普段、当たり前のようにしている牛肉。ぼくたちの口に入るまでには様々な人たちに支えられている。

映画予告編(YouTube)
http://youtu.be/y7Rl-dyh_U0


牛を育てて、その命を絶って、食べやすいように加工する。そんなの当たり前の話で、頭では分かってるつもりだ。それでも、実際にその場の状況、特に命を絶つ瞬間を見るのは想像に耐えられない。(命をいただくということで、牛を「殺す」とは言わず、「割る」というそうです。)

人は、その場から距離が離れるに従って、現実感がなくなっていく。他人事になる。距離をとってるからこそ、ぼくたちが何も躊躇することなくお肉を食べられてるのかもしれない。しかし、大切な命をいただくことで、ぼくたちは生きている。たとえ現場から離れているとしても、そのことを忘れてはいけない。

便利になりすぎた今の世の中は、ともすれば現場の“ややこしいこと”を見えないようにして、うまく効率的にやろうとしてる傾向があるように思う。“ややこしいこと”は隠して見えないようにして、そのことから、ぼくたちを遠ざけようとしてるんじゃないかと思ったりもする。本当はものすごく大切なことなのに。

そんな世の中だからこそ、ぼくたちは“ややこしいこと”を知ろうとして自ら求めて現場に行くのが大切なんだと思う。それは、ちょうど踊る大走査線の「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」と同じだね。

もう一つ、肉屋の主人が「牛を解体するのは特別なことではなく、他の教師といった職業と何ら変わりはない」と言われていた。部落差別に関わることだ。勝手に差別してるのは世間だったりする。これも学校の授業で習ったという程度で、現場から距離が離れてたという理由で、ぼく自身が現実感がなく他人事になってたりした。

映画内で水平社宣言の一部が紹介されていたので、最後に wikisourceからその一部を引用する。

水平社宣言
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ケモノの皮剥ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、ケモノの心臟を裂く代價として、暖い人間の心臟を引裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪はれの夜の惡夢のうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸れずにあつた。そうだ、そして吾々は、この血を享けて人間が神にかわらうとする時代にあうたのだ。
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母が母になる前に生きていた時代、一人の人間としての人生はどうだったんだろうか?

僕が知っている母は、当たり前だけど母になってからの母。その前のことは詳しく知ってない。その頃の話はほとんどしなかった。母になる前の人生があるからこそ、僕の目の前の母が居たんだ。

その頃はどうしてたんだろうな?

もう、今は直接、聞くことはできないんだけど、今になって知りたいなあと思った。


それからもう一つ。
周りの人たちが自分のことを覚えてくれている。その人たちの記憶の中に自分が居る。そんなことを感じられた時に、僕はすごく嬉しい気持ちになる。感動を覚える。

しかし、それってただじっとしていて、相手の人たちが勝手に自分のことを覚えてくれるわけじゃない。記憶に残る”何か”がそこにあったから。

それは、あなたのことを心から思って行動したこと、見返りをもとめない内発的な行動、かっこよく言えば、無償の愛。そんなものかも知れない。そんな気持ちや心そして愛が、周囲の人たちの記憶に深くずっと残るものなんだろうなあと。


さいごにもう一つ。
永作博美っていつになってもかわいいな。


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父の帰りを待ち続ける母と4人の子どもたち。パパは服役中でそこには居ない。想像したくはないけど、こんなシチュエーションに置かれるとどうなるんだろうな。そんな家族のあり方を綴った作品。

http://youtu.be/zemjYPf1DNg

イギリスの田舎の緑の中を黄色いバスが走り抜ける光景が、見ていてとっても心地いい。そんな片田舎から、小さな子どもをつれて服役中のパパに会いに行く。

いつも居るはずのパパが家には居ない。パパは塀の中に居て普段は会えない。だからこそ、会えた時、その瞬間がとっても大切な時間になる。「今、ここに生きる」。そう言ってしまえば、ありきたりな表現になってしまうが、その時の気持ちは計り知れないものだと思う。

本当は、塀の中に入らなくても、この大切な時間を感じられるんだけど、ボクたちはそんな大切な「今」をなんとなく過ごしてしまってるんじゃないかと。

ぼくが心に残ったのは、パパの仮出所の日。パパとママが子どもたちを公園に残して、二人っきりで抜け出すシーン。その時のパパとママの表情が、初めて出会った時のように、なんとも言えない嬉しさがこみ上げてきてる感じがたまらなかった。
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