最強のふたり

テーマ:
とあるパリの大邸宅。事故が原因で身体に麻痺障害を持つフィリップは在宅介護の担当者を面接。過去の経験や勉強してきたことを力説する面接者達が多い中、フィリップが選んだのは「失業手当をもらうため、就職活動をした記録が欲しい」と乗り込んで来た破天荒な若者ドリスだった…。

育った環境も趣味も異なるフィリップとドリスのやりとりは観客の笑いを誘う。デリカシーという言葉とは縁遠いドリスの言葉の中には眉をひそめるようなものも多々あるけれど、それを観客諸共笑って見過ごすことができるのはフィリップの度量の大きさとも言える。

ただただ笑って終わってしまう映画とは一味違っているのはドリスを雇った理由を「障害者として同情せず、健常者と同じように扱う」と言い切っているフィリップがドリスを見る眼差しの中に、事故に遭う前の自分を思い返しているような、自由に動けることへの羨望が含まれているからだと思われる。首以外、一切動かせない条件下で、これほど上手く感情を表せる役者さんには心から賛辞を送りたい。

身体を動かせない人への対応が経験や知識だけでは足りないということを小さなエピソードで垣間見せてくれる点も見応え有。『スラムドック$ミリオネラ』でもそうだったけれど、結局人が何かの場面で役に立つか立たないかを分けるのは機転が利くか利かないか、そこにかかっているようにも思える。手を動かせないフィリップに対して鳴っている電話を無造作につきだし、電話を直接耳に当てるという当然行うべき介護の手助けすらできず、一見粗暴で無教養に見えるドリスは、それでもフィリップが生活する上で何が足りないかを直感的に見抜いている。まだ日も昇らない暗いパリの町へ車椅子でフィリップを連れ出し散策し、車椅子を無理なく乗降させられる車をダサいと一蹴してスポーツカーでフィリップを移動させる。

うがった言い方をすれば、結局大切なのは介護する側、される側の相性の問題で、フィリップは自らの潤沢な資産で最高に相性の良い人材を発掘したからこそ生まれた絆とも言える。フィリップが金に物を言わせて好きな介護従事者を探すだけの力が無ければ二人は出会うことも無かったし、彼と出会わなければドリスは刑務所を出たり入ったりのチンピラ生活を行うことになったかも知れない。

東北大震災直後には世間で声高に主張されていた絆という言葉も、最近ではめっきり耳にする機会が減ってしまっている。助け合いや絆は、自分がしてあげようと思うことを押し付けるのでは無くて、相手が何を求めているかを把握して、一方的では無い双方向のコミュニケーションが必要なのだなと感じた。

しみじみ心が温まり、笑って涙することができる感動作なのでお勧めの一品。

公式サイトはこちら。
AD