私はいわゆるロストジェネレーションと言われる世代なので、就職活動も氷河期時代。自慢では無いが社会人になってからも仕事がきつくて給料は安いというあまりよろしく無い状況しか経験したことは無い。
一昔前のバブル期入社の先輩方は、自分達の世代と比べると楽な仕事をして高収入。年に複数回の海外旅行も当たり前の生活ぶりを聞いていると、人手不足の膨大な業務量の多く、日々の残業で疲労は溜まる一方、申請できる残業時間は実働の半分程度で鬱憤は溜まる一方。あと10年早く生まれていればと、生まれた時期の不運さを嘆かなかったと言えば嘘になる。


運命は自分の手で切り開くものだと言うけれど、今回の地震・津波のような自然の脅威を前にすると人が出来ることなどたかが知れてしまう。手の施しようの無い事態であれば、運命を呪い、神仏を恨み、被害の少なかった他者を妬んでも仕方の無いことだと思う。やり場の無い怒りを架空の物に対し投げかけて、それで気持ちを整理していずれ前に進めるのであればそれで良い。大人でもそのような心境に陥っても仕方ないと思われるような状況の中で「天を恨まず」と言い切ったのが、大人への入り口に差し掛かったと言えるか言えないかの年頃の中学生であることがまず衝撃だった。


「感動した」という言葉は過去に小泉元首相が大相撲で優勝した貴乃花にかけたシーンが印象深いけれど、スポーツの名勝負で心が動かされるのと、苦境に立つ人間が涙をこらえて搾り出す言葉に受ける衝撃を同じ言葉で表してもその言葉の持つ印象が全く異なるものになる。彼の答辞は今でも色々な動画サイトに掲載されている、それに対する感想の大方は「感動した」というもので、感動したという言葉は間違ってはいないけれど、感動という言葉だけではおさまりきらない大きなものを感じた。


天を恨まず。天だけでは無く、周囲の人間や環境、それらを全てを“恨まない”という誓いが言葉の裏に秘められているように思える。地震そのものは仕方無いとして、その後の政府の後手後手になる対応、福島第一原発のような大惨事を冒すリスクを放置してきた東京電力。私自身がそれらの全ての機関に対する強烈なまでの怒りを胸に抱いていた時期であったからこそ、この言葉を言える一人の中学生の姿に心を打たれた。


最も辛い時期に「天を恨まず」と言った彼らが今どのように過ごしているかは分からない。ただ、辛い状況の中で前に進むことを決めた人たちの力に少しでもなれたらと切に思う。


階上中学校の答辞全文はこちら


次のブログからはいつも通り、映画や本の感想に戻るつもりだが、最近映画の感想を書いていても震災で感じた時の気持ちとの対比が多いので、1年の振り返りも兼ねて大震災で特に心に響いた出来事についてまとめて書いてみた。ニュースやネットの記事を見て泣いたり憤った出来事はもっともっとあるし、今何かをやらなければ、変えなければと思っていることについて2012年でどこまで出来るかは分からない。ただ、来年の今頃、 ブログを自分で読み返してみた時に、震災で色々と省みた気持ちを忘れていたりしないように、気持ちを引き締めて新年を迎えたい。

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チェルノブイリ原発事故当時、私は親の仕事の都合で日本海側のとある町に住んでいた。当時はまだ子供だったので「今年は海で泳がない方が良い」などの噂になんでだろう、と疑問に感じる程度だったのであるが、チェルノブイリ同規模の、見方によってはそれ以上の事故が自国内で起きたという事態については今でも悪夢としか言いようが無い。


3月11日から数ヶ月が経過し、東北での地震について何を感じたか、今どのように思っているかはようやく自分の気持ちをまとめられるようになったが、原発事故に対しては未だに何を感じ、どう考えているかまとめることが出来ない。憤り、怒り、不安、恐怖。様々な感情が自分の中でせめぎあい、今一番強く残っているのは諦めの気持ちである。


