127時間

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週末は趣味に勤しむ。社会人としては理想的な過ごし方だ。けれど、その趣味が災いに転じたら…。


映画『127時間』は金曜の夜、週末を迎えた主人公アーロンが“第二の故郷”と呼ぶブルー・ジョンに向かうシーンから始まる。高速を車で飛ばし、摩天楼そびえ立つ都心から一面の砂と切り立った山しかない荒野へ。

日常が非日常へと切り替わる瞬間の楽しさは社会人なら誰しも経験があるだろう。


そんな開放感に溢れた主人公が文字通り奈落の底に叩き落される。足場が崩れ崖に転落。落石に腕を挟まれ身動きできなくなってしまう。


私にとっては週末の映画はお手軽な日常⇒非日常切り替えイベントの1つだ。なんの映画を観ようか調べていて、まず思ったのはこの映画の上映時間の短さ。同じ映画館で上映していた『英国王のスピーチ』は予告も含めると2時間超なのに『127時間』は90分強の上映時間。子供向け映画並みの短さだ。


ストーリーはそれなりに知っていたので、主役の一人芝居なら上映時間は90分程度が限界かなと思いつつ観たのだけれど、岩に挟まれたジェームズ・フランコの一人芝居は見ごたえあり。パニックに陥りそうになる自分を落ち着かせ、笑わせ、一方で最悪の事態に備えて家族に対し動画でメッセージを残す。


最近観た『ブラック・スワン』と同様、主人公は精神的に追い詰められていくのだけれど、“現実なのか妄想なのか”という追い詰められ方と、残された水分があと僅か、という現実的な追い詰められ方と、恐怖の種類が似ているようで全く異なる。一緒に観た友人が『ブラック・スワン』はジクジクする痛み、『127時間』はズキズキする痛みと言っていたけれど、精神的な追い詰められ方ではどちらが恐ろしいか、観る人によって判断が異なると思われる。


一瞬の惨劇で命を奪われるのと、死の恐怖と戦いつつ一人で100時間以上格闘するのとどちらが恐ろしい出来事なのだろうか。127時間は自伝を元にした映画なので、実際にこの恐怖を体験した人がいるという事実が何よりも恐ろしい。岩の裂け目の中で一人で過ごす主人公がそれまでの人生を振り返るのを観ながら、観客もそれぞれ、自分の生き方と対峙することになると思う。家族に対して伝えたい事は無いか、過去の何気ない選択が何よりも大切な決断だったのでは無いか、と。


携帯が普及し、何かあったら携帯で連絡すればと気軽に登山する人が増えていると聞く。主人公が窮地に追い込まれた後で後悔するのが「家族に行き先を告げてくれば良かった」ということ。何かあったら携帯に連絡して、と自分の携帯番号以外の情報を残さず出かける習慣を脱しようと、自分の行動についても反省させられた。


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AKB総選挙に思うこと

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東北大震災から3ヶ月を迎えた11日土曜日、地元の役所の前に地震体験車両が来ていた。
震災の恐怖を忘れないようにとの企画。忘れたつもりは毛頭無いが、大震災関連のニュースは日に日に新聞・テレビ等を占める割合は減って来ている。


先週日本中の話題を独占したのはAKB総選挙と言っても過言では無いだろう。正直、震災のショックから立ち直っていない人々が多くいるなかで、このようなお祭り騒ぎに興じる日本はどうなのかと思ってしまう。


総選挙の投票権を得るためのCDならびに総選挙の売り上げはもちろん義援金として寄付されるらしい。ただし、“一部”との但し書きが付く。先日東京ドームでライブを行った氷室京介と異なり、必要経費以外は全額寄付しますとは(寄付を増やすために経費を減らす努力をしていますとは)銘打っていない。


既に言われている事だが、1人のファンが投票権を得るために何枚も同じCDを買うのであれば、同じ金額を寄付する度に投票権を与える仕組みを構築するまで総選挙の日を延ばすことは出来なかったのだろうか?必ずしも6月に行わなければならない理由は(AKBメンバーが出演する映画やドラマの宣伝目的以外には)無いはずだ。


