離婚を経験されて、
13歳を筆頭に3人の男の子の保護者になられたまついさん。
この最新刊は、子どもたちとの生活を
毎日のごはんのことを中心に書かれたものだ。

「子どもと暮らすことは、子どもに食べさせること」
育てることの基本は食べさせることと、まついさんは言う。
しかしながら、女手ひとつで働きながら
子どもたちの食事の世話をすることは決してきれいごとじゃ乗り切れない。
あれこれと工夫を凝らして楽しんで、ときにはほどほどの手抜きもし、
ダウンしては日々成長する子どもたちの存在に助けられ…
失敗もあり、葛藤もあり、の飾らない日常生活の様子は、
まるで近所のお台所をのぞかせてもらうような感じで親しみやすい。
なるほどなるほどと頷いてみたり、それでいいのかぁってホッとしてみたり。
そしてなにより、どんな時も逃げないし諦めない、
まついさんのバイタリティに元気をいっぱいもらえる本だ。


何もかも完璧じゃなくってもいい。
子どもを食べさせることで自分も成長して、
そんな頑張っているお母さんの姿からもやっぱり子どもは学んでゆくんだなぁ…
ということをじんわり感じながら、あったかくって最後はちょっと泣いてしまった。

私には子どもがいないけれど、いつか持つことがあれば
まついさんの本をもう一度読み返してみたいと思う。
何度行き詰まってもまた、
「よし!まだまだ頑張れるぞ!」って希望を持てるような気がする。

まつい なつき
まついさんちの子どもめし

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故郷(ふるさと)

テーマ:
後ろ手に
手を振る父の丸い背に
ふいに涙こぼれる帰京の朝(あした)


別れ際、
「元気でいろよ」と手渡しの
無造作なみやげが父らしく…

「ごめんね」の言葉は、
いつもそっと
心のなかだけで呟く


故郷(ふるさと)の空は、
昔と変わらぬ寡黙な灰色をして

不器用な私たち父子によく似ている
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先日来、好きだというのでたびたび書かせて頂いているイラストレーター
松尾たいこさんの個展、「Twinkle Twinkle」 に行って来た。
南青山のギャラリーSPACE YUI
12月18日(月)から26日(木)まで開催されている。


今日はお天気が良かったので少し散歩をしようと思い、
一番近い外苑前ではなく表参道の駅で下車。
平日の穏やかな昼下がり、久しぶりの青山通りをのんびりと歩いてみた。
寒いのは苦手だが、晴れた冬の日のピンと張りつめた空気は好きだ。
なにか身が引き締まるような、そんな清潔感が感じられる。
頬にあたる風が気持ち良いのでぐんっと顔を上げ、
空とビルのてっぺんの境目辺りを眺めながら歩く。
普段は見過ごしている看板やビルのかたちなんかを
へぇ…なんて思いながら見たりして。
細い道をひょいとのぞき込んだり、気になるお店を見つけたり。
こういう気ままはなんだか楽しい。


さて、目的のSPACE YUIである。
ここはこじんまりとした佇まいが心地よいギャラリーだ。
2年ほど前の江國香織さんと松尾たいこさんのコラボ展をきっかけに知り、
たびたびお邪魔させて頂いている。
(後に「ふりむく」というタイトルで書籍化。本の感想はこちら
いくらかの緊張とそして期待に胸を膨らませて、
清潔感のある白い曇りガラスの扉を開ける。
ぐいっと引いた扉がゆっくりと冷たい風を切った、
その瞬間、あぁ…!と思った。思わず頬が緩んだ。
パステルトーンの暖かく柔らかな色彩が目に飛び込んでくる。
絵は場内の壁面に間隔をあけてゆったりと展示してあり、
中央のソファに腰掛けてぐるりと見回せる居心地の良い空間になっている。

平日でひとが少ないのを幸いとのんびり眺めてゆく。
HPによれば、今回の作品は身近な日本の景色をあらためて
見直して描かれたものだとか。四季を意識されたようだ。
こぼれんばかりに咲き誇る桜並木や伸びやかに泳ぐ鯉、
日なたでのんびりとまどろむ猫たち…
見慣れた景色のなかに、花や、結晶や、キラキラと輝くビーズといった
松尾さんならではのモチーフが散りばめられている。
細やかな筆にモチーフへのたっぷりの愛情が感じられて、
外の寒さも忘れるくらい暖かな空間になっている。

