妖精物語

こんにちは、アッキーです。
アッキーは、いつも周囲の人から優しさや強さを
もらっています (^-^)

日常の中でみんながくれた、
「あたたかな心」を書き綴っていきます。

どうぞよろしくお願いします☆


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今朝、東京は激しい雨が降りましたが、

今や自転車を使用することがない私にとって、雨は一つの気分転換です。


学生時代、大学へ通学する際には傘をさして学校に通ったことが

懐かしく感じます。


片手で運転をし、ブレーキをかけるのですから

今考えると大変危険ですね。


人とぶつかってしまったこともあり、幸い怪我はありませんでしたが、

自転車は本当に気をけないととんでもない事故を引き起こします。


今や傘をさしながらの自転車の走行は違反行為であり、

警察に見つけられ次第、厳重注意をされてしまいます。


今では見かけなくなりましたが、数年前までは傘さし運転は日常的でした。


車道を自転車で走行する際に、右側を走ると5万円の罰金が課せられると

道路交通法において規定されています。


実際は、悪質なものでなければ口頭注意にとどめられますが、

些細なことでも自転車を利用する者への注意を促すようになってきています。


歩道を走る時は歩行者優先で道路側に寄ること、傘さしは厳禁、

子供はヘルメットを着用することなどと、規定されていますが、

いざ自転車に乗るとなりますと、気が付けば怠っていそうですね。


近年では、幅の広い道路を整備する際に、

歩道の幅を広く確保をし、歩道と自転車道を分けているエリアも存在します。


歩道と自転車道の仕切りとして植物を植えたり、道の色分けをしたりと

歩行者と自転車の明確な区別をつけるように計画されています。


また、車道の幅を削り、自転車専用スペースとして設ける例もあります。



実際に、そのようなエリアに踏み込んでも、それらを目にすることのない

地区に住んでいる人から見れば、馴染みのないものになるでしょうから、

まだまだ浸透しているとは言えません。


全国において交通事故の2割は自転車が関係しています。


自転車は車両であり車道を走るべきものとし、歩行者と自転車を分離を図るという

法律上の見解は強く、その意識は徐々にですが浸透してきているように感じます。


それにしても、自動車から見ると、交通ルールのなっていない自転車は

大変危険な存在ですね。


車は武装されているのに対し、自転車は丸裸の状態ですから、

自転車が車道の端からはみ出てしまうと

自動車の運転手からはヒヤヒヤものですね…。



さて、明日ですが、私は仕事で少しだけ遠出をしますので

久しぶりに自転車を使うか思案中です!

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最近、友人たちと食事をしましたが、

“くだらない話”で一時間ほど盛り上がってしまいました。


ある友人の会社に、中年男性社員がおり、

その者がとんでもないとの話でした。


職場の人が皆さんにと、お土産で箱入りのお菓子を給湯所のところに

置いておいたところ、その中年男性社員が一人で全て食べてしまったとのことです。


「お前、何考えているんだ!」と皆が注意をしても、その男性は

ニヤニヤしながら腹を撫でているだけで、

その様子に周りもただ呆然とするだけです…。


私は、そのような人が本当にいるのかと問いただしたところ、

友人は、それは“いつものこと”だそうです。


まるまると肥え太り、アイドルのグッズを集め、汚部屋に暮らしているそうです。


また、仕事はせず、つねに二ヤけた顔、不審な動きをし、

また、彼が入社時に一番に覚えた仕事は“休暇の取り方”だということは有名な話です。


一体、それのような者を誰が採用し、なぜ解雇されないのか

私たちは無駄な議論をしていました。



しかしながら、ここまできますと“使えない奴”ではなく“おどけたピエロ”です。


噂によると彼は、しっかりとした家庭に育ち、よい大学を出ているとのことで、

この徹底的なピエロっぷりは仕組まれたものではないかといわれています。


明らかに不審者のように見えるものの、仕事をしない以外は人に対して嫌がらせはしません。


また、そのおどけたピエロの容姿と動作が面白いとして

皆を笑わせてくれます。


また、彼のおかげで普通に使えない社員は普通となり、

普通の社員は優秀となりますから、周囲にとってもメリットはあるとも言えます。


彼の存在は、皆には馬鹿にされることにより、

その居場所をある意味において勝ち得ています。


これは、仕組まれた“おどけたピエロ”の仕業なのでしょうか?


それとも、“おどけたピエロ”を演じているうちに

本当の“愚かなピエロ”になってしまったのでしょうか?



