2017.1.22(日)

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 本当は歳が明けたら、できるだけ早い時期に今年第一回目の交流会をやりたいと、いや、やるつもりでいた。

1月8日か9日に。

 

 けれど、あまりにみんな疲れ切っていて、特にとしよりの自分が一番影響大なので、22日にしようと言うことになった。

 

 人が集まっても集まらなくても、とにかく今年は自分とこのことで忙しくしなければ。

 

 というわけで、本日22日交流会。

 

 予測したより人が集まってくれて、去年1年間のスッタモンダの説明と、なんとかがんばって12月1日に、第二教室・放課後等デイサービスの開所にこぎつけた話ができた。

 

 皆様にわかってもらうためには、事実をきとんとくわしく話さなければならないから。

経過報告の資料もしっかり作り、新聞記事のコピーやら怪文書?のコピー及び出所の団体の資料などをしっかり準備した。

もちろん信用できる情報──つまり、われわれが体験した事実であるし、相手があることでもあるので、内容に責任をもつためにも名称を、はっきり示した。

 

 私たちだってマヌケではないから、ただ親の会の人だと紹介されただけで最初に信用したわけではない。

仲介者を信用していたことと、相手がすでに「育援会」「もえぎ」などの団体を立ち上げていて、事業所を運営していたことが大きい。

 

 でももう、仲介者を含めて、つながりをすっぱりと断ち切ったのだから、あとは峠工房として、峠らしいやり方でがんばって行くのみ、と思っている。

 

 私の長おしゃべるの後の交流ももりあがったし、大なべ満杯のおでんを作ったかいがあった。

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2016.11.27(日)

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 あー疲れた。

でも面白かった。

2階奥の多目的室に6人泊まった。

何年ぶりだろう……?

 

 26日、27日で予定していた秋の終わりのキャンプ題して、「アニメの旅人キャンプ」。

日にちはともかくとして、去年から決まっていた。

戸沢山荘に予約も取り、1年間楽しみにしていたこと。

 

 なのに、24日の時ならぬ大雪で、林道の積雪が予想外に多いとの連絡が小屋管理責任者のシローさんから電話。

私も、問い合わせるつもりでいたが、先に連絡してくれた。

 

 予測はしていたが、「さて、どうするか」

 

 山へ通じる道である。

とける所はとけ、日かげの部分は残り、とけては凍り、とけては凍り、となっているだろうと、新人もいることだし、今回の戸沢山荘キャンプは、すっぱりあきらめた。

 

 キャンプ中止!

でも、そこでゼロにする峠工房ではない。

「峠工房で山小屋気分」に切り替えて、宿泊と外料理、牧場へのピクニックのプログラムで、子ども達をがっかりさせない大作戦。

 

 去年の冬にも行った、相澤牧場のオーガスタミルクファームへ、できたてジェラート目指して約1時間の道のり。

私だって行きたい気満々だったが、午後の準備もあるし、去年の手術の後遺症で、1時間(往復2時間)歩くのは、ちょっとつらいし、何よりもこのところのゴタゴタで疲れはてていてあきらめた。

そのかわり「おみやげ」強要・

おいしかったぞー!!

 

 外料理は、日暮れが早いから急いでと言ってるのに遊びだしたり、どっか行っちゃったり……結局、薄暗くなってしまった。

肉は当然だが、ごはんの売れゆきが良くてびっくり。

 

 食事が済めば、あとは「自由だー」てなことで、集会室で、適当に遊び、研修目的で来た

通称「とうふメンタル」さんも大人気で、最後はふとん敷きつめて合計6人雑魚寝。

あったかい日でよかった。

 

 今日は、もう7時前から大騒ぎ。

 

 朝食はパンバイキング。

パンいろいろ。

 

 そして昼は、また炭を熾して、みんなおやつも食べずに待ち焦がれていたお餅!!

