神様のカルテ

長野県松本市の病院を舞台に繰り広げられる人間ドラマ。話題作『神様のカルテ』を一言でまとめてしまうとそんな簡潔な文章になってしまう。


内科医“一止”によって、彼が勤務する病院、居住する元旅館のアパートの人間模様が古めかしい言葉で語られていく。夏目漱石の『草枕』をバイブルとする主人公の語り口調は、彼の周囲の人物のあだ名すら『坊ちゃん』を彷彿させるもので、小気味が利いている。


ただ、この語り口を面白いと好意的に取る人とそうでは無い人で好みが分かれる部分だとは思うけれど、ひねくれ者の自分としての受け取り方は後者。漱石のような古典(夏目漱石は古典扱いでも問題無い気が)を連想させる文体の物語は本作に限らず実在するのは確かだけれども、この作品に関しては文体が上滑りしている感が否めなかった。


あとがきで『守り人』シリーズの上橋菜穂子さんが言っているように、読後「ほっこり心が温まる」作品であることは確かだ。患者を巡るエピソードは涙を誘うストーリーも多々あり、良い話に出会えたな、と思えることは必至。


ただ、この作品が“心温まる”ものであることは、読者自身が医者や看護師は患者のためを第一に思ってひたすら医療に従事する者だけでは無いことを、患者は看病してくれる医者や看護師に感謝できる者だけでは無いことを、むしろ真逆の自分本位な人間が多いことを知っているということが前提になっているように思われた。


一人の人間でも良い面、悪い面を併せ持ち、物語の中では登場人物達が不条理さを感じつつ清濁併せ呑むような展開があってこそ大きな感動を生むのでは無いかというのが持論。『神様のカルテ』は“清”の部分のみを拾っているので心地良さはあるけれど、良いところしか拾っていない、よくも悪くもぬるい温かさになっている。


作品としては感動的なストーリーであると思う。それは日常生活の中で、通りすがりに見知らぬ人達の人間味溢れる行動に偶然出会って小さく感動する、決して大きくは無い、静かなものなのだと思った。


神様のカルテ (小学館文庫)/夏川 草介
¥580
Amazon.co.jp
AD

最近読んだ本

今年に入って今更ながら話題になっている本を立て続けに読んだ。


■和田竜『のぼうの城』


豊臣秀吉による小田原攻め。北条氏の配下にある成田家は表向き北条と共に戦うべく城主が小田原入りするが、水面下で豊臣に降伏し、城を守る手立てを図っていた。しかし城主に代わり豊臣側の使者と相対した成田長親は、城主の意に反し豊臣と戦う事を宣言する―――。


映画化が前提という解説に頷ける劇画タッチのストーリー。戦国時代を舞台にした時代物としては珍しい人物とも言える成田長親に着眼しているのも面白い。非の打ち所の無い英雄どころか、馬にも満足に乗れない武士としては名折れの成田長親がいかにして豊臣勢と渡り合うかも見物。個人的には関が原の合戦など、悪者に仕立てられやすい石田三成の人物像がすごく人間的に描かれていて面白く感じた。


蛇足だけれど成田長親を演じるのが野村萬斎というのは個人的にはちょっとイメージが合わない。野村萬斎はNHK大河ドラマ『花の乱』のような見るからに抜け目の無い政治家役の方が似合う気が…。


amazonでは同じ題材を扱った風野真知雄著『水の城―いまだ落城せず』の方が評判が良いので今度こちらを読んでみたい。


■池上永一『テンペスト』


真鶴は女だてらに義兄である嗣勇に琉球王朝の役人登用試験「科試」のための勉強を教えるほどの才女。しかし父と諍いを起こした嗣勇が家を飛び出してしまい、激怒する父から義兄を庇い、真鶴は性を偽り宦官として義兄に代わり「科試」を受けることを決意する―――。


劇画タッチを通り越して絵の無い漫画のような小説。女の子が性を偽って政治の世界に挑戦する様も少女漫画か一昔前のコバルト文庫(思い出したのが氷室冴子の「ざ・ちぇんじ!」)のような展開。特に真鶴が王の側室と役人としての孫寧温と一人二役をこなし昼と夜の顔を変える展開になるとツッコミどころも満載。どう考えても無理だろうという設定で荒唐無稽なストーリーなのに勢いがあるので一気に読める。良い子過ぎるとの批判もあるようだけれど、真鶴の辣腕政治家としての活躍と男性として生きる事で周囲を騙し続ける事への葛藤もそれなりに面白い。ただ、この長さで文庫4冊に分割するのは少々ボッタクリな気も…。


