アクション映画のシリーズ物は前作を上回る危機を主人公が乗り切る必要があるので回を重ねるごとに「そんなの無理」なシーンが増えていく。という訳で私の中で『ダイ・ハード』と『ミッション・インポッシブル』は、そんな無理があるシーンにツッコミを入れる映画と化していて。

そんなこんなでツッコミ所満載の『ミッション・インポッシブル』最新作を観て来ました。冒頭で予告編でも流れる飛ぶ飛行機に手でしがみ付くシーンが(←ツッコミ所1)。イーサン・ハントは年にも負けず相変わらずです。

ストーリーはイーサンが敵に拉致され、それと同時に彼が所属するIMFの存続の是非を問う審問会が開かれるシーンから展開。イーサンが疑っていた謎の組織“シンジケート”が実在する事が分かると同時にIMFは組織として解体される事が決定。敵の尋問から逃げ出したイーサンは一人でシンジケートを追う事を決意。

ミッション・インポッシブルならではの侵入不可能な難所破りも健在。このシーンはツッコミ所だらけで笑うのを堪えるのに一苦労(楽しみ方が間違ってるのは承知してます)。

もちろん顔から皮を一枚剥ぎ取ったらあらビックリ、イーサンだったのシーンも勿論あり、車やらバイクやらでのカーチェイスもバッチリ。

ストーリーは予定調和的で、こいつが黒幕だなというのもすぐ分かるけれど、逆に言うとどんな無茶をしてもイーサンこと、トム・クルーズは絶対に死なないと分かっているから安心して観られるとも言えるかも。この夏公開の映画では最高の抱腹絶倒アクション映画だと思います。

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ピッチ・パーフェクト

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新入生歓迎ムード満載の大学構内。女性アカペラサークル“ベラーズ”は昨年度全国大会の雪辱を晴らすべく、新メンバーを募っていたが、なかなかメンバーが集まらず四苦八苦。一方、LAに出てDJとして働くつもりが父親に大学入学を強いられたベッカは授業、サークル活動共に無関心。そんなベッカが口ずさんでいた歌の上手さに惹かれたベラーズのメンバー、クロエはベッカをベラーズに引き込むことに…。

女性の音楽グループに焦点を当てた映画と言われてまず思い浮かぶのは、聖歌隊を使って寂れた教会に活気を吹き込む『天使にラブソングを』。この『ピッチ・パーフェクト』は『天使にラブソングを』に比べると主人公が学生ということもあって内容が薄っぺらいと感じる部分もあるけれど、楽器を使わず全て肉声でアレンジする曲の数々は聞き応え十分。

新メンバー加入後、まだチームとして噛み合わない部分が多々ある中で歌い出すと笑顔でパートに分かれてハーモニーを奏でる様も微笑ましくて。変化を頑なに拒み仲間を威圧的にコントロールしようとするリーダーのオーブリー、斬新なアイデアはあるものの周囲の理解を得る努力はせず暴走しがちなベッカが、次第に一つの目標に向かって足並みを揃えていく様も、学園が舞台ならではの展開で。

正直言って、アカペラでカバーしている原曲を全く知らない、洋楽に興味の無い人が観ても全く面白く無い映画なのかも知れないけれど、ある程度の洋楽好きならたまらない作品。

久しぶりに80~90年代の洋楽を聴き直したい気分になること間違いなし。何も考えずに楽しんで観るのに適した一作。

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イミテーション・ゲーム

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生前に評価されず死後、その功績が見直される例は少なくない。ガリレオしかり、ゴッホしかり。

この映画も世界的な数学者であり、第二次世界大戦終結の功労者の一人でありながらも、近年になるまでその功績が秘匿されていた人物を描いた物語である。

ストーリーは主人公の学生時代、第二次大戦下、戦後の様子が入り混じり進んでいく。ドイツとの戦争に打ち勝つには暗号解読が必須であると考えた軍部に招かれたチューリングは、彼等の期待する暗号解読そのものではなく“暗号解読のキーを見つける”機械の開発に没頭する。即結果に結びつかない研究に専念するチューリングに同僚は反発、軍上層部も良い顔をしない。しかし、暗号解読チームの増員メンバーに新たに選ばれた女性数学者が加わった事で、チームは少しずつチューリングの目指す方向に動くようになり…。

