ホビット 思いがけない冒険

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今年2度目の試写会は『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の前章である『ホビット』の映画化第一部。トールキン信者としては絶対に外せない作品を観て来た。

ストーリーは『ロード・オブ・ザ・リング』一作目のビルボの誕生会の準備から始まる。フロドに残すための冒険譚を執筆する、ビルボの回想という展開で物語はスタートする。

感想を一言で言うと、指輪物語好きのための、指輪で描き切れなかった背景が描かれているのが嬉しい作品。原作ではガンダルフがサラッと語っているだけの“白の会議”が裂け谷で開催され、ガラドリエルやサルマンもしっかり登場。『指輪物語』のストーリーを知っているからこそ分かるサルマンの会議の運び方にニンマリしたり、フロド達がサラッと会話していた、ビルボが遭遇するトロルの様子に笑ったり。

第一部での見所は、やっぱりゴラムとビルボの出会いと指輪を手にする展開。『指輪物語』のモリアのシーンでのフロドとガンダルフの会話、滅びの亀裂での顛末を知っているからこそ、ビルボの迷いとゴラムの表情にぐっとくる。

どんなに良作でもホビットは指輪物語を越えられないだろうと観る前から予測は出来たし、その予測は外れていなかったけれど、その後のストーリーを知っているからこその感動は盛り沢山で。アラゴルンやレゴラス、ボロミアには及ばなくてもドワーフの長・トーリンも魅力的に描かれていて。

『指輪物語』の第一部『旅の仲間』より短いはずの原作『ホビット』を三部作にするのは、長さ的に無理があるのではと感じた通り、ゴブリンやオークとの戦闘シーンは、もう少し端折っても良いかなという気もしたけれど、迫力のある数々のシーンも健在。ファンタジーならではの見応えのある内容に仕上がっている。

個人的には『ホビット』公開前に『ロード・オブ・ザ・リング』のリバイバル上映をして貰えたのが(しかもSEE版)一番嬉しかったかも。三部作を一気にみたいので、オールナイト一気上映もして欲しい。バカと言われようと、ミドルアースの世界は本当に大画面で観るのに最適だと思う。
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最強のふたり

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とあるパリの大邸宅。事故が原因で身体に麻痺障害を持つフィリップは在宅介護の担当者を面接。過去の経験や勉強してきたことを力説する面接者達が多い中、フィリップが選んだのは「失業手当をもらうため、就職活動をした記録が欲しい」と乗り込んで来た破天荒な若者ドリスだった…。

育った環境も趣味も異なるフィリップとドリスのやりとりは観客の笑いを誘う。デリカシーという言葉とは縁遠いドリスの言葉の中には眉をひそめるようなものも多々あるけれど、それを観客諸共笑って見過ごすことができるのはフィリップの度量の大きさとも言える。

ただただ笑って終わってしまう映画とは一味違っているのはドリスを雇った理由を「障害者として同情せず、健常者と同じように扱う」と言い切っているフィリップがドリスを見る眼差しの中に、事故に遭う前の自分を思い返しているような、自由に動けることへの羨望が含まれているからだと思われる。首以外、一切動かせない条件下で、これほど上手く感情を表せる役者さんには心から賛辞を送りたい。

身体を動かせない人への対応が経験や知識だけでは足りないということを小さなエピソードで垣間見せてくれる点も見応え有。『スラムドック$ミリオネラ』でもそうだったけれど、結局人が何かの場面で役に立つか立たないかを分けるのは機転が利くか利かないか、そこにかかっているようにも思える。手を動かせないフィリップに対して鳴っている電話を無造作につきだし、電話を直接耳に当てるという当然行うべき介護の手助けすらできず、一見粗暴で無教養に見えるドリスは、それでもフィリップが生活する上で何が足りないかを直感的に見抜いている。まだ日も昇らない暗いパリの町へ車椅子でフィリップを連れ出し散策し、車椅子を無理なく乗降させられる車をダサいと一蹴してスポーツカーでフィリップを移動させる。