そういえば一枚だけ、なかに子どもの絵があって印象に残った。
姉弟らしい女の子と男の子の絵である。
お出かけらしくおめかしをして、ちいさな手を繋いで、
正月飾りのある玄関の前に嬉しそうに立っている。
松尾さんの描かれる子どもの絵は好きだ。
ふっくらとしあわせそうで、疑うことなく世界に守られている。
本来あるべき姿でそこにいるという感じがする。
その絶対的な安心感と幸福感は見るものの心も穏やかにするようだ。

しばらく眺めて、時間がとれたらまた来ようと思った。


今度は青山通りを渋谷に向かう帰り道。
往きと同じく気ままに景色を楽しみながら、
なにかふんわりと暖かな春でもまとったような気分だった。


個展の情報はこちら(SPACE YUIのHPより)



taikographic(松尾たいこHP)

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旅先の香りを湯舟に浮かべて

テーマ:
先日、会社の旅行で海外に行って来た。
日ごと寒さを増す日本を抜け出し、常夏のグアムへ。
なにしろ寒さは大の苦手。
海にこそ浸からずじまいだったけれど、
ここぞとばかりに日差しを浴びてエネルギーチャージである。

さて、お土産の定番マカダミアナッツやチョコレートを
土産話とともに味わって、旅の余韻を噛み締めるのはたのしい。
もうひとつ、私の楽しみは旅先のスーパーマーケットで探すバスグッズ。
免税店ではなく、普段着の感覚でスーパーマーケットというのが
自分なりのこだわりなのだけれど、種類も豊富なうえ
値段も日本で買うより安いので、たくさん買えて嬉しいのだ。
肌に残るくらい香りがはっきりしているところも気に入っている。
今回は香りの気に入ったバブルバスを2本購入。
旅先の香りたっぷりの泡に身を投げ出し、旅の疲れを癒している。

ALLUVIA

これは「ALLUVIA」という名前のバブルバス。
グアムの大型スーパーマーケット、Kマート で購入した。
ラベルを見ると、どうやらここのオリジナルブランドらしい。
「ALLUVIA」は辞書によると「堆積、沖積層」だとか。
ラベルの「Remember,Restore,Relive」という言葉は、
日々回復し生まれ変わる皮膚や細胞のサイクルのことを言っているようだ。
内側から滲み出るような健康的な美しさは
毎日のケアの積み重ねこそが大切といったところだろうか…。
まぁ帰国してからあれこれと想像をしてたのしんでいるのだけれど、
偶然アメリカで見つけたものが東洋的な発想の商品だったのはおもしろい。

ちなみに手前にある白いものが「White tea & Cilantro」
中国の白茶とコリアンダー(香菜)の組み合わせだ。
コリアンダーの果実の香りだろうか、甘い、甘い柑橘系の香りがする。
奥にあるオレンジ色のものが「Pomegranate & Ginger」
ざくろと生姜だ。
生姜は身体を暖める作用があるということでも興味を持ったのだけれど、
香り自体はザクロの甘みを強くしたものと言ったらよいかもしれない。

流行りのデトックスというのでもないけれど、
これで年末の疲れを押し流し、元気な身体で新しい年を迎えたいものだ。

それにしても、外国製に特有の甘い香りは気持ちをとろんとさせる。
毎晩お風呂で居眠りというのもちょっと困りものかもしれない。


KマートHP

この映画との出会いは、芸術学を専攻していた学生時代のことだ。
もっとも私などは好きなものばかり追っかけまわすいい加減な学生で、
テキストの言葉など思い出そうにも何ひとつ思い出せないありさま。
けれど何本かの印象的な映画との出会いは、今も鮮やかに心に焼きついている。
きっと学生時代だからこそ出会えた宝であり、この映画もそのひとつだ。
先日、深夜の映画番組で放送されたものを懐かしく拝見した。


