血液による診断「『精度99%』とは言い切れず」

2012年10月12日 聞き手・まとめ:池田宏之(m3.com編集部) 

 今年8月末、一般紙でも大きく報じられた血液による出生前診断。確度の高い検査であるこが報じられたものの、当初「9月から始まる」とされた臨床研究については延期され、日本産科婦人科学会が、11月にダウン症関連団体を招いたシンポジウムを開き、12月までに、検査の対象やカウンセリングの在り方についての学会指針をまとめる方針。技術の詳細と今後の見通しについて、臨床研究の開始を検討している昭和大学産婦人科准教授の関沢明彦氏に話を聞いた(2012年9月18日にインタビュー。計2回の連載)。


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――血液による出生前診断を検討された経緯を教えてください。

 今年2月に東京で胎児遺伝子診断研究会を開いた時に、今回の臨床研究で技術を導入する予定の米・シーケノム社の前CEOに会いました。彼は技術的な責任者で、話しているときに、日本国内で検査事業を開始したいとの話があり、今年4月から検討を始めました。


――血液からなぜ分かるのでしょうか。

 胎盤の中には絨毛という組織があって、胎児由来の絨毛細胞がその表面を覆っています。この絨毛細胞が母体の血液が接しています。細胞は大変活発で、どんどんターンオーバーを繰り返していき、その細胞、つまり胎児由来のDNAが母体の血液の中に流入することになります。したがって、妊婦の血液中に胎児由来のDNAが一定濃度存在することになります。

 もともと妊婦の血液に胎児由来のDNAが混ざることは知られていて、血液を採取して、Y遺伝子が確認できれば、お腹の子どもは男性と分かります。X連鎖性疾患で、子どもが男性だと出現する病気があり、以前から、出生前の性別診断に利用していました。ただ、染色体診断までは結びついていませんでした。

――具体的にはどのような診断をしていたのでしょうか。

 母体血漿中の胎児由来のDNA断片の塩基配列を決めて、ある程度読み込むと、それぞれの断片が何番目の染色体に由来するかが判断できるようになります。胎児がダウン症の場合、21番染色体が2つでなく3つ、つまり1.5倍あるので、21番染色体由来の断片が多く見つかります。海外の研究では、おおよそ、1000万くらいの断片を読み込めば、通常の子どもでは1.3%程度見つかる21番染色体由来のDNA濃度が、ダウン症の場合には1.42%程度を占めるくらいの差が出ます。

――海外の研究はどのような結果が出ているのでしょうか。

 シーケノム社と米・ブラウン大学による、27施設から、ハイリスクの妊婦を対象として4664検体を集めて実施した共同研究の結果があります(編集部注:ハイリスクの妊婦とは、(1)高年、(2)染色体異常出産の既往歴・家族歴、(3)超音波検査でのリスク上昇、(4)血清マーカー検査でのリスク上昇)。羊水検査を行い胎児に染色体異常があった人は286人おり、そのうちの212人がダウン症でした。母体血を用いてダウン症の21番に加え、18番、13番の染色体が多い「トリソミー」と呼ばれる染色体異常を調べた結果、212人中210人でダウン症陽性と検出でき、検出率(感度)は99.1%、偽陰性が2人で0.9%でした。偽陽性は1人で0.1%でした。

――精度が99%とは言えないのでしょうか。

 「精度99%」と報道されましたが、精度が何を指すかが不明確です。感度・検出率をいうのであれば99.1%です。しかし、有病率に依存する陽性的中率を指すとすると、「精度99%」とは言えません。陽性的中率を統計的に見ると、疾患の罹患率に伴い、言い換えると、胎児ダウン症の場合には母体年齢に伴って、変化します。45歳で陽性的中率は98.12%くらいですが、33歳では70.28%程度です。つまり統計上は33歳で血液診断を受けて陽性が出ても、3割弱はダウン症でない可能性があるということです。ブラウン大の研究の場合は、高リスクの妊婦のみを対象にしているので、精度が高かったとも考えられます。

 また、検査結果が出ないことも0.9%程度にあります。検体は2本採取されますが、DNAの質が悪かったり、胎児由来のDNA成分の濃度が4%未満の場合には、結果を出さないことになっています。

――検査では、どのようなことが分かるのでしょうか。

 染色体異常の3分の2を占める21番、18番、13番染色体の数的異常のような、数的異常は分かります。性染色体異常などは現在分かりませんが、将来分かるようになる可能性はあります。

――日本の臨床研究における対象はどうなるのでしょうか。

 35歳以上などのリスクの高い人に絞るつもりです。基本はブラウン大研究に準じた形にします。そうしないと、ブラウン大の研究と同じ精度の結果が出ない可能性があります。シーケノム社では、2011年10月から今年3月まで約1万2700件の検査を実施していて、「陽性」と判断したのが1.5%で、「陰性」と判断したのは97.6%となり、ブラウン大の研究と同じような数値が出ています。

――羊水検査と比較してメリットやデメリットはどうですか。

 羊水検査は、妊婦のお腹に針を刺すので、300回に1回の頻度で流産が起こるとされています。妊婦自身も相当の痛みがあり、15週以降しか実施できません。ただ、数的異常に加え、染色体の部分欠失や転座などの染色体異常も分かる確定診断です。

 血液診断は無侵襲ですので、リスクは、採血程度で、ほとんどありません。羊水より早く10週から実施できますし、「陰性」と診断された場合、リスクの高い羊水検査を受けなくて済みます。ただ、血液診断では、数的異常しか分かりません。微少欠失という小さな染色体の違いから発現する起こる異常は、羊水検査でも、血液診断でも分かりません。

――トリソミーと呼ばれる数的異常以外も分かった方が良いのではないですか。

 トリソミーは、染色体の不分離が原因で起こります。卵子は細胞分裂が始まった状態で、何十年も待っていて、ある段階から排卵するようになります。ただ、時間が経過するにつれて、染色体が分かれにくくなります。実際の染色体異常を見ると、トリソミー等の数的異常以外は、年齢と共にリスクが上がるわけではありません。なので、トリソミーが分かる検査は、高年妊婦を対象とするなら、リスクが高くなっているという意味で良い検査だと思います。

 偽陽性も少なからず出ますが、陽性の場合、血液診断だけでなく、羊水検査を必ず勧めます。陰性的中率は、統計的にも99.9%を超えていますので、スクリーニングとしては優れています。

――羊水検査は日本でどれくらい実施されているのですか。

 日本での羊水検査は年間約1万6000件です。そのうち300人に1人は流産することになります。仮に、血液診断を羊水検査を行う全員に導入して97%が陰性と出たとすると、1万5000件以上は、流産リスクのある羊水検査を受けずに済みますし、羊水検査で失われる命を減らすことができます。その意味で、このような妊婦においては血液診断の開始によりメリットを享受できると思います。