2015.3.29(日)

テーマ:
 交流会実施。
いつものメンバーに加えて、珍客参加。
R君の両親と3年越しにもめているS小学校の児童支援専門員教師H先生。

 先日25日に、まずH先生から電話。
特に何を言いたいのかはわからなかったが、こちらは、「春休みに入ってしまい今後どうするのか、どうしたいのか」を言ってくれるつもりかなとは思う。
で、29日に交流会をやることも話た。
その直後校長からも電話あり、でもR君の再登校に関する具体的な話はんばかった。
何のため相ついで連絡してきたのかよくわからなかった。
察しが悪いので。

 でも、まさか本当に交流会に参加するとはサプライズ!!

 しかし、話はかみ合わなかった。
途中で話を振るのだがみんなが期待してるのとはすれ違い。
私言いかたがいけないのかな──?なんて、思ってもいないのに、あとで感想もらしたり。

 やっぱり、親たちや外部機関と小売学校教員とでは立場も物ごとも受けとめかたもちがうのかもしれない。
個人的な差だとも思うけどね。

 来てくれたのは事実。
貴重なにちようの時間を割いて、休日出勤が付くわけでもないに。
だから、4月新学期に向けて何か動こうとしているのかな、とR君両親も私も少し期待している。
だが、もう春休み、新学期は目の前だ。
個別支援級なのに、4年、5年と不登校を続けているR君にどんな差し伸べる手があるのだろう。
峠で楽しそうにしてる彼を見ると、気が重いし、心が痛む。
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2015.3.27(金)

テーマ:
 今日しか日にちが無いので、交通反則金なる罰金を払いに行って来た。

 ぜんぜん納得してないし、思い返すごとに腹が立ってムカつく。

 去年の12月13日。
なんと、私の誕生日!!
生活塾のYちゃんも12月誕生日で、パーティやろうとケーキを買いに行った帰りに網にかかった。
境川添いの道を戻って来て、十字路。
右は橋、左へ曲がると公園の間の道をぬけて、相沢側にかかる橋方面。
橋を渡れば横浜市。

 最初、なんで止められたのか見当もつかなかった。
一時停止違反だと言う。
「そんなバカな!止まりましたよ」
なんて通じない。
「ここで止まらないで左折なんて、危なくてできるわけないじゃないですか」
私も声が大きくなるが、テキもサルものひっかくものだ。
「あなたが止まったと思っても私たちが見ると止まっていない」
だと。

昔の三流西部劇じゃあるまいし、「俺が法律だ」みたいなことがまかり通る腹立たしさ。

 何よりも、全く止まる意思のないヤツらと、いっしょくたにされるのが、しゃくにさわる。

 いくら怒ったところで、払うものは払わなければならないのが、またしゃくの種。
本格的に(確信的に)違反してるヤツを取り締まれ、と言いたい。

 今年になって、又同じ道路で網張っていて、
「いいかげんなこと言うな!」
と怒鳴っているおじさんがいた。
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2015.3.26(木)

 手術をしてから1ヶ月たった。

 5日に退院してきて以降10日間くらいは、目がどうのこうのよりも、体力的落ちこみがひどくて、疲れて疲れて、午後にはガス欠状態でまいった。
それで、どうしても一刻も早くかたづけねばならぬ用事が入院中に発生し、それは5日中になんとかして、ヘロヘロのからだにかつを入れつつ、7日の子どもたちの相手もした。

 体力低下は心配の種だったが、だからといって身体を動かす場所はないし、ベッド上でストレッチをやるとギシギシ音をたててしまうし、カーテンをしめた中でスクワットやるのなんだかなーで、結局ゴロリとなっているしかない。
時間をかけない程度に、片目に老眼鏡をかけて、帰ってから作らねばならない書類のメモ作成は、なんとかやった。

 もうひとつの心配の種は入院費だったが、やむをえず2ヶ月にまたがったから、かかってしまった。

 でも、ようやく体力も戻ってきたし、左目の見えかたも、少しずつ違和感が収まって、左右の差にも慣れてきている。

 入院前、忙しくて「緊急支援カンパ」のお願い文書も渡した人、渡せなかった人、バラついている。
が、峠工房はいつでも緊急事態を抱えているのだから、45周年事業年のためにも存続していこうと思い直し、決心しなおしである。
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