忘れん坊のメモ帳39

テーマ:
昨日、ミラヤマ君が来た。今年になって2回目。1回目は私が体調不良の3日だったが、久しぶりなので話をしたくてたまらないのに話題が無いという状態。「ジッサイ、ジッサイ、大変ですよォー。」これ彼の口ぐせ。「何が大変?」に、大きな目をさらに大きく見開いて、「・・・・・・。」 今回は、言いたいことが3種類ほどあったみたい。作業所で健康診断があったこと。新年会で親たちが困ったと言ってたことについて。作業所に、車椅子の人が新しく入ったこと。 「4月から、バスの割引券が無くなるんですよォ。お母さんたちがそれで困ったって言ってるんです。」でも、バスの割引制度が無くなるんじゃなくて、バスに乗る時は手帳を提示しなくちゃならない、ということだ。手帳を持っていれば今までどおりなら別に困らないじゃん。「でもなくした場合に困るって言ってるんです。」じゃ、なくさないように気をつければいいじゃん。「でも再発行とかいろいろ大変だから困るって。」バス券(カード)だってなくしたら再発行してもらわなきゃいけないんでしょ。彼は、私にも「そりゃァ困るねェ。大変だわ。」と同意してもらいたいらしく、20回ぐらい同じ事を言った。 どうして親たちは、なくしたら困るだの、再発行してもらうのがめんどうだのと言ってて、「じゃァ、どうしたら彼等でも無くさないように、責任もって管理させられるか」を話し合わないのかと不思議だ。なぜそういうことに知恵を出し合わないのだろう。多分、峠のK1も、毎日手帳を持って通って来ることになるのだと思う。彼が、片手で手帳の中身を運転手に見せられる状態にするには、どんな方法がいいかなと、まず考える。片手で開くのは大変だから困る、ではなくて。
AD

忘れん坊のメモ帳38

テーマ:
峠工房は今日が始業。生活塾はひと足早く6日に今年の第一回だった。 元旦、(実はもっと前からなのを気づかなかっただけかもしれないが?)からの不調は、ジトジトと続いていて、7日はとうとう1日寝込んでしまった。こんなことなら、とっとと早めに寝込んじゃえばいいのに、あいかわらず判断力が鈍くて、後悔することしきり、だ。とはいえ、年賀状を出さなきゃとか、正月や墨には会いに行くって母親にはがき出しちゃったしなーとか、気になることが多々あって・・・・・・。 でもまァ、少し持ち直して、K1をむかえ入れることができてよかった。長い休みは、ほんとにアレコレ気になる。生活乱れてないか、ちゃんとした食事とってるか、etc・・・この休み中も2回もアイツをどなりつけた夢を見た。これって職業病だよと思う。 散髪してこざっぱりした感じで、「あけましておめでとうございます」と、あいさつされた時には、心からホッとした。体重も増えてなかったし。体重は去年の12月から、月曜と金曜に計っているし、前夜のおやずも聞いて記録している。去年ヘルニアの手術をして以降のデブ道まっしぐら状態に危機感を持ち、ボッコリとでっぱった腹を見るたびヤバイなと。発作を止める薬を飲んでいるのだし、すでに赤ン坊の時に半分死んだ身体だ。で、本人に自覚してもらう方法として、計量を思いついた。これがけっこういいみたい。あの腹は多分、体形とも関連しているのだろうが、見た目ほど体重はない。あるデブタレントの半分ほどだ。 今年は、ズル休みをしないで冬を越してほしいものだ。
AD
動かない方がいいのだからと、朝起きてすぐに箱根駅伝を見ていた。もっとも(実を言うと)毎年見ている。 やたら感動を盛り上げる実況のアナウンサーのしゃべりにつっこみを入れたり、よく知っている区間を走るのも面白いし、たまに本当に感動もする。  いよいよ箱根にさしかかった時、ふと、AD君はテレビ観てるかなァ、と思った。  去年の1月、峠の初イベントで小田原の博物館へ行った時、鉄道大好きの彼は箱根登山鉄道がものすごく気に入ってしまい、いつかはあの赤い電車で終点まで行ってみたいと熱望した。小田急線は小田原から先は登山鉄道の線路に乗り入れる。 彼は、小田急の電車でなくて、「あの赤い電車」に乗りたかった。後日、生活塾に来た時、「なんとか峠工房で箱根へ行く計画を立ててもらえないでしょうか」と、かきくどいた。 駅伝の話もしてやって、選手が踏み切りにさしかかった時にちょうど電車が来たら、電車の方をとめてしまうんだとか、テレビを見ていると、あの博物館も写るんだなどの話をして、「今度、お正月の駅伝を見てみると面白いと思うよ」と言ったのだけど。 テレビ、見てるかなァ。でも家族はこのこと知らないかもしれない。
AD
新年早々ヤバいことになった。頼みの左足の膝がパッツンパッツンにはれてしまった。右足は、じん帯を切って以来弱いので、いつもかばいながら、(自分では)注意深く動作をしている(つもり)。私にとっての命綱?左足が使えなくなるということは、移動できなくなる危険をはらんでいる。一歩手前の危機的状況が、元旦に来た。 兆候は12月半ば頃からあった。違和感を感じていた。だから、この私が、毎日の動作を慎重にしていたのだが、K1に、ついうっかり、「31日の夕方、取りにこれるんなら、なますと煮物を作っておく」と言ってしまったのだ。もちろん彼は大ニコニコ。んで、今日はいやに足が冷えるなァと思いつつ、大根をきざみ人参をきざみ、その他色々やってしまった。めずらしく勤勉に。  K1がうれしそうに、何度も何度もお礼を言って、となりのKAYOちゃんがくれた肉まんもいっしょに持って帰ったのだから、いいんだけど、なまじ、まじめに働いたから、やっちまった!  1年の計は元旦にあるのに、ダラダラと極力動かずにすごしたということは、今年も私はなまけもの?