3月11日は以前も書いた通り、職場で夜を過ごした。幸いライフラインには問題が無かったので、子供を保育園に預けている等の理由により帰らざるを得ない社員と会社待機組を整理し、食料を手配し、社内にいなかった社員の安否を確認し一息吐いた後は通常通り仕事を再開。決算期で仕事は山積だったし、夜22時過ぎに午後3時に中断した業務を再開して何とかノルマをこなせた時には既に朝8時を過ぎていた。


そんな訳で夜を徹して仕事をしていたので、ネットやテレビでチラチラとニュースを見ていたものの、福島第一原子力発電所の惨事を知ったのは12日に帰宅し一眠りした後のこと。既に1号機水素爆発後のことで、ニュースを見てあまりの事態の大きさにただただ唖然とするしか無かった。


14日の月曜以降は通常通り仕事があったのではあるが、家の外に出るのは恐ろしくて仕方無かった。イソジンを買い占めるような事はしなかったけれど、放射性物質が通常のマスクやコートで防げるような代物では無いことを知る程度の知識はあったし、万全を期すのであれば外出時に来ていた服は都度処分するにこしたことは無いのも重々承知していたけれど、経済的にもそこまでする余裕も無く。マスクの下にミニタオル押し込み、通勤で往復する以外は極力外に出ることを控えることしか出来なかった。


福島は本来東北電力管轄下であり、関東で福島原発で発電された電気をこれまで何の疑問も抱かずに使ってきた都民である自分が、事故を起こした東電やなんら対策を打って来なかった国を責める権利があるのかどうかは定かではない。ただ、家から外に足を踏み出すことにすら恐怖を感じた日々に受けた精神的な苦痛は過去には全く経験したことの無い類のものだった。福島原発付近に住み避難を強いられたり、原発事故後、国が規定する以上の放射性物質が検出された農家の方のような直接的な被害を受けていないのは確かだけれども、1号機から4号機まで立て続けに起こす爆発を目の当たりにし、将来的に白血病や癌のリスクが高まった場合の保障も無いままに働き続けなければならない環境を呪ったことは確かである。


広島・長崎で被爆者には『原爆手帳』が配られて医療費免除されるという措置が取られていたはずだが、3月12日以降、仕事やその他のやむを得ない事情で外出した関東圏全員に対し将来的なリスクから身を守るために『原発手帳』を配るだけの予算が無いことは経済に疎い自分でも容易に想像が付く。そもそも、10年後に自分と同世代の発癌リスクが爆発的に増えたとしても、年齢的なもの等と理由を付けられて関係性を否定されることは目に見えている。


第二次世界大戦を舞台にした子供向けの本で『戦艦武蔵の最後』という本があった。子供の頃に読んだ本だが、今でも強烈に脳裏に残っている台詞がある。『養豚場の豚でも殺される際は必死に抵抗する。俺達は抵抗もせずに死地に向かわなければならない。俺達は豚以下の存在だ』戦地に赴く兵士と、一般市民を比較するのは間違っていることなのかも知れない。ただ、実際にどの程度の被爆するか全く情報が無いままで日常生活を送らざるを得ない状態に、『豚以下だ』という憤りを感じたのは紛れも無い事実である。


『ただちに』影響が無いと力説してきた政治家や専門家の言葉、二転三転するテレビやネットの情報。何も信じられない状況下で何をどうすれば良いのかうろたえるだけの状態で時は流れた。地震から8ヶ月以上経過し、先ほども書いた通り感じているのはただただ諦めの気持ちである。地震大国に原発建設を黙認してきた国民に全く非が無い訳では無い。福島の原発事故は世界規模で影響を及ぼし、広い視点で見れば日本人は一人残らず加害者なのかも知れない。だから、自分自身が3月以降に手に触れ、口にしたものが原因で何らかのリスクを負っても仕方の無いことなのだ、と。