映画はチューリング一人の人生に焦点を当てているだけでは無い。ナチスが使っていた暗号エニグマ解読までの道のりだけを描いた物語でも無い。物語はあくまでもエニグマ解読の立役者であるチューリングが中心の構成ではあるけれど、様々な立場の登場人物の思惑や背景が丁寧に描かれている。暗号解読に成功したのに関わらず、実の兄弟の危機を救えない事に絶望するメンバーの表情は涙無しに見られない。

また、人と容易に馴染めない性格のチューリングを認めてくれた学生時代のストーリーもこの上なく良い趣を添えている。チューリングに友人がくれた言葉は、その後チューリングから暗号解読の仕事に就く事に迷う女性数学者に渡り、巡りめぐってまたチューリングに戻ってくる。

性的嗜好が原因で戦後、有罪判決を受けたチューリングは21世紀に入り功績を再評価されることになる。戦時下、冷戦時代には公に出来ない事情が多々あったことも推測できるけれど、彼にとって生きにくい世の中で生涯を終える事になってしまった事実はあまりに切ない。

いかにエニグマ解読を成功させたか、イギリスがナチスとの情報戦に打ち勝ったかを楽しんでも良し、チューリングの生き様を観る事を楽しんでも良し、1本で様々な楽しみ方ができる傑作だと個人的には思える。

チューリングだけでなく、未だにその功績が秘匿されている大戦下の功労者は多々存在するのだろう。現在の生活は彼等の血のにじむような尽力の上に成り立っている事を忘れたくないと思う。

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ホビット 思いがけない冒険

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今年2度目の試写会は『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の前章である『ホビット』の映画化第一部。トールキン信者としては絶対に外せない作品を観て来た。

ストーリーは『ロード・オブ・ザ・リング』一作目のビルボの誕生会の準備から始まる。フロドに残すための冒険譚を執筆する、ビルボの回想という展開で物語はスタートする。

感想を一言で言うと、指輪物語好きのための、指輪で描き切れなかった背景が描かれているのが嬉しい作品。原作ではガンダルフがサラッと語っているだけの“白の会議”が裂け谷で開催され、ガラドリエルやサルマンもしっかり登場。『指輪物語』のストーリーを知っているからこそ分かるサルマンの会議の運び方にニンマリしたり、フロド達がサラッと会話していた、ビルボが遭遇するトロルの様子に笑ったり。

第一部での見所は、やっぱりゴラムとビルボの出会いと指輪を手にする展開。『指輪物語』のモリアのシーンでのフロドとガンダルフの会話、滅びの亀裂での顛末を知っているからこそ、ビルボの迷いとゴラムの表情にぐっとくる。

どんなに良作でもホビットは指輪物語を越えられないだろうと観る前から予測は出来たし、その予測は外れていなかったけれど、その後のストーリーを知っているからこその感動は盛り沢山で。アラゴルンやレゴラス、ボロミアには及ばなくてもドワーフの長・トーリンも魅力的に描かれていて。

『指輪物語』の第一部『旅の仲間』より短いはずの原作『ホビット』を三部作にするのは、長さ的に無理があるのではと感じた通り、ゴブリンやオークとの戦闘シーンは、もう少し端折っても良いかなという気もしたけれど、迫力のある数々のシーンも健在。ファンタジーならではの見応えのある内容に仕上がっている。

個人的には『ホビット』公開前に『ロード・オブ・ザ・リング』のリバイバル上映をして貰えたのが(しかもSEE版)一番嬉しかったかも。三部作を一気にみたいので、オールナイト一気上映もして欲しい。バカと言われようと、ミドルアースの世界は本当に大画面で観るのに最適だと思う。

