緊急サミット
テーマ:藁蔵-warazo-のブログおばぁちゃんを訪ねました。
そしたら近所の首脳陣が全員集合しておりました。
これだけ揃ってると、もう僕は赤子同然です。。
生まれた時から可愛がってくれた近所のおばあちゃん達です。
もちろん住んでいる場所から名前まで知っています。
婆ちゃんA 『今日は丁度 たのもし やっとんたんよ』 (たのもし とは飲み会?的なものです。)
全員 『どうしたんよ?』
婆ちゃんB 『あれーーまぁちゃんやないか?』(まぁちゃんは親父です‥)
僕 『ちょっとワラジ作りたくて‥誰か作り方知っとる?』
全員 『そんなもん皆作れるわ。昔は靴なんてなかったで、皆自分で作ったんやぞ』
ボク 『そうなんやーやっぱすごいなぁ。作りたいんやけど‥』
婆ちゃんA『作ればいいやないか』(だから教えて‥)
上の写真はボクのおばぁちゃんです。
おじさんに渡されたワラジをみせると、
これはバランスが悪いだとか、もっと締めないかんとか。
おばあちゃんが作った物だと言っておじさんに渡された事は言えませんでした‥
口では難しいので、実際にやってあげるからとビニールひもで説明をしてくれました。
『ここをこうして』
『こうやって』
婆ちゃんC 『こうするんや』
婆ちゃんB 『うちはこうやった』
婆ちゃんD 『そうそう、そうやると丈夫になるな』
婆ちゃんC 『ワシはこれでもこの後こうするんや』(いやいや全くついて行けません)
でもあっという間にワラジの先端部分が。
それでもって他では何やら布でも編み出し始めました‥
何処を見ていいのやら‥
そうこうしてると『ワラを綯うことは出来るんか?』
『こうやって綯うんやぞ』
本当慣れてるというか、凄い早いスピード。
やった事はあったので、ボクも挑戦。
比べてみて下さい。
ボクがどちらか分かりますよね‥
残念ながこんな結果でした。
婆ちゃん 『先ずはワラを綯う練習からやな。』
次は実際にワラを持って行って教えてもらう事になりました。
それまでにワラを綯える様にならなくちゃ。
頑張ります♪
その後は、世界大戦後の貧しい時代の話を聞かせてくれました。
今の世の中は裕福過ぎる。こうやってお菓子も食べれるし、御飯もいつでも食べれる。
自分達だけ、何不自由無く今の暮らしをしている事が先祖に対して申し訳ないと‥。
だからお前にお願いがある
大食い競争とか、無理して御飯を食べる様なテレビを無くして欲しい。
本当に見てると悲しいし、人間が嫌になると。
そう思う程、貧しくて苦労をしたんだなぁって。
現代社会しか知らない僕たちは、罪だと思いました。
やっぱりもっともっと知らないと駄目だと。
その後戦争中の話になり、
本当生々しい話を沢山聞く事が出来ました。
ワシらには青春時代が無かった。
でもそれが当たり前。
仕方が無いんや。
真ん中のおばあちゃんは、戦争中名古屋に住んでいて、
数えきれない程の死体を大きなトラックが運んで行く光景を見て、
その時の臭いが今でもはっきり残ってるんだそうです。
涙を浮かべながら話をしてくれました。
まだまだ皆さんに伝えたい事、伝えないと行けない事を沢山聞きました。
なのでこれから、もっとしっかりと大切に伝えて行きたいと思います。
本当に僕たちは聞く義務があると思いました。
ワラジの作り方を聞きに行ったのに、それ以上の事を教えてもらえました。
テレビや雑誌で戦争の事を知る事が出来ますが、
やっぱり生の声を聞く事が必要だし、それぞれの地方でそれぞれの話が
有ると思いました。郡上にも戦争の恐怖は来ていたようです。
こんな田舎でもB29が頭上を飛んでいたと言います。
そして、岐阜市が空襲にあった時は、郡上からも空が焼ける様な赤色になっていたのが
見えてたそうです。とっても怖いのに、全然情報が入らないから分からないし。
男性は皆戦争に行かないといけなくて、心細い想いをしたそうです。
そして最後に皆から声を揃えて出た言葉が、
やっぱり『戦争はもうやめて』でした。
うーーん。田舎を伝えるメッセージにこだわっていましたが、
こういったおじいちゃんおばあちゃんの話も伝える事も大事だと思いました。
ボク 『こういう話はやっぱり伝えて行かないと駄目だから、話さないと』というと
『お前が聞いてくれたから、話せたんだよ』とおばあちゃん達。
やるべき事がまた1つ増えた日でした♪
最後に桃のジュースとポテトチップス×2と煎餅を持たせてくれました。
そして
最後にまたお土産をもらいました。
いつのまに完成していたのやら。
また作り方聞きに行かなくちゃ‥。
今度はお菓子をもって訪ねよう♪
みんなありがとう★
郡上から発信するムスブログ VOL 64







1 ■無題
なんで僕を呼んでくれなかったんですか??