日本の東北地方で大地震。
山好きな人間にとっては、なじみの深い地域であり、とりわけ私にはショックだった。
ケーイチの父の田舎は岩手県、母の田舎は宮城県で、母が元気な頃は。年に数回ケーイチをつれてお墓参りに行っていた。
おみやげの「萩のつき」や「ゆべし」が楽しみだった。
ある時、「くりはら田園鉄道」のパンフレットを持って来てくれた。
田園鉄道!?
一目であこがれてしまった。
だって、その名前にひかれない鉄道好きはいないだろうと思う。
ぜひ一度乗ってみたいものだ。
いつかは行ってみたいと思い続けたが、バブルの崩壊やら構造改革、長引く不況・・・・・・月末には100円のお金にも困るような時もあり、仕事関連以外の旅など思いも寄らない年月が続いている内に、とうとう昨年廃線となってしまった。
こんな暮らしを続けていくうち、私の思い残すことは山ほどたまるのだろうと、残念でしかたがなかった。
その栗原が大きな被害を受けたのだ。
栗駒山もわざわざ登山口まで行ったのに、三陸沖を台風が通過するとのことで断念して以降行ってない。
10年ほど前、石巻で、さっちゃん先生の親子展があって、オープニングに合わせて行った折、ケーイチの田舎へ、まるで、さらわれるようにして連れて行かれたことがある。
父の実家に一晩泊めていただき、めずらしいマンボウのさしみをごちそうになったり、で、びっくりした。
その時はじめてマンボウが食べられるのだと知ったのだ。
翌日、観光名所を巡り、厳美渓という美しい谷間を舟下り体験もした。
ニュースで、「厳美町で」と出てくると、あの美しい谷は無事だろうかとも思う。
そして、開拓農家の大きな被害、損害、心痛を知るにつけ、自分も小学生までをすごした、浅間山麓の開拓農家の人たちの過酷な生活を思い起こさせられて、心が痛い。
いつも自然災害を恐れて暮らしている身としてさまざまなことに想いをはせている。
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昨夕のニュースで、エベレストから帰国した、「冒険家」三浦雄一郎さんの記者会見を見た。
快挙、快挙の総合唱の中、私は引っかかっていることがある。
5月28日の新聞のコラムで三浦さんを讃える内容。
見過ごせない1行があった。
この人は「冒険家」なのだから、自分の夢の実現のために、あらゆる努力をするのは当然だが、今回のために日々どんな努力を重ねたかを紹介する文中に、目を疑う1行。
「電車に乗れば、つり革で懸垂をする」。
もし事実を書いているのだとしたら、なんと恥かしいことをする年寄りだろうと思う。
私たちが公共の乗り物で子どもたちを連れて行く場合の禁止事項の1つだ。
もし、やったら、いや、やる直前に赤いバツ印のついた絵カードだ。
少なくとも、峠工房として私たちが責任を持つならば当然のこと。
社会の中で、ルールを学ぶと言うのは、とても大切なことで、100冊のルールブックを読ませるより1回の経験の方が身につく。
ちなみに、私は、泳ぎ方の基本だとか、どうすれば泳げるようになるか等の本を読んだけれど、泳げない。
高校の体育のテストで、なんとか25メートル行ったが、以後、練習らしいことのチャンスも作らず、日本沈没の時には、この列島と運命を共にするしかない。
横浜に引っ越してきたばかりの頃、商店街の大道芸人から、忍術の巻物を、乏しい小遣いで買った。
「これさえあれば」あこがれの忍者・・・・・・当時は、「忍術使い」・・・・・・になれる、はずだった。
素質もある、と自分では思っていた。
生きにくさをもつ子どもたちに世の中での、様々なことを想定して練習をつむのは当然必要なのだが、それ以上に、恐れず、ひるまず世の中へ連れ出す方が大切と思う。
社会は無限の教育の場だと思う。
特に昨今「反面教師」も増殖しているし。
良いも悪いも体験できる。
人をつきどばしても出入り口に立ちたいヤツ、バスの座席にすわることを拒否しているヤツ、決まりごとを守らない人(自分はいい)を許せないヤツ・・・・・・いろいろバラエティーに富んでいる者たちと行動を共にしているわけだから、あの手この手で対抗する。
もし仮に「つり革にぶらさがってはいけない」と注意したときに、「強くなるための訓練だ」とか「三浦さんなら良くて、どうして僕はだめなの?」などということがあったらどうだろう。
もちろん私は即座に、「あの人がまちがっているのだ」と言うが・・・・・・。
有名な人で、大きなことを成し遂げた人だったらよい、ということはない。
そういう人は、さかんに言われているように、「人に勇気を与え」、賞賛されているのだから、なおさら「ささいなことだ」で済まされないと思う。
コラムに書かれていた事が本当ならばとてもはずかしいことである。
記者会見で、次の目標を問われ、「80歳で登頂」とおっしゃっていたから、すぐにうまずたゆまず日々の鍛錬を努力し続けるのだろう。
お金も、時間も、サポートする人にも不自由はしない境遇だと思うので、ぜひ自宅に、吊り輪でも鉄棒でも設置してがんばってもらいたい。
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ゆうべ、ケーイチの手に噛み付いた夢を見た。
それも思いっきり。
血がダラダラと流れて、夢の中でひどくうろたえていた。
こんな夢を見る理由は、多分、ある。
最近のケーイチが、すっとんきょうなことが多いからだ。
原因は、昨年11月から週1日成人男性が来ている事だと思う。
そのI君は、現在通所している作業所を、1日内緒で休んで来ているのだが、13年あまり今のところへ通っていても先の見通しがたたない、というか、さきゆきに希望が持てない、ということで、峠工房へ来た。
熱心なお母さんが、
「可能ならば、この子なりの自立というものを」
と考えて、長いあいだ色々さがしたけれど、ここだ!と思えるところがなく、昨年の新聞記事を頼りに、連絡を取ってきたのだ。
確かに、社会性は低く、世の中のことにもほとんど興味を持たず、常識と言うものもほとんど無い状態だった。
でも、とても素直な人で、週にたった1日なのに、半年間で見違えるほど成長したと思う。
彼も、ケーイチ君をすごく、認めてくれていて、やる気の源になっているらしい。
ケーイチは、友だちが出来たのがうれしいのだ。
そして、少しは先輩風も吹かせてみたいし、出来るところを見せて、いいカオしたいという欲もあったり。
んで、やる必要のないことやったり、勝手にやりかた変えちゃったり、指示をきちんと理解するよりも
「ハイ」
と返事をすることに燃えていたり・・・・・・。
かっこいいところを見せようと張り切るほど、注意されることが増えている。
見え見えでわかるからおもしろいのだが、それでもハラの立つこともある。
この頃は、こんこんと説教することが増えた。
その上、あきれる夢を見るのだから、いやになってしまう。