確かに、この話題は極端な例ではありますが、なかなか教訓を残してくれます。


ある程度の馬鹿は可愛いと言われる世の中ですが

馬鹿を演じている間にも、気が付けば本物の“愚かなピエロ”になってしまうことに

本人は気が付かないからです。

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恋はまるで振り子のように揺れ動いています。


人は命の振り子を持っていて、両極を行き来しています。


人と人とのお互いの振り子が重なり合う瞬間は一瞬であり、

そこで恋は生まれます。


愛する人の心と肉体にふれているとき、

人生は力強く、恋は不滅の花だと信じ、お互いの中に幸福を見出します。


人間は一度、幸福にたどり着いてしまうと、

残念ながらその幸福が当たり前であったかのように錯覚をします。


特に快楽を伴うものであれば、それは中毒性があり、習慣的となりますから、

それなしではやっていけなくなるのです。


しかしながら、お互いが各々意志を持ち合わせているために、

振り子は常に同じところにとどまってはいません。


自分も相手の振り子は動くことによりすれ違いが生まれ、

これまでの甘美な時間はみずみずしさを失い、しおれた花のようにぐったりしていきます。


なんとしてでもお互いに失われそうな幸福を取り戻すために、

振り子の動きを止めようとします。


つまりそれは振り子を破壊するということです。


破壊すれば動きは止まりますが、同時に時間も止まり、

全ての動きも停止します。


かつて愛し合った二人は望み通りにもとのように心を通わせることが

できるのでしょうか。


重苦しい気持ちに押し付けられ、縛られるだけとなります。



振り子の動きは止めることはできません。


愛する者同士、同時に重なり合うようにともに動けばいいと

望むのです。

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少し前に、お客様の対話を記録にとり、

それを一緒に同席していた上司に記録票として提出をしました。


慣れない専門用語や取り組みの内容が飛び交い、

異動して間もない私は、ついていくのに必死でした…。


やはり案の定、赤字びっしりの訂正だらけの状態で

すぐに書き直しを命じられました。


自分としては詳細をきちんと報告したつもりだったのですが、

直して頂いた記録票をみて、「なるほど!」と思いました。


そもそも、こうしたやり取りの記録は、事を正確に書かねばならず、

相手方の“心の声”を、あたかも事実であるかのように記載してはならないのです。


相手の表情がこわばり、遠まわしでこちらに対して否定的なことを言っていても、

それは断言したわけではありません。


相手が顔や態度で「NO!」と言っていたように思えても、

けっして口では「NO!」とは言っていないのです。


私は、それをいかにも本人が発言たかのように記載してしまい、

訂正を命じられたのです…。


話についていくだけでも精いっぱいな状態の中、

私は重要な点を分かりやすくまとめようとしたために

ある種の“作話”のようになってしまったのでしょうね。


「書いてある内容は明らかにその通りだと思うが、

その対話記録を他の人間が読んだ時に誤解を招く可能性がある。


事実に基づいてしっかりと記載するように!」



当たり前のことですが、こんなことも私は分かっていなかったので、

今更ながら恥ずかしいですね。


「ここの職場に異動してきた者および新人は、

最初はきちんと訂正をして返すのがここの習慣だ!」


このように上司は話していましたが、

良い経験をさせていただきました。


職場の皆さまにも、赤字びっしりの訂正前の記録票と、

訂正後の正しい記録票を併せて回覧させて頂いています!


これで周囲の人々も私の書き方の癖が分かったかもしれませんね。


「事実と個人的主観がやや混じり気味である」と。


次回は知識と経験も増えているはずですから、

少しはまともな記録票が出来ていることを願って…!!



