ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

〝可憐な花々に囲まれた心温まるお葬式〟をモットーに、日々お客様のために頑張っております葬儀社ウォームハート・・・の社長、人呼んで「葬儀屋ナベちゃん」です。 毎日の仕事や、人・映画・書籍等との出会いの中で感じたことなどを徒然なるままに綴ってまいります。


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今でこそ、都内で出されるゴミは可燃・不燃など細かく分別・処理されていますが、昔は粗大ゴミも含めてその殆どを埋め立てていました。

私が生まれて暫く経った1961年頃で、年間158万トンのゴミの内約85%が埋め立てられ、その多くが持ち込まれたのが江東区に作られた人工島・『夢の島』。

名前はメルヘンチックですが、実態はまさに醜悪。

 

1957(昭和32)年から埋め立てが始まり、11年間で後楽園球場13個分の広大な土地(?)ができあがりました。

       

しかし1965(昭和40)年6~7月に大量のハエが発生し江東区内に飛来。

 

その駆除のために堆積した生ごみに火をつける〝焦土作戦〟を実行し、話題になったとか。

当然のことながら埋め立て処理には限界があり、かつ都内のゴミの70%を処理してきた江東区からの異臭などの苦情を受け、東京都は1956(昭和31)年に 『清掃工場建設10ヵ年計画』 を策定し、各区に清掃工場の建設が始まりました。

しかし、ここで建設計画がストップしてしまったところが・・・それは、杉並区。


同区内の高井戸地区に建設が決まり土地の収用も済んでいたのですが、事前協議等の根回しがなかったことに地元住民が反発し、建設が中断。

これに怒ったのが江東区。 
同区は都と他の22区宛に

 

「自区内で処分場をもつという原則の賛否を問う公開質問状を送付し返答如何によっては、ゴミの搬入を阻止する。」

と明言。 にもかかわらず杉並区は一部住民の反発が強く、また代替地候補となった和田堀の地域住民も反対の声を上げたため、事態は膠着状態に。

これにシビレを切らせた江東区は、今から44年前の今日・1973(昭和48)年5月19日に、区議会で杉並区のゴミ搬入拒否を決議。

当時の美濃部都知事が都議会で


 ごみ戦争

を宣言する異常事態に発展。

そして実際に江東区は同年12月に区長自らが出向いて、杉並区のごみの搬入を実力阻止。

 

        

まぁ、江東区のお怒りはごもっとも。


更に翌年5月にも再び搬入阻止が行われたばかりか、江東区に同調した都清掃労働組合も杉並区内での収集を拒否し・・・同区内には異臭を放つ生ごみが山積したといいます。ダメだぁ顔

この実力行使で追い詰められた杉並区は、結局建設予定地を元の高井戸地区とし、都と反対派は東京地裁の和解案を受け入れ、ようやく建設が決定。

それでも建設開始が1978年で稼働が1982年と、当初の計画からは大幅に遅れました。

環状8号線を走っていると、井の頭線のガードをくぐる辺りで高くて白い煙突が見えますが、これが杉並区の清掃工場。
(※現在は改築工事中)

       


当時は〝成田闘争〟と時期が重なっていたので、このような社会運動が起きやすかったのでしょうが、結局は計画通りの場所に清掃工場が建設され、ただ完成が大幅に遅れただけ。

 

そして一部の反対派の妨害で、多くの利用客や住民が迷惑したことも同じ。

 

反対した住民も、おそらく建設された清掃工場にゴミを出しているはずですし、成田空港建設に反対した人々も海外に出かける時は利用したはず。

また新しい葬儀場を建設しようとすると、必ずといっていいほど近隣住民から反対運動が起きますが、いざ稼働すると身内の葬儀で利用する方も・・・。

反対派の行動が釈然としないのは、私だけでしょうか?

 

 

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