燃えつきるまで

燃えつきるまで 唯川 恵著  幻冬舎文庫

付き合って5年、そろそろ結婚もと考えていた彼・耕一郎から突然別れを告げられた怜子。仕事ではチーフを任せられ、2年前にプロポーズされた耕一郎との仲も順調で、何もかも上手く行っていると思っていた彼女にとって、その言葉は青天の霹靂で…。

どこから見ても“優秀な女性”だった怜子が、耕一郎という信頼できるパートナーを失った事で失調していく様が残酷な程リアルに描写されていて、正直言って読むのが辛い部分もありました。「仕事と耕一郎、そのふたつを手にしていたからこそ自由になれたのだ」という怜子の言葉はものすごく説得力があって、途方に暮れる彼女の様子を如実に表しているように思えます。

相変わらず登場人物の描き分けが上手いと感服するのが、怜子を取り巻く仕事仲間、友人の顔ぶれ。一般職から総合職へ職掌転換したのに関わらずあっさり結婚退職を決める後輩・後藤陽子。「山村さんのようになりたい」と怜子を慕ってくれる、4つ年下の本田恵美。不倫から抜けられない友人美穂と、専業主婦の真樹子。

本作の中で、一番根性の悪い役回りなのは専業主婦の友人・真樹子だと思います。もし彼女からの悪意を込めたメールが届かなければ、怜子は多分仕事に打ち込む事で耕一郎をふっきれたと思うので。故意に怜子を攪乱させようとしているとしか思えない真樹子は、女の一番黒い部分を象徴している、かなり嫌な役に仕上がっています。でも、確かにこういうタイプ居る居る~と思える書き方をされているのが凄いのですが。

失恋がきっかけでやる気を失い、どんどんキャリアの面でも失墜していく怜子と、そんな怜子のフォローをすることで輝きを増す恵美の対比もまた読んでいて楽しい。物語の中で怜子は二人の人物に対し、自分の恋人を奪う敵、キャリアをくすねる敵として様々な妄念を抱きますが、「世の中には確かにいる。にこにこして、私はそんなことに興味もありません、というような顔をして、あざとくチャンスを窺っている女。そうして、他人が苦労して積み重ねてきた成果を、涼しい顔をしてくすねてゆく女。」という表現に、少なからぬ共感を抱きました。誰だって一度はこういう経験した事があるんじゃ無いかな…。

自己管理が出来るかどうかは、きちんと大人になれるかどうかの一つの秤だと思います。怜子の場合、それが失恋がきっかけで脆くも崩れてしまう。失恋がそれ程大きく怜子を左右した原因は、無意識の内に描いていた人生の設計図が狂ってしまった事にあるのか、それとも自分からでは無く、彼から別れを言い出されたという事実に自尊心をこれ以上無い程傷つけられたことにあるのか。強いと思っていたヒロインが脆くも崩れ、必死になって再生を図ろうとする姿が痛々しくて泣けてしまいます。

最終的に自分の中で折り合わなければ、一歩も前には進めない。決して理路整然とした結論が出た訳では無いけれど、自分の中で一つの折り合いをつける怜子の姿に、「白黒はっきりさせなくても人間は前に進めるものなんだ」という作者からのメッセージが込められているように思えました。人生だって恋愛だって結婚だって「こんなはずじゃ無かった」との戦いなのだから、自分なりに精一杯頑張ろう。頑張るという言葉がたとえ格好悪かったとしても。登場人物達の、様々な葛藤や選択を通じて、そんな心持ちになることができたと思います。
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イブの憂鬱

イブの憂鬱 唯川恵 集英社文庫

「二十九歳の誕生日を迎えた日、真緒はベッドの中でぼんやりした。」

唯川恵さんは現代のOLの日常や心情を描かせたらピカイチの書き手と思っています。彼女の場合、大抵どんな小説もただの恋愛にとどまらない、生き方そのものを模索してあがいている女性像が丁寧に描かれているから。

そんな葛藤を描いた小説の中でもこの「イブの憂鬱」は図抜けて良い作品だと思います。個人的には直木賞を獲った『肩ごしの恋人』よりも好きかも。

“自分には何もない”という挫折感は、普通の事務として働いている人なら誰もが一度は通る関門だと思います。それが20代最後の誕生日と来た日には、その人にとっては挫折=絶望となってもおかしくない。しかも著者は彼女のマイナス思考がヒロインの実生活にモロに影響し、蟻地獄のような試練を与えています。

「20代は悩む時期。この時期にどれだけ悩んで考えて、自分がどのような生き方をしたいか考える事で道が開ける」というような事を仰っているのは“i-モード”の母と言われている松永真理さんですが、本当に20代って悩んだり迷ったり、あがいたりする事の多い年代だよな、と最近つくづく実感しています。

ヒロイン美緒は遅ればせながら“何も無い”自分から脱却します。私自身、自分にできることと、やってみたい事のギャップに苦しむ毎日だけれども、特別に何か秀でている訳では無い彼女のひたむきな姿を追っていると「私も頑張らなきゃ」と素直に共感できる、そんな物語だと思います。

ちなみに私、個人的には村山由佳さんとかの本は好きじゃ無い。同じ恋愛物でも好き嫌いが著者によって分かれるのって…。なんだか不思議な気がします。
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昨年その訃報がニュースで伝えられてからずっと読んでみたいな~と思っていたのが、このフランソワーズ・サガン。外国文学の名作としてよく取り上げられる代表作『悲しみよ、こんにちは』しか読んだことが無かったのですが、亡くなられたのがきっかけで何作か読んでいます。個人的には中高生の頃に読んでも、良さがイマイチ分からず、大人になって読み返して初めてその良さに気付く作家の代表だと考えています。

先日図書館で、持ち歩きに困らない文庫で何か面白そうな物が無いか物色中にふと目にとまったのがこの本。タイトルから音楽性豊かな物語なのかと思いきや、サガンの作品独特の、登場人物達の孤独が浮き彫りにされた、情緒豊かな物語となっています。

作品そのものの感想はさておき、後記にあった解説が興味深くて。「フランスでは日本よりも女性の寿命が長くて、三十代はまだ若い女性(ジューヌ・ファンヌ)と呼ばれている・しかし。三十代から四十代にはいるということは女性として大きな変わり目であり、若い女性への訣別でもある』とのこと。私は三十路目前の二十代後半娘ですが、何だか主人公で39才のポールと、すごく気持ちがシンクロするのは、日本で言う三十代突入という意味が、フランスで言う四十代に足を踏み入れる事と同義語だからかな、と思いました。

でもこの作家、本当に最後に救いとなりそうな物を何も用意しない、冷酷とまで言えそうな現実を読者に突きつけるな、とその事を改めて実感。「単調な静寂さにも似た孤独な夜々の、いつ果てるとも知れぬ連続」って…。この一文の所為で、私は今夜眠れなくなりそうな気がしています。
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