2017.4.27(木)

助成金の報告書が2件重なって、しかも私が日々のあまりのめまぐるしさに、うっかり忘れていたからもーーーーーーー大変!!!!!

 

1件は、横浜市の「夢ファンド」。もう1件は県の財団「心身障害児福祉基金」

当然、申請内容は各々違う。

夢ファンドには、放課後デイサービス参入準備資金として申請したが、実際に行動し思いも寄らずいわいる「乗っ取り」に巻き込まれそうになったにも関わらず開所にこぎつけたことの報告。

 

県の財団は、「今まで通りの峠工房であって欲しい」と言う要望と、当然そうでなくてはならない私たちの方針に添ったもの。

 

神奈川県では、国が放課後デイサービス事業をスタートさせるはるか以前から、この財団を通じてわれわれ「民旧」でがんばっている団体を支援してくれている。

今回は峠が国事業に参入しても現峠工房はそのままの形でやっていくっということで助成してもらえた。

 

今回、この助成がなければ、峠はどうなっていたことかと大げさ

ではなく思う

 

信用していた仲介者が紹介したグループ(育援会・もえぎ)は、本当の悪質経営グループだったから、峠工房そのもの危機にさらされるところだった。

 

この助成金のおかげで何とか持ちこたえられたのかもしれない。

 

この先は、まだまだ心もとないけれど・・・

そんなこんなで、私と事務責任者は2人とも頭がヘンになって、いろんな資料がごちゃごちゃになって、必死で報告書作成に取り組み、何とか今日両方とも速達で郵送できた

 

あーーーーーーーーーー、疲れた!!!!!!

 

それにしても、今、国の事業に群がるカネの亡者どものニュースを見聞きするにつけ、神奈川県は先駆的であったなぁと感謝にたえない

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2017.4.25(火)

朝起きてくるなり娘から猛抗議。「明け方のあれは一体何なの!!!!?FAXでしょ、何回も何回も鳴って寝むれなかったよ、お母さんは聞こえなかったから平気でしょうけどさ!!!!!」

 

そりゃあ、ばーさんにはモスキート音は聴こえないけど、FAXだったら電話はならないはず。

すぐ見に行ったら、FAXが届いていた。明け方ではない。

でも謎は全て解けた

 

その9枚は市からで、ミサイルが落下した場合の行動等についての、内閣官房からの通知を一斉FAXしたもの。

 

2本の電話のうちFAX共有は1本だけなのにつないでないもう1本にも機械的に送信したのだ

不着だから、何回でもリダイヤルで送る

そして電話のベルは明け方にも数回鳴り続け、私は娘に怒られたわけだ

 

そんなこと言われたって困るよ。市に言ってくれ。

いや、内閣だな。それよりも、あの国の素敵なヘアスタイルの指導者か。

 

それにしても・・・・と疑問。

内閣は意図的に大げさに振舞って「ほら大変でしょ。だから軍隊準備・軍事大国とのより強い結びつきが必要なのよ」

と宣伝しているように思えてならない。

 

確かに、被害に備えなきゃならない地域には(相手があるんだから分かるもんね)手厚い安全を考え、国全体に非常事態に備えよ、とでも言うような事は控えたほうがいいと思う。

まさに、恐怖をあおっているのでは?と感じる。

 

いつ、なんどきどこで起きるか正確に予測できない地震とは違う。

とりあえず、と言うか相変わらず峠工房は「なんちゃってサバイバル」行事で、身近な危険から身を守る、自然を甘く考えるな、を中心に体験や話を通じて子供たちを鍛え、生きる力生き延びる力を育てる。

 

でも、本当に狂ったミサイルの危険があり得る地域のおとなたちには、がんばって欲しい。

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2017.3.26(日)

数年前にもやったけれど毎月交流会を実施するのはすごく忙しいもう1ヶ月たってしまった。

でも今月はキザっぽく「こころの新年会」なんて銘うって、少しメリハリつけて

新しい出発を祝う会にした。

 

なんか 小会議室も廊下もぎっしり人がいるといるという感じなってしまった。地域紙「タウンニュース」で知ったというお客様も

 

中学生になったYちゃんに、にゃんこ先生プロジェクト顧問のみうらさんからの心のこもったお祝いの手紙を頂き、更に奥様が中・高進学 大学受けなおし合格の3人に、かわいいブーケを贈ってくださり、子ども達よりもわれわれおとなが 大感激だった

 

こうして周りから見守られている 峠工房っていいなぁ

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2017.3.1(水)

 きのうは、腹が立つやら、ちょっとした自己嫌悪やらで、ため息ばかりの午後だったがうれしいこともあったのだ。

 

 SHくんとMちゃんが高校に受かった。

 

 SHくんは、個別支援級で9年過ごしたが、普通高校(支援校じゃない高校)を受験したいと希望し、戸塚高校定時制に合格。

夢の実現をめざすのだ!