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多くの女性は毎朝、鏡の前に向かい、

必ずお化粧をします。


二十歳の女性は、それほど気にならないはずですが、

三十、四十、五十歳と歳年齢を重ねるたびに、

自分の衰えていく姿がはっきりと分かります。


数年前にはなかったはずのシミやシワが目立つようになり、

頬はたるみ、あごは気が付けば二重あごになっているなど、

心当たりのある方も多いのではないでしょうか。


また、少しでも肌荒れを隠そうと、ファンデーションを厚めに塗ることで、

浮かび上がってしまう場合もあります。


誰にも流星のごとく若さを売りにできた時代があります。


女性はそのときの思い出が頭に刻まれており、まだまだ大丈夫なのではないかと

思いながらお化粧に勤しみます。


下地やファンデーションを塗り、瞼や眉を書き、

マスカラでまつ毛を長く見せ、口紅をさします。


もう若くないと思いながらも、それでもお化粧前に比べて

若くて美しくなったと判断すると自然と顔がほころびます。


厚塗りをすればするほど、それは自分からは遠ざかりますが、

そんなことは一向に忘れてしまうのです。



もし、異性にこのように言われたらどうでしょうか。


「そんな念入りにこしらえた化粧よりも、

多少のシワがあっても、そのままの方がよほどいい。」



もう若くないということを隠したくなるのが女性の心理ですが、

男性はもう分かっているのかもしれませんね。


決してお化粧ごと気に騙されることないと。





化粧台の前に座り、美しくなる自分を楽しんでいるのか、

あるいは醜い自分を隠そうとしているのか…。


今日も明日も、いつまでも女性はお化粧に勤しむのでしょうが、

その思いは一人ひとり複雑なのです。








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人は誰しも自分の正義と意志を持っています。


自らの信念に対して、他者がお構いなしに、侵入することは

許されることではありません。


もし理不尽にも、その侵入を許してしまうとどのようになってしまうでしょうか。


普段は穏やかな人にも、相手に気付かれぬほどの皮肉な心と、

わずかばかりの顔の歪みは見てとれます。



特に自分よりも上位で影響力のある人々、

つまりは教育者や上司、親、あるいはメディアなどの通説の圧迫に、

堂々と逆らう(意見を述べる)ことは難しいのは誰もが承知であると思います。


権力のある人々と、意見を異にするものであろうならば、“分からずや”として

その者は理解をされないからです。


“分からずや”とレッテルを貼られた者は、周囲からの圧迫を感じるようになり、

反抗する気力を次第に失っていきます。



意見を異にしていても、その者の本質が従順であれば、

全てが解決するのでしょうね。


しかしながら、どこかでおかしいと感じていれば、

見かけ上は従順であるしても、本心から従順であることはできません。


上位に属する人々も、人間である限り、

その権威者自体が思い誤りをしていることもあるからです。



権力者の誤りに気が付いた時に、今後の人々のためにも、

自らが指摘して言うべきではないでしょうか…!


しかしながら、たとえ勇気を振り絞って自説を説いたところで、

相手にも相手の立場があり、申し出た通りの解釈はされないものです。


自分の意見が聞き入れないのであれば、黙っていた方が賢いと思うようになります。


やがては肝心なことについても無関心を装い、発言もしなくなり、

多くの人は臆病になっていくのです。



「いくら上位の人の考えとはいえども、それはおかしいのではないか?」


このように自分で問題点を考え、顔をひきつらせている状態は、

まだ自尊心があります。



冷静沈着に状況を把握し、問題点を挙げて、相手に理解させるための戦略を練るのか。


ひたすらに自分は正しいと思いこみ、さらにわけの分からぬ方向に突っ走るのか。


それとも、全てを無関心とし、争いを避けようとするのか。



気が付けば自分は、一体どの道に歩んでいるのでしょうね。





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こんばんは。

夏に向けて、ずいぶんと暑くなりましたね。


皆さま、くれぐれも熱中症にはご注意くださいませ。



少し前に、「伊豆ぐらんぱる公園」に行ってきました。

この場所では、夏にも関わらずイルミネーションが楽しめるのです。


この「グランイルミ」は2015年11月19日よりオープンしましたが、

好評につき冬季だけでなく、2016年8月31日まで延長となりました。


なかなか冬は寒さでじっとしていられませんが、

快適なこの時期にイルミネーションを満喫してみてはいかがでしょうか?


夏と言えば花火ですが、

東京ドーム二個分に敷き詰められた200万球のLED電球が繰り広げる

壮大なイルミネーションも迫力がありますよ!





この「グランイルミ」、実は以前から行きたいと思っていたのです。


去年の11月に私の仲間たちが一足お先に

「グランイルミ」を愉しんでいたからです。

※私はその時は都合により参加できませんでした。


地方のレジャー施設、ぐらんぱる公園の催し物だから…、

とそれほど期待していなかったようですが、

しっかりと良い意味で予想を裏切ってくれた幻想的な世界だったそうです。


辺り一面があまりにもきれいだったので、

仲間の一人がこう言ってくれたのです。


「アキちゃんにも見せてあげたほうがいいね!」


美しいものを見たとき、面白い発見をしたとき、

美味しいものを食べたとき、誰かが私の事を思い浮かべてくれることは

うれしいですね。


一緒に共有できればいいのにな、一緒に過ごせれば楽しいな、という思いが

自然と湧きあがればお互いに本当に幸せです。


そんなときは、イルミネーションも二倍に輝いて見えるのですよ。





お近くにお住まいの方は、一度行かれてみてはいかがでしょうか!


