第4話(3) | 若の好きずき

第4話(3)


 年末年始を休みにしていたバイトに急遽行くことになったり、論文の参考資料をまとめたり、就職活動の準備をしたりしているうちに数日がめまぐるしく過ぎ、亮二が何とか実家に帰る目途がついたのは24日の午後のことだった。

「だ~っやっと終わった~」
「はいはい、おつかれ」
 リビングにある食卓に突っ伏して酔っ払いのようにわめいた亮二に、あったかい紅茶を差し出してくれた亮も、昼は総菜屋、夜は居酒屋とバイトをかけもちしていて、まだ実家に帰ってないなら出てこいとの呼び出しにここ数日は顔を合わせる時間もないくらいに忙しかったはずだ。

 それでもそんなことおくびにも出さないのは、心がけの問題か、単に好きなことだからきついとも思ってないだけなのか。
 どちらにしろ、そんなところはちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ、尊敬できるかもしれないと思う。……本人に言うつもりは絶対にないけれど。

「そういや亮、今日もバイトあんだろ?実家はいつ帰れる?」
 入れてくれた紅茶は、砂糖がちょっと多めに入れてあるのか甘くって、おまけにふんわりはちみつの香りまでして、それだけで疲れがしみ出ていくような気がした。
 いつでも帰れる状態だったはずの亮は、律儀にも亮二を待っていたようだから、二、三日ならあわせてやってもいいかもしれない。
 そう思って確認してみる。

「今日はバイトないけど帰るなら明日以降で~」
 自分の分の紅茶を準備した亮が、亮二の向かいに座りながら答えた。

「バイト休み?何か用があんの?」
 そういえば、昼のバイトに行っていればいまはまだ家にいない時間だ。でも、夜のバイトならまだ余裕で間に合う時間で……
 用があるから、はなっから休みを取っていたということだろうか?

「んにゃ、今晩はりょーと一緒に飯食おうと思って」
「は?」
「今日はりょーと一緒に食うって決めてたんだよ」
「はあ…」
「だから!お疲れさまってことで好きなもん作るよ。何がい~?」
 鼻歌でも歌いそうな様子でそうつづける。

 いままで三年弱、バイトや付き合いですれ違うことが多々あったことを差し引いても、それこそ数え切れないくらい一緒の食卓を囲んできたのに、何をいまさら……
 そう思わないでもなかったが、まあこいつのよくわからない理屈を問い質すのも時間の無駄だ。

「じゃあオムライス」
「んな簡単なんでいいの?」
「好きだから」
 それがいい、とつづけようとしたが、なぜか亮が変な顔をしたので、つづくはずのその言葉は言葉になり損ねた。

 泣きそうにも笑いそうにもみえる、妙にゆがんだ亮の表情に、その理由を見つけようと目をこらしてみても見つかるわけもなく。
 冬の室内は二人が黙ってしまうと妙に静かで、電気ストーブのうなり声だけが響いていた。


「りょーはさ、」
「ん?」
 その静かな空気をなでるような優しさで崩したのは亮の呼ぶ声で、それに返して初めて、息苦しさを感じていた自分に気づく。
 ……それは決していやな類のものではなかったけれど。

 それから、紅茶のカップのふちをなぞりながら行儀悪く背を丸めて座った亮が、上目がちに切り出す。
「りょーはさ、オレの料理んなかで一番好きなのってなに?」
「ん~そうだな……」

 亮は亮二と二人で暮らすようになって、さらにバイトも始めて、料理のレパートリーが格段に増えた。
 もともと和食の定食中心の「こけし食堂」を手伝ってはいたが、そこに洋食や簡単な中華、さらに居酒屋メニューが加わって、あと作れないのはお菓子くらいだろうか。
 増えたレパートリーのなかでも特に美味いのが洋食全般に応用のきくソースを使った料理で、ソースはミンチをまとめ買いして作りだめし、いつでも使えるように冷凍してある。
 亮がバイト先で覚えてアレンジしたらしいそれは、いろんな料理になって食卓に登場するが、とくにオムライスは絶品だと思う。

「やっぱりオムライス?」
「ん~そうかもなあ」
「オムライスが一番?」
「ん、一番好きかな」

 トマトソースでもなくミートソースでもないそれは、酸味と甘みが混在していて、食べていてあきることがない。仕上げにふりかけられた粒胡椒もいい。
 そして、何よりもあのふわふわなのにとろりとした卵といったら……
 好物のそれを思い浮かべ、そしてそれを作り出す亮の手を、腕を思い出し、なぜだか妙に胸が熱くなった。

 晩飯には早いのに、早く食べたくなってしまったからだろうか。そう思って目の前の顔を見やると、そこには何やら悦に入った笑みが浮かんでいた。

「何だよ気持ち悪ぃな」
「あっ!りょーちゃんひどいッ」
「ってお前誰だよ」
「え~だって~」
「成人男子がだってとか言うな」
「はい先生!それは偏見だと思います!」
「俺はお前みたいに出来の悪い生徒をもった記憶はない」
 そこまでくだらない言葉遊びのような言い合をしていたがふと、先生、という単語から思い出される会話があって口をつぐむ。

「りょー、どした?」
「ん、いや……」
 亮二のバイトは家庭教師だ。だから自分を先生と呼ぶべき人間は三人いる。
 呼ぶべき、というのは、一人勝手に亮二さんと呼ぶ生徒がいるからだ。その一人が……

「亮二さんは、クリスマス誰と過ごすの?」
「ん?25日か?」
「ちげえよ、世のカップルのクリスマスったら24日だろ~?」
 先日、急遽やることになった家庭教師の最中に、そんな関係ないことを持ち出したものだから、あっさり無視して勉強をすすめたのだが……

 もしかして亮が一緒にとか言い出したのはクリスマスだから……

 なわけないよな、と自分の考えに苦笑する。

「なあなありょー」
 いつもののんびり口調の亮に話しかけられ、我に返って視線を戻すと、
「オレはケーキが食いたいな」
 ハートマークが見えそうなおねだりポーズに脱力しそうになった。

 ……が、まあ、ねだられれば悪い気はしない。
「しゃあねえなあ。何がいいんだ」
「パウンドケーキ!オレあれが一番好きなんだ~」
 それはそれは幸せそうにつづけるから、24日のクリスマスイブの日は、二人で台所にたち、二人で食事をすることに決まったのだった。


* * *



第4話(4) へつづく。