いろは歌(有為の奥山今日越えて)
テーマ:真実信心うゐのおくやまけふこえて
(有為の奥山 今日越えて)

有為(うい)の奥山 とは、
『 苦しみの充満する私たちの住む世界 』
を いいます。
親鸞聖人は、苦悩の絶えない人生を海に例えて、
このようにおっしゃっています。
生死(しょうじ)の苦海 ほとりなし
ひさしくしずめる われらをば
弥陀弘誓(ぐぜい)のふねのみぞ
のせてかならず わたしける
(意味)
苦しみの波の果てしない海に、
永らく さまよい 続けてきた私たちを、
大悲の願船だけが、必ず渡してくださるのだ。

金・地位・名誉・権力・健康など、この世の幸せは、
海に浮かぶ丸太や板切れのように当てにならないもの。
つかんだ、と思った瞬間、クルリと裏切っていきます。
その喜びは、色あせ、薄れ、消えてゆくものばかりです。
やがて必ず崩れるものを信じて生きているのですから、
苦悩は絶えず、真の安心・満足は獲られません。
私たちは、決して、
苦しむ為に生まれてきたのではありません。
生きているのでも、ありません。
幸せになる為に、生きているのです。
本当の幸福を知らず、
遠い過去から苦しんできた私たちを、
この世から、未来永遠 絶対の幸福に
必ず救ってみせる、と誓っておられるのが、
阿弥陀如来の本願 です。
有為の奥山今日越えて
(=苦悩の満ちた世界・奥山を、今、乗り越え)
人生の苦難の荒波を乗り越え、求むべきは、
阿弥陀仏の本願 である と
親鸞聖人は、教えておられます。









1 ■弥陀の本願
こんばんは。
ハッキリと、今超えたぞ~!
と大声で叫べるところまで、進ませていただきたいと思います。