個人的に、東北を始めとする被害が甚大だったエリアの方々に次いで、今回の震災で本当に悲惨だと思ったのは、2011年3月卒業の大学生達だ。過去最悪の就職難と言われ、その中で苦労して得た内定すら震災後に取り消される者も相次ぎ、震災後の自粛モードで卒業式すらキャンセルになった大学が多々あった。計画停電やら何やら、当時の事情を考えると仕方ないと諦めるしか無い状態ではあった。だが、一生に一度の晴れの日を奪われた学生が多くいる中で、来年以降でも行えるお祭りをあえて今年も強行する必要はあったのか。


行き過ぎた自粛は良くないと世間の考えが変わりつつある。正直、追いコンや送別会シーズンでかきいれ時だったはずの3月を日本中を席巻した自粛モードで売上圧縮に追い込まれた飲食店等多々ある事は容易に想像もつくし、震災当初の自粛の流れがこのまま続くのは日本経済を考える上であってはならないことだというのは分かる。私自身、既に映画館に映画を観に行ったりと、仕事に行く以外の日の生活も大震災以前の状態に戻りつつある。毎月家賃振込の際に寄付することは習慣付けてはいるが、生活に必要とする以外の収入全てを義援金として寄付している訳でも無い。


だが、今でも避難所生活を送り、行方不明の家族の戻りを待っている人が多くいる中で、熱狂的なファンが数百万円の資金を選挙のために使ったと騒ぎ、悪徳商法とまで言われる選挙を容認する日本人の感性はいかがなものかと思うのは私だけなのだろうか。

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冒頭で海賊の公開処刑(毎回未遂?)、続く剣を用いた戦闘、更には広大な海原へ乗り出す航海―――。
シリーズ4作目『パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉』冒頭では既にお馴染になったパターンのシーンが繰り広げられ、シリーズが戻ってきたなという懐かしさが一気に蘇る。


まず冒頭、大笑いだったのが何と国王付の公賊になったバルボッサの姿。「超」が付く程似合わない鬘&白タイツ姿に爆笑。その後、ジャック・スパロウが自分の名を偽り船員を募集する偽ジャックと対決。相手が女性である事に気付き、なぜ自分に扮したかの問いに対する答えは「だって、あなたの動作は女性っぽいんだもの」。


『デッドマンズ・チェスト』『ワールド・エンド』でイマイチ失速した感のあった勢いと笑いが散りばめられたシーンの数々は、ディズニー映画本領発揮という感じでさすがの一言に尽きて。2作で1つのストーリーを追うのも良いけれど、やはり1作で1つの物語が幕を閉じた方が観ていて気持ちいい。ジョニー・デップ演じるジャック・スパロウ、ジェフリー・ラッシュ演じるバルボッサ等、シリーズ1作目から続くキャラクターはそれぞれ演じる俳優達はすっかり板に着いていて観ていて楽しい。


ジャックにしろ、バルボッサにしろ、どこか世間的には悪者のはずだけれど憎めないキャラクターが登場するのがパイレーツシリーズの特徴だったのに関わらず、今作では根っからの悪役キャラが登場。この“黒ひげ”の残忍さは今までのパイレーツシリーズには無かった黒さを映画全体にもたらしている。


最近ではハリー・ポッターの第一作に登場する“賢者の石”のように、飲む者に長寿もしくは永遠の命をもたらすというアイテムは様々な映画や物語に登場するけれど、この作品のタイトルにもなっている“生命の泉”がリアルだな、と思ったのは、単純に泉の水を飲めば寿命が延びるのではなく、2つある杯の片方を飲んだ者の寿命を、もう片方を飲んだ者が奪うという残忍な条件。この条件の残酷さが上に記載した冷酷無比な“黒ひげ”のキャラクターと相まって、笑いの中にもとてもシビアな大人向けの作品になったなという印象を受けた。


