第3話(6) | 若の好きずき

第3話(6)

 直径20cmくらいのガラスの器に入ったチョコレートムース。その上はココアで覆われ、さらに薄く伸ばしたチョコレートが折り重なるようにして飾られている。
 それを、思い思いに三方から箸でつつき始めた。

 思い切りよく底まで箸をつきさしてすくってから、口にふくんでみると、上にのっていたチョコレートがパリパリッと割れて、甘いココアとふわふわのムースがとろけて。
 とろけるそれと一緒に、口いっぱいに不思議な香りが広がる。


「いや~ん何これ!けんちゃん!おいしいよ~ぅ!!」
 美帆はとろける食感と、何よりその不思議な香りに、思わず興奮気味に声をあげて、健治の腕をばんばんとたたいた。

「ほ、ほう?」
 まだ箸を口にして食べている最中だった健治は、たたかれた腕に驚きつつももごもごとと返して、それから、そっか~と破顔する。
 笑うと少し幼くなる、その表情に、美帆は何度でもどぎまぎしてしまう。


 ふと気づけば、甘いものの横流しを条件に冷蔵庫を貸し出してくれているかおるちゃんが、黙々と箸を動かしつづけていて、すでに三分の一を超える勢いで平らげてしまっていた。

「って、かおるちゃんずるー!」
「あ、すまんすまん。美味くてつい、な」
「つい、じゃないってばも~!」
 食べ物の恨みは根が深いのだ。つい、で食べきられたらたまったもんじゃない。


 それなのに、
「あ、俺は味見すんだからもう少し食っていいですよ」
 とりなすようにつづけられたその言葉にぱっと顔を輝かせ、悪びれもせずに悪いななんてつづけながら再び箸を動かそうとするから、
「半分まで!」
 そう、猛烈に主張しておいた。


「にしてもこの香りおもしろいね~」
「あぁキルシュってお酒が入ってるんだ」
「キルシュ?」
「さくらんぼのお酒だよ」
 美味いだろ?と誇らしげにつづけられた言葉に、美帆はもちろん即頷き返した。

 また一口、口に含んでその香りを堪能して、
「さくらんぼか~」
 甘いのに大人の香りって感じだね~、そんなふうに感想をもらすと、だろだろ!?と勢いこんだ相づちが返ってくる。

 結局、健治はほとんど箸をつけぬまま、先生と仲良く(?)半分ずつぺろりと平らげてしまった。

 いつものようにごちそうさまと手を合わせて、コーヒーをすすって一息ついて。
「おいしかった~!」

 我ながら現金すぎると思うのだけれど、美味しいものを食べてる間は、幸せで何にも考えられない。
 そして、食べ終わったら終わったで、ここ最近の悩みなんて、本当にちっぽけなことに思えてきたりして。
 お手軽すぎるとは思うのだけれど、だってやっぱり美味しいってことは幸せってことだからいいのだ。


「うん、決めた」
「「え?」」
 食後のコーヒーを満喫して、みんながゆったりと時を過ごしていたそのとき、不意に、健治が口を開いた。
 あまりに唐突だったから残る二人は一様に疑問符を浮かべる。

 その疑問符に、面を上げた健治は真っ正面から答えた。

「進路。製菓学校に行こうと思って」
「せいか…?」
 美帆は頭のなかで漢字変換ができず、健治の言わんとすることが理解できないままさらに疑問符を浮かべたが、かおるちゃんは即座に先生の顔になっていた。

「おまえの成績なら国立も狙えるだろ?…いいのか?」
 健治の意志を確認しようとしてか、探るように目を合わせて問いかけている。
「はい」
 ずっと悩んでたけど、たったいま結論だしたから大丈夫です。
 清々しい顔で答えていたからなのか、先生もそうか、と一言返しただけだった。




 ……やっぱり、悩んでたんだ。ずっと。
 自分のことばかり考えていて、そのことに気づけなかった美帆に比べて、健治は悩んでいることさえ感じさせないまま結論を出そうとしている。

 役に立ちたかったのに、さっきそう