原発事故はまだ収束した訳では無い。実際に関東圏では未だに3月の事故の影響と思われる放射性物質が次々と検出されている。それにも関わらず脱原発に向けての具体的な施策は何一つ決まっていないように見受けられる。50年後、100年後に日本が存続することを考えて、国民一人一人が何をするべきか考えなければいけないと痛切に感じる。私自身、何も動けてはいないのだけれども。

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自分にできることを精一杯やりきる事が大切であると痛感したことも地震で感じたことの1つだ。
自衛隊・警察・消防・医療関係者など、震災当時寝食を忘れて業務に徹した方々への感謝は禁じ得ないが、私のように一般の会社で事務系の仕事をしている人間は、このような時ほど自分の力の無さにやりきれなさを感じることは無い。だけれども、そんな特別な力が無くても人を感動させることはできると実感したのがネット上で話題になったスパリゾートハワイアンズの職員の方々の対応だ。


交通網がいつ復旧するか分からない中で帰る手段が無くなってしまった宿泊客へのフォロー。当たり前のようで当たり前に対応することは難しかったことと思う。私の場合、11日の震災当日も職場に残って徹夜で仕事をしたものの、それは交通手段が無かったからであって、どうせ帰れないなら溜まった仕事をしてしまえぐらいの気持ちだった。帰れるのであれば帰りたいというのが本音ではあった。


東京よりも確実に震度が大きい地域で、這ってでも帰りたいという気持ちの人もいただろうし、顧客対応に必要な最低限の人員以外は極力帰すようにする現場での調整もあったと思う。それでも恐らく不安な思いを抱えている宿泊客に安心感を与えるために表向きは通常と同レベルのサービス提供に徹し、裏では何とか顧客の帰宅手段を得るために奔走。これ以上無い顧客サービスだと言っても言い過ぎでは無いと思う。


顧客満足向上が叫ばれる世の中だけれども、実際には利益が上がらなければ商売はやっていけるものでは無いし、そこはサービスを提供する側と受ける側、どこが妥協ラインかの探りあいになるのは仕方無い部分があると思う。妥協ラインの探りあいは常時だからこそできることであって、真の意味で顧客の立場に立てるか否か、サービスの質を問うのは非常時なのでは無いか。911テロの際も、国際線の運航がほぼストップ状態で帰国したくてもできない人々は交通手段が復旧するまでの期間どのように過ごしていたのかと疑問に思ったものだが、帰れなくなった人々への対応としては最高のおもてなしをしたハワイアンズの職員には、泊まっていた方々と同様、心から拍手を捧げたい。


震災以降、決断力の無い日本と言われ続けている。確かに日本を全体的に見た場合は政治家トップなど、リーダーシップを問われる立場の人間に決断力が無いと憤りを感じる場面は多々あった。しかし、1つ1つの現場で決断力を問われ、その場で選べる選択肢の中では最高の手段を取っている方は大勢いたことを実感するエピソードに触れることができて、日本もまだまだ捨てたものでは無いと思ったのは私だけではないはずだ。福島県は福島第一原発の事故の影響が今でも色濃く残っている。どんなに良いエピソードがあってもスパリゾートハワイアンズも原発の影響は少なからず受けていると思うが、仕事が一段落したら是非利用してみたい、心からそう思う。


スパリゾートハワイアンズの記事はこちら

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東日本大震災で出回ったチェーンメール。私自身ひっかかった口なので大きなことは言えない。
言い訳にしか聞こえないと思うけれど、地震直後のあの状態でこの手のメールを見て、「チェーンメールかも知れないから真偽を確かめよう」と思える人は余程冷静沈着な人物に違いない。


