1日1ドル以下

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風邪を引いていて、もう寝ようと横になりテレビを見ていたら、
某ローカル局の特番、『世界驚愕リサーチ 数字は嘘をつかない』が気になった。
点けた時はアメリカの銃社会についての話の終わりかけだった。
アメリカ人は生まれた時から銃ありきで生きてきているので日本人とは根本的に考え方が違うのだ、と言うことを思った。
それはそれでよかったのだが、寝ようと思うと『1日1ドル以下で暮らす少女』と言うのが始まった。
1ドル、今は120円くらいだろうか。
ジュース1本、うまい棒なら12本、5円チョコなら24個、日本人なら『3時のおやつ』とか『こんなものか』と思うだろう。
しかし世界には1ドルも使えない生活をしている人たちがいるのだ。
それを目の当たりにして驚いた。
僕は正直国のせいだと思う。
テレビの少女はブラジルの12歳の子だ。
こんな子が毎日学校に行かずに街に出て捨ててある食材を拾って歩く。
拾って帰ると弟達に食事を作る。もう学校は始まっている。
その後は家事をしたり買い物に行ったり。
弟達は一日三回隣町の公園に水を汲みに行く。
帰り道、学校へ行ける裕福な子供達に『貧乏人』『あっち行け』と罵倒されながら歩くのだ。
それでもこの子達はこの水が命の水で、状況が変わることがないのだ。
親父は蒸発し、母親も学校を出ていないために高収入の仕事にありつけない。

少ない給料をなんとかやりくり、いやほとんどやりくりなんて出来ていない。生活するしかないのだ。

12歳の女の子は母親に買い物を頼まれた。
5レアルで米と芋の乾燥させたものを買ってくるようにと。
だけど弟達がジュースを飲みたいと言う。
ダメと諌める少女。
しかし店の主人が安くしてあげると言うと少女はジュースを買ってしまった。2日分の食費と交換に。
ジュースを飲みながら帰る少女達。
家に着くと母親の表情が一変する。
お金がないのにお姉ちゃんのあんたがしっかりしなさい、と言うことだった。
しかられた少女は弟を連れて街に空き缶を拾いに行く。集めてお金にするのだ。
だけど同い年くらいの子供達が遊んでいる前でゴミを漁ることが出来ない。恥ずかしいのだ。
そして歩くこと5時間。1.5キロの空き缶を集めて4.25レアルになった。嬉しそうな少女。
『使ったお金より多いけど、全部お母さんに渡すわ』
それだけで十分だった。

少女の夢は看護師になることだった。
今のままでは大学に行けない。
だけど少女は言う。
夢がなくなったら辛い生活が余計に辛くなると。
しかし自体は一変する。母親が失業してしまうのだ。
少女は学校に行きたいと願っていたが、またしても生活は苦しくなる一方だった。
少女は次の日から母親と作った手作りのコロッケを売って歩いた。
40度の炎天下、引っ込み思案の少女はなかなか声がかけられない。
見兼ねた取材者が手伝うことにした。
物怖じしないタイプの取材者はどんどん声をかけ、あっという間に売れきってしまう。
早く仕事が終わった少女は取材者をあるところに連れて行く。
製材所だった。
彼女は言う。
『新しい木材で家の補強がしたい』
『たくさんお金はかかるけど』
彼女の目は光り輝いていた。世界中の誰よりも。
が、突然彼女は倒れる。崩れるように。
座り込み水を貰う。
体育座りをしているが持っていた水を落とし、顔が膝を打つ。
栄養失調と過労だった。
看護師は言った。
『こんなになるのは当たり前よ』
『もっと栄養のあるものを取らないと』
食べれるだけの金があるのなら誰も苦労はしないし、倒れたりしない。あなたはたくさんお金を持っているのだろうけれど、食べ残しを捨てたりもするのだろうけれど、この子にはその食べ残しを食べることしか出来ないのだ。
彼女は回復し、家に帰る。
笑顔が戻る。その目には涙が溢れていた。
しかし次の日には現実に戻っていた。
街に残飯を探しに行き、弟達にご飯を作る。
そして学校には今日も行けない。

VTR明けの取材者の話、
『少女は倒れたことを覚えていなかった。だけどそんな中抱き上げられる時に落ちたお金を無意識に拾っていた』と。
僕は泣いた。
成すすべなく、泣いた。


***

その後、どんな番組を見てもちゃっちく見えた。

薄っぺらいと言うか、自分も含めて、

何してんだろ?

て。

ほんとに僕はこれでいいのだろうか、と。

Blogを書いたり小説書いたり、そんなことって大事なことなんだろうか?