うがった言い方をすれば、結局大切なのは介護する側、される側の相性の問題で、フィリップは自らの潤沢な資産で最高に相性の良い人材を発掘したからこそ生まれた絆とも言える。フィリップが金に物を言わせて好きな介護従事者を探すだけの力が無ければ二人は出会うことも無かったし、彼と出会わなければドリスは刑務所を出たり入ったりのチンピラ生活を行うことになったかも知れない。

東北大震災直後には世間で声高に主張されていた絆という言葉も、最近ではめっきり耳にする機会が減ってしまっている。助け合いや絆は、自分がしてあげようと思うことを押し付けるのでは無くて、相手が何を求めているかを把握して、一方的では無い双方向のコミュニケーションが必要なのだなと感じた。

しみじみ心が温まり、笑って涙することができる感動作なのでお勧めの一品。

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電車遅延と振替輸送

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利用している京王線が落雷のため遅延。私が帰宅する時間は完全に運転を見合わせていた。

運転見合わせは初めての経験では無いし、定期券を見せて電車とバスの振替券を貰う。振替輸送の小田急線では最寄駅からは残念ながら歩いて帰れる距離では無いため、電車に乗ってからバスの時刻を検索。急行停車駅からの終バスにギリギリ間に合いそうだったので、急行電車を利用。

まぁ電車の振替時はいつもの事だけれど、バスはこれ以上無い程の超満員で。始発バス停でその状態だったので、次のバス停を満員放送して通り過ぎたところ、バス停からほど近い信号まで、バス待ちの人が数名追いかけて来た。

待っていても何台もバスが素通りする、駅員から案内されたバス停で待っているのにどうなっているかと運転手に怒鳴りつけ、抗議に来た人だけでも乗せろと詰め寄った結果、運転手の方が無線連絡した本部から増発の報告があり、その場は抗議者は引き下がったのだけれど、色々な面で何だかな、と思ってしまった。

まず、該当駅員のバス停誤案内。始発バス停は西口なのに、どういう訳か北口を案内する。私も最初に振替を経験した時に同じ目に合って、終バスを逃しタクシーで帰ったことが。わざと始発バス停では無いバス停を案内するマニュアルでもあるのか?これは本当にどういうつもりなのか甚だ疑問。

あと、今日のバスが終わると、いきり立っていたクレーマーの方々。電車の運転見合わせの場合、振替輸送の電車での降車駅からのタクシー代は申請すれば精算できるのを知らないのだろうか。本人の主張を鵜呑みにするなら、1時間バスが目の前を素通りするのを待っていたらしいが、1時間待てば大抵どんなに待ち行列が長くても、その駅であればタクシーに乗れたはず。まぁ、タクシー代精算申請も大概待たされるしウンザリする作業だけれど、何の罪も無いバスの運転手を怒鳴りつけるなら、他の帰り方を考えれば良いのに、と思う。

最後に鉄道各社へ。運転見合わせ時に他線に振替を依頼するなら、どこに行くなら何線を使って、どこからバスやタクシーを使ったら後日精算が可能か簡単に検索できる仕組みを作って欲しい。スマホのアプリも乗換案内は充実しているけれど、リアルタイムで遅延や見合わせが出た時の対応を調べるのは面倒くさい。結局は一人一人の経験に依存する部分が大きすぎると思う。

有料アプリには何か良い案内サービスがあるのかも知れないけれど、せっかくの振替が結果として利用している側も、振替サービスを提供している側も嫌な思いをしてはもったいないと思う。

最後に、去年の震災の際に、被災しているのに関わらず理性的な対応をした事を世界から絶賛された辛抱強さは日本人の誇るべき美徳なのに、たかが電車の運転見合わせごときでその評価を覆すような行動に出て欲しく無いとつくづく思う。都心の人間の方が東北の方々に比べて自分本位な人が多いのだろうけれど。
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北勝力 引退相撲

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日本の国技である相撲。先週まで五月場所開催、開催中はどのニュースのスポーツコーナーでも結果を放送するし、日本人であれば現役・引退問わず一人ぐらいは力士の名前を言えるのではないでしょうか。