私自身は当時一人暮らし、電車の運行も不安定な状態で月曜以降も仕事に出なければいけない中で遠方の実家に駆け込むわけにも行かず、12日の日中に会社から戻って以降の土日は文字通りただひたすら布団を被って怯えていた。震災後、結婚したりシェアハウスに引っ越す独身男性・女性が増えていると聞くけれど、何が起こるかわからない状態で一人でいることの恐怖は言葉にできないものがあった。


普段から用が無ければメール・電話をしないタイプの人間なので、今回のように大規模な災害の場合はなおさら、親兄弟など家族に対しては地震後即電話連絡するけれど、知人・友人に対しての連絡は遠慮してしまう。ようやく携帯メールの送受信がまともにできるようになって、かと言ってこんな時に家族以外の人たちに安易に連絡をして良いのか悩みつつ、反面、誰とも連絡を取らない状況も恐ろしくてしばらく悶々としていた。


そんな中送られてきたチェーンメール。悩んでいる状況を打破するきっかけを得た事に狂喜。悪意が無いところがチェーンメールの性質の悪いところだと言う。復興に動き始めてから叫ばれ始めた“絆”だけれども、誰かとの繋がりを求めるという意味では震災直後ほど他者との繋がりを感じたいと願った瞬間は無い。


どこかのブログでチェーンメールが来たのは遠い知り合いで真の友人からは来なかったという記事を読んだことがあるけれど、そのブログを書いたのは恐らく関西以西に住む人物。私自身、メールは会社の同僚や家族からも普通に来たし、関東では怪しいメールかどうかを判断できるほど冷静になれる人は少なかったのでは無いかと思う。


転送した知人の一人からは「これはチェーンメールなのでちゃんと真偽を確かめろ」的なお叱りメールを受けた。その人は同じ年齢で実家暮らし、多分親兄弟と一緒にいる安心感から情報を集める程度の余裕があったのだと思うけれど、正直に言ってしまうと送られてきたメールの真偽をいちいち調べろと言って来る相手に対し憤りすら覚えた。相手のメール本文の口調がきつかったというのもあるけれど、不安で不安でたまらないこっちの気持ちも考えろと思った。今思えばとんでもなく身勝手でいい加減な言い分だけれど、当時それ程精神的にも追い詰められている状態だったのは事実だ。


発信する人間が悪いのか、転送して広めてしまう人間が悪いのか。チェーンメールが良いものでは無いことは確かなのだけれど、私にとってはメールを送るきっかけをくれたという意味で当時は本当にありがたいものだった。用が無ければメールしないという考え方そのものを変えれば良いのかも知れないが、チェーンメールを送ることを防止したいのであれば、家族連絡などが目的の緊急掲示板以外に、何か「すぐに連絡を取るには気が引けるけれど連絡を取り合いたい知人・友人」との連絡ツールを考えるべきなのでは無いかとも思う。mixiやFacebookみたいなソーシャルネットワークを使えば自分でも簡単に作れるのだとは思うけれど。

今年1年を振り返るにあたって日本人であれば東日本大震災の話は避けられないと思う。私自身は3月11日当日職場に泊まる、計画停電で冷蔵庫が止まる程度の影響しか受けなかったけれど、テレビやネットを通じて知る被害が甚大だった地域の情報には受けるショックが大きくて、震災について自分がどう思ったかを人と話せるようになるまでは数ヶ月の時間を要した。


今回の東日本大震災で自らが犠牲になり他者を助けることに尽力した美談には事欠かないけれど、中でも印象に残ったのが南三陸町の遠藤美希さん。年齢こそ違うけれど同じ女性、恐らく彼女の話をニュースやネットで知って私と同じように自分に対して問いかけた人は少なく無いと思う。「私だったら彼女のように行動できていたのだろうか。」


身を挺して誰かを救う。映画や小説など、過去の戦争や災害を通しての逸話であればこれまでも多くの物語を耳にしてきた。ただ、それは全く別の世界・時間の中で起きた出来事であり、例えば電車の中で隣に立っていてもおかしくないような、普通の働く女性に起きた出来事では無かった。


