9日の朝、友人から「Sさんが亡くなった」と電話が入った。戸沢山荘を拠点としての山の遊び仲間であり、つきあいも20年を越える。
丹沢のみならず、初秋の日光白根、お盆の岩手山、残雪の安達太良・・・・・・遠くへも出かけた。
われわれはみんな、ひとクセもふたクセもある者共ばかりだから、仲良しクラブというよりも、山だから後腐れなく遊べる、みたいなところがあったのだが、下界でのつきあいも増えて来ると、「ムーッ」となることもけっこうあった。そこのところを、「まっ、しょうがないか」と、お互い様で受け流しての、長い付き合いだったように思う。
それでも、一昨年奥様に先立たれ、年齢も90歳近くなってくると、意地を張りすぎたり、ヘンに見栄っ張りになったり、自分を過信したり、等で、自分も傷ついたろうが、周囲の我々も辟易とすることが多かった。年齢に不足はないのだが、ここ2~3年の状況を思うと、ひとの老い方について、深く考えずにはいられない。
とは言え、まだ10年位、いや、以上かな?前、夏のキャンプ以外にも年間通して、何かと戸沢山荘を利用していた頃、峠工房の者たちも何かとお世話になった。ケーイチに朝のコーヒーを入れてくれ、私たちをカメラに収めてくれ、園長に叱られまくるヤスヒロに、助け舟(本当はいらぬ口出しだが・・・・・・)を出してくれ、その他いろいろ。
もしかしたらケーイチは覚えているかも、と思い聞いてみた。
「前に戸沢でよくいっしょになったSさんというおじいさんのこと覚えてる? 亡くなったんだけど・・・」
しばらく考えていて、
「箱根の展覧会であった人ですか?」
箱根、と聞けば私の頭の中には、芦ノ湖、大涌谷、登山電車などがパーッと浮かぶ。箱根の展覧会は記憶にないけどなー。つれていったことはない。
「行きました。雪の降ってる頃。みんなで・・・」
まったく思い出せない。少々心配になる。車で行った?
「電車で。大勢で、みんなで行きました。ガイコツの展覧会です」
そんな・・・・・・。ますます記憶の糸のかけらも探れない。ヤバイ、あたし大丈夫かな、本気で心配。
「あの子も行きました。ほら、ずーっとしゃべっていた子。電車のこと、ずっとしゃべっていた」
わかったー!!! D君だね。車掌さんや駅のアナウンスと同じ言い方をする子。あれは小田原だよ、小田原の博物館。確かに入って正面にティラノサウルスのガイコツあったけどさァ。
あそこで丹沢の今昔の写真展会場で会ったのはKさん。
でも良く覚えていたね。
「ボクにあいさつしてくれました。しばらくじゃないかって」
うれしかったと言う。そう、私もあの時うれしかった。
覚えていてもらえて。しかも元気かい? という声かけ。きっと、ケーイチにとっては、われわれが思うほど以上に、心にひびいたことだったにちがいない。
Sさんのことは、コーヒーを入れてくれた人、と言ったら思い出した。
それにしても「ガイコツの展覧会」ねー。本当にどこか頭に風穴があいたのじゃないかと、一瞬ゾッとしたが、わかってよかった。安心した。今のところ大丈夫、です。
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カレンダーの都合で、いつもより少し長い冬休みが終った。なんとも忙しい正月休みだった。5日夜納期の仕事の原稿を31日(大晦日)に持ち込んで
「よろしく」
ということがあり、ケーイチが冬休みなのに、こりゃ大変だと思った。
元日から来客があり、以来人の出入りや電話も多く5日にはもう、生活塾のST君が来たし、4日はミラヤマ君が来て、悩みを「うちあけ」て、押せ押せで頼まれた仕事がなかなかはかどらなかった。持ち込まれる話も、けっこう重い話が多く、くたびれた。
6日、休みの最後だから、母の面会に行こうと車を出したが、途中あまりの混雑に逃げ帰って来てしまった。そして貴重な冬休みは終ったのである。
ところで、いつもよりちょっと長い正月休みだったので、心配事がひとつあった。ケーイチの体重! 10日間の食生活やらその他すごしかたを、くどくどと言い聞かせ、31日に月謝を払いに来た時には、特製なますやいただきもののりんごなどを持たせたが、でも心配。
婦人雑誌の特集で「正月太りはイヤ!」 なんてあって、正月は太るもの、みたいな世間のジョーシキ。やれメタボだとか正月明けダイエットだとか、私の不安をあおること多く。
でも、ケーイチはすごいんだ。体重計にのったら、昨暮はかった時と全く同じだった。はかりがこわれているわけじゃない。
「たべすぎないように気をつけて、夜もあんましおそくなかったし。テレビもつまんなかったから」
彼は、ちゃんと自分をコントロールしたんだ! やれ、目が食べたいだとか、○○は別腹だとか、わかっているけどやめられないんだよネー、などと言ってる皆さん、この男を見習ってほしい。脳みその1/3ぐらいが黒いはずのハンデを持った彼の、この自己コントロール力。すばらしいじゃありませんか。
今度、彼のつめの切り落としを集めておいて、あのコニシキさんに届けてあげようかなーいや、それよりもアメリカへ輸出するほうがいいかも・・・・・・?
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