 

 MちゃんはK工業高校。

昔っからすもう部があるので、「じゃ、部活はすもだね」とからかった。

献身的かつ威圧的に、弟の面倒をみて、かばい命令してきたお姉ちゃん。

今後はひとりの高校生として、自分自身の道を大切に歩んでほしい。

 

 峠工房未来開拓部の希望の星だ。

 

 なお、きのうの件で警察が言うには、たとえ名前を使われてカードは偽造されたとしても、責任はカード会社にあるので、名前を使われただけでは迷惑は(お金を払うとか)かからないとのこと。

2017.2.28

 今日、うっかりサギ電話にひっかかってしまった。

 

 私名義のクレジットカード偽造事件だと詐欺師が言って来た。

 

 その手口は、まずマルイ上野店を名乗る者から、マツモト○○○名のカードで毛皮のコートを買いに来た客がいる─→生年月日を確認したら言えなくてカードを置いたままどこかへ雲隠れ─→ニコスのカードで1月20日発行─→偽造なので全国銀行協会連絡しろ、と電話番号を教える。

つまり、最初の電話と銀行協会(もちろんにせも)のヤツはグルなのだ。

電話番号も050から始まるIP電話の番号だった。

途中で気が付いた。

腹が立つ。

 

 私は、乗っ取りグループに銀行番号を知られていることがいつも気にかかっていたものだから、虚を突かれたように引っかかってしまった。

 

 警察と本物の銀行協会さんが言うには、順ぐりにたぐって最終目的は、銀行のキャッシュカードだと言う。

このところ、被害が増えているので気をつけるように言われた。

本当にムカツク。

こんなことには、こんな言葉が合う。

2017.2.26(日)

 今年から毎月交流会をやろう、と決めてしまい、原則毎月第4日曜となって、今日は2月の第4日曜。

 

 決めたはいいが、人手不足と多忙さでほとんど宣伝できす、しかも2月(3月も)は皆さん行事が多い。

 

 予測した通り、申込〆切日までに誰からも申込がなく、内輪でおしゃべりて、1時間ぐらいで切り上げよう(そのあと私は出かける予定まで立てていた)と思っていたら、YA君のお母さんが1時少し前に来た。

「Aに行くって伝えてって言ったのに……。」

 

 ちょうど良かった。

水曜の「不法侵入事件」のことを詳しく話せるし、テストの成績などについてもじっくり話し合えると思ったから。

 

 そうこうしているうちに、理事のWさんが友人のOさんと2人で来てくれて、いろんな話で盛り上がってしまい、結局4時すぎまで、「最近の社会情勢?」について話がはずんだ。

 

 少人数なので濃い話し合いも、なかなかいいもんだと思った。

2017.1.25(水)

夕方、Kいち弟のTくんがきて、Kいちの手術が明日26日に決まったと言う。

 

ええ?今日決まったの?

彼はあれからずーーーーーっと休んでいて弟からの連絡もないし、どうなってるのかさっぱりわからなかった。

こういうことは、初めてじゃなくて、父母が居た頃でもインフルで休んでいたあと昼夜逆転して、親はどうしようも出来なくて半日費やして話をしたこともあった。結構、2年に1度くらいは繰返されて来たのだが、この所無事に過ごしていた。

 

あのやろう、きっとどっぷり病気に浸って。毎日寝たり、起きたり適当に食事したり、だらけていたのだろうと察しが着く。

 

こういうことで一番怖いのが薬が合わなくなって大発作をおこすこと。

もし、一人で家にいるときだったりしたら、命取りになりかねない。

 

でも、もう放っておこうと思う。弟さんだって仕事があるのにたいへんだ

 

これで、手術して退院しても出てこないとしても、家の事情や年齢を考えると、老人福祉施設で受け入れてもらえる資格は充分なのだから、成り行きにまかせるつもりでいる。

 

もったいないとは思うけど、日々ずーーっと「自分で起きてしたくして、朝ごはん食べて、バス乗り継いで峠に来るのが今のKいちの仕事なんだよ」と言い聞かせてきたけどもういいかな・・・と言う気持ちがある

