安井謙 安田隆明 高橋文五郎 米田正文 源田実 松下正寿

〈学界〉
神川彦松(東大名誉教授) 三輪知雄(筑波大学長) 福田信之(同大学副学長) 村井資長(早大総長) 鈴木勝(日本大学総長) 武藤富男(明治学院大学院長) 石田武雄(青山学院大学院長) 春日井薫 小田忠夫(東北学院大学長) 金子泰蔵(国際商科大学長) 清水安三(桜美林大学長) 東秀彦(日本大学前学長) 谷川久治(千葉大学元学長) 守随賢治(実践女子大学長) 蓮見孝雄(東京電気短大学長) 酒向誠(立教女学院短大学長) 菊池真一(東京写真大学長)

〈経済界〉
砂野仁(日商副会頭) 郷司浩平(日本生産性本部会長) 中島正樹(三菱製鋼会長) 石井公一郎(ブリジストン・タイヤ副社長) 北島織衛(大日本印刷社長) 武田長兵衛(武田薬品工業社長) 林以文(恵通企業社長) 笹川了平(大阪日々新聞社長) 秋山利郎(東洋精糖社長) 柴田健三(セキスイ化学社長) 笹川陽平(富士観光社長) 井沢平勝(七十七銀行会長)

〈その他〉
小川優(ジャパンタイムス取締役主幹) 天野良英(元「自衛隊」統合幕僚会議議長) 二瓶要蔵(聖ヨハネ修道所所長) 八鍬輝隆(自由救済運動)

(出典:『資料・日韓関係 II 』現代史出版会、1976年)


【以下略】


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