今こそアナーキー!!

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アナーキズム


アナーキズム以外は、従来のクソみたいな同じパターンの変形版に過ぎない






アナキズム
ウィキより)

概要


アナキズムまたはアナーキズム(英語: Anarchism)とは、政治思想の1つ。

国家や権威の存在を望ましくない、必要でない、有害であると考え、その代わりに国家のない社会または無政府状態(アナーキー)な社会を推進する 思想のことである。

アナキズムの推進者をアナキストという。アナキズムは社会主義や共産主義の流れを汲むもの、保守主義の流れを汲むもの、個人主義や自由主義の流れを汲むものなど、時として相互に衝突する多数の潮流の総称である。日本語では通常は無政府主義と訳されるが、必ずしも「無秩序な無政府状態にすべき」という思想ではなく、アナキストは無秩序主義者を意味しない


アナキズムは、人間関係の行いにおいて、権力や権威を減少させ、更には廃止させようとする


多くのアナキストは「アナキズム」に定義を追加する事に反対している。オックスフォード哲学必携 は、「全てのアナキストが持つ、単一に定義された立場は存在せず、彼らは、アナキストというものはよくて家族的類似性を持つにすぎないと考えている」としている。


 アナキズムには多数の種類や伝統があり、全てが相互に排他的という訳ではない。アナキズムの潮流は、社会的無政府主義と個人主義的無政府主義の2つの分類(類似のものも含む)に大別される。(中略)そのほかにも、パナーキズムや形容詞の無いアナキズムなどは、強制されない限りあらゆる種類の組織形態を支持も反対もしない。

根本的な相違として、「アナキスト学派」は、完全な集産主義に対しては、 極端な個人主義を支持する。「アナキスト学派」運動の中心的な傾向は、個人主義的アナキズムと無政府共産主義の表現である。一部のアナキストは、アナキストの社会への手段として暴力革命やテロリズムを支持するが、他のアナキストは根本的、自衛または非暴力を主張する

語源


「アナキズム」という語は、「支配が無い」(without rulers)を意味するギリシャ語の「ἄναρχος」(anarchos)からの派生語で、「~が無い」を意味する接頭辞「ἀν-」(an-)と、政府や統治や権力を意味する「ἀρχή」(archê)と、思想や主義を表す「-ισμός」(-ism)から構成される。


(引用終了)





これまで何度もアナーキーのテーマの記事をまとめていますが、自分の中のアナキズムについてまとめてみます。

ただ、自分自身だけが自分のマスターであるというのがアナキズムの本質ですので、ウィキの説明にもある通り、アナキズムの定義についてすら各個人が異なっているのが当然のようで、次の定義は私が考えるアナキズムに過ぎません。


一般的にアナキズムというと、北斗の拳や映画マッドマックスのような無秩序で弱肉強食な世界のイメージが強いかと思いますが、上記本文中にもあるとおり、必ずしもアナキズム=無秩序を目指す思想ではありません。




語源を見ればわかるとおり、「支配者がいない」というだけです。

福沢諭吉氏の言うとおり、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を作らず」というだけです。



画像左 ヒエラルキーのシステム

画像右 アナーキーとは平等を意味する



人に上下があるべきでないから、ヒエラルキーはアナキズムの天敵のようなものです。

今の世界で、右だ左だ、あるいは西や東という分類がされていますが、どちらにせよ世界中の現在の政治制度は主にピラミッド型のヒエラルキー型の支配を前提にしており、そのために腐敗が起きており、アナキズムの前にはどちらも不要な支配制度ともいえます。

私の考えは全体的に「陰謀論者」というよりは、アナキスト・革命家系の思想に近いものです。そのため、どの支配者がどの支配者よりも性質が悪いということにはあまり興味がなく、それよりもある程度社会の腐敗がわかれば、あとは自分達に何ができるのかということの方により強い興味があります。




宗教観

私は宗教の教え自体には、よいものも数多く、幼い頃からいろんな宗教について興味があり本などを読んでますし、今ではいろんな宗教のバックグラウンドの友人などから教えてもらったりし、それぞれにいいところがあるものだと認識しています。

しかし、どの宗教も大規模な組織になり、政治に関与し、あるいは利用されているのを見ると、やはり他の組織と同様に、このヒエラルキー制度自体に問題があるようにしか思えません。

私は特定の宗教を信じる友人も多く、その人たちを否定する気持ちはありません。それで本人が幸せであれば、それが一番大事なことだと思います。
ただ宗教のミックスした社会に住んでいると、特定の宗教に属することでどうしても他の宗教との間に境界線が生まれるように思われ、それが嫌ですので私は特定の宗教に属することはないと思います。


またほとんどの宗教ではその宗教を始めた人間の後に様々な人間による解釈が含まれており、宗教というパッケージに必ず含まれているそのような知らない人間の考えに拘束される必要性をあまり見出さないだけです。




道徳心を持つために宗教は必要ありません。


何が正しくて何が間違っているか判断できない場合は、宗教ではなく他人の気持ちを思いやる気持ちに欠けているだけです。








自分の意見だけでなく他人の意見の尊重

ただ自分の意見を尊重してもらうことが前提ですので、他人の意見も他人の意見として尊重し、干渉する必要はありませんし、そうするべきではありません。

自分の権威を認めて欲しければ、他人の権威も認めるべきでしょう。


お互いが、自分の意見としてそれぞれの意見を交換することは人間としての成長にとって必要不可欠だとは思いますが、自分の意見だけが正しいからとしてそれを押し付けようとすることもしません