■有川浩『図書館戦争』


昭和の終わりに制定された法律により、自由に本を買うことが出来ない時代、唯一自由に図書を閲覧できる場所としての図書館は、法律の取り締まり機関である良化特務機関から図書館と図書を守るために図書隊を編成する。関東図書隊に女性として初めて志願した笠原郁は研修・任務を通して本を検閲から守るだけでは無い、図書隊の存在意義を知ることになっていく。


軽いタッチで書いているが“本”をめぐる法的な規制と個人の自由についての論議について、検閲強化が法的に認められたという擬似日本での世界感が提唱するテーマは重い。作中にも登場する『本を焼く国ではいつか人をも焼くようになる』という過去の名言と、本の検閲のために人を殺しても良いのか、本を守るために人を殺しても良いのかと悩む現場の図書隊員の葛藤も読み応えがある。


ただ、テーマが重い分、読者が離れないようあえて軽い文体にしているのだろうけれど、個人的には壮大なテーマを扱うならもう少し重厚な文体で書いて頂きたいというのが第一印象。郁を始め、主要登場人物の語り口調がバカっぽいのが何だかストーリーに水を差している気がとてもしてしまった。


ベストセラーになる本が全て名作という訳では無いのは重々承知しているが、全体的な印象としては何だか軽いな、という気持ちが拭いきれない。


和田竜は上記『のぼうの城』を読んだ後で『忍びの国』も読んだが過去に読んだ司馬遼太郎の作品に比べると人物設定・背景描写が薄いな、という印象を避けられなかったし(司馬遼太郎の『梟の城』がお気に入りである事にも起因しているのだと思うが)『テンペスト』にしろ『図書館戦争』にしろ、中高生の頃にはまったコバルト文庫をこの年になって読んでいるような気恥ずかしさを読後に感じてしまった(ステファニー・メイヤー著『トワイライト』を読んだ時も同じ印象を受けた記憶が)。


最近の話題作は自分の中で「良い本を読めて本当に良かった」という感動を受ける事が少ない。“良い本”の定義は個人の好みやそれまでの読書歴にも左右されるものだとは思う。例えばこれまで読んだ本の中では宮部みゆきの『孤宿の人』や梨木香歩の『家守綺譚』を読んだ時のような、読んでいる最中は夢中で、気づいたら泣きながら読んでいたとか、毎年読み返したくなって、読む度に新しい気付きがある、というような本と出会える事が本当に少ない。『孤宿の人』や『家守綺譚』に共通するような、物語の背景や時代設定に違いはあっても、どの時代にも普遍的な人と人との繋がりの中で紡ぎだされる温もりや、それに相反する暗さを見事なまでに織り上げている世界観に浸れたという満足感と、最近の“面白い”本の中では出会うことが正直少ない。


上に挙げた3冊を始め面白い本は世に溢れているし、それを読むのも楽しいけれど、読書の秋に向け、そろそろ感想も安易に書けないような、読後何とも言えない余韻に浸れる作品と出会いたいものだ。

AD

浮世でランチ

25歳OLである主人公がお昼を食べる場所、それは公園。会社で幾つかのグループに分かれ昼食を取りながら交わす会話がくらだらく思えて、それから一人公園でお昼を食べる毎日。そんな毎日もあと1ヶ月で終わりを告げる。なぜなら、彼女はあと1ヶ月で会社を辞め、アジアを旅する予定だから…。


主人公の現在と中学時代の物語が交互に紡ぎだされる『浮世でランチ』は前作『人のセックスを笑うな』に比べ、主人公がOLということもあり、物語の中にすんなり入っていくことができました。主人公が会社を辞める前に自分の立ち居地を振り返った下記文章は、多くの人が感じた事のある事なのでは無いでしょうか。


仕事が、やってもやっても、終わらないのだ。ルーティンワークだけで、深夜になっていく。時間が、指の間からダラダラとこぼれていく。私の時間は、ゴミのようだ。(中略)

長時間労働が自分の成長に繋がるということはなかった。雑務をこなすのが大事だってことは、わかっていたし、周りの人たちはいい人ばかりだったし、嫌なことがあったわけではない。ただ、この先何年もこれでいいのか、ずっと不安だった。(p43~44抜粋)