彼女はもしかしたら、仕事を通じて特定の誰かに助かって欲しいという気持ちを送っていたのかも知れない。逆に、私であったら呼びかけている“誰か”の中に、家族・恋人・友人、自分にとってのかけがえのない特別な人間がいると分かっていなければとてもでは無いけれど行動できなかったと思う。それとも、歴史上類を見ない災害の中で公私にこだわっているような余裕も無く、ただただ無心に呼びかけていたのだろうか。彼女がどう考えて行動したのか、最後の瞬間に何を思ったのか。震災から数ヶ月も経った今でも思いを巡らせるだけで涙が止まらない。


震災後、ゴールデンウィーク明け頃までの間は余震や原発事故の経緯に怯え、仕事に出る時間以外はひたすら家に引きこもっていた。余震の頻度減少に比例するかのように外に出る機会も増えたけれど、未だに何をするのにも罪悪感・後ろめたさがつきまとう。映画を観るのに時間やお金をかけられるのであれば、東北でまだ復興まで道のりが遠い人たちのために何かできないのか。飲むのに使うお金があるなら1円でも募金に回した方が良いのでは無いか。大勢の犠牲者が出た中で、何も無かったかのように普段の生活を送っていて果たして良いものなのだろうか、と。勝手に罪悪感に浸っていることが、彼ら、彼女達への供養になる訳ではないことは重々承知しているけれど、言葉に表しようの無い虚しさに襲われることは未だに多々ある。


風化させない、と口で言うのは簡単だ。今でも家賃を振り込む時に東北支援関連の募金を行うことは習慣付けているけれど、その時には必ず遠藤さんのように他者を救うために自らの命を賭けた人々のことを振り返るようにしている。いざ、同じ立場に立たされた時に自分が彼女と同じような行動に出ることができるのか、今でも正直自信は無い。ただ、自分の生き様を見直すきっかけをくれた彼女達を忘れないでいようとする気持ちだけは失わないでいたいと思う。

マネーボール

テーマ:
数や金に物を言わせて力ずくで勝ちを手にする事は容易い。では、資金的に敵わない場合、勝ち目は全く無いのだろうか―――。

映画『マネーボール』はアスレチックスが地区優勝を決める試合でヤンキースに敗れるシーンから展開。字幕でヤンキースとアスレチックスとの圧倒的な資金力の差が表示される。その差を見せつけられるかのように、地区優勝争いにこぎ着けた主力選手を他チームにとられてしまう。後継選手を引き入れるにも先立つ物が無いなか、GMであるビリーは先例の無い奇策に打って出る。

ストーリーは苦労しつつチームが一丸となって歴史上驚異的な記録を打ち出すまでのサクセスストーリーだ。監督、選手、GMといった立場の違う者同士のぶつかり合いも物語としての目新しさは無い。だが、「1試合140万かけているチームと同じ勝利数を20数万で勝ち取った」と言わしめる清々しさがそこにある。舞の海が自分の倍ぐらいの大きさの力士に勝った時に歓声をあげるのと同様の心地よさだ。

それでもこの映画はスポーツに汗する選手達の行為に感動するスポーツ物では無い。舞台はあくまでGMであるビリー達裏方がメイン。数字で選手を分析し、1人1人に突出した才能が無くてもバランスを考えて最も効率の良いパフォーマンスを行うことを計算する人々の姿は、舞台をどこかのIT企業か何かに置き換えても何も問題が無いように思える。論理的な思考方法、考えが凝り固まった古参社員の考え方を変えるための根回し。メジャーリーグを舞台にしているが、この映画はビジネス映画と言って過言では無い。

ビリーがどうしてGMとしてチーム勝利にこだわるのか、物語の合間合間に挟まれる彼の過去のエピソードや試合を決して見ない理由の明かし方も良い。そして、結果を出せなければ容赦無くトレードされたり戦力外通告される選手達。ほとんど登場時間が無いのに彼らの悲痛な表情は観る者の気持ちを揺さぶる。彼ら視点でもう1本映画が撮れるのではないかと個人的には思える。