人間以外の動物に対する考え方

人間だけでなく、上下のなさを人間以外の動物にも拡大解釈するアナーキストも多く、そういう人たちは動物愛護はもちろん、ベジタリアン・ビーガンになり、動物園すら反対しています。



独立と孤立

まず自分を支配しているものを特定し、そこからの独立が必要になります。物質的・精神的な支配の両方です。


独立を強調しているからと言って、それが孤立を意味するものではありません

支配者から独立するためには、一般人同士の団結が必要不可欠だからです。







ヒエラルキーは無秩序

支配や不平等、飢餓、戦争、警察、大統領、刑務所、選挙、銃弾、警棒や爆弾・・・



アナーキーは団結

あらゆる抑圧者に直面し、自由を望み、平等や協力、自由に基づいた社会を構築するという任務の下に団結すること。


アナーキストに参加し、戦い返すこと。地元の集合体、組合、読書会、市民警察、コミュニティ農園、地域センター・・・あるいは自分自身の集まりを始めませんか?





通貨制度


アナキズムではすべての権威を否定することになりますので、この紙切れ、あるいは数字に価値があるという設定に過ぎない通貨制度にも批判的です。

私は通貨制度自体は、使い方によればこちらの武器にもなると思いますし、便利なツールに過ぎないと思いますが、それでもお金のない世界観という考えにはうっとりしますね。

とりあえず、現行の通貨制度にまつわる利息や為替、投資などの制度からはあまりにも多くの弊害が出ているところを考えると、私たち自身の新しい通貨を作り出そうという動きにはワクワクしますし、実際にそういう動きや思想が世界中で同時発生的に起きているのを見ると、人間は目に見えないところでつながっているのだなと思えます。


親子関係

これもアナーキストによって考え方も違うと思いますが、私たち夫婦は自分たちの子どもに対しても赤ちゃんの頃から、可能な限りは同等の人間として扱っていますし考えています。

もちろんお世話や指導なども必要ですが、子ども達が大きくなるまで、面倒をみさせてもらっている程度の認識で、できる限り自分たちの考えで子どもを枠に押し込めるようなことはしたくないです。



DIY(Do it yourself)精神


日本語ではDIYと言えば、通常はホームセンターなどで自分で何かを作ったり直したり、というイメージが強いかと思いますが、それだけでなく、あらゆる分野でDIY、つまり自分自身でやろうとする姿勢が重要です。

メディアや医療、宗教、教育、食べ物などに関して、あちこちで新事実が明らかにされ、それに対する批判も盛り上がっていますが、このDIY精神にのっとり、なんでも可能な限り自分でやってみるというのもアナーキーですね。

メディアが真実を報道してくれないなら自分が小さくてもその役割をやってみるとか、教育制度に問題があると思えば自分で子どもにホーム・エデュケーション(学校に子どもを連れて行かずに、自宅で教えること)、医療制度に問題があるのであれば、自分で予病、治療するために勉強し実践すること、食べ物が汚染されているのであれば自分で食べ物を育て、既存の宗教に満足しないのであれば、自分で自分の信じる道を探し出すことなどです。


国という概念

権威を完全に否定するアナキズムでは、国家という概念自体が誤りのようなもので、そのため国籍の違いなどで一般市民同士が対立しあうことも、「自分の奴隷マスターの方がお前の奴隷マスターより優れている」という対立にすぎないといった程度の認識になります。





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グローバリズムや全体主義などが広められようとしている様子、あるいは国籍や宗教による対立の悪化などを見ていると、どうしても私にはアナキズムしか答えがないように思えます。

またそう考えているのはどうも私だけではないようで、アナキストは世界中に急増しています。ロンドンのアノニマスのデモでも、アナキスト集団がマスクの変わりに口の周りにスカーフを巻いて参戦していました。南欧でもかなりアナーキズムが流行っているようです。


社会に物質的・精神的に依存し、隷従している状態に気がつき、自発的に、自分で考えるそれぞれの正しい道を多くの世界市民が進み、より多くの世界市民が意識的に覚醒することで、政府などのコントロールのシステムがなくとも自然な秩序の保たれた世界が可能になるでしょう。


最近のハリウッド映画で「ザ・パージ2/アナーキー(
The Purge: Anarchy)」というタイトルの映画があり、気になってトレイラーをみてみると、アナキズムの古いが一般的に通用している恐ろしい側面(無秩序さ)を強調しただけの映画のようで、アナキズムに対する悪印象を強めようとしているだけのように思われました。









より多くの人間の意識が、これまでの植え付けられた恐怖心や支配、闘争や対立などという意識から、平和や愛、協調や助け合いといったレベルに上がった上で、支配者層がなくなるのが望ましい社会だと思いますし、人類やその他の動植物がこれからも地球上で生存し続けるためには、それしか道はないように思われます。


対立は他人の意見を理解しようとせず、あるいはできず、自分の意見だけが正しいと主張して強制しようとするところから始ります。

自分の意見は自分の意見、他人の意見は他人の意見として尊重しあうことがアナキズムであり、それは無秩序の弱肉強食の社会とはむしろ相反するものともいえるでしょう。






アナーキーの哲学は、

自分の人生のコントロールを取らせる力を他人に与えず、

自身に自分の人生のコントロールを取る権限を持たせることにあります。

James Cox


あなたの人生のマスター(支配者)は、あなたしかいません。


自分の人生の支配権を自分自身の手に取り戻しましょう。








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