人と上手く付き合えなかった中学時代、そんな中で卒業後10年以上経っても色鮮やかに蘇る友人たちと過ごした一時。成長しているようで、基本的な性格は変わっていない主人公が微笑ましく、そんな彼女に痛みも感じる。


会社を辞めたことで手に入れたもの、手放したもの。旅を通じて手に入れたもの。手に入れることができなかったもの。転職や旅を通じて何がどう変わったと大きな変化は無いけれど、こんな時間を私も持ちたい。読後そんな気分にさせられました。




AD
子供の頃、熱を出すと必ずビルの5階くらいの背の高さの巨人においかけられる夢を見た。決して後ろを振り返ることなく、必死で走っていたのに、なぜ追いかけてくる相手の背の高さが分かったかは不明だけれど。必死で逃げて、高い所に逃れようとするけれど身体が重くて上れなくて恐ろしくて目が覚める。目を覚ますと、必ず枕元に心配そうにしている母親の姿があって、自分の額に置かれたその手の冷たさに底知れぬ安堵を覚えたのを鮮明に記憶している。

熱に浮かされて見る夢の中の世界のような、そんな物語という印象を受けたのが梨木香歩著『この庭に-黒いミンクの物語』。主人公はアル中なのか?と疑われるような酒浸りの人物で、男性なのか女性なのかはっきりと明記されていないように思われる(私は最後まで女性だと思っていたけれど)。半アル中の主人公の家を覗きにくる少女。彼女がその家に訪れる理由は『黒いミンクを探しているから』。


黒いミンク、頭の無いサーディン、積雪に閉ざされ隔離された家。全てが何かを象徴しているようで、物語中で明確な答えが出ていない。その曖昧さが心地良く、一方で読後奇妙な疑問も残る。庭にミンクを探しに来る少女は梨木さんの『裏庭』に登場する“おかっぱ頭の女の子”にも通じるものがあるような印象も受けましたが、最後にちらりと顔を出す登場人物から考えると、この本は『りかさん』『からくり からくさ』『ミケルの庭』に通じる一連の物語。


梨木香歩さんは「好きな作家」を聞かれて必ず挙げる作家さんで、その著書の中でも『からくり からくさ』は一番好きな作品なので、続編と聞いて期待していた分、ちょっと肩透かしをくらった気も。でも、本の中に散りばめられているイラストはとても素敵だし、上記黒いミンク等が何を象徴するか思いを巡らせるのも楽しいです。


『この庭に』はまだ検索表示されないので、前作『ミケルの庭』を収録している『りかさん』の文庫をご紹介。

りかさん/梨木 香歩
¥500
Amazon.co.jp

2/21追記:『この庭に』も検索できるようになっていたので追加します。



上司に『ロジカル・シンキング』の本を読むように言われて今読んでいます。
一方で小説も読んでいる状態。ビジネス書読むの疲れるんだもん…。

電車の中吊広告で書評を見掛け、読んだのがこの本『SevenPowers』。『GoodLuck』にも通じる、“目標を達成するのに必要なこと”を中世の騎士の旅を通じて描いています。


『GoodLuck』が“魔法のクローバー”を手に入れるという、分かりやすい目標だったのに対し、今度の目標は“生死も分からない、かつて攫われた王子を探し、同じ日に奪われた剣を取り戻す”というものなので、主人公が迷ったり葛藤したりする。目の前に障害が立ちはだかると言うよりむしろ、自分自身との戦いに苦労する。迷い、疑い、葛藤する様子が、実生活での経験と『GoodLusk』以上に密接にリンクしているな、という印象を受けました。


今、大きなプロジェクトに挑戦しようとしている中で、本来読まなければいけない本を読むのを少し休んででも、寄り道して読んでみて良かったな、と思える一冊です。1時間もあれば読める長さの作品なので、仕事とかが暗礁に乗り上げて疲れている方にオススメ。


フルタイムライフ

昨年は1度大阪出張する機会がありました。
行きの電車の中は、もちろん脇目も振らずに出張先での仕事準備をしましたが、帰りは「本を読もう!」と新大阪駅内の本屋を物色。そこで手にしたのが『働く女性の24時間―女と仕事のステキな関係』(野村 浩子著)。