最強のふたり

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とあるパリの大邸宅。事故が原因で身体に麻痺障害を持つフィリップは在宅介護の担当者を面接。過去の経験や勉強してきたことを力説する面接者達が多い中、フィリップが選んだのは「失業手当をもらうため、就職活動をした記録が欲しい」と乗り込んで来た破天荒な若者ドリスだった…。

育った環境も趣味も異なるフィリップとドリスのやりとりは観客の笑いを誘う。デリカシーという言葉とは縁遠いドリスの言葉の中には眉をひそめるようなものも多々あるけれど、それを観客諸共笑って見過ごすことができるのはフィリップの度量の大きさとも言える。

ただただ笑って終わってしまう映画とは一味違っているのはドリスを雇った理由を「障害者として同情せず、健常者と同じように扱う」と言い切っているフィリップがドリスを見る眼差しの中に、事故に遭う前の自分を思い返しているような、自由に動けることへの羨望が含まれているからだと思われる。首以外、一切動かせない条件下で、これほど上手く感情を表せる役者さんには心から賛辞を送りたい。

身体を動かせない人への対応が経験や知識だけでは足りないということを小さなエピソードで垣間見せてくれる点も見応え有。『スラムドック$ミリオネラ』でもそうだったけれど、結局人が何かの場面で役に立つか立たないかを分けるのは機転が利くか利かないか、そこにかかっているようにも思える。手を動かせないフィリップに対して鳴っている電話を無造作につきだし、電話を直接耳に当てるという当然行うべき介護の手助けすらできず、一見粗暴で無教養に見えるドリスは、それでもフィリップが生活する上で何が足りないかを直感的に見抜いている。まだ日も昇らない暗いパリの町へ車椅子でフィリップを連れ出し散策し、車椅子を無理なく乗降させられる車をダサいと一蹴してスポーツカーでフィリップを移動させる。

うがった言い方をすれば、結局大切なのは介護する側、される側の相性の問題で、フィリップは自らの潤沢な資産で最高に相性の良い人材を発掘したからこそ生まれた絆とも言える。フィリップが金に物を言わせて好きな介護従事者を探すだけの力が無ければ二人は出会うことも無かったし、彼と出会わなければドリスは刑務所を出たり入ったりのチンピラ生活を行うことになったかも知れない。

東北大震災直後には世間で声高に主張されていた絆という言葉も、最近ではめっきり耳にする機会が減ってしまっている。助け合いや絆は、自分がしてあげようと思うことを押し付けるのでは無くて、相手が何を求めているかを把握して、一方的では無い双方向のコミュニケーションが必要なのだなと感じた。

しみじみ心が温まり、笑って涙することができる感動作なのでお勧めの一品。

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極秘任務なのに関わらず人前で派手な撃ち合いを繰り広げてしまったCIAエージェントのコンビ・タックとFDRは現場から内勤に移される。一方、商品品質チェックの仕事をしているローレンは街中でバッタリ再会した元カレが婚約者を連れていた事をグチったところ、愚痴を聞いてくれた友人が勝手にローレンを出会い系サイトに登録してしまい…。

二人のCIAエージェントが一人の女性の恋人候補から恋人に昇格するために、職権乱用し、あの手この手で恋敵である仕事上のパートナーを邪魔するドタバタコメディ。とにかく笑って楽しめる小技があちこちに散りばめられている。

タックとローレンは出会い系サイトで知り合い、FDRとローレンは行きつけのレンタルビデオ店で遭遇。タックとFDRはお互いの狙いを定めた女性が同一人物である事を早い段階で知り、彼女がどちらを選んでも恨みっこ無しと協定を結ぶが、次第に相手を出し抜こうと手段を選ばず邪魔するようになっていく。

ローレンがどちらを選ぶかの展開は結構分かりやすかったし、タックとFDRが内勤異動になるきっかけの任務で弟を二人に殺され、復讐を企むマフィアの行動が、相棒の恋路を邪魔するための監視により露見するんだろうな~という展開など、意外性も特別な目新しさも無いストーリーだけれど、何も考えず笑って観るには最適な映画。タックとFDRの二人が、恋愛には反則技(と言うより法律違反行為)の盗聴でローレンが自分達を批評する言葉を聞きながら次第に青くなる表情にはニヤッとさせられる。

