眠れない夜、いつもあいつのことを思い出す。

あいつは何もかも止めれない男だった・・・。


『オレ、無駄遣いするの止めた』

なんて、言うのはいつものことだった。

週間もしないうちにあいつは服を買っていた。

問いただすと、いつも笑ってこう答えてた。

『これは必要なんだ。だれに見られるか分からないだろ。その時のためだよ』

でもあいつはいつも破れたジャージや着曝しのTシャツでコンビニに行くようなやつだった。

『そんなの着たって一緒よ。元が知れてるんだから』

と言うと、あいつは怒ったように、

『お前には分からないんだよ』

と答えた。


ある時だった。

『オレ、パチンコ止めたんだ』

て、パチンコ屋で言ってるあいつが無性にどうしようもないやつに見えた。

だから私は言ってやった。

『あんたには何も止めることなんかできないのよ。いつだってそうじゃない。あんたは何も止められない男なのよ』

てね。

するとあいつは飛び出していった。

しばらくして外に出てみると、あいつは駐車場でじっと立っていた。

私が出てくるのを待っていたみたいだった。

『どうしたのよ。こんなトコに突っ立って』

あいつは何も言わなかった。

『さっきのこと起こってんの?』

『だってそうじゃない。いつだって。一度でも止めれたことある?』

そう言うとあいつはまくし立てるように言った。

『オレにだってあるさ、止めれることくらい。今に見てろよ。止めてやるから』

それからしばらく後のことだった。

あいつがこの街から姿を消したのは。


詩人が詩を書くようにあいつには『止める』と言う言葉が自然だったんだろう。

でも私にはあいつのあの性格があいつをだめにしてるようにしか見えなかった。

だから私はそれを何とかしようと思っただけなのに・・・。

あいつが唯一止めれたことは人間だった。

眠れない夜にいつも思い出すのはあいつのことだった。

これも、あいつにとっての『止める』も全く自然なことだった。

気付いたのは、ずいぶん後だった。

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空を眺めると、雲がラッシュアワーのように所狭しと並んでいた。

『お母さん、あそこ』

5歳の息子が空に向かって指差した。

『青い蝶が飛んでるみたいだね』

空を眺めると、まるで大きな大きな青い蝶が飛んでるような雲の切れ間があった。

『すごいなぁ~』

無邪気な笑顔でその蝶を眺める息子になんと言えば良いのかわからなかった。

『そうね・・・』

元気なく頷いた。

もうすぐ約束の場所に着く。

息子はまだあの蝶を眺めていた。


遡ること2日前のことだった。

夜遅くに返ってきた主人の一言で人生は狂ってしまった。

『会社が・・・倒産してしまった』

順調に進んでいた会社の突然の倒産。

原因は見通しの甘さだった。

流行にも乗り遅れ、借り入れだけが膨れていった。

『どうすることも出来ない・・・』

自信に満ち溢れていた主人の変わり様で全てを悟った。

『一緒に死んでくれないか』

主人の顔から見て取れた。

『明日は最後の仕事が残っている。社員の為にもそれだけは全うしたい。明後日に約束の場所で待っていてくれないか』

約束の場所、二人だけの秘密の場所だった。

『わかったわ・・・。耕太も連れて行く』

主人は小さく頷いた。


『お母さん、どこ行くの?』

何も知らない耕太は、どこかいい場所に連れて行ってくれると思いウキウキしている様子だった。

『あの青い蝶のそばに連れて行ってあげる』

耕太は嬉しそうに『うん』と頷いた。

どんどん離れていく青い蝶に、

『また後でね』

と、手を振っている耕太の姿を目にしてふと我に返った。

『ごめん、ごめん耕太・・・』

突然抱きつかれた耕太はキョトンとして、それでも泣いている母の頭を撫でていた。

『お母さんどうしたの?どこか痛いの?』

投げかけてくる言葉が針のように私の胸に突き刺さった。

『早くあの蝶のところに行こうよ』

青い蝶はもう、羽ばたいてどこかに行ってしまっていた。


あれから15年。

父親の居ない耕太は成人式の日を迎えていた。

胸に青い蝶のブローチをたずさえて。

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水曜の夕暮れに、僕は公園のベンチでボーと空を眺めていた。

こんな時間に公園に居ると様々な風景が流れていく。

人生の縮図のような美しさがここには漂い、流れている。

人生に躓いたとき、僕はいつもここに来る。


仕事の悩みや恋人との悩みをあれこれ考えているときだった。

『漕げるようになったじゃん』

視界の外から声が聞こえてきた。

声のする方へ視線を向けると、母親が子供に自転車の乗り方を教えていた。

どうやら子供が一人で自転車を漕げるようになったらしい。

僕はほほえましくその光景を飽きずにずっと眺めていた。

子供の膝には擦り傷や青あざがいくつもあった。

そういえばあの子は昨日もここで練習していた。

暗くなるまで、一人で。

『ママ、駒無し乗れるようになったんだよ』

子供は得意そうに母に向かって言った。

母親は笑顔で答えていた。

『ちゃんと乗れるようになったら新しい自転車買ってあげるわね』

子供はこぼれんばかりの笑顔で『うん』と答えていた。


母親は『曲がり角でちゃんと止まりなさいよ』と言ってブレーキのかけ方を教えていたりした。

子供は『はーい』と硝子の小瓶が割れんばかりの返事で答えていた。

自転車に乗れるようになることは、社会に関わる第一歩だいう説もある。

あの子はこの先、自転車のようにこけてもこけても挑戦し続けられるのだろうか。

そんなことを夕日が落ちていくのを眺めながら考えていた。

自転車ほど簡単じゃない試練が、この先幾重にもなって襲い掛かってくる。

子供に自転車くらいだろうけど、大人には・・・。

するとまた視界の外から声が聞こえてきた。

『こげるようになったじゃん』

僕はまたどこかの親子が自転車の乗り方を教えているのだな、と思い声のするほうへ視線を向けた。


『こげるようになったじゃん』

母親はもう一度言った。

母親の視線の先に目を向けると、たたずむ子供が母の顔を眺めていた。

『うん、僕こげるようになったよ』

そう言うと子供は、おならをしていた。

―――

久しぶりに思いついたので、『いっぺん~Vol.5~』に参戦。

遅れすぎて忘れられらてるかもしれませんが、一応ずっと考えていましたよっ。

まぁ、褒められるような話しではないですが、思いついたものはしょうがない。

と、言うことでUPです。

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