ちょうどおやつの時間、Kさんから電話。2度目。先週木曜日に突然、3年以上の沈黙、いや、音沙汰なしを破って、昨日まで会っていたような感じで電話してきた。
春だァ!
サザンのテープを聞いていたら先生がなつかしくなって、と言うが、私はサザンのテープをここで聴いたことないし、別に好きと言うわけでもない。やっぱり春なのだ!
「萠」を読みたいと言うから送った。節約のために随分送る人を削って、その中の1人だったから、もう3年も読んでいない。で、89号、号外、90号を送った。
「先生のその元気とエネルギーはいったいどこからくるの」という。そんなことないよ。毎日寝るときは落ち込んでいるよ。
彼女は、10年以上峠へ通わせた息子KKを退園させた。彼の生涯年金を家計に繰り入れたいから。本当に、そう言ったのだ。KKにも家計を手伝ってほしい、と。
言葉もない重度自閉症の彼が「家計を手伝う」の意味は明白だ。だから、月謝を払わねばならない峠をやめて、「今はどこでも通うところはいっぱいあるから」。
峠での10数年で、会話は無理でも、言葉は獲得したし、電車2種類とバスを乗り継いで、1人でここへ通ってこれるようになった。道草する事も覚えて、自宅近くのコンビニで本を立ち読み(立ち見?)して、帰りが遅くなったりしたし、自閉のくせに、忘れ物もするようになった。これ、普通の人と同じ。
今は、施設にいる。峠をやめてしばらくは行き場がなかったらしいが、新しく出来た作業所に入れた。でもいじめられてやめさせた。膀胱炎になったとかで、やめて4年後ぐらいに親子で遊びに来たときは、おしめをあてていた。ここに4時間ぐらい居たけれど、「あら、変ねェ。もらしてないわ」とトイレで言っていた。
今の施設に入ったばかりは、すごく荒れて、風呂場はぶっこわす、大きなガラスのなんだかはぶっこわすで「大変だったのよォ」。ヘェ~~~KKのそんなとこ見たことないよ、見たかったねェ。
だって、誰が峠を辞めさせたのよ?と、喉まで何度も言葉が出掛かるような会話だった。峠を「やめる」という認識を持たせられないから、彼は混乱したまま、自分のわからない人生を歩まされて現在に至っているのだろう。
春だから、しかたがないとは言え、聴きたくない話が多かった。今夜の落ち込みは深いよ。
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チャリティプレート協会への報告書類を、ようやく今日郵送した。気になっていたことだったのだが、どうしてもその前に機関紙「萠」90号を出して、ご協力いただいたかたがたにお礼と結果を報告しなければという気持ちが強く、何をやるにしても手間取る昨今、遅れに遅れた。
本当に、心からほっとしているのだが、そのほっとを強く打ち消してしまうほど、先行きの展望の暗さに落ち込んでいる。せっかく環境が改善されたのに、はたして続けていけるのだろうか?いままでも、いつもそれはあったけれど、今は特別重い。
日本中の普通の人々は、皆、特別重い日々を送っていると思うのだが、峠工房には、無認可で続けてきた積み重なりがあるので、つらい。貸し金法が変わって厳しくなるのは、消費者保護のためという大義名分だろうが、銀行からの融資の道が最初から閉ざされているも同然のようなところ(ここもそう・・・・・・)は、他の方法の資金繰りに頼らざるを得ないのが現実。解決法を見出したい。なんとかして!!
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