そのままでもイルミネーションは壮大で美しいですが、

あなたの心の中で、より一層、輝くことを願っていますね。




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今日の昼食はコンビニのおにぎり一つで済ませました。


カロリーを必要としない日はこのくらいでちょうどよいのかもしれません。


私は、おかかのおにぎりを選び、久しぶりにコンビニのおにぎりを食べて“美味しい”と感じてしまいました…。


コンビニのおにぎりは、お米一粒ずつがバラけている感触で蒸れていることもなく、手作りのおにぎりとは別物です。


私はよく、母親から言われていました。


「コンビニのおにぎりは添加物が多いから、本当のおにぎりと思わないように!」


それにもかかわらず、未だに潜んでいる薬品の味を見分けられないようですから、私の舌はまだまだですね!


子供の頃、私はほとんど食欲がなく、

ご飯もお茶碗1/5程度の量しか食べませんでした。


わたしよりも細い子はクラスにおらず、母も“大丈夫か”と心配したそうです。


お弁当を持って行っても残すことが多いのですが、

それでもおにぎりは全部食べていたことを覚えています。


おにぎりだと食べると言うことを母親も分かってくると、

なるべく私の好きな具を入れてくれます。


皆様もお母様のおにぎりには思い出がたくさんあるでしょうね!


塩味が強かったり、弱かったりしますし、ご飯を炊く際に水を少なめにしたのか、固かったりと、日によって味が変わります。


中には、おにぎりの中に、妙な具が入っていたりすることもあるかもしれませんね。


おにぎりは“母親が作るもの”と思っており、

私は料理はしますものの、恥ずかしながら自分でおにぎりはまともに作れません。


母親になれば、必ずと言っていいほどおにぎりをつくる機会は出ててくるでしょう。


それは、子供に食べさせてやりたいと思って、一生懸命に心をこめて握ってくれていたからでしょうね!


私は母親から見れば子供ですから、またおにぎりを作ってもらいますよ!


私が作る機会があるかどうかは…定かではありませんが、

仮に作るとなれば、きっと平凡ですが美味しいおにぎりを作るでしょう!









