2015.2.26(木)AM7:00

 昨日入院、今日手術。
すごく緊張している。
 

 昨日は、登山用リュックに荷物をつめて、バス、電車乗り継いで、ひとりで来るつもりだったが「送るつもりだから」と言う家族の声に、あっさり甘えて車で。
バアさんがリュックしょって入院も面白いかと思ったが、人間は楽なほうへ流れる。

 いろいろ説明を受けて、まず自分の楽観的予測にがくぜん。

 あわよくば、10日間の入院中、外出、外泊できるんじゃないか、とか、ランドリー室ありだから自分で洗濯するよ、荷物は最小限に、なんて思って準備してきた。

 ところが、術後の安静、退院まで左目はふさがれている、など予測は大はずれ。
そんなに大変なことだったの?という感じ。

 自分では、6日に帰ったら翌日土曜日からこどもたち相手にいつも通り、何食わぬ様子でやるつもりでいた。
大丈夫かな?少々不安になっている。

 良かったこと2件。
何もしないで(検査はあったが)ゴロゴロベッドに寝っころがり、用意してもらった食事をする生活を1日やっただけで、朝の血圧がいつもより低く、酸素濃度も満点。
病院は、峠とちがって暖かいし、快適なくらしに慣れすぎないよう注意しつつ、6日までここで過ごします。
あきらめて。

 残ってる人たち!!がんばってね。

 特筆すべきことがひとつ。
ナースステーションでマスクをもらう時に「お顔が小さいから小さい方でいいですね」と言われ、生まれてはじめてでびっくり。
「子どもの頃から顔がデカイって言われて気にしてたのに……」
と思わず言って、笑われた。
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2015.2.16(月)

テーマ:
 4日間泊まっていたH君が、15日、無事母さんが退院して家へ帰り、ちょっと気ぬけしてだいぶ疲れているのだが、人の出入りが多くて、自分のやるべき仕事がちょっとはかどらない。
やるべき仕事とは、「緊急支援カンパ」のお願いの手紙を作り、渡すこと。

 自分の入院が25日に迫っていて、月末月初めに自分がここに居ないというのは、恐怖に近い。
とにかく金策を、と思っているのに、ここを離れられず、子ども達のために時間を費やす。
それが自分の本業なのだが……。

 でもなんとかおねがいの文書はできた。

「峠工房では今、多くの皆様に緊急支援カンパのお願いをしております。
昨年10月に創立45年を迎えた時点では、このような事態に陥るとは全く予想していなかったのですが、私、松本の眼の異常が12月5日に判明し、なぜかそれに呼応するかのように、何かがずれ出して、突然ブラックホールの前に立たされたかのようになってしまいました。
45周年の年を、充実に向けての特別な都市にして行きたいと考えて、いくつかの計画を立案し、恒常的に抱えていた運営資金難、人材不足の課題の解決に向かうべく行動計画を立てていた矢先に、このような事態になってしまい、足元の危機にうろたえています。」

と、書き起こし、不運のいくつかも話、

「創立45周年を機に、決意を新たにして若いスタッフたちが動いています。
先へ向かってのさまざまな取り組みが、わずかずつ実を結ぶ手ごたえを感じ始めているのに、今個々でブラックホールに呑み込まれるわけにはまいりません。
思い切って多くの皆様のお力添えをお願いする決心をいたしました。
峠工房が長年にわたって、「みんなの未来を見届けたい」「みんなの心のふるさとになりたい」と願ってやってきたことを、今までどおりに、いや、飛躍させてやり続けるたけに、ぜひお力添えをお願いいたします。」

へ、続けて今後の見通しを話、

「すべてこれから先のことなので、今直面している危機を乗り切ってつなげていかなければと、熱望しております。
皆様の熱きご支援を心からお願い申し上げます。」

で、結んだ。

 自分が不在になるまでに、なんとか進めておきたい事案なのだが、焦るほどには仕事がすすまない。

 とにかく、熱血支援カンパを、2月3月はお願いして行きたい。
峠工房は必要なことを必要な人へ確実に届けて、ひとりひとりと向き合っているのだから、こんなにいい仕事をしているのですよと、胸をはってお願いします。
応援して!
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2015.2.12(木)

