昨日6日、峠工房を休みにして、大山へ豆腐料理を食べに行ってしまった。版画教室のはじめての忘年会で、誰が言い出したか「大山・豆腐料理」。「平日だから先生はムリ?」と聞かれて、とーんでもない、ここ休みにしてケーイチと行っちゃうよ、と、さっちゃん先生ともども全部で7人。都合の悪い人も多かったけれど、そのかたがたは再びのチャンスに、と、われわれは楽しんで来た。
大山の豆腐料理はTVなどでもよくとりあげられ、けっこう有名で、お店も多いけれど、私んとこは一貫して「和仲荘」というところ。ここは下社のお休み処「さくらや」さんに紹介してもらった。そうそう、さくらやさんへも久しぶり。もう30年近くのおつきあいだ。たまたま峠の遠足で大山登山して、降りて来てここで休んだという何の変りもない知り始めだったのだけど、なんでこんなに親しくなったのか、今ではさっぱり理由がわからない。うちの息子は、中学、高校の長い休みにはよく手伝いに行って、かわいがってもらった。
和仲荘へは、何回も行ったが、いつも大山寺の百日供養とセットだった。一番初めは夫の特殊教育の恩師である小杉長平先生が他界された時、「俺にとっては特別な人だから、特別な形で・・・・・・」と言うので、伝え聞いていた茶湯供養を思い立った。なくなった人の魂は、49日までは家に居て、家族を見守り、50日目から、ほとけの仲間入りをするべく旅に出て、100日目に大山寺(別名・茶湯寺)にたどりつき、その日からお茶を飲んでもいいことになる。(それまでは水)供養のために大山へ行くと、必ず亡き人にどこか似ている人に出会えるし、魂は大山寺の石段に座ってまっていてくれるのだそうな。私はこの言い伝えを聞いた時、なんて心優しい人をなぐさめる話なのだろうと深く印象に残った。
夫は、この時以来、茶湯供養の大ファンとなり、自分の父が亡くなった時もそうした。またケーイチのすぐ下の弟が、家族を残して不慮の死を遂げた時、父親はその痛手からなかなか立ち直れず、毎夜のように夢を見て、「おい、あいつが帰って来たから玄関をあけてやれ」と言うのだという悲痛な話を聞いて、なんとかしなければと茶湯供養にさそった。「おかげであの日から夢をみなくなった」と、お礼を言われた時は、本当にうれしかった。
もちろんファンである本人の供養もここ。
そんなこんなで、大山と豆腐料理との縁は深いのだが、5年位前の峠の新年会以来ごぶさただった。いろいろなことがあったし、大変な時期を過ごしていたし。でも、せっかく誰かが言い出して楽しい時間に浸ってきたのだから、遠足の行き先に組み入れたり、今回行き損ねた人たちさそって何か、などと考えている。
なお、私たちが今回味わったコースは、ごま豆腐、山かけ、福袋、グラタン、蒸し物・・・・・・すべて豆腐使い(ごま豆腐は違うけど)の5品。結構満足しますよ。
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