忘れん坊のメモ帳45

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 ケーイチが、無精ひげをはやし、ハンカチも忘れて来た。身だしなみをきちんとしないと、だらしのない人だと思われるからと、日頃から注意している。彼は父親ゆずりでひげが濃く、年齢のせいでゴマシオになってきているから、なおさら「うす汚く」見える。
 言い訳は、「充電が切れていた」と、「出しておいたのに持って来るの忘れた」。
 コイツの言い訳には、いつも腹が立つ。バレなきゃいいみたいなところが垣間見えて。でも、年齢ということを考えると、世渡りの知恵みたいなものなのか、とも思う。
「充電切れてたって言うけど、土曜と日曜と2日も休みがあるんだよ、おかしいじゃない。ハンカチだって、準備したと言うなら、ちゃんとカバンの中へ入れときなよ。誰かに言われなきゃいいかげんになるとか、見つからなければいいっていうのは、ずるくて嫌われるって、いつも言ってるでしょ。ケーイチは(弟の)T君がいてくれるから、すごく幸せなんだよ。だから、自分でやれること、自分がやらなきゃいけないことは、きちんとやることが大事なんだよ。この世の中には、きょうだいから、めんどう見るのはいやだと言われてる人だっているの。時々先生んとこへ来るミラヤマ君なんか、1人では不安、でもお母さん以外にめんどう見てくれる人はいない、お母さんが病気になってどうしようって困ってるんだよ」
 誰にでも、気のゆるみとか、ちょっとなまけて、ということはあると思うが、自分で修正するのが苦手なのが彼等の弱味だろう。ほんのちょっとだけの手だすけでいい。
 このところ、とても調子が良くて、ほめることはたくさんあっても、叱りとばすようなことがなかった。その上、12日にはお花見のリベンジを予定していて、13日納期の下請作業の材料が入荷するのが遅れて、それでも「遊びの予定は変えないよ」てなことで、追い立てて2人でがんばっちゃった。ちゃんと遊んだし、納期もまにあわせたし、よかったネーとばかりに、少し気が抜けたのかもしれない。
 私も「たまにしっかり仕事すると疲れてだるい」とボヤいていたら、実はしっかりかぜを引き込んでしまっていた。15日は、絶対に10時すぎまで寝てるぞー、の決心のもと、ミラヤマ君対策にTEL子機をまくらもとにおいていたのだが、なんと6期にベルが鳴った。「え?もう8時?」とびっくりしたが、電話は町内のHITOSIさんからで、「朝早くから悪いんだけど、情報は一刻も早いほうがいいと思って」と、神奈川新聞に載ってたよと言う。あんなことも書いてある、こんなことも。あとでゆっくり読み返すけど、早く知らせてあげようと思って・・・・・・。なんて、素朴で、いい人なんだろうと感激。15日に新聞に載ることは知っていた。取材を受けたのだから。自分のことのように喜んで、悪いなと思いつつ早朝電話をしてくれたHITOSIさん。うれしい。
 結局、その日電話はミラヤマ君から来なかった。来たのは昨日、22日。拒めない。話の内容は前に来た時とほぼ同じ。
―― 病院で、ボクを取るか命を取るかっていわれたんだって。25日また聖マリへいくんです。
(行ってもむだだろ)
―― お姉さんはボクのめんどうは見ないって。でもお母さんには長生きしてもらわないと困るって。ほら、ボクがいるからさァ。
(話のつじつまが合わないじゃん)
―― 町内会の役員やってるからって言うし。
(町内会と命とどっちをとるかだろ)
―― 選挙もあるって言ってるし
とうとう心の声だけでは済まなくなった。「アノネー、いくら選挙で、がんばって働いてやったって、○○党や×××会がオマエを助けてくれるわけじゃないでしょ。本当はネ、お母さんがミラヤマ君のことを心から気にかけているんだったら、まず病気の状態を良くすることを考えなきゃいけないんだよ。でもね、ミラヤマ君だって、たったひとりじゃ心細くて心配でしょ。誰かが助けてあげなきゃいけないと思うけど、オクサン先生は何もしてあげられないの。やってあげられないの。」
 ウルウルした目で私の顔を見つけている彼に、とにかくお姉さんに頼んで、お母さんを説得してもらうようにと強く言って。引きはがすように帰らせた。私は心が痛い。
 峠工房ならやれるんだよ。今までだってやってきたし、ケーイチのところに何かあったら、すぐに対応する。ふり返ってみても、KENJIの母が入院したり、YASUHIROの母が入院、死去した時にも、どこの許可を得ることもなく、即、宿泊、それも何日でも、日曜祝日関係なく、必要なだけやった。無認可だもンね。峠工房とつながりがあればできる、今も、これからも
