「点にまつわるあらゆる線」、閉館しました。
ご来館いただいた皆様、関わってくださった皆様、気にしてくださった皆様、私になにがしかの影響をあたえてくださった皆様、本当にありがとうございました。
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人ひとり生きていれば、その情報量・面白さ、半端ないから、
これは、彼女の、生活の話。
だけど、生活だけじゃ、生きていかれないから、
生活の裏に物語を這わせる。
今回のフォーマットは、とても面白かったので、これからも育てていきたい。
観客が自分自身にしっかり帰ってくるために、
私がつくりたいのは優秀なトリガー・優秀な触媒なんだけど、
観客は、私の想像なんか軽々超えて豊かだから、
どうしたら追い越していけるんだろう。
でも、「何か」を表現することなんてつまらないから、
よくばりによくばりに可能性を育てていかないと。
まだまだやりたいことが沢山ある。
死ぬまで速度あげないと、死んでしまいそう。
がんばります。
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いただいた感想をまとめてみました。
ツイッター感想まとめ
http://togetter.com/li/257610
コリッチ「観てきた!」まとめ
http://stage.corich.jp/stage_done_detail.php?stage_id=33418
あと、リクウズルームの佐々木さんからもらった手紙がおもしろかったので、許可をとって、載せます。
「種々様々な証拠があるのにどれも犯人にたどり着かない狡猾さ」を見抜かれたのがうれしくて、でも、うれしいと同時に、こまってもいて。でも、こまることも楽しいんだと思います。
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演出家、渡辺美帆子へ
おつかれさまでした。点にまつわるあらゆる線。
いろんな感じ方をいろんな人がしたものだと思います。おおよそ好意的に捉えている人がままいるようですが、そういう色眼鏡を排して、どう感じたかを慎重かつ大胆に言葉にしていこうと思います。点とか線とかにしていこうかなと。言葉と文脈といえばいいのでしょうかね、この集合体を持って物語をこの感想の中で構築できたら素敵だな、などと、今この瞬間が一つの『幸福』。だとする。
『インスタレーション』という言葉の障害がまずのしかかることからどう逃走していくのか。それは何かから脱するというような決定的なものでもなく(そういうことをスローガンにしてしまう時点でまだ何からも脱出ができていないので)、そうすると受け手はどうすればいいのか。あの空間からどうこぼれようかと(逃走)することでしか作品は完成しないと直感しました。ゆえに作品は完成しないのです。あるいはその場に出演してすらいる僕らに『仮初めの権限』を与えるだけにとどまらず、真の自由という不自由を観客自身で選ばなくてはならないのです。つまらなくてもおもしろくても観客のせいになるという、全方向に答えの無い答えを散らしているこの作品の着想は、すごくユーモラスで残酷です。
種々様々な証拠があるのにどれも犯人にたどり着かない狡猾ささえあってね。「要はインスタレーションでしょ?」「いや、これは演劇って枠に対する働きかけで、観るってことに対する働きかけで、物語っていう決まり事?に対する働きかけで、なんかお姉ちゃんってすぐそういうこと言うからさ」「だって最新の科学を結実させた生命の、私の物語だって言ったじゃん」
答えが無いのです。
というのが世界でしょ?
という合わせ鏡のような時間。と空間。
僕は厳密には解答は出せないと思いました。出すべきでないと思いました。0でいることが真摯であると瞬時に今、これを書いてるこの瞬間によぎりましたが、それすら価値判断の中です。ゼロガタダシイ。←誰がそんなこと決めた?
無念無想という、とても日本人的な感覚は自然とよく調和する。そう、そのまったくの自然の一部としてのまっとうをもしかしたら、あの場で実践しなくてはいけなかったのかもしれない。
これをもって明日からスタートするんでしょう。この作品は、明日から演劇になる可能性を与えられるのではないかと思いました(演劇になるのかどうかは明日次第というか)。マルセルプルーストが長編で示した失われた時を求めては、あの終局をもってようやく小説を書く内容が見つかったかもしれないという逆説に拠っているように。点にまつわるあらゆる線も同様に、これから物語があらゆる点で描かれていくだろうことなので、作り手としての気概というか心の準備はとても苦しい、何にも拠ってはいけないという酷く孤独なところにスタートを設定していると、しているはずだと感じています。
面白いとかつまらないとかの次元じゃないものに手をかけたんだと解釈(?)すれば僕の言わんとしてることがわかるでしょう。意識的なのか無意識的なのか。それは本人にしかわからないことなので、言及は避けます。とにかくこれが演劇であるのか無いのかの問いが永遠に続くんです。そのことがゆいいつの演劇(演劇の定義を仮に低俗なものにすると)たる可能性が出てくるというものです。
点にまつわるあらゆる線という表題はとてもいいと思います。このことをよく表している。でも、残念ながら、きっと『インスタレーション』という言葉の障壁にあなたの想いは大半、阻まれることでしょう。グレーの極みに立ったのは演出家でいようとする一つの表明であるとは受け取りました。グレーという色の結論を今後、どのように作品で語っていくのか。それがあなたの探すべき物語なのかなと思いました。演出家でいよう、世界を演劇でもって観てみようという気持ちは僕は伝わりました。ただ、作品に対する価値判断はできないのです。今の僕のこの解答のようなものが卑怯だという人もいるでしょう。でも、作品の特質がそうである以上それに寄り添うのが、『作り手』として観た感想のスジなのではないかと感じてしまう今日この頃。
さあ、明日はどっちだ。
佐々木透


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