二人のイケメンを天秤にかけるローレンは人によっては拒否反応を起こすかも知れないけれど、恋に踏み出すのに慎重な理由も二人の間で揺れる気持ちも分かり易くてキャラクター的には個人的には好感度大。どちらを選ぶか決めるために、二人でいる時に相手に向き合う態度が真摯に見えて、リース・ウィザースプーンはやっぱりコミカルな演技が上手いな~と実感。

似たような映画を今後観たらストーリーも忘れてしまうかも知れないけれど、今を楽しむにはオススメの一作。

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SPEC 天

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基本、映画館で観るのは洋画だけれども、今回観たのはテレビシリーズの続編『SPEC 天』。1年もすれば地上波で放送するだろうと思いつつ、続きが気になり観に行って来た。

ストーリーは海上のヨットで乗客が全員ミイラ化して見つかるという怪奇事件から展開。この事件を契機に“個々で暗躍していたスペックホルダー”が組織化して普通の人々を攻撃していると知った警察組織は、テレビシリーズでの秘かな捜査から一転、対テロとして大々的に壊滅する方向に打って出る。

テレビシリーズで謎のまま終わった伏線について、幾つも回答が出される。何人いるの?状態の津田の正体。スペックホルダー達の謎の集まり。警察組織が秘かに行っていたスペックホルダー狩の目的。ただ、結局は一つの疑問に回答が出ても新たな謎が登場するので、ちまたで言われているように、更なる続編への布石とも取れた。

テレビシリーズの頃からのお約束シーンも満載。当麻の書道から紙吹雪の「いただきました」から筋肉バカ瀬文のあり得ないアクションまで、思いの外本格的?なアクションシーンの合間に観客の笑いを誘う小ネタ満載で。

本格ミステリーのように真剣に伏線を追えば矛盾が見つかるのだろうし、かと言って何も考えずに楽しんで観るタイプのストーリーでも無く。辛口に批評するなら謎解き部分もコメディ要素も中途半端で好みが分かれる映画なのだろうけれど、適度に頭を使って非現実感を楽しむには最適な映画だと思う。

アメリカドラマの『HEROES』に似てるとの意見を見たことがあるけれど、『HEROES』を観たことのない人間としては『Xファイル』を観ていた時に似たワクワク感のある作品だな~と思う。『Xファイル』よりはおふざけ感が強いけれど、得意分野が対極のコンビや、お互い反発しながら助け合って信頼が生まれていく感じが作品の雰囲気を似せているなと。モルダーとスカリーのコンビ同様、当麻と瀬文のコンビも好きなので、是非とも『結(欠?)』も作って欲しいと思う。

蛇足だけれど、ライアーゲームの直と秋山の関係といい、SPECの当麻と瀬文の関係といい、本編では恋愛要素皆無なのに妙に親密な信頼関係を演じるのが戸田恵梨香は上手いな~と思った。そう言えばライアー続編は直が出ないと分かってスルーしたな…。

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“鉄の女”の異名を持ち、イギリス初の女性首相としてその名を轟かせていると言って過言ではないサッチャー元首相の半生を描いた映画。メリル・ストリープがアカデミー主演女優賞を獲った事でも話題になった作品である。

ストーリーは一見普通のお年寄りがスーパーで買い物をしているシーンから始まる。その女性がサッチャー元首相で、彼女が既に亡くなった夫が側にいるかのように振舞う事が明かされ、現在と過去の様子が交互に展開していく。

過去と現在を交互に見せる展開と言い、歴史上、名の知られた偉人伝風なストーリー性と言い、少し前に観た『J.エドガー』と被るな~という印象を受けた。それでも、まだ女性の社会進出が受け入れられる前の時代に、国家元首にまで上り詰めたバイタリティと信念の強さはフーバー長官の姿も霞むような輝かしさに満ちている。