食べるやつはすごく食べた。

 

 今回、みんなの満足度もハナマルだったし、スタッフ全員疲れていたし、雪でよかったのだと思う。

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2016.10.10(月)

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いつまでもぐにゃぐにゃしてられない、と頭でわかっていても、なんとなく気力が落ちたまま1週間近く。

 

5日の市面談は、ムニャーとした感じ。

もっとも、自称「天才スーパー事務員」さんが義父の不幸で突然!山形県へ行ってしまって、書類がまったくの未完成という状態も影響したかと思う。

 

7日には、神奈川新聞の取材があったが、まとまらない話であったようだ。

 

何が嫌か、の一番は自己嫌悪。

デイサービスの話があってから、用心に用心を重ね、途中で沸き起こる疑念は、その都度確認し、同じ道は通るまい、と苦心してきたつもり。

でも、はっきりいって私自身にもたらされた話でないし、動いてもらってるのは理事長代行。

 

途中何度も「この話は無かったことにしよう」と思ったし、そう発言もした。

 

疑念を持ちつつ、コトを進め、いろいろ思惑ちがいや、相手を信用し難いことも多々あるにもかかわらず、なんとか峠工房自力で、ここまで来て、全く自分達の責任ではなく、またどうにもならんと思えることで壁がストン。

 

どこかで自分の判断が甘かったのじゃないか?過去に学ばず同じことを繰り返してるのじゃないか。

この疑念が47年雨の悪夢のような日々を、まとめて引き寄せてきたよう。

 

本当に精神的に重かったし、自分に腹が立った。

 

立ち直りに1週間もかかった。

あーあ、トシはとりたくないね。

 

Yちゃんが運動会の代休で今日来て、先生へのグチをマシンガントークで話すの聞いて、気持ちがしゅあんとした。

彼女だって耐えてがんばってるじゃん。

だらしないぞ私!

というわけ。

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2016.9.4(日)

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峠工房「自然探索部」誕生かな?

 

にゃんこ先生プロジェクトだとか、自動車部だとか、勝手に部活をやっているが、今日はYA君参加の新部発足。

でもこれがだいぶあぶなかった。

大倉──戸沢への林道(本当は市道)が崩れて通行止めだという連絡が、山荘維持責任者(多分…)のシロさんから入った。

エーッ?車で戸沢まで行く予定だったのに!かったのが金曜日。

どうするか、さんざん考えた。

去年も雨でダメ、今年も雨でダメ、そしえガケが崩れてダメではあまりにYA君に申し訳ない。

 

彼は長年クライミングの習い事をしていて性に合っているらしく楽しんでいるし、大会にも出てまずますの成績を収めている。

 

彼、ジムの合宿で、初めて自然の岸壁を登り、「自然の中でやる方が楽しい」ことに目ざめた。

これが大切。

いいぞいいぞということで、沢登り体験をもちかけたのが、去年のキャンプ前。

その前のキャンプの時は、「ボクはみんなと思いっきり遊びたいから沢登りはしません」。

彼の成長を感じる。

 

沢は全くの初心者のYA君を沢体験させるには?

でも代替案が思いつかない。

戸沢まで車、本谷F5まで行って登山道を小屋まで戻ってくる──このベストな案が実行できないので、やむなく事情説明して、登山体験のマネごとで大倉尾根を大倉高原山の家まで登って、水汲んで帰ってくることにした。

でもそれだけではものたりない(私としては)ので、10年ぶりに携帯コンロを引っぱり出して、使えるかどうか点検して、昼にチキンラーメンを作ることにした。

 これ最後に使ったのはいつだっけ……、(丹沢)竜ケ馬場で野宿して、朝、沢まで降って水汲んで、ひや麦食べて依頼だなぁなんて、しばし思い出にふけってしまった。

 

隊長の車で拠点、大倉まで行ったので、A君かあさんも同行した。

どんぐりさんの駐車場に車置かせてもらって、出かける2人を見送って、A君かあさんを、一帯いろいろ案内して、山岳スポーツセンターの壁登り見てもらって、すごくたくさん話をする時間が持てた。

 

昼に2人が戻って来て、弁当持ってきているのに、2人でチキンラーメン3個食べた。

コンロの状態良好。

 

そんなわけで、本日「自然探索部」初日。

なんとかかっこうがついた、という感じ。

2016・8・29(月)

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キャンプの天気が悪くて、YA君が沢登りをできなかったのでハイキング隊長が彼のためにリベンジを計画した。
もちろん、私もついていく。
責任者だし、ハイキング隊長がまだまだ力及ばぬことも多いだろうから。
 
とはいえ、ハイキング隊長だって峠工房30年生。
ウチのやり方は知っているし、ぽっと出の自称障がい児指導員なんかと比べれば地球からアンドロメダまでの距離くらいの差がある。
 
でも、やっぱり子どもが可愛いから甘くなるところもある。
真摯に向き合えば向き合うほど甘くなってしまう、その子どものかわいい部分、良い部分を成長させるために一生懸命になる事は良いことだしその部分は峠の指導員に必要な最初の教育心得のひとつと言って良い。
でも、かわいいだけに流されてしまうと良くない面も多々あるのは事実。
そこをどう折り合いをつけて厳しく指導するときにはするをできるようになるかが、峠工房の求める障がい児に限らない子どもの相手の要だなァ。
 