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 フォー佐藤ズ、揃う?
きょう1日で、峠へは佐藤ばかり4人来た。
ケーイチはもちろんだが、11日から泊まっているH君も佐藤。
そして午前中、学校へ行きにくくなってしまったS君が来て彼も佐藤。
HとSは、意気投合してよく遊んだ。

 Sが帰って午後、入り口にヌッと大男が、佐藤です。
一瞬誰?このデッカイ人と思ったが、T君。
これで4人目。

 部活を引退したので時間ができたから、と3時間ぐらい話しこんで帰った。
彼の話を聞けば聞くほど、スポーツ強豪校の部活動のすごさに驚いてしまう。

 「よく耐えたねえ。すごくがんばったんだ」と何度ほめたたえたことか。
感動的ながんばりだ。

 就職も決まって、今は自動車免許を取りに行ってるそうな。
もう仮免なんだけど、「学科がなー、オレ頭わるいからさぁ、何度も落ちると思うんだ」と心配していた。

 高校生のあいだは、3年間寮生活で、休みもないし、ケガも多いし、でも、ろくに治療もできないし、たまに家へ帰れても中学時代の友だちとはすれちがいだし、なんかもう、むなしくなっちゃって。
引退したら、あれもやりたい、これもやろうって思ってたのに、いざ引退したら、なんにもやりたいことがなくって、ラグビーにぜんぶうばわれてしまったて感じ……。

 高校3年間の大変を全部話して、「あー、きょうはいろいろ話きいてもらえて、なんだかすっきりした」と帰って行った。

 仕事に就いて、悩んだり迷ったりしたら、いつでもおいで。
峠はそういう時、きっと力になれるからね。
だから、峠工房は続いていかなきゃならないんだなぁ。
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2015.1.24(土)

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 私が地下鉄駅までの迎え、送りができなくなると言うことで、進学が決まって、高校も行っても行かなくてもいいような状態になっているYちゃんのお兄ちゃんが電車、バスで送ってきてくれるということになった。

 双方にとっていいことだと、お兄ちゃんの申し出通りにすることに。
練習することが大切だ。

 で、予定通り10:30ごろ到着

 あー、ごくろうさま、に対して「Yにさんざんダメ出しされましたよ。バスの中で缶コーヒー飲むなとかなんとか」

 そりゃ、先生だってYちゃんに賛成だな。
だってたった20分バスに乗るだけで、しかも行楽でもないんだし。

 「エー、そうですかァ。僕のまわりではあたりまえだけど」
───今の高校生って、そう?
学校行く途中でもやるの?あたりまえのことかなぁ。

 いたるところに自販機がある日本の現実について思いをはせながら、彼に説明する。
自分たちの中ではあたりまえかもしれないけれど、Yちゃんは、いやだ、ダメって言ってるんでしょ。
それならやらなきゃいいじゃん。
きょうは仲間同士のお出かけでもなんでもなく、妹のつきそいで来たんでしょ。
相手がいやがることはよせば?

 なんか不満そう。

 先に帰るときに、Yちゃんに向かって「Y、Y、兄ちゃんは帰りに缶コーヒー買って飲もうかな」耳元でイヤミ。
多分本人はからかっているつもりなのかもしれない。

 まったく、もー、どっちが年上なんだよ。
8歳という年齢さを考えろ!
今に妹にバーカって言われるぞ。

2015.1.16(金)

 病院へ行って、入院とか手術の日程を決めて来た。

 会報にも書いたが、12月の眼科で発覚した網膜前繊維症なんて、聞いたことも読んだこともない。

 今日の説明では、手術しか治療法はないが、だからと言って、白内障のように劇的に良くなるわけではなく、進行を止めるだけだと。

 手術しか方法がないのならしかたないと思うけど、10日間も入院するという。
なんでそんなに長い間居なきゃならないの?思わず、エーッ、そんなに?と言ってしまった。

 車の免許更新をあきらめ、自分が運転できなくてもなんとかなる体制を構築すればいい、とハラをくくったが、12月があまりにも忙しくて資金ぐりとか、そういうことで動けなかったから、今とても厳しい中で、10日もここを留守にするなんて、気が気じゃない。

 3月に峠工房はなくなっているかも?と、日夜考えてすぐ眠くなる。眠れないと嘆く人がうらやましいくらい。

 とりあえず、2月10日から1週間、中学1年のHくんが、母入院のため泊まるので、それが終わるまでは存在しなければならないなぁ……