ただ、不満点をあげるとしたら、現在のアルツハイマーと闘う姿の比重を減らして、女性議員として性差別に苦しむシーンや党首になるための政治的駆け引きをもう少し時間をかけて描いて欲しかったなという点。リアルでニュース等に接した事のある世代だからこそ、実際にニュースで目にしていた世界情勢の舞台裏で起きていた事柄に言及して欲しかったなと思ったり。

サッチャー当人にアルツハイマーの治療である事を隠して受けさせた医師の診察シーンの会話は秀逸。今どのように感じているか、との医師の問いに感じる事を重視する現代の風潮に強烈に批判する時の言葉。

人は考えることこそが重要である。考えることがその人の行動に現れ、行動が習慣を作り、習慣が人格をつくる。そして人格が運命をつくる。

セリフは正確では無い可能性大だけれども、妥協点を模索する政治家を批判し、自ら“痛みを伴う改革”の矢面に立つ事を辞さなかった人物の言葉は重い。「運命は自分で切り開く」的なセリフは様々な物語で語られて来たものではあるけれど、自らの運命を決める上で国家レベルの問題まで考える事ができるのは稀有な存在と言っても間違いでは無いと思う。

誇りを持つ大英帝国の復活の象徴であるかのような力強さを持った元首相の弱弱しい年を取った姿に哀れみを感じるか、それとも年老いてなお元首相としての片鱗を見せる彼女の姿に力をもらうか。人によって受け取るものは様々だと思われるが、じっくり考えさせられるという意味での見応えは本当に十分。

この映画の公開に合わせてニューズウィーク誌に掲載されたサッチャー元首相の特集記事では、ユーロ導入に強固に反対したサッチャーの予見通りの危機にギリシャ始めユーロ圏が陥っている時期に公開が重なった事を皮肉めいて書いている。日本も直面している経済危機の時期に、一人一人がどうあるべきか、何を考えるべきか。今まさに観て考えるべき作品になっていると思う。

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人種差別が色濃く残るアメリカ南部ミシシッピのとある町。大学を卒業し故郷に戻って来たスキーターは地元の新聞社で家事のコラムを担当するライターの仕事を手にする。具体的な家事のコツをリサーチするために友人宅のメイドをしているエイビリーンにアドバイスを求めるうちに、自分の周囲の人々の黒人メイドの扱いに疑問を抱くようになり…。

ストーリーは人種差別を“人種分離”と言い方を変えただけの南部社会の矛盾を突く内容となっている。ミニーの雇い主であるヒリーは黒人だけでなく白人だけれども下層階級出身で、ヒリーの元彼と結婚したシーリアも仲間うちに入れないよう画策。自分ルールがまかり通る小さな地域社会で傍若無人に振舞っている。

やがてヒリーを筆頭に、家事や育児は任せきりなのにトイレの共有も許さない彼女達の“当たり前”に業を煮やしたメイド達は、仕事を失う事への恐怖心から閉ざしていた口を開き、スキーターの『メイド達の現状を世に知らしめる』取材に応じ始める。

ストーリーが良くできているのは、スキーターを始め、白人の中にもメイド達を自分達の仲間として大切にする人物もいれば、メイド達も『白人とはこういうものだ』という固定概念に囚われて疑心暗鬼になっている部分があることを丁寧に描いていること。そして、黒人メイド達が過剰なまでに自分を守る事に徹している理由の描き方も分かりやすい。

黒人への差別が残る時代の出来事だと他人事のようにこの映画を見る事は可能だけれど、この映画に登場する人々の、差別を差別と思わない行為は、狭い世界の中の価値観だけしか見ていない事が起因していて、言わば現代の小学校で起きているイジメに似た印象を受ける。差別している人々も、それぞれの世界での立場を守る事に必死で、生まれ育った環境や風習を疑問に思う思考的な余裕が無い。

メイド達の抵抗もシュールである。ミニーのパイのエピソードを始め、スキーターの取材に対する受け答え、キッチンでの仲間内でのやりとり、笑っていられない棘が潜んでいる。