ここ最近観た映画ではピカイチの良さだと思ったけれど、映画館でイビキをかいて寝ている人が…。観る人を選ぶ映画なのかも知れない。

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コンテイジョン

テーマ:
香港出張から戻って以降、体調を崩していた妻・ベスが突然自宅で倒れ痙攣発作を起こす。ミッチは妻を救急病棟へ連れ込むが治療の甲斐無くベスは死亡。呆然として帰宅したミッチを待っていたのは、風邪で学校を早退した継子の容態の急変だった―――。

『トラフィック』を思い起こさせるようなドキュメンタリータッチの映像は、このストーリーと同じような現象が世界のどこかで起きても不思議では無いのではないかという何とも言えない恐怖心を観る者に抱かせる。アカデミー受賞者豪華競演と謳っているにも関わらず、そのような豪華登場陣が次々と原因不明のウィルスに感染し倒れていく。

誰が主役か分からないような、様々な立場の人々から未知のウィルスの脅威との戦いの場面が展開していくが、面白いなと思ったのは疾病予防センター(CDC)の対応がウィルス感染に対する治療法では無く予防法の開発に終始している点。同様の爆発的なウィルス感染のパニック映画としてまず思い浮かぶのは『アウトブレイク』だけれども、こちらが治療法を探して奔走していたのに対し、CDCのメンバーは拡大を防ぐことに専念している。

感染者が増えた都市の閉鎖。食料配給の不備、ウィルス効果のあるという薬品の奪い合い、保存食の買占めや略奪。大規模な略奪こそ無かったものの、東日本大震災の記憶が生々しく蘇る。特に感染後、無くなった患者を埋葬するシーンは強烈。地震の際のテレビ映像などに大きなショックを受けた人はまだ観られない映画だと思われる。

ワクチン開発を待つだけの市民、開発後のワクチンを最初に入手するための手段を画策する人々、正義感からか、単なる利益目的なのか、国民を煽るフリー記者。フィクションのようで、実際に起こり得ることを痛感している身だからこそ感じる恐怖が映画の中にはある。映画を通じて監督やスタッフが何を伝えたかったのか明確に伝わるメッセージは無い。観る人、一人ひとりが違うメッセージを受け取る、そんな映画だと思われる。

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水の都・ヴェネツィア。一見三銃士をは縁の無さそうな舞台からストーリーは幕を明ける。王の密命を受け、イタリアに忍び込んだ三銃士の狙いはレオナルド・ダ・ヴィンチが発明したという飛行船の設計図。見事設計図を手にしたかと思いきや、思わぬ邪魔が入り―――。

繰り返し映像化している『三銃士』を他の作品と差別化を図っているオリジナリティが冒頭から展開。この“飛行船”というアイテムを使って、一見時代を間違えたかのような活劇が繰り広げられる。

田舎から出てきた青年ダルタニアンと三銃士の出会いは色々な映像化されているストーリーそのままでニヤリとする小気味良さ。その後、リシュリュー枢機卿の近衛隊との戦いも迫力がある。

ただ、何だか「どこかで観たな」的な画がものすごく多いというのが第一印象。いちいちスローモーションになるアクションシーンは『グリーン・デスティニイ』や『マトリックス』のアクションシーンを連想させるし、飛行船による空中戦も舞台が海から空に変わっただけの『パイレーツ・オブ・カリビアン』のワンシーンのような印象が。

個人的な好みの問題だけれど、主役級のダルタニアンと三銃士を演じる役者がイマイチだったのも映画に入り込めなかった原因のひとつ。ダルタニアンは見た目も田舎者丸出しで(←失礼)、もうちょっと“洗練はされていないけれど磨けば光りそうな原石”らしさを出して欲しいというのが本音。