そんなテレビではお馴染みだけれど、なかなか生で観戦する機会が無い相撲を観て来ました。それも引退相撲。主役は昨年引退した元関脇・北勝力。

とあるきっかけで引退相撲のお手伝いを少しばかりする事になって、普段なら全く縁のない国技館の桝席にご招待。大したことしてないのに~と思いつつ、人生初体験にワクワクしながら両国に降り立ちました。

11時開場と同時に、国技館前の櫓から太鼓の音が。「これ、放送じゃなくて実際に叩いているんだよ」という知らないオジサンの説明にへぇ~と感心しつつ受付に。まぁ、この開場受付待ちの列が過去に参加したライブ、コンサート、その他イベント全て振り返っても経験した事の無い無秩序状態で、何だかな~という印象を。

やっとの事で門をくぐると入口前に黒山の人だかり。多分、誰かいるんだろうな~と思って近付くと、なんと居たのは引退相撲の主役・北勝力!気さくに握手やサインに応じていて、一気にテンションアップ。花に彩られた入口から席へ移動しました。

引退相撲は通常の取り組みとメインイベントである断髪式以外にも、普天王のニコニコ動画中継で話題になった相撲版漫才のような初切や、横綱の綱を締める様子、大銀杏の髪結い披露など、相撲のテレビ中継を見ているだけでは分からない様々な儀式的なものを見られてお得感満載。

北勝力断髪式


初切といい、相撲甚句という歌の披露といい、力士の方々は相撲にとどまらず芸達者だな~とつくづく感心。相撲の技に限らず、日頃の努力の賜物なのだろうけれど、次々と繰り広げられる出し物?を堪能する事ができました。

十両の取り組みに続き、中盤で断髪式が行われて。なんとハサミを入れる人は総勢200名以上!あいうえお順で呼ばれた人が流れ作業的に土俵に上がりハサミをいれて。

実際にハサミを入れた人に話を聞く機会があったので確認したところ、ほとんど切るポーズだけで実際に切れているか分からない程度しかハサミをいれていないとのこと。そうでなければ、オオトリの親方があんなにザクザク切れる訳無いな~と妙に納得。

4時間以上の引退セレモニーを観て、義務教育を終えたばかりの、大人になりかけとも言えない年から力士になるための鍛錬に励み、青春の全てをかけたと言って過言では無い現役力士としての生き方が終わってしまうのは、言葉にならない感慨があるのだろうと感じました。定年で会社を辞めていく職場の上役なら何人も見送って来たけれど、例えば60歳まで何十年も働いた年代と、会社員であれば一番油が乗っている年代での引退はやっぱり同じようで感覚が異なる。来賓挨拶で元議員の鈴木宗男氏が「関脇になれるのは、わずか2%。偉大な業績と言える」と讃えていて、その言葉には心から賛同するけれど、それでも怪我をきっかけに若くして“第二の人生”を歩まざるを得なくなった事には、言いようの無い寂しさを感じてしまう。

北勝力断髪式


テレビで観る大相撲中継さながら幕内の取り組みで幕を閉じた引退相撲。取組そのものは、本場所のような緊張感が無いのだろうな~という印象を受けたけれど、本来ならライバル同士、真剣勝負の力士達が、引退していく仲間のために部屋の違いも越えて皆でひとつの儀式を作っている雰囲気は、日本の伝統文化を守ろうとしている人達の気持ちが込められているようで、とても素敵な事に思えます。

北勝力断髪式


北勝力の所属する谷川部屋系列の関係者も大勢列席していて、高砂部屋や九重部屋も同系列らしく。小錦や九重親方も断髪式に出席。やっぱり元横綱、千代の富士を見た時が一番テンションが上がりました。