 
そんな峠工房だからこそ、放課後等デイサービス事業をはじめると言う事に関して非常に神経質にならざるを得ない。
なにしろ、行政の行う「制限の枠の中」での峠工房らしさをどう生かすかを考えないといけないのだから頭が痛い。
行政との相談や話し合いなんかはスタッフがやってくれているし、書類の制作だってなんのかんの言っても慣れたものだ。
 
でも、峠工房らしさを生かした放課後等デイサービスとなると話は違って私しか決める事はできない。
おいそれと何も知らないバイト気分で子どもに癒されに来るような人は願い下げだし、ボランティアという意識に染まって子どもに相手をしてもらいに来る人なんか論外だ。
 
そう考えると、ハローワークで頼むのは軌道に乗ってからだなァ、と思うしそのためには重要なスタッフは常勤体制を最初から目指したい気持ちはある。
 
お金の問題や、最初は通うであろう子ども達が少ない事を考えると難しいのはわかっている。
 
だけど、峠工房がやる放課後等デイサービスだ。
市の担当部署にも、スタッフ育成を行うことも考えている、内部資格方式でスキルアップを図る事も実現しようとしていると言ったら、ぜひそれを実現してくださいと言われたと市との交渉に当たってるスタッフが伝えてきた。
 
そのためにも、ハイキング隊長の行う今度の沢登りは実現させたいと思っている。
 
峠工房自動車部なんて言うのも発足しているんだし、山岳部いや違うな、自然探索部の発足だってあって良いだろう。
 
いろいろ問題を感じる放課後等デイサービス事業だが、そんなのに影響をあまり受けないというか、こちらのペースで出来そうなことを探す姿勢を持つ峠工房のまま、それに参入することが可能なようだから少し安心している。

2016.6.21(火)

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 新規教室開設のもやもやが、かたづいてから、怒涛の5月6月、ようやくめんどうな大切なことが2件相ついで決着した。

 

 

6月17日に、物件賃貸の正式契約。

これがまた大家さんの、なみなみならぬご好意で、不動産屋を介さず直接契約となった。

 

 第2教室(仮称)新規開設場所は、ここの町内に在住だった、地元の人が私費を投じて長年の夢を実現させた(であろう)郷土資料館の一階部分。

資料館は10年ぐらい閉鎖状態で、展示品数点が勝手に持ち出されてしまったとの話も人づてに聞いたけど、実際この目で確認した時には、「よくこれだけのものを集めたなぁ!!」と驚いた。

蔵書もすばらしく、これだけのものを死蔵するのはもったいない、と、われわれの手で再開しようと決めた。

大家さんも喜んでくれた。

 

 今まで「お国から見放されて?」いた峠工房としては、その枠内で事業を進めるのは、初心者でこれからよくわからないことが山ほどありそうな気もするし、恐るるに足らず、との気もする。

 

 何はともあれ、現峠工房はいつも通りに稼働中。

そして、新規開設の準備や地域への連携のための、資料館を使ったイベントなどを計画もしている。

2016.4.29(金)

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 今、峠工房は私には、ごたごた、不透明、疑心暗鬼なんていう言葉がふさわしいように感じられている状態だ。

 その上、新学期だとか進学だとか、あれやこれやに起因する問題があり、年度替りでいくつかの報告書作成に迫られ、頭もからだもパンク寸前の気分。

 その上、猫メは朝から午前中はやたら元気すぎて、さながら猛獣?のいるジャングルで書類書き状態で大変!たまにゲンコツで頭をぶんなぐる。
こんな扱いをするのは私だけだが。

 かわいんだけど、本気で腹の立つこともある。
仕事もじゃまされて、はかどらず、一式抱えて台所で文章書いたりだ。

 そんなこんなで、ワコもなく今日29日の休日が待ち遠しかった。
何をするとかしたいとか、一切関係なく、ただ「お休み」なのがうれしくホッとする。

 全く何もしない1日なのかと言えば、そうは行かない。
あさいあさって、恒例「肉まん作り」が待っている。
よせばいいのについやっちゃう。
でもさすがに今年は疲れているので、1日5名限定、2日間とした。
買い物も少なくていいし、なんと言っても5人なら楽勝だ。

2016.3.26(土)

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 5年、6年と不登校だったRくんの、卒業証書受け渡し式を今日、ここで実施した。