厳しい言い方をすれば、ヒロインのスキーターもライターとしての地位を確立するために社会的弱者であるメイド達を利用したと言えなくもない。ただ、エイビリーンをママと呼ぶ、エイビリーンが子守をしているお嬢様と、大学から戻った実家に居なくなっていた乳母のコンスタンティンがどうなったか家族に問い質すスキーターの姿が重なる。現在進行形でメイド達を取り巻く環境と、過去または未来にこうなのではないかと連想させる人間関係がまた良い味を出している。

笑って泣けるエピソードが本当にこれでもかとばかりに散りばめられていて、アカデミー賞を受賞した女優さんだけでなく、監督やスタッフ、作品に関わった全ての人々を心から賞賛したい。

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ヒューゴの不思議な発明

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国・時代が違えど、朝の駅の様子は万国共通の雰囲気が漂う。駅構内に店舗を構えるカフェ・花屋などが慌しく準備に励み、通勤とは無縁の人々はコーヒー片手にのんびりのくつろぐ。そして通り過ぎていく人・人・人。入れ替わり立ち代わり行きかう人々、列車にとって必要不可欠な時計が秒針を刻む。

映画『ヒューゴの不思議な発明』は主人公ヒューゴが時計のネジを回しながら駅構内の様子を観察するシーンから展開。まだ幼い彼がどうして仕事なんかしているんだろう…という疑問をよそに、駅の裏道?を熟知した彼は構内のとあるショップに目当ての品を見つけ、こっそり近付く。しかしネジ仕掛けのネズミをくすねようと手を伸ばしたところ、店主ジョルジュに見つかり、ポケットに入れていたノートを逆に取り上げられてしまう。

親を亡くし、飲んだくれの叔父に引き取られたヒューゴを取り巻く環境は恵まれているとは言えない。それでも“機械人形を再び動かす”という夢の前に、ヒューゴはひたすら邁進する(必要部品調達方法は褒められたものではないけれど)。ちょうど、以前観た『リアル・スティール』の子役マックスと比べると、どこか憂いのあるヒューゴが機械人形を直している様は、マックスが格闘ロボットに夢中になっている姿と重なる。

機械人形を直すため、ノートを取り戻そうとするヒューゴとジョルジュのやりとりも面白い。ノートを返して欲しい彼の家までつけて行った際に知り合った、ジョルジュの継子イザベルにノートはまだジョルジュが持っていると教えてもらったため、ヒューゴは盗んだ品物の代金分、彼の店で働くことになる。何かを直すことに熱心なヒューゴを見つめるジョルジュの視線は温かい。ジョルジュがどうしてヒューゴを気にかけるか徐々に明かされていく展開も伏線の張り方、回収の仕方共にニヤッとさせられる小気味良さがある。

駅構内の花屋の女性に気があるのに一歩を踏み出せない駅の公安員、貸本屋のムッシュとイザベル・ヒューゴの交流など、駅を日常生活の場としている人々の様子の描き方も良い。細かいシーンひとつひとつにホロリとさせられることが多いのだけれども、一番泣けたのがラストの失われたはずの数々の映画を上映していくシーン。CGやら何やら、技術に頼らず知恵を振り絞って楽しいストーリー、美しい映像を作ろうとしている人々の熱意が褪せた色合いの映像とは思えないほど強く伝わってきて、なんだか『ニュー・シネマ・パラダイス』のラストを思い出してしまった。

ヒューゴ、イザベルといった子供を始め、ジョルジュや駅の公安員も映画の中で少しずつ変わっていく。その変化の過程の描き方が丁寧で分かり易い。人によって「良い」と思えるシーンは異なるだろうし、感想も異なると思われるほど、小さな見所が満載。この映画も3D映画ならではの映像美にあふれているのだけれど、映像の美しさに頼らず昔ながらのしっかりとした人間関係やストーリー展開を抑えているからこその良さに満ちている作品だと思う。

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