北勝力断髪式


余談ですが、桝席は狭いし足が疲れる!ゆっくり観るなら椅子席前方が良い気がします…。
極秘任務なのに関わらず人前で派手な撃ち合いを繰り広げてしまったCIAエージェントのコンビ・タックとFDRは現場から内勤に移される。一方、商品品質チェックの仕事をしているローレンは街中でバッタリ再会した元カレが婚約者を連れていた事をグチったところ、愚痴を聞いてくれた友人が勝手にローレンを出会い系サイトに登録してしまい…。

二人のCIAエージェントが一人の女性の恋人候補から恋人に昇格するために、職権乱用し、あの手この手で恋敵である仕事上のパートナーを邪魔するドタバタコメディ。とにかく笑って楽しめる小技があちこちに散りばめられている。

タックとローレンは出会い系サイトで知り合い、FDRとローレンは行きつけのレンタルビデオ店で遭遇。タックとFDRはお互いの狙いを定めた女性が同一人物である事を早い段階で知り、彼女がどちらを選んでも恨みっこ無しと協定を結ぶが、次第に相手を出し抜こうと手段を選ばず邪魔するようになっていく。

ローレンがどちらを選ぶかの展開は結構分かりやすかったし、タックとFDRが内勤異動になるきっかけの任務で弟を二人に殺され、復讐を企むマフィアの行動が、相棒の恋路を邪魔するための監視により露見するんだろうな~という展開など、意外性も特別な目新しさも無いストーリーだけれど、何も考えず笑って観るには最適な映画。タックとFDRの二人が、恋愛には反則技(と言うより法律違反行為)の盗聴でローレンが自分達を批評する言葉を聞きながら次第に青くなる表情にはニヤッとさせられる。

二人のイケメンを天秤にかけるローレンは人によっては拒否反応を起こすかも知れないけれど、恋に踏み出すのに慎重な理由も二人の間で揺れる気持ちも分かり易くてキャラクター的には個人的には好感度大。どちらを選ぶか決めるために、二人でいる時に相手に向き合う態度が真摯に見えて、リース・ウィザースプーンはやっぱりコミカルな演技が上手いな~と実感。

似たような映画を今後観たらストーリーも忘れてしまうかも知れないけれど、今を楽しむにはオススメの一作。

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SPEC 天

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基本、映画館で観るのは洋画だけれども、今回観たのはテレビシリーズの続編『SPEC 天』。1年もすれば地上波で放送するだろうと思いつつ、続きが気になり観に行って来た。

ストーリーは海上のヨットで乗客が全員ミイラ化して見つかるという怪奇事件から展開。この事件を契機に“個々で暗躍していたスペックホルダー”が組織化して普通の人々を攻撃していると知った警察組織は、テレビシリーズでの秘かな捜査から一転、対テロとして大々的に壊滅する方向に打って出る。

テレビシリーズで謎のまま終わった伏線について、幾つも回答が出される。何人いるの?状態の津田の正体。スペックホルダー達の謎の集まり。警察組織が秘かに行っていたスペックホルダー狩の目的。ただ、結局は一つの疑問に回答が出ても新たな謎が登場するので、ちまたで言われているように、更なる続編への布石とも取れた。

テレビシリーズの頃からのお約束シーンも満載。当麻の書道から紙吹雪の「いただきました」から筋肉バカ瀬文のあり得ないアクションまで、思いの外本格的?なアクションシーンの合間に観客の笑いを誘う小ネタ満載で。

本格ミステリーのように真剣に伏線を追えば矛盾が見つかるのだろうし、かと言って何も考えずに楽しんで観るタイプのストーリーでも無く。辛口に批評するなら謎解き部分もコメディ要素も中途半端で好みが分かれる映画なのだろうけれど、適度に頭を使って非現実感を楽しむには最適な映画だと思う。

アメリカドラマの『HEROES』に似てるとの意見を見たことがあるけれど、『HEROES』を観たことのない人間としては『Xファイル』を観ていた時に似たワクワク感のある作品だな~と思う。『Xファイル』よりはおふざけ感が強いけれど、得意分野が対極のコンビや、お互い反発しながら助け合って信頼が生まれていく感じが作品の雰囲気を似せているなと。モルダーとスカリーのコンビ同様、当麻と瀬文のコンビも好きなので、是非とも『結(欠?)』も作って欲しいと思う。

