同姓のクラスメート

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佐藤とか鈴木とか、いわゆる“同じ名前の人がよくいる”程多数派(?)の名前では無いのですが、高校生の時に同じクラスに私と同じ姓の子が二人、計三人居たことがありました。

私の名前はなかなか読みにくいものなのですが(漢字が難しいという訳ではなく、読み方が何パターンもあるというもの)、なんと同姓だった三人のうち私ともう一人が、その手の“読みが分かりにくい名前”の持ち主だったので、困った先生方は「20番の○○」「21番の○○」のように、出席番号順で読んでいたのが、今となっては懐かしい思い出です。

ちなみに“読み方が何種類もある名前”というものは、イタズラ電話撃退には便利です。私は今のところ子供を産む予定なぞ無いのですが、自分の子供にも“難しい漢字は使わないけれど、何と読めばいいか分からない”名前をつけようと、密かに目論んでいます。
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負け犬の悪あがき

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昨日に引き続き杉田かおる結婚話について。 Yahooのニュース杉田かおる、交際1ヶ月「超玉の輿電撃婚」で号泣を読んで、改めて“負け犬”という言葉が最初に編み出した著者・酒井順子さんの思惑からかけ離れて行く印象を受けました。

私は「負け犬の遠吠え」というエッセイを「日経WOMAN」での書評を見て興味を持ち、結構ブーム初期に読んだと思います。著者は本書の中で「結婚せずバリバリ働く女性は“凄い”と言われる。片や専業主婦になり、子供を立派に育てる人は“偉い”と言われる。“凄い”と“偉い”、どちらに価値があるかと言うと、日本では“偉い”に軍配が挙がる。だから、未婚・子なしの30以上の女性は『負け犬』とみなす」という独自の定義を生み出しています。

20代後半に突入すると、矢張り社会には「結婚してこそ一人前」という価値観が根強く残っているな~と実感します。「未婚で仕事を頑張る」よりは「結婚して子供が居て、家事をしつつ仕事もこなす」方が女性としての評価は高いように思うし、周りの女性を見ていても主婦でいながら仕事もバリバリこなしている人の方が、暢気なパラサイトシングルの自分より数段格好良く見えます。

その一方で世間一般でどの価値観が主流だからと言って、個々の考えまでそれに染める必要があるとは「負け犬の遠吠え」の中でも書かれていないし、その後色々と巻き起こった負け犬論争にも書かれていません。「私は“偉い”と言われるより“凄い”人間になって、仕事上成功する事を目指す」という考えの人は立派な勝ち組であり、それを無理に負け犬と認めろという人はいないはず。

ただ、仕事にやり甲斐を感じて勤める事が楽しくて仕方ない訳でも無く、ただ漫然と会社へ行きながら年だけとっている人と言うのもいる訳で(私もこの部類に含まれるのだけれど)、「負け犬の遠吠え」の中で書かれているようなキャリアウーマンにすらなれない人にとって、「私は負け犬未満?」という不安が付きまとう訳です。でも社会人になってX年も経過すると「仕事で評価される訳でも無く、又は大黒柱として尊敬される訳でもない」という観点から見れば“負け犬”というマイナスの言葉は何も女性だけに限定して使う言葉では無いのではないかとも思います。

杉田かおるの「玉の輿に乗った事で一挙逆転。勝ち組にのし上がる」のような書かれ方を見ていると、彼女は今まで積み重ねてきたキャリアに何の誇りも持っていなかったのか、あわよくば玉の輿に乗れれば今すぐにでも仕事を放り出して家庭に収まりたいと思っていたのでは無いかという印象を受けてしまいます。この考えだと、彼女は上に書いた『負け犬未満』になる訳で、決して『負け犬の代表』ではありません。

去年の流行語大賞の候補にも挙がっていた“負け犬”。響きは悪いし「あんたは負け犬だ」と面と向かって言われれば良い気持ちはしないけれど、自分の中では常にこの言葉を酒井さんが最初に定義した本当の意味を持たせて「私は負け犬未満じゃ無いか?」という意識を持ち、年相応の誇りと実績を持てる人間になりたいな、と思うこの頃です。
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