『ロード・オブ・ザ・リング』ファンとしては、アトス→アラゴルン、アラミス→レゴラス、ポルトス→ギムリ、ダルタニアン→フロドぐらいの役者を揃えて頂けたらな~と思ってしまったり。

娯楽作品として何も考えずに見るには最適の映画。何と言ってもミラ・ジョヴォヴィッチ演じる悪女は、彼女だけでもっていると言っても過言では無いほどはまり役。続編がありそうな雰囲気のラストだったけれど、続編を観るかは…微妙なところ。

ちなみにオーランド・ブルーム目当てで見た割に出番は少なかったのでそれもガッカリの一因かも。

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フェア・ゲーム

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911以降、イラクの核兵器開発に神経を尖らせるアメリカはCIAに調査の強化を指示。アフリカ某国からイラクが核燃料を入手したとの噂の真偽を確かめるための調査役にヴァレリーの夫で元中東大使であるジョーに白羽の矢が立つ。ジョーやCIAによる調査結果からの推測内容に反し、アメリカ政府はイラク戦争へと踏み切ったが、長引く戦争の中で戦争を始めた根拠でもある“大量破壊兵器”の存在そのものに疑問を持たれるようになり―――。


21gでも競演したナオミ・ワッツとショーン・ペンの演技は思わずストーリーに引き込まれる力がある。戦争を起こすための名目を作るための工作に着目するか、自身の信念を捻じ曲げられた事に対し国家権力へ真っ向から勝負を挑む孤独な戦いに着目するか、何に注視するかによっても映画の楽しみ方が全く変わってくるのも面白さの1つだと思われる。


個人的にはヴァレリーの夫の行為に対しては賛同できない。社会人経験者であれば、自分の思惑と全く異なる目的で自分の業務が利用される不条理さは誰しも経験する道だと思われるし、個人的な正義感で動くことで、彼の妻であるヴァレリーの仕事に影響する大きさが計り知れないものであることは映画の観客よりも日常の生活を共にしていた彼の方が容易に想像が付いたはずだ。それにも関わらず、信念を貫いた彼の行為が正しいかと問われれば違うのでは無いかと思ってしまう。


結果としてイラクでは戦争を引き起こすための名目となった大量破壊兵器は見つからなかった。しかし、映画の中でのCIA職員と政府高官とのやりとりは強烈な印象が残る。
「イラクが核兵器を開発しているという証拠は無い」
「開発していないと100%言い切れるのか。98%だとして、残りの2%で何人のアメリカ人が犠牲になると思うか。そのリスクを受領することはできるのか」


311以降、このような台詞を聞くとどうしても原発事故を連想してしまう。原発事故後、繰り返し使われた「想定外」という言葉。事故後、風評被害などで被った経済的打撃はどの程度の規模に昇っているのか。結果として、10年後、20年後に何人の日本人の命を脅かすことになるのか。これらのリスクを考えて地震・津波対策をするべきでは無かったのか。わずか1%でもリスクを残さない方法を提唱する政府関係者がこの日本にはいなかったのか。


ヴァレリー夫妻を国家権力をかさに着て徹底的に追い詰めたブッシュ政権のやり方はとても褒められた事ではない。民主主義国家として批判されるべきことであるのは事実である。「ほんのわずかな可能性」レベルの疑惑で攻撃されたイラクの憤りも計り知れないものだと思う。思わずフィクションかとも考えてしまうような展開がノンフィクションだということが、映画ラストで明らかにされる事には身震いするほどの恐怖を感じる。


ブッシュ政権がイラク戦争に踏み切ったのは、純粋にアメリカ国民の安全を考えてのことでは無いことは重々承知している。それでもこの映画を観て「リスクをゼロにするべき」と言明する政府高官がいることに強烈な憧憬の念を抱くのは私だけなのだろうか。


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