蛇足だけれど、ライアーゲームの直と秋山の関係といい、SPECの当麻と瀬文の関係といい、本編では恋愛要素皆無なのに妙に親密な信頼関係を演じるのが戸田恵梨香は上手いな~と思った。そう言えばライアー続編は直が出ないと分かってスルーしたな…。

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“鉄の女”の異名を持ち、イギリス初の女性首相としてその名を轟かせていると言って過言ではないサッチャー元首相の半生を描いた映画。メリル・ストリープがアカデミー主演女優賞を獲った事でも話題になった作品である。

ストーリーは一見普通のお年寄りがスーパーで買い物をしているシーンから始まる。その女性がサッチャー元首相で、彼女が既に亡くなった夫が側にいるかのように振舞う事が明かされ、現在と過去の様子が交互に展開していく。

過去と現在を交互に見せる展開と言い、歴史上、名の知られた偉人伝風なストーリー性と言い、少し前に観た『J.エドガー』と被るな~という印象を受けた。それでも、まだ女性の社会進出が受け入れられる前の時代に、国家元首にまで上り詰めたバイタリティと信念の強さはフーバー長官の姿も霞むような輝かしさに満ちている。

ただ、不満点をあげるとしたら、現在のアルツハイマーと闘う姿の比重を減らして、女性議員として性差別に苦しむシーンや党首になるための政治的駆け引きをもう少し時間をかけて描いて欲しかったなという点。リアルでニュース等に接した事のある世代だからこそ、実際にニュースで目にしていた世界情勢の舞台裏で起きていた事柄に言及して欲しかったなと思ったり。

サッチャー当人にアルツハイマーの治療である事を隠して受けさせた医師の診察シーンの会話は秀逸。今どのように感じているか、との医師の問いに感じる事を重視する現代の風潮に強烈に批判する時の言葉。

人は考えることこそが重要である。考えることがその人の行動に現れ、行動が習慣を作り、習慣が人格をつくる。そして人格が運命をつくる。

セリフは正確では無い可能性大だけれども、妥協点を模索する政治家を批判し、自ら“痛みを伴う改革”の矢面に立つ事を辞さなかった人物の言葉は重い。「運命は自分で切り開く」的なセリフは様々な物語で語られて来たものではあるけれど、自らの運命を決める上で国家レベルの問題まで考える事ができるのは稀有な存在と言っても間違いでは無いと思う。

誇りを持つ大英帝国の復活の象徴であるかのような力強さを持った元首相の弱弱しい年を取った姿に哀れみを感じるか、それとも年老いてなお元首相としての片鱗を見せる彼女の姿に力をもらうか。人によって受け取るものは様々だと思われるが、じっくり考えさせられるという意味での見応えは本当に十分。

この映画の公開に合わせてニューズウィーク誌に掲載されたサッチャー元首相の特集記事では、ユーロ導入に強固に反対したサッチャーの予見通りの危機にギリシャ始めユーロ圏が陥っている時期に公開が重なった事を皮肉めいて書いている。日本も直面している経済危機の時期に、一人一人がどうあるべきか、何を考えるべきか。今まさに観て考えるべき作品になっていると思う。

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人種差別が色濃く残るアメリカ南部ミシシッピのとある町。大学を卒業し故郷に戻って来たスキーターは地元の新聞社で家事のコラムを担当するライターの仕事を手にする。具体的な家事のコツをリサーチするために友人宅のメイドをしているエイビリーンにアドバイスを求めるうちに、自分の周囲の人々の黒人メイドの扱いに疑問を抱くようになり…。

ストーリーは人種差別を“人種分離”と言い方を変えただけの南部社会の矛盾を突く内容となっている。ミニーの雇い主であるヒリーは黒人だけでなく白人だけれども下層階級出身で、ヒリーの元彼と結婚したシーリアも仲間うちに入れないよう画策。自分ルールがまかり通る小さな地域社会で傍若無人に振舞っている。