 在籍校校長か要請の電話があったのは先週木曜。

 Rのために、何かのけじめをつけて気持ちの切り替の手伝いをしてやりたい、あいつの卒業証書はどうするつもりか?んどと思っていたところだから、もちろんOKした。
ただし「保護者が同意すれば」だから、連絡と説明は学校にまかせて、当方の都合の良い日は、25日か26日と伝えた。

 その時点で峠でやると決まっていたわけじゃないから、親からの連絡を待った。
金、土、日、月………音沙汰なし。
やる以上は、できるだけのことをしてやりたいと思うのに。
火にRの連絡帳に思いっきりイヤミを書いた。
峠工房はヒマを持てあましてRの卒業祝をやるわけじゃない、すべてRのため、Rが何かしら中学へ向けてスタートできれば、と思って学校の要請を受け入れた。
卒業証書は、われわれには関係ないことだから、親が着払いで郵送してくれと学校へ頼んでもなんでもかまわないのだから、峠でやるかやらないかの返事だけくれ、と。

 ようやく水に返事。
お願いしますったってあと2日しかないじゃないか!
たいした準備はできない!!いったい何考えてんだか。

 ハラは立つけど、Rは「峠の子」だ。彼のためにやれる範囲で、とうことで本日本番だった。

 話を聞いたYちゃんが「Rくんのために、リコーダーでさくらを演奏する」と言ってくれた。
ヤバイ!私、泣いちゃうかも?涙腺きつくしめておかないとと、前夜から緊張。

 与える、という言葉が嫌いだから、授与式はいやだ。
考えた末、春を迎えるつどい、として、Rくん卒業証書よかったね、子どももおとなも春は新しいスタートだよ、と付け加えて黒板に貼った。

 小学校からは、校長と、ある時期連絡係だったH先生。

 Rに、「こうしてみんながRのためにお祝いしてくれたけどRは何か言いたことある?もし、キンチョーしちゃって言えれないのなら無理しなくていいんだよ。」

 なんと、彼は前にでて、ひとりひとりの名を呼んで「今日はありがとう。中学行ったらがんばります!」大きい小で堂々としていた。
きつくしめた涙腺がゆるみそう。

 それに比べてお父さんは大きな身体に小さな声で……。

 誰かカンパイの声かける?に、2年生のT君が「ボクやりたい。」
いつも小さな声で、たどたどしくしゃべって注意されてる彼が「Rくん、おめでとう。かんぱい!」と大きな声。
涙腺のネジが切れそうだった。
結局、おとなは何もできなかったけど、子どもたちが大きく盛り上げてくれて、感動のあつまりとなった。
みんな!ありがとう、ね。

2016.2.28(日)

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 今年になって、初めての交流会。
誰も来なくてもやるよ、と宣言していたが、5名(保護者)参加。

 いろいろ予定があって、定時1:30には、Kたろう母とYちゃん母の2人で、最近の「学校行かない」事件について、じっくりと話していたが、私としてみれば、「だから夏休み前から、担任相手にしないで、校長に話をしろ」って言ってたじゃないか、と思う。
結局この母はKたろうがもやもやが晴れて実力行使に出なければ行動しなかっただろう。

 話には割って入らなかった。
なにしろ3週間以上咳に悩まされている。
少し良いな、の状態になっても、しゃべるのが商売だからすぐぶり返していて、つらい。

 今日は、がんばって資料6種類を作り、その説明もしたので、負担(のどへの)を減らすべく、休み事件はコメントなし、とした。

2016.2.25(土)

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 Kたろう君が、学校へ絶対に行かないと言っている。

 「担任の顔を見るのもいやだ。学校行きたくないならかぜひきたい。お母さんどすればかぜひくの?」と言うわけで、Rと2人で来た。

 勉強道具も持って来た。

 最近になって急に担任が変わったわけではないが、どうも峠へ毎週土曜に来るようになり霧が晴れたかのように、「自分はいやな思いをしてきたこと。「その原因はあいつだ」ということに気がついた、というかわかったらしい。

 今までは、いやだと思うこと(自分も相手も)とか、自他共に精神的にもやもや状態だったことが、まったくわからず、行動的にヤバイよこれ、という日常だった。
そのように育てられてきたから。

 はっきした時点で、「いやだ」と言う勘定が生まれ今までのようにヘラヘラしていられなくなったと推理。
6年生の終わり間近になっての変化、成長。
ずっと峠へ来続けられるかどうかもわからない現在、彼にとって、いいことなのか、苦しいことなのか、わからない。