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ルノワールの絵画作品を見ていますと、

その全てが優しさ溢れる温かい空気に包まれているように感じます。


そのために、あたかも彼の生きた時代は平和であったかのように私は思いこんでしまうのです。


ルノワールの作品からは社会に潜む闇や人間の悪の部分は到底想像ができず、

彼の世界は、一つの平和が形成されています。


彼が生きた期間は、1841年から1912年にかけてであり、

その時代は、普仏戦争や第一次世界大戦など、数々の動乱と変化に満ちた時代であるといえるのです。


自らも駆り出された普仏戦争では友人を失い、第一次世界大戦では息子たちが負傷するなどと、その生涯は決して甘く平和なものではありませんでした。


それにもかかわらず、

どうしてこれだけ、明るくて優しさ溢れる絵が描けるのでしょうね。


私は以前、ある画家の作品を写真で見て、

「なんと無機質で感情のない作品だろうな」と思ったことがあります。


それは建築画で、詳細まで緻密に描かれており、技術はあるのですが、私などの素人から見れば、「上手な作品だけど不気味な感じがするな」と思ったのです。


その直後に作者の名前を見ると、第二次世界大戦時のドイツの独裁者である、アドルフ・ヒトラーの作品でした。


これはなんとなく納得のいく話だと思いますが、

ヒトラーが若かりし頃、画家を目指していたことは有名な話です。


アールヌーボーやアールデコなどの当時の流行はもちろん、新しく台頭してきたダダイズムやキュビズムも徹底的に否定しています。


しかしながら、ヒトラー自らこだわり続けてきた写実主義的な絵画は

20世紀ではすでに退廃芸術として評価をされることはありませんでした。


現代の専門家からみると、ヒトラーの作品は“平凡”との評価です。


※オークションでは過去に5000万円を超える価格で落札された作品もありますが、それは彼の作品を愛しているから購入したという思いではないでしょう。


建築物については、なかなか良い作品もありますが、

人物となりますと、さらに見劣りするような気がするのも事実です…。


作品を仕上げるにあたり、その人の感性そのもの、モデルや背景の対象物への視点や愛情が大きく反映しますが、ヒトラーはどのような芸術的感性を持っていたのでしょうね。


禁欲主義的な生活を送り、膨大な本を読みあさり、抜きんでた知識と演説力、

強い意志で独裁者として昇りつめた結果、悪夢を引き起こす結果となりました。


画家を目指していた当時から、その要因はすでに持ち合わせていたのでしょうか。

そして、その要因は作品に反映されていたのでしょうか。


誰しもどこかで聞いたことがあると思いますが、

絵画は描き手の心を映し出す鏡と言われていますね。


ルノワール自身、第一に絵を描くことが大好きであり、

本当に幸せな画家であるという条件を満たしています。


そしてその幸福な画家は、人を喜ばせることを自らの喜びとしているからこそ、自然と人々が求める平和な世界を、作品として世に生み出すことができたのでしょう。


空気や光、水、そして人間の自然な美しい表情、見たままを描くという独自の技法を確立させるために、はかりしれない努力を重ねたことでしょう。


そして、たとえ不幸な現実に見舞われたとしても、

影の部分は表には出してはいません。


ひたすら幸福の追求のために生涯をささげた画家として、

今でもその名をとどめているのでしょうね。


その人の心がけや性格が反映されるのは、芸術作品だけではありません。


仕事や趣味で手がけていること、何気ない日常の動作に至るまで、

全てにおいて、その人らしさが映し出されているものだと思っています。


ルノワール展では、きっとインスピレーションをもらえることでしょう!

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ルノワールの作品を見ることにより、自然と心が癒され、

幸せな気分に慣れる方も多いでしょう。


それは、人間を愛し、優しさに溢れる世界を絵画で表現することに

生涯をかけていたという、彼の気持ちが伝わっている印なのかもしれませんね。


バラ色の頬や透き通る肌に光が反射し、人々の表情は優しさに溢れ、

まるで楽しげなおしゃべりが、絵画を通して本当に聞こえてくるかのようです。


モンマントルの丘に開かれたダンス・ホールで楽しいひと時を過ごす

『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』の光景は幸福そのものです。


しかしながら現実には、誰もが悩みや不満を持ち、

日々を苦労して生きているのでしょう。


それでも、ルノワールの作品は、一人ひとりが放つ幸せの光のかけらを拾い集め、

瞬間的に捉えた薔薇色の世界を表現しています。


当時、偉大なフランスの文豪であったエーミール・ゾラは、ルノワールの作品について

「現代的な側面の幸福な探求」と形容しています。


ゾラは、ルノワールはもちろん、モネやマネなどとの深い交流がありました。


これまで主流であった写実主義と大きく技法が異なっていたために、

印象派は「未完成の絵ではないか」などと嘲笑を受けていたといわれています。


しかしながら、ゾラはその素晴らしい技法を初期の頃から支持していました。


大衆の嗜好や常識に左右されず、

自ら眼に映るままの光をとらえ、全体として幸福を表現している素晴らしさは、

独自の芸術を完成させたことに共感したのでしょうか。


ゾラ自身の作品も、印象派の画家をモデルとしたであろう作品が存在します。



ところで、ゾラもあるがままの情景を描いた作家ですが、

ルノワールとは、同じパリの情景を描くにしても完全に様子が異なります。


ルノワールは、広場や家庭、川辺や散歩道、パリの街並みなど、

人々が娯楽を追求し、愉しむ姿が描かれています。



色鮮やかな生が描かれていますが、人の喜ぶ姿を描き、

そしてその作品を見る人に喜びを与えようとしているように感じます。


誰もが持つ美しい心と幸せを見せた、あるがままの瞬間です。


他方ゾラは、パリの街を醜くて汚い街としてとらえています。


娼婦、いかさま師、朽ち果てた老人、禁治産者の貴族…。


貧困により、まともな感情を忘れ、結局のところ行きつく場所は

恥辱と死であるという現実をあるがままに描き、これを生きた教訓として

捉えるべきだと訴えかけています。


当時、代表作『居酒屋』が発表された当初、

ゾラは激しく読者から非難を受けていたのです。


当時のパリを“美しさ”と“醜さ”描いた対照的ではありますが、

ともに形式にとらわれることなく、自らの伝えるべき意志が強く表されていますね。


ゾラの言葉は、展示会場で記されていますので、

ぜひ作品と併せて見て頂ければと思います。



ちなみに余談ですが、ルノワールの二男の

ジャン・ルノワールは映画監督となり、ゾラの代表作『ナナ』を

手がけているから面白いですね。


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