やがてヒリーを筆頭に、家事や育児は任せきりなのにトイレの共有も許さない彼女達の“当たり前”に業を煮やしたメイド達は、仕事を失う事への恐怖心から閉ざしていた口を開き、スキーターの『メイド達の現状を世に知らしめる』取材に応じ始める。

ストーリーが良くできているのは、スキーターを始め、白人の中にもメイド達を自分達の仲間として大切にする人物もいれば、メイド達も『白人とはこういうものだ』という固定概念に囚われて疑心暗鬼になっている部分があることを丁寧に描いていること。そして、黒人メイド達が過剰なまでに自分を守る事に徹している理由の描き方も分かりやすい。

黒人への差別が残る時代の出来事だと他人事のようにこの映画を見る事は可能だけれど、この映画に登場する人々の、差別を差別と思わない行為は、狭い世界の中の価値観だけしか見ていない事が起因していて、言わば現代の小学校で起きているイジメに似た印象を受ける。差別している人々も、それぞれの世界での立場を守る事に必死で、生まれ育った環境や風習を疑問に思う思考的な余裕が無い。

メイド達の抵抗もシュールである。ミニーのパイのエピソードを始め、スキーターの取材に対する受け答え、キッチンでの仲間内でのやりとり、笑っていられない棘が潜んでいる。

厳しい言い方をすれば、ヒロインのスキーターもライターとしての地位を確立するために社会的弱者であるメイド達を利用したと言えなくもない。ただ、エイビリーンをママと呼ぶ、エイビリーンが子守をしているお嬢様と、大学から戻った実家に居なくなっていた乳母のコンスタンティンがどうなったか家族に問い質すスキーターの姿が重なる。現在進行形でメイド達を取り巻く環境と、過去または未来にこうなのではないかと連想させる人間関係がまた良い味を出している。

笑って泣けるエピソードが本当にこれでもかとばかりに散りばめられていて、アカデミー賞を受賞した女優さんだけでなく、監督やスタッフ、作品に関わった全ての人々を心から賞賛したい。

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ヒューゴの不思議な発明

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国・時代が違えど、朝の駅の様子は万国共通の雰囲気が漂う。駅構内に店舗を構えるカフェ・花屋などが慌しく準備に励み、通勤とは無縁の人々はコーヒー片手にのんびりのくつろぐ。そして通り過ぎていく人・人・人。入れ替わり立ち代わり行きかう人々、列車にとって必要不可欠な時計が秒針を刻む。

映画『ヒューゴの不思議な発明』は主人公ヒューゴが時計のネジを回しながら駅構内の様子を観察するシーンから展開。まだ幼い彼がどうして仕事なんかしているんだろう…という疑問をよそに、駅の裏道?を熟知した彼は構内のとあるショップに目当ての品を見つけ、こっそり近付く。しかしネジ仕掛けのネズミをくすねようと手を伸ばしたところ、店主ジョルジュに見つかり、ポケットに入れていたノートを逆に取り上げられてしまう。

親を亡くし、飲んだくれの叔父に引き取られたヒューゴを取り巻く環境は恵まれているとは言えない。それでも“機械人形を再び動かす”という夢の前に、ヒューゴはひたすら邁進する(必要部品調達方法は褒められたものではないけれど)。ちょうど、以前観た『リアル・スティール』の子役マックスと比べると、どこか憂いのあるヒューゴが機械人形を直している様は、マックスが格闘ロボットに夢中になっている姿と重なる。

機械人形を直すため、ノートを取り戻そうとするヒューゴとジョルジュのやりとりも面白い。ノートを返して欲しい彼の家までつけて行った際に知り合った、ジョルジュの継子イザベルにノートはまだジョルジュが持っていると教えてもらったため、ヒューゴは盗んだ品物の代金分、彼の店で働くことになる。何かを直すことに熱心なヒューゴを見つめるジョルジュの視線は温かい。ジョルジュがどうしてヒューゴを気にかけるか徐々に明かされていく展開も伏線の張り方、回収の仕方共にニヤッとさせられる小気味良さがある。