日経WOMANの編集長が書かれたこの本は、働く女性をとりまく環境や不安・心情が詰まっている1冊。雑誌『日経WOMAN』と言うと、どちらかと言えばバリバリ働いている女性がメインで私のような中途半端な立ち居地の人間は読んでいて気後れする部分も無きにしもあらず、なのですが、この『働く女性の24時間』は年収が300万円程度のOLにも着目していて、とても入りやすい一作でした。


この作品の中では女性が好きな作家だとか社会人をしつつ作家業を両立させている女性の作品も紹介していて、そんな作品群の1つが柴崎友香著『フルタイムライフ』。

主人公は美大出身の女の子で、OLと言っても社内報作品を担当する、プチ専門職。と言ってもデザイナーでは無いので、会社では会議の資料作りやら、コピー取りやら、お茶出しも仕事としてこなしている。と言うよりデザインよりそれらの“雑事”がメイン。


同じ大学出身の友人や、友人を通して知り合う人々が専門的なデザイナーとして確固たる目標を持っているのに対し、主人公は「自分の才能に限りがある事にも気付いて」しまっている、新卒社会人という年齢の割りに冷めた視線で自分を見ている。デザインを本格的にする道を選ばず、敢えて毎日職場へ通い、毎月お給料が振り込まれる道を選んだヒロインを平凡で退屈と見るかどうかは読者の捉え方次第だとは思うけれど、一般的なOLの気持ちを代弁しているな、と思ったのが以下の一文。


『必要なのは、なにかするべきことがあるときに、それをすることができる自分になることだと思う。(中略)また明日会社に行って桜井さんや長田さんと仕事しながら組織改編に文句をつけたりするのもきっと楽しい。』


仕事をしていると理不尽だと感じる事は多々あって、それは管理職に付いているオジサンだろうと、入社して1年足らずのOLだろうと共通する思いだと思う。けれどそれぞれに「何かするべきこと」があって、文句を言いつつ、文句を言える立場を楽しむ余裕もある、それは社会人、と言うより会社人にとって大切な事なのでは無いかな、と。


ヒロインが入社1年目の新卒では無く、3年目・4年目となっていけば、仕事にまだ慣れないOLでは体験出来ない“上司と部下の間に立たされ”たり、“現場(この本の場合営業さんや工場)の事情と管理部門の方針がぶつかり、どちらの事情も理解できる”と言ったジレンマにも悩まされるのだろうし、逆にその辺まで深く描いて欲しかったな、という希望もあります。けれど、働く女性がどのように感じ、ある意味どのように諦め、どのように割り切ってOLの仕事をしているか見つめ直すためには良い1冊なのでは無いかと。


私は会社の中で自分にできること、やりたいこと、やるべきことが、まだ明確に見えていない分、今年もそれなりに辛くて大変な会社生活を送ることになるとは思うけれど、『なにかするべきことがあるときに、それを確実にこなすことができる自分』になれるように心機一転、頑張らなければ。読後そんな気分になりました。

フルタイムライ
フ/柴崎 友香
¥1,470
Amazon.co.jp

亡国のイージス

■亡国のイージス 福井晴敏著 講談社文庫

第三世代ミサイル護衛艦《いそかぜ》のイージス化が決定。旧式の護衛艦に、自鑑の周囲に電子の網を張り巡らせる監視システムを搭載。同時十二目標への攻撃が可能。最新型護衛艦の機能をそっくり委譲したミニ・イージス・システムへのお色直しした《いそかぜ》が、いよいよ公試運転へ。同じ第六十五護衛隊に所属する《うらかぜ》と共に隊訓練のため、呉を出向する。
幹部の総入替えで、なかなか訓練が軌道に乗らない事に焦りを覚える先任伍長・仙石は、イージス・システムの指導の為に派遣されてきた如月一等海士と田所海士長との反目、杓子定規に部下を罰する事しか頭に無い風間、杉浦等幹部との軋轢など、日々の雑用に追われていた。しかし、由良港から《いそかぜ》の訓練ぶりを指導・採点するFTGの幹部等が乗り込んできてから、鑑内は通常とは異なる、異常な事態に見舞われ出す。