「青いパパイヤの香り」はフランス在住のベトナム人監督、
トラン・アン・ユンが初めて撮った劇映画である。
彼はベトナム戦争を逃れ12歳でフランスに移住したため、
この映画も祖国ベトナムを舞台にしながら現地での撮影が叶わなかったという。
結果、全編スタジオでのセット撮影となったらしいのだが、
そのあまりの緻密さにこれがセット撮影とはにわかに信じがたいほどである。
何と言っても光と影が織り成す陰影が美しい。
溶け合いそうでいて、けれども溶け合わずひっそりと共存している。
暗闇に差し込む柔らかい光がものものの輪郭をそっと撫で明らかにする時、
アジア特有の湿気を含んだ色彩は、薄闇のなかでさえ艶やかだ。
私は現実のベトナムを見たことがないけれど、
監督の手によって驚くほど美しく描き出されたこの「ベトナム」には
彼の祖国への想いの強さを垣間見る思いがする。


舞台はサイゴンのある資産家の家。
まだ幼い少女ムイが奉公人として雇われて来るところから物語が始まる。
その家には有金を持ち出しては家出を繰り返す主人と優しく気丈な夫人、
3人の息子たちと、孫娘を失って以来2階にこもりきりの祖母がいた。
ムイは先輩の女中に教えられながら、懸命に一家の雑事を覚えてゆく。
そしていつの日か、彼女は長男の友人クェンに恋心を抱くようになる…。


「調和ある水の戯れの美しさにたとえ水が逆巻いても桜の木は凛として佇む」

これはクェンの妻となり、幼い命を宿したムイが朗読する詩だ。
ラストシーンのこの台詞に、監督はこの映画のテーマを集約している。
おそらくは彼の人生観であり、映画では主人公ムイの生き方そのものでもある。
ムイは始終多くを語らず、感情をあらわにすることもせず、
目の前で何が起ころうとも黙々と働き続けている姿が印象的だ。
何かをじっと信じているような、濁りのないまっすぐな瞳をして。
そして、その献身と揺らぐことのない想いは
やがてクェンの心を動かすようになる。

戦争のような争いごとや、憎しみや、悲しみ…
移り行く時代のなかで翻弄され、たとえ逃れようのない運命の波に襲われても
決して惑うことなく生き、また次代へとその生命を繋ぐことの
素晴らしさを監督は伝えたかったのだろう。
地面を這う蟻やふたつ割りにしたパパイヤの種子のクローズアップ、
またムイが炊事場で立てる水音や蒸し暑い夜の虫の音などは
まさにみずみずしい生命力の象徴であり、生きることへの讃歌なのだと思う。
朗読を終えたムイが、あ、と小さくつぶやいて膨らんだおなかに手を当て、
そっと微笑むシーンもまた、新しい生命への希望に満ちて美しい。


彼の映像へ傾倒ぶりには好き嫌いが別れるかもしれないけれど、
私はその後の映画を拝見していても、決して嫌いではない。
美しいものを美しいままに描き出そうとすることは、
この世界と生命の可能性を信じていることでもあると思うのだ。


余談だが、授業で初めて観た時に「調和ある水の戯れの~」の
一節は、彼が愛読する日本の小説からの引用なのだと聞いた。
たしか漱石だったと思い、資料を探そうとしたが見当たらない。
やはりいい加減な学生、まったくもって当てにならないものだ。
読んで下さった方でご存じの方もいらっしゃるだろう。
…なんだか申し訳ない気がする。

ただこんな私も、ひとつだけはっきりと覚えていることがある。
それは、監督にこの美しい陰影のインスピレーションを与えたのが
谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」であったという話だ。
どうしても読みたくていても立ってもいられぬ気持ちになった。
当時の私にとって、この映像の美しさはそれほど衝撃的であったのだ。
今のようにネットで本を探すなど思いもつかなかった頃のこと。
無学無教養な私は、講師の口にした「インエイライサン」の
音だけを頼りにひたすら何軒もの本屋を探し回ることになった。
今考えれば、あまりに要領が悪く滑稽な思い出ではある。

この記事を書きながらわが家の小さな本棚をのぞいたところ、
背表紙が随分と色褪せたそれがちょこんとあった。
懐かしくて、愛おしくて、やっぱりちょっと笑ってしまった。

コロムビアミュージックエンタテインメント
青いパパイヤの香り

【文中で紹介の書籍】
谷崎 潤一郎
陰翳礼讃