駅構内の花屋の女性に気があるのに一歩を踏み出せない駅の公安員、貸本屋のムッシュとイザベル・ヒューゴの交流など、駅を日常生活の場としている人々の様子の描き方も良い。細かいシーンひとつひとつにホロリとさせられることが多いのだけれども、一番泣けたのがラストの失われたはずの数々の映画を上映していくシーン。CGやら何やら、技術に頼らず知恵を振り絞って楽しいストーリー、美しい映像を作ろうとしている人々の熱意が褪せた色合いの映像とは思えないほど強く伝わってきて、なんだか『ニュー・シネマ・パラダイス』のラストを思い出してしまった。

ヒューゴ、イザベルといった子供を始め、ジョルジュや駅の公安員も映画の中で少しずつ変わっていく。その変化の過程の描き方が丁寧で分かり易い。人によって「良い」と思えるシーンは異なるだろうし、感想も異なると思われるほど、小さな見所が満載。この映画も3D映画ならではの映像美にあふれているのだけれど、映像の美しさに頼らず昔ながらのしっかりとした人間関係やストーリー展開を抑えているからこその良さに満ちている作品だと思う。

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J.エドガー

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アメリカを舞台にした犯罪ミステリー好きな人間にとっては一度は耳にした事があるのがFBI初代長官フーバー。現FBI本部がフーバービルと言われている事もあり、日本人だけれど日本の初代警視総監など名前も知らないのにアメリカの連邦捜査組織の初代長官名は把握しているという人は海外ミステリー好きには多いのでは無いだろうか。

そんな訳で興味があったので観て来たのが「J.エドガー」。クリント・イーストウッド監督、レオナルド・ディカプリオ主演という事で、期待値大で観に行った感想を一言で言えば可もなく不可もなく。

ストーリーは晩年のフーバーが半生をFBIの広報担当にインタビューさせるシーンから展開。合衆国全土にまたがる犯罪捜査が出来ない事により生じる、公的捜査の生産性の悪さ改善と、犯罪(と言うより左翼派によるテロ行為)撲滅に奔走する若き日のフーバーは青臭い(←失礼)正義感に満ちている。状況を判断する怜悧な頭脳と抜群の行動力を買われ、長官代理に任命されたフーバーは精鋭部隊を作るために、自分が絶対的に信頼の置ける人物集めに乗り出していく。

演技派レオナルド・ディカプリオは国家に牙を向く犯罪に対して見せる容赦無い冷徹さと、プライベートで垣間見せる弱さ両方を上手く演じて見せてくれている。ただ、評判だった“若き日のフーバーと晩年のフーバー両方を演じる事を可能にした特殊メイク”は確かにスゴイけれど、ディカプリオの声が老けメイクに合っていなくて良さが半減。「タイタニック」のようなキラキラした青春真っ只中の役には合っても、目的の為には手段を問わない老獪な役には合わない声だなというのが個人的な感想。

フーバーが異常なまでに組織内の実権を握る事にこだわる理由の一つが、彼の母親との関係なのだけれど、母親が息子に対し、あそこまで強固に「強くあれ」と言い続けた背景が映画だけでは今ひとつ理解できず。世界恐慌、第二次世界大戦、その後の冷戦という歴史が背景にある事も理由の一つではあると思うけれど、今ひとつ説得力に欠けるかなという印象で。同性愛的な要素が若干入るのも個人的な評価が下がる一因だったかも(実際にどうであれ、映画の中に特に入れる必要性を感じなかったので)。

「ミリオンダラー・ベイビー」や「ミスティック・リバー」のようなイーストウッド作品を期待して観たら恐らく期待は大きく裏切られると思う。それでも人の強さとは、弱さとは何かを考えさせられるストーリー構成はさすがの一言に尽きる。科学捜査という概念を作ったフーバーという人物がアメリカに、世界に残した功績は何か、FBIという強大な組織を作るために払わなければいけなかった代価は何だったのか。今度FBI捜査官が登場する本を読む時の印象が少しばかり変わると思う。

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