Part1上映から約8ヶ月、ハリー・ポッターシリーズ最終作『ハリー・ポッターと死の秘宝Part2』を観に行って来た。


物語はハリー達がグリンゴッツ銀行への進入を試みるシーンから展開。分霊箱をどのように探せば良いか迷い続けたPart1に比べ、分霊箱と共鳴するかのようにハリーは次々とヴォルデモート卿の魂を閉じ込めた品を見つけ出して行く。


シリーズ通してハリーは“生き残った男の子”として本人にとっては不本意な事に常に魔法界では注目の的であり。ヒーローとして祭り上げられる反面、『秘密の部屋』『炎のゴブレット』とハリー自身は意外とこれまで学園内では問題を起こす、目立ちたがりと冷遇されていた面も多々あった。しかし今回映画『死の秘法』の中で、ハリーを差し出せば命は助けるとのヴォルデモート側の再々の要求を断固として拒否するホグワーツの面々に、成長したのはハリー達だけでは無いな、と、つくづく7年の年月の長さを実感した。


圧倒的な力の差があるヴォルデモート卿との戦いのシーンが思いのほか凄惨で。戦いが一休止したホグワーツの構内には倒れた生徒が点々とし、スネイプとヴォルデモート卿の対決シーンは音と人影しか見せていないのに目を背けたくなる程の残酷さ。原作も数を追う度にストーリーが大人向けのシリアスな内容になっていくのを感じたけれど、本当に大人向けの物語になってしまったな、とつくづく思ったり。


ホグワーツを舞台にしたヴォルデモート率いる軍勢との魔法戦争が物語の主軸なのでどうしても戦闘シーンが多い。戦闘シーンが多いと、どうしても『ロード・オブ・ザ・リング』に似て見えてしまう。原作ではダンブルドアを信じるか否かでハリーが揺れるのに対し、映画ではハリーの信頼は揺らがない。その辺りのハリーの完全なヒーローっぷりについては賛否が分かれる所ではあるとは思うけれど、個人的にはあそこまで完璧じゃなくても良いのではと思ったり。原作と比べると不満点も多々あるけれど、10年の年月をかけて主要な役を演じる俳優を変えずにここまで来たのは感服の一言に尽きて。ハリー・ロン・ハーマイオニーを演じきった主役3名を筆頭に、マグゴナガル、スネイプといった教師陣が変わらなかった事についても(ダンブルドアは変わってしまったけれどこれは仕方ないし)、製作スタッフには本当に感謝したい。


原作を読んだ時にも感じたけれど、ハリー・ポッターの世界では身近な人を助けたいと動いている人物が多い。スネイプにしてもある一人の人物に対してのみ守りたいという気持ちで働いているし、ハリーの命を結果的に救った功労者であるナルシッサも自分の息子を守ることだけを考えて動いている。彼らが動いたのは決してハリーのためでは無いのだけれど、それが結果としてハリーを助けている、その連鎖がやっぱりすごい。


スネイプの過去にしろ、ダンブルドアの考えにしろ、原作未読者にとっては理解し辛いのでは、と感じる面もあったけれど、全シリーズを映画館で観られて、終わってしまった事が淋しい気もしつつ結果としては大満足。原作者はハリー・ポッターシリーズをまた書く可能性があると示唆しているようだけれど、ハリー達の世代はこれで完結させて、どうせ書くならハリーの親世代(スネイプ回想だけだとリリーがどうしてハリーの父親を選んだかさっぱり分からない)かホグワーツ創設にまつわる話、トム・リドルの学生時代とかにして頂きたいな、と思ったり。


蛇足だけれど、原作に忠実なのは良いけれど19年後シーンとか映画では無くても良かった気が(どう観ても役者を変えずに19年後を演じてもお笑いシーンにしかならない)。あと、何だか過酷な旅をしていたはずなのに身体が丸いロンや前作に比べて顔がふっくらしたスネイプもすごく気になってしまった。


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