何かの映画評で見たけれど、やはりオーランド・ブルームとキーラ・ナイトレイの2名が抜けた分、若い俳優陣の華やかさが若干欠けた感はどうしても否めず。生まれもっての海賊じゃないかと思う程、ぺネロぺ・クルスの女海賊役はハマっていたけれど、宣教師と人魚だけではオーランド・ブルームとキーラ・ナイトレイの穴は埋められないな~という感じで。


ストーリー的に若干無理があったとしても、それも全部目をつぶろうと笑って許せる爽快感がこの映画にはある。また続編が登場しそうな雰囲気のラストだったので、楽しい続編に出会えるのを楽しみにしたい。


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ブラック・スワン

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ニナはバレエ団に所属し、次の公演に向け準備を進めているバレリーナ。真面目に練習に励んでいた甲斐もあり、主役の白鳥の女王のオーディションに呼ばれる。オーディションで白鳥を舞うニナに監督は「白鳥だけなら君を選ぶ」と告げる。真面目で優等生なニナは白鳥に適正があっても黒鳥を踊るには役者不足と判断されて…。


感想は一言で言うと怖い。ひたすら怖い。
下手なホラー映画よりも迫りくる恐怖の度合いが半端無い。


主役に抜擢されたニナはプレッシャーからどんどん追い込まれ、彼女を取り巻く事象が次第に現実のものなのか、それとも彼女の妄想がもたらしているものなのかが分からなくなっていく。ただ、母親の強い束縛の下で育てられたニナが主役のプレッシャーで弱っている状況下で追い込むことは誰にとっても容易いとは想像が付き、実際に起こった出来事を、あたかもニナの妄想のように思わせ、ますます窮地に追い込む策略を練ることは可能だな、とも考えてみたり。


アカデミー主演女優賞を受賞したナタリー・ポートマンの演技は本当に素晴らしい。練習中の呼吸ひとつとっても、ニナが極限まで追い込まれていく様子がひしひしと伝わってくる。ただ、ナタリー・ポートマンが今までの印象を覆す役を!みたいな映画評も多いけれど、実際にはニナは母親の期待に応え、真面目に練習に励む優等生なので、話題になっている過激なシーンはともかく、それほど今までの印象を覆すような役どころでは無いかなと思ってみたり。ちょい役なのに存在感があるウィノナ・ライダーもさすがの一言に尽きる。


最終的に、ストーリーの何が現実で何がニナ自身が造り出した妄想なのかの判断は観客に委ねられる。そのため、鑑賞後の後味が悪いのは確かだけれども、正解は無いと割り切って何が現実で何がニナの頭の中の出来事だったのかをあれこれ考えるのはなかなか面白い。


蛇足だけれど、もともとバレエ『白鳥の湖』は白鳥と黒鳥を別のバレリーナが踊っていて、あるバレエ団が同一バレリーナに躍らせたところヒットしたのがきっかけで白鳥・黒鳥を同じバレリーナが踊るのが定着したとか。今回の映画を見ていて、白鳥・黒鳥を同じバレリーナに踊らせることにこだわらず、白鳥をニナ、黒鳥をリリーに踊らせれば全て問題無しだったんじゃないかと言う気も。どう見ても白鳥はリリーよりニナの方が適正合ったと思われるので。


個人的には、ニナが「役を狙っている」と恐怖しているライバル・リリーが全てを仕組んだと考えると面白いし、一緒に行った人は、自分が掴み損ねたバレリーナとしての成功を掴むことに嫉妬した母親が娘を追い込んだと思うと言っていた。


映画の冒頭、ニナが「白鳥を踊る夢を観たの」と言っているが、この映画そのものが全てニナまたはニナの母親の夢でした、の夢オチもありかな、と思ってみたり。


観る人を選ぶとは思うけれど見応えは十分。ニナと共に精神的に追い込まれるスリルを感じたい人にはお勧めの作品。


公式サイトはこちら こちら。