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 ミラヤマ君が来た。来るだろうとは思っていたのだが、午前中のTELには居留守を使った。なんだか疲れていてめんどうだったから。でも、あきらめずに午後再度電話して来た時には断れなかった。
 先週、お母さんが具合悪くて病院行ったら、聖マリ(大学病院)で検査受けるように言われた。そして、お姉さんたちから自分が怒られた、すぐボクのせいにするとグチっていた。
 絶対に言いたいことがあるだろうと、ダメだと断れなかった。
「お母さんはシンフゼンなんだって。」心不全なら死んじゃってるから、多分、「このままじゃ心不全になると言われた」話を聞いていたのだろう。
「入院しろって言われたけど、お母さんは断ったんです。ウチには知的障害の子がいるからできないって」
・・・・・・だって、このままじゃ死んじゃうかもしれないんでしょ。
「でもウチのお母さんガンコだから。それにボクがいるから。知的障害の子がいるから入院できないって」
・・・・・・子って言ったって、小学生でも中学生でもないじゃん。おとなでしょ。ちゃんと働いているし、ごはんのしたくできるって、前に言ってたじゃないの
「でも、お姉さんも、おまえじゃ何もできないからって。お母さんがルスの間にまた会社やめたら困るって。」
・・・・・・今はちゃんとやってるでしょ。それにあの時は会社でいじめられていて、つらくて行かれなくなったからじゃん。今の会社じゃ、いじめられてないし、仕事もちゃんとやれてるんでしょ。ボクは、今は大丈夫だから、ちゃんとやれるからって、お母さんに入院してなおしてほしいって言えばいいじゃん。
「でもウチのお母さんガンコだから。言うこと聞いてくれないから。」
・・・・・・言うこと聞く聞かないはお母さんの考えだからしかたないけど、このまま病気悪くなってお母さん死んじゃったら、ぜーんぶ君のせいになってしまうかもしれないんだよ。お母さんによくなって欲しいと思わないの?
「シラナイ。わかんないよ。」
・・・・・・自分がどう思っているかだよ。自分のことだよ。考えなよ。逃げないでさァ!
ただでさえでかい私の声がだんだん音量を増す。ミラヤマ君は考えた。下を向いてしばし沈黙。
「や、やっぱり、お母さんにちゃんとよくなってもらいたいよ。」
 だったらそれを言うの。自分の思ってることをちゃんと言いな。そして、ボクはひとりでがんばってみるからって。わかんないことがあったら、お姉さんに電話して聞くからって。峠工房に来てるK1君は、朝ごはん自分でしたくしてるんだよ。知的障害って言ったって、ミラヤマ君のほうが頭いいの。電話もかけられるし、からだが不自由じゃないから、自転車にも乗れるじゃん。自分でやってみようと思わなきゃだめなんだよ。K1君よりずっと条件がいいんだよ。
 自信なさそうなミラヤマ君の目が泳ぐ。
 自信を持たせるような訓練をして来ないから。1人で買い物はさせない。バス旅行には1人にひとりずつボランティアさんが付いて「お世話」。地域作業所に籍を置いていても、こういう事態には何の助けにもならない。自分で責任持って何かをしなければならない体験を積んでいない。彼の不安と心細さが痛ましい。
「ごはんはできるし・・・・・・ボンカレーとか作れるから。せんたくもできるし、服もたためるし・・・・・・。ゴミは・・・・・・えーっとゴミ出しは、月と水と金が・・・・・・」
 ゴミ出しなんて、紙に書いて台所にはってもらえばいいんだよ。掃除なんか1か月や2ケ月しなくてもどうってことない。私なんかぜんぜんしないよ。(いばることじゃない!)何よりも大事なのは、休まないで会社へ行くことだよ。
 先生がミラヤマ君を助けてあげることはできないんだよ。峠工房の人じゃないし、だいいち、ここへ時々来ていることは家の人に内緒にしてるんでしょ。おくさん先生は、どんなになんとかしてあげたくても、手出しできないの。相談にだけは乗れるけどね。ミラヤマ君ならやれるって信じるよ!
 彼に語りかけながら、腹が立つし、なさけないし、泣けてきそうだった。将来、いや今でも、会費制のような形で、こことの関係を持ち、おとなになっても続く支援(特に精神的な)や、緊急の拠り所を提供するシステムを考えているけど、今すぐでもできるけれど、手出しできないというのは、なんとも歯がゆい。
 帰宅を促しても、大きな目でヒシと見つめ、両手で私の手を握りしめたまま、なかなか帰らない彼を「公的などこか」が救ってやってほしいよ。彼のお母さんが熱心に働いている所属団体が、なんとかしてくれないものか、とも思う。
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