ヒューゴの不思議な発明

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国・時代が違えど、朝の駅の様子は万国共通の雰囲気が漂う。駅構内に店舗を構えるカフェ・花屋などが慌しく準備に励み、通勤とは無縁の人々はコーヒー片手にのんびりのくつろぐ。そして通り過ぎていく人・人・人。入れ替わり立ち代わり行きかう人々、列車にとって必要不可欠な時計が秒針を刻む。

映画『ヒューゴの不思議な発明』は主人公ヒューゴが時計のネジを回しながら駅構内の様子を観察するシーンから展開。まだ幼い彼がどうして仕事なんかしているんだろう…という疑問をよそに、駅の裏道?を熟知した彼は構内のとあるショップに目当ての品を見つけ、こっそり近付く。しかしネジ仕掛けのネズミをくすねようと手を伸ばしたところ、店主ジョルジュに見つかり、ポケットに入れていたノートを逆に取り上げられてしまう。

親を亡くし、飲んだくれの叔父に引き取られたヒューゴを取り巻く環境は恵まれているとは言えない。それでも“機械人形を再び動かす”という夢の前に、ヒューゴはひたすら邁進する(必要部品調達方法は褒められたものではないけれど)。ちょうど、以前観た『リアル・スティール』の子役マックスと比べると、どこか憂いのあるヒューゴが機械人形を直している様は、マックスが格闘ロボットに夢中になっている姿と重なる。

機械人形を直すため、ノートを取り戻そうとするヒューゴとジョルジュのやりとりも面白い。ノートを返して欲しい彼の家までつけて行った際に知り合った、ジョルジュの継子イザベルにノートはまだジョルジュが持っていると教えてもらったため、ヒューゴは盗んだ品物の代金分、彼の店で働くことになる。何かを直すことに熱心なヒューゴを見つめるジョルジュの視線は温かい。ジョルジュがどうしてヒューゴを気にかけるか徐々に明かされていく展開も伏線の張り方、回収の仕方共にニヤッとさせられる小気味良さがある。

駅構内の花屋の女性に気があるのに一歩を踏み出せない駅の公安員、貸本屋のムッシュとイザベル・ヒューゴの交流など、駅を日常生活の場としている人々の様子の描き方も良い。細かいシーンひとつひとつにホロリとさせられることが多いのだけれども、一番泣けたのがラストの失われたはずの数々の映画を上映していくシーン。CGやら何やら、技術に頼らず知恵を振り絞って楽しいストーリー、美しい映像を作ろうとしている人々の熱意が褪せた色合いの映像とは思えないほど強く伝わってきて、なんだか『ニュー・シネマ・パラダイス』のラストを思い出してしまった。

ヒューゴ、イザベルといった子供を始め、ジョルジュや駅の公安員も映画の中で少しずつ変わっていく。その変化の過程の描き方が丁寧で分かり易い。人によって「良い」と思えるシーンは異なるだろうし、感想も異なると思われるほど、小さな見所が満載。この映画も3D映画ならではの映像美にあふれているのだけれど、映像の美しさに頼らず昔ながらのしっかりとした人間関係やストーリー展開を抑えているからこその良さに満ちている作品だと思う。

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J.エドガー

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アメリカを舞台にした犯罪ミステリー好きな人間にとっては一度は耳にした事があるのがFBI初代長官フーバー。現FBI本部がフーバービルと言われている事もあり、日本人だけれど日本の初代警視総監など名前も知らないのにアメリカの連邦捜査組織の初代長官名は把握しているという人は海外ミステリー好きには多いのでは無いだろうか。

そんな訳で興味があったので観て来たのが「J.エドガー」。クリント・イーストウッド監督、レオナルド・ディカプリオ主演という事で、期待値大で観に行った感想を一言で言えば可もなく不可もなく。

ストーリーは晩年のフーバーが半生をFBIの広報担当にインタビューさせるシーンから展開。合衆国全土にまたがる犯罪捜査が出来ない事により生じる、公的捜査の生産性の悪さ改善と、犯罪(と言うより左翼派によるテロ行為)撲滅に奔走する若き日のフーバーは青臭い(←失礼)正義感に満ちている。状況を判断する怜悧な頭脳と抜群の行動力を買われ、長官代理に任命されたフーバーは精鋭部隊を作るために、自分が絶対的に信頼の置ける人物集めに乗り出していく。

演技派レオナルド・ディカプリオは国家に牙を向く犯罪に対して見せる容赦無い冷徹さと、プライベートで垣間見せる弱さ両方を上手く演じて見せてくれている。ただ、評判だった“若き日のフーバーと晩年のフーバー両方を演じる事を可能にした特殊メイク”は確かにスゴイけれど、ディカプリオの声が老けメイクに合っていなくて良さが半減。「タイタニック」のようなキラキラした青春真っ只中の役には合っても、目的の為には手段を問わない老獪な役には合わない声だなというのが個人的な感想。

フーバーが異常なまでに組織内の実権を握る事にこだわる理由の一つが、彼の母親との関係なのだけれど、母親が息子に対し、あそこまで強固に「強くあれ」と言い続けた背景が映画だけでは今ひとつ理解できず。世界恐慌、第二次世界大戦、その後の冷戦という歴史が背景にある事も理由の一つではあると思うけれど、今ひとつ説得力に欠けるかなという印象で。同性愛的な要素が若干入るのも個人的な評価が下がる一因だったかも(実際にどうであれ、映画の中に特に入れる必要性を感じなかったので)。

「ミリオンダラー・ベイビー」や「ミスティック・リバー」のようなイーストウッド作品を期待して観たら恐らく期待は大きく裏切られると思う。それでも人の強さとは、弱さとは何かを考えさせられるストーリー構成はさすがの一言に尽きる。科学捜査という概念を作ったフーバーという人物がアメリカに、世界に残した功績は何か、FBIという強大な組織を作るために払わなければいけなかった代価は何だったのか。今度FBI捜査官が登場する本を読む時の印象が少しばかり変わると思う。

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