2017.1.22(日)

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 本当は歳が明けたら、できるだけ早い時期に今年第一回目の交流会をやりたいと、いや、やるつもりでいた。

1月8日か9日に。

 

 けれど、あまりにみんな疲れ切っていて、特にとしよりの自分が一番影響大なので、22日にしようと言うことになった。

 

 人が集まっても集まらなくても、とにかく今年は自分とこのことで忙しくしなければ。

 

 というわけで、本日22日交流会。

 

 予測したより人が集まってくれて、去年1年間のスッタモンダの説明と、なんとかがんばって12月1日に、第二教室・放課後等デイサービスの開所にこぎつけた話ができた。

 

 皆様にわかってもらうためには、事実をきとんとくわしく話さなければならないから。

経過報告の資料もしっかり作り、新聞記事のコピーやら怪文書?のコピー及び出所の団体の資料などをしっかり準備した。

もちろん信用できる情報──つまり、われわれが体験した事実であるし、相手があることでもあるので、内容に責任をもつためにも名称を、はっきり示した。

 

 私たちだってマヌケではないから、ただ親の会の人だと紹介されただけで最初に信用したわけではない。

仲介者を信用していたことと、相手がすでに「育援会」「もえぎ」などの団体を立ち上げていて、事業所を運営していたことが大きい。

 

 でももう、仲介者を含めて、つながりをすっぱりと断ち切ったのだから、あとは峠工房として、峠らしいやり方でがんばって行くのみ、と思っている。

 

 私の長おしゃべるの後の交流ももりあがったし、大なべ満杯のおでんを作ったかいがあった。

2017/1/12(木)

去年12月17日に、ようやくサギ、乗っ取りグループときっぱり関係を断ってから、運営資金確保のために 日本公庫からの借り入れを決意して、12月ギリギリで申込書送付。

 

あちらも急いでくれて、12月30日に速達で面接日のお知らせ。

 

それから今日まで、こういうことが苦手な私はストレスのかたまりだった。

自分が揃えられる書類は、とにかく早め早めにと準備して、人任せにするしかないものは、まかせて。

 

乗っ取りグループ(だと今では確信している)と、いっさいの痕跡無く縁を切るためには、峠と羽太資料館ともえぎ・育援会グループとをつないだ仲介者とも切れるだろうと思うから、提供するといわれた開設資金も無いものと考えて行動しなければならない。

もはや信用できない同じ穴のムジナともきれるときでもある。

 

6ヶ月持ちこたえれば、なんとか廻して行けるのではないか・・・そのためにがんばる。

今日のストレスは

明日の道しるべと思おう

2017.1.6(金)

 冬休みもきのうで終わって、なんだか1日ぐらいしか休みが無かったようなもの足りなさ。

 それでも気合入れてがんばる気分をかきたてていたら、Kいちが弟さんに連れられて来て、ヘルニアの再発だという。

よくよく聞いたら、以前の時と反対側のそけい部だと。

 前に手術した親善病院へ連れて行って、結果を帰りに知らせるということで、夕方、やはり手術をしなければならないが、はっきりした事は12日にわかると。

 家にいてもしようがないから、手術決まるまでは来させることになった。

それがいいと思う。

顔に傷が増えていたので「またころんだ」とわかる。

長く休むとロクなことないから。

 

 前に手術したのは12年前かな……。

 母親のアルツハイマーがだいぶ進行していて、それでも重度障害者と認知障害がはっきりしてきちゃった母親とで近くの病院に行った。

 心配で、夕方家へ様子を聞きに行った。

 あんなに自分のことよりKいちのこと!Kいちには自分がついてないとダメ!と言っていた母親が、自分がいかに大変で、いかに具合が悪くて、アタシがアタシが、と言いつのるばかり。

本当にKいちがかわいそうだった。

 結局、書いてもらった紹介状を出してきて私に見せたのは彼。

 ズボンとパンツをぺろっと降ろして、「ここがこんなになって、手術しなきゃなおんないって言われた」と自分で説明。

 セーロガンのんで寝てればなる、と言い張ってたのが、ついにあきらめたのだった。

 

 彼ももう年齢的に「充分」としよりなのだから、年齢的な影響とかあるし、赤ン坊の時の病気で脳みその3分の1ぐらいはダメージ受けているのだから、老人関係の施設に入る覚悟はあるが、本人はどう思っているかわからない。