上下巻に及ぶ長編なので、登場人物がもの凄く多いのに関わらず、それぞれの個性がきっちり描かれていて読み応えあり。海に生きる男の生き様、と言ってしまえば何だか胡散臭い男の絆物、と読めるけれど、主人公(だと勝手に思っている)仙石は《いそかぜ》出向間際に妻から別居を言い渡され、鑑長の宮津は息子を亡くしたばかり、と己の信条が瓦解しかねない危機を体験している人々ばかり。仙石に付き従う若狭や田所、菊政はそれぞれ個性的で、個性が強い彼等が連帯感を持って“護衛鑑を動かす”作業に従事する様子は本当に読んでいて気持ち良いものでした。

ストーリーはFTGに扮した人々が、実は某国の工作員だった事が判明してから事件性を帯び、市ヶ谷の防衛庁情報局も絡め、複雑な筋を展開していきます。と言っても、何となく「こいつは早々に死んでしまいそう」「この人は生き残りそう」と思った予想は悉く的中しました。お約束のストーりー、と言えばそれまでなのですが、それでもこの物語がもの凄く重みがあるのは、やはり宮津鑑長の息子・隆史が書いた論文『亡国のイージス』が投げ掛ける日本の防衛システムのみならず、日本国家、日本社会への疑問が鋭く、しかも事実を痛い程に明確に指しているからなのだと思います。

男同士の友情とか連帯感とかも痺れる程格好良く描かれているけれど、何と言っても仙石という人物が良い。「海上自衛官の護衛艦クルー、それがおれだった。他にはなにもない。そして、それでいながら、実際にミサイルを撃つ羽目になった時のことを本気で考えたこともないのが、自分だった。国防の無策を嘆き、改善のために努力するということもなかった。部下の把握も満足にできない、ひたすら中途半端な先任伍長でしかありえなかった……。」政治的な思惑、防衛庁という組織の中を上手く生き延びる為の処世術、色々な野望や駆け引きが繰り広げられる中、この仙石という人物は本当に真っ直ぐ己の葛藤と戦い、そして自分に何が出来るか、何をすれば良いか常に考え続けている。彼は何度も「自分はなんと狭い視野、考えの中で生きてきたんだ」と己を恥じるけれど、最終的には彼の単純明快な行為が色々な人を救う事になる。

本当に色々な人物が登場するので、誰に感情移入するかによって物語の見え方が変わってくるのだろうな、という印象も受けました。私は仙石に肩入れして読みましたが、多分孤高の戦士・如月の運命に涙する人も多いだろうし。市ヶ谷から離れられず、現地で戦いに明け暮れている人々に何の救いも差し伸べられない事に歯噛みする渥美に同調する人もいるだろうし、己の信念に、狂信的な行動を取るヨンファ自身に哀れを感じる人も居ると思う。

読み終わったあと、何だかすごく怖いなと思ったのは海上封鎖や東京湾に浮かぶ護衛鑑の姿に疑問を感じつつ、多分真実に言及してくることの無かった国民について、ほとんど描かれていないということ。国とは何か、国を護るとは何か、それを事件に関わった人全てが、今まで何も考えて居なかった事に気付き、真摯に取り組む事になるのに対し、結局この物語は自衛官、防衛庁、その他官僚の中で始末され、国民には何の情報も公開されていない。

色々なメディアで言われていますが、今年は戦後60年の記念すべき年です。そんな節目の年に、この物語が映画化されるのは、ある意味とても興味深い事だと思う。私なりに、自分の国とは何なのか、国の為に何ができるのか、考え直してみたい、そんな風に思わせる作品だと思います。
本を選ぶ基準はズバリ、裏表紙等に載っているあらすじを読んで惹かれるか、その1点。この年になると、大体好みの本のジャンルが決まっているので、ジャンルとこのあらすじでピンと来たものを読んでいます。

好みのジャンルはミステリーとファンタジー。あとは自分探しの要素が入っている恋愛物。歴史小説も好きで結構読んでます。

今年、この“裏表紙掲載あらすじ”に惹かれて読んだ中で一番面白かったのはジリアン・ホフマン著『報復』。かなり売れているようで、電車の吊革広告でも見ましたが、ヒロインの仕事の出来る女っぷりも超!格好良くてオススメ。初期の『検死官』シリーズ・ヒロイン、ケイ・スカーペッタのようです。コーンウェル好きの方は絶対嵌るかと。

逆にあらすじを読んで面白そう、と思ったものの、期待外れだったのがジェームズ・パターソン著『闇に薔薇』。“驚愕の結末!”と派手なうたい文句と共に平積みにされていましたが、途中で犯人分かりました。しかも、いかにも1冊で完結しそうに見えて完結しないんだもん。何だか肩透かしをくらった気分に。まぁ、好みの問題でしょうけれど。

