2012,10,24(水)

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 法務大臣が辞めるというのがトップニュースになっている。激務にカラダが耐えられないのだとか。

 県会議員から長ァーーーい時間をかけて、ようやく登りつめたちいを、なんともお気の毒だ。
年齢から見ても次のチャンスはない。
今の政権がいつまでもつのかもわからないし。

 私はこの人に好意を持っていない。
 この人が県会議員だった頃(民社党という政党があったっけなァ)、もうずい分昔のことだ。
県立I養護学校の先生で、峠の創立者を師とあがめる人がいて、たまに来てダベったり食べたり、のんだり。
「いつか自分も峠のようなことをやりたい」
と言っていた。

 その人がある年の大みそかの晩、ご夫妻でたずねて来た。
重大な相談。

 当時彼は、「学校林を作ろう」という、全学年を対象にした授業活動をしていた。障害が重い子にも軽い子にも、それなりの作業を用意できる、と張り切っていた。

が、保護者の中には、土運びだの、水運びだの、草木を植えるなんて、勉強とは言えない、と不満を抱いている人もいた。
そして、その一人だか、それとも何人かでだか、知り合いの県会議員さんに相談したのだ。
そこまではまァいい。

どういうわけか、県会を巻き込んだ問題となって、彼は呼び出され、転勤(リハビリセンターの訪問だか院内学級へ)か、やめるかどちらかを選ばねばならないところへ追い込まれた、という。
彼は少しずつ準備を進めていたし、教員をやめて椎茸作りをはじめたいと言い、奥さんは
「生活して行けるかどうかわからない」
と反対。

創立者は、彼の後押しをしたいような様子を見せていたが、私は断固として猛反対。
「これ以上、男に勝手なことをさせるんじゃネエ!苦労するのは家族なのだ」

 食っていくためだと割り切れば、お金は必ず入って来るのだから、食べて行けてこその仕事でしょ。

 彼はリハセンターに転勤した。

 それにしても、県立の養護学校の内部問題が、しかも死人が出たとか、ケガ人が出たとか、集団暴力事件があったなどというのでもないのに、どうしてここまで「大問題」にされたのか。どのような受けとめかたをして、どう結論を導こうとしたのか?

 当時も今も、その県会議員の解決能力に疑問を抱いている。
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2012,10,19(金)

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 ものすごく不可解な出来事があった。

 きのう、雨、急に寒くなった。これはもう夕食はすいとん以外にない。寒くなったらわが家はまずすいとん。

 だしの素も切らしていたし、大した具もない。
凍っているウイングスティックを数本ダシ替わりにして、キャベツ、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、あるだけの野菜でつくった。おいしかった。

大なべにいっぱいにして、半分位残す。
翌日の昼には、これにだんごを足して、柿と小さいおにぎり2個程度でオッケーさ!
次の日の献立もできて余裕しゃくしゃくで寝た。

 きょう、朝、まず自分で朝メシに、と何げなく味をみたら、すっぱい。
自分の味覚異常にちがいないと、よくかきまぜてもう1度味見。やっぱりすっぱい。
これってどういうこと?

 真夏のまっさい中だって、夜作ったものがくさるなんてない。
しかも、自分以外の者が味を見ても、いかれてる、という。

 あんな寒かったのに、あり得ない。

 原因がわからない、見当もつかないだけに、すごいショックなのだ。
いったい何に気をつければいいのだろう? 理由を知りたい。

 素材に問題ないのなら、鍋?
ウーン、たしかに、肉まん作りのイベントで、子どもたちを喜ばせようと、直火にかけてガンガン火を燃やして、底はでこぼこ── それって何か原因になるの? あり得ない。

 とにかく、なぜこんなことが起きたのかわかりたい。
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2012年10月15日

昨日で、二年に一度の展覧会が終った。

これを期に日記を再開する。
普通は展覧会の宣伝もかねて、開催を期に再開、ということなのだろうが、ひねくれ者の私・・・・・・
というよりも、忙しくて、疲れて、調子がヘンになっちゃって、手がつけられなかった。
だから宣伝不十分なままオープンして、客足まばらなまま終了した。

でも、ぜひ会いたい人にも来てもらったし、すごく楽しんでくれた子どもたちもいたし。
もともと、お客が来ても来なくても、とにかくやろうと思っていたから、これでいいのだ。

今日から死に物狂いの「おかたづけ」で、また疲れてる。
17日午前中までが勝負。

日記は続けるつもり、です。
去年の10月26日から途切れていて、人にも指摘されたけれど、今頃になってしまって、ちょっと重圧。
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