2015.1.5(月)

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 な、な、なんと!S小学校の児童支援専任の先生が、突然来た。
あまりにも思いかげない来訪でびっくり。
あり得ないようなことだ。

 5年生になって、2度目の不登校に陥ってしまったR君のために、8月5日に校長の提案で、峠工房において、校長、担任、支援専任、両親、峠の松本で話し合いを持った。
その後、担任からも専任からも何の音沙汰もなかったから、あの話し合いはムダだったと評価しているのか、と思っていた。

 今までに、Rは母の送りの都合がつけば、生活塾に来ているし、キャンプにも宿泊体験にも参加した。
のびのびと自分を発揮し、自分なりのコミュニケーションで楽しくすごすことも、さまざまな事象に興味と関心を示し、幼少の者にやさしさを示している。

 たくさんの成長の手がかりを持っている彼が、どうして学校現場に背を向けざるを得ないのか不思議だ。
というようりも、彼をひきつける要素が何もない学校が不思議。
個別支援級であるのに。

 彼のために何とかしたいと思ってきてくれた先生の熱意はうれしいが、それを発揮し行動できる現場であれば良いなァ、と心配しつつ願う。
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2014.1.2(金)

 お正月休みでも、どこへも行くあてのないミラヤマ君が来た。
作業所は5日まで休みだと言う。
峠と同じ。

 お姉さん宅へは行きづらい。
全く歓迎されないことは、わかりすぎるほど身にしている。

 で、出るのはぐちばかり───と言っても、いつも同じ事を言ってるのだが。
───お姉さんちへ行っても居づらいからさぁ
───いつもお前がしっかりしないから困るって
───お母さん(おととし交通事故で亡くなった)に
   しっかりついていないから母が死んだって言われる。
   でも、ボクは作業所行ってたんですよ
───後見人を押しつけられたって言われる
───お金がかかるって言われる
などなど。
今日は、わが家へ客も居たので、中学のことまで話は遡った。

 がんがんはげましたら、最後は泣きべそで、
「オクサン先生、また来るから、また悩み聞いてね」
と帰って行った。
聞いてくれる人、オクサン先生しかいないから、だって。

 住むところがあって、食べ物を作ってもらって(土曜昼と日曜昼は自分で弁当など買いに行く)、作業所という場があっても、人間にとって必要なのはそれだけではないなぁ、といつも思う。
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2015.1.1(木)

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 去年の12月の最後の日(つまりきのう)、10年ぶりくらいに、紅白歌合戦なるものを見た。

 積極的に「さあ、見ましょう」」ってわけでなく、12月に入ってからあまりに忙しく、常にも増して私だけ地球の自転が速まって、疲れはててしまい、多目的室のかたづけをしながら、NHKTVでもつけておくか……と。

 なぜこんなに追い詰められたのかと振り返って見ると、12月1日の免許高齢者講習をスタートに、実にいろいろあったのだ。
眼の病気(網膜前繊維症)が判明し、運転免許をあきらめざるを得なくなったこと……あの講習料5800円がもったいなくて……に始まり、障害者と(ギャンブル)依存症についての講演だとか、紹介された病院で精密検査をして、入院手術が必要と言われたり、そんなこんなで、会報を手がける時間がなくて、「死に物狂い」で仕上げ、気がついたら紙が足りないなんてこともあって、焦りと疲れの2014年の終わりであった。

 大そうじ?とんでもない。
もち?買いに行く時間がない。
年賀状?きれいさっぱり頭から消えていた。

 でも年賀状は配達される。子どもから来た分は何が何でも返してあげなきゃ、と必死で峠制作の猫絵はがきや、さっちゃん先生の絵はがきをかき集め、降り出した雪の中をポストまで行ってきた。
でも切手が足りないというか、ぜんぜん用意してなかったから、あっちのコンビニ、こっちのスーパー、と買い集め、少しずつ時間差だった。

 まったくすばらしいけじめのスタートだ。

 今年は課題山積みでも、さっそうと生きたいと思っているんだけど……。
日記もマジメに書こうと思っているんだけど。
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