腐ったからといって簡単に食べ物を捨ててしまう自分がいやになった。

それでも僕も生きていかなきゃならない。

いつか、いつか少しでもそう言う人たちの手助けが出来たらいいな。

***


これは某SNSで書いたものに加筆・修正したものです。

某SNSから飛んで来ていただいた方は申し訳ありませぬ。


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連休と家庭

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今日は渋滞のピークだそうで。
ご旅行の方々、お帰りなさいませ。
そして、お疲れ様でした。
このGWは楽しく過ごせましたでしょうか?
そうであった方もそうでなかった方も経験は何事もチカラ也ですよ。


GWと言うと本来は映画の週間だそうです。

映画のロードショウが目白押しだったことからゴールデンなウィークと呼ばれるようになったとか。

しかし最近では大型連休と言う認識が概ねの常識になっている。

ただそれでいいんだと思う。

何事も決まりごとなんてないのだから。


さて、この大型連休は何のための連休なのだろうか?

ボクは貧乏人の家に生まれたのでGWと言うと家でごろごろと過ごすなんとも退屈な連休だった。

ラッシュの時期の事故のニュースを聞くたびに、『貧乏暇なし』と言う言葉が思い出された。

親子揃って『貧乏事故なしやな』と揶揄していた。

それは虚しい反抗でもあったけど、言い得て妙な感じも子供心にあった。

学生の頃は、特に小学生や中学生の頃はこの飛び石連休の平日に学校を休んで海外旅行や田舎に帰る家庭があった。

そんなことが出来るのは大体金持ちの家が多かった。

学校に来ているのは中流から下流の家庭の子供ばかりだった。

そんな同級生をいつも羨ましく思っていた。あるいはそうでなかったかも。

だけど、やっぱり休めるのは金持ちだけだと理解していた。

ボクは今でも休めていない。

結局金持ちにはなれそうにない。

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腕時計

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時計を填めると少し大人になった気がした子供の頃。

親の時計を借りてはよく填めていた。

子供の自分の腕には少し大きく、填めるというより掛けると言った方が良いほどに。

だけど子供心に大人になった気がしていた。

サラリーマンのマネをして腕に填めた時計をチラチラと見て喜び、時計を無線に見立てて兄弟で通信のマネをして遊んだ。

そんな子供時代だったけど、時計は嫌いだった。

自分の家庭は夕飯が遅かった。5時や6時に食べることはほとんどなかった。

貧乏人の家に生まれた性なのか、親父の帰りが遅くそれを待ってから食卓に着くものだから8時くらいにならないと食べられなかった。

それ故に友達と遊んでいると、5時を過ぎると一人減り二人減りしだんだんと面白味がなくなってくる。そして帰らなければと言う雰囲気になってくる。もう少し遊びたくともその家も夕飯の準備が出来ていたりして有無言わさず帰ることになる。

帰ってもすぐに夕飯が食べられるわけでもない家にしかたなく帰る。文句を言ってもしかたないことだけれど、今でも夕飯が遅めなのはこのせいだろう。


夕飯が食べられないことには一切異議はなかったけれど、5時になるといつも憂鬱な気分になった。

いつ誰が言い出すのか。

その言葉をどのタイミングで言い出すのか。

いつもその時間になると気になっていた。

言わせないようにしてもいつかは誰かが言い出す。それがわかっていても少しだけ抵抗をしてみる。

でも結局『夕飯の時間だから』と鶴の一声で蜘蛛の子を散らすように皆帰る。仕方のないことだけど言いだしっぺを怨みボクも他聞に洩れず帰ることになる。

その時いつも『時計さえなければ』なんてよく考えていた。あるいは時間なんてなければとも。


そういった家庭の事情も含めて時計が嫌いだった子供時代だったけど、結局大人への憧れ心には勝てず買ってもらった時計をしばらく填めていた。

それがいつしか填めなくなっていた。

原因はかぶれだった。

腕に填めた時計の部分に汗をかき、手を洗った時に流れ込んだ水を拭かないものだからその部分がかぶれてしまったのだ。

そう言うのに弱い子だったから掻いてしまって酷いことになる。

そのおかげで填めなくなっていった。

子供の頃の大人への憧れの象徴だった時計はいつの間にか自分の妨げになっていった。

一度填めなくなると次に填めた時の違和感が気になる。

とは言っても填めて生活をしていればそのうち慣れるのだろう。

だけどそれをしないのは時間に縛られたくないと言う心の表れなのかもしれない。

腕時計腕時計腕時計

この作品は読書の時間 に投稿した作品です。

皆さんは時計、好きですか?

ボクは時計が嫌いと言うより時間が嫌いです。

時計を見ると時間が思い出され、時間を思い出すと嫌な思い出が思い出されます。

仕方がないことだけど時間と言う奴は待ってくれない。

それに戻ってもくれない。

ほんとにマイペースな奴だ。

あ、ボクに似ている・・・


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