本を選ぶ基準のもう一つに、好きな作家の新作というのがあります。今年に入って、この手法で選んで読んだのがダイアナ・ウィン・ジョーンズの『デイルマーク王国史』と唯川恵の『燃えつきるまで』。ジョーンズの新作は文句無しに面白い!の一言に尽きます。唯川恵は去年読んだ『肩ごしの恋人』が、直木賞受賞作!と期待して読んだ割に個人的にはイマイチだったので、今度の新作は参りました、という感じでした。

『アバラット』2巻とか、梨木香歩の新作エッセイとか、まだまだ読みたい本は沢山あるのですが、本当に最近読めてない~。人に借りていて未だ手つかずなのは雫井脩介の『犯人に告ぐ』。本好きの人と話していると、大体こちらの好みを察してくれて、そういう人に勧められたり貸して貰った本は大抵の場合面白くて気に入ります。

切ないOLに捧ぐ

切ないOLに捧ぐ 内館牧子著 講談社文庫

仕事で落ち込んだ時、読みたくなる本が今や知らない人は居ないであろう人気脚本家・内館さんのエッセイ。よく視聴者から「OLの心理をどうしてそんなに上手に描けるんですか?」と聞かれるこのお方、なんとご自身が10年もOLをやっていたそうです。

そもそもこの本を知ったのは『日経WOMAN』での特集がきっかけ。その特集が落ち込んだ時に読む本、みたいな内容だったので、気分が優れない時に読んだら即効で効き目あり。職を変えようと色々チャレンジするけれど、やっぱり才能のある人は一味違うな~という行動ばかり取られていて。相撲が好きだとは聞いていましたが、女人禁制の相撲業界で働く事を夢見る彼女の言動には抱腹絶倒間違い無し!

最終的に、脚本家への道を進み始める内館さんの努力は、ただただ頭が下がります、という感じのもの。前半の、ちょっとズレた自分探しの道のりと、道標が定まってからの行動。最初は笑って、最後は彼女の直向きなパワーを分けて貰える。落ち込んでいても気分がスーッと浮上して、しかも最後には元気になれる素敵なエッセイです。

ちなみにこの本、社会人になってちょっと落ち着き、色々悩み始めた妹に貸し出したところ、大いに気に入ったらしく戻って来ません。早く返却してくれ──!
巻末の解説にあるとおり、この本は『癒しと再生の物語』なのだと思います。物語の性質から言うと、まぁそうなるのでしょう。

ただ、何だか今時だなと思うのが「酒漬け“OL”」と銘打っていながらも、主人公のマリモは食品会社の開発部門で男性顔負けに商品開発を行う人物。憧れの先輩(と言っても恋愛要素では無く、バリバリ仕事する先輩を理想化している)に認めて貰おうと奮闘する姿、あぁ、これってまさに、不景気で人手不足でOLと言えど男性並に働くけど報われない女の子の姿…と、仕事中心生活を送っている今時OLにはすごく感情移入できる作品じゃないかと思います。

ヒロインのマリモ、本当にどうしようも無い、軽いアル中女と言っても過言では無いのですが、自分の存在意義をこれだけ必死になって探すのは、すごく純粋なのだろうな、と感動する面もありました。彼女の場合、自分が傷ついたり苦しんだりする事からの逃避手段が酒で、仕事に遅刻するわ、飲み過ぎで記憶無くすわで大変なのですが、何だか気持ちは分かるかも。私の場合、逃避手段は園芸という地道な作業なので、他人様には迷惑をかけない、ただそれだけの違いで。

この本に登場する人物で何と言っても素敵なのがマリモの友人で同僚の坂上君。ちょっとオタクっぽいけど本当に理路整然と我が道を行くその生き方、不器用な生き方しか出来ないマリモに業を煮やしつつ付き合ってしまう人の良さに惚れ惚れしてしまいました。あぁ~、うちの会社にもこんな良い人が居れば良いのに!

ここまで極端では無いけれど、私も社会に出てから自分の本当の居場所・存在意義を探し続けていますう(だから2度も転職したし)。マリモが“先生”に出会って新たな一歩を踏み出すような、そんな心境にはまだなれないけれど、何らかの形で私もマリモのような転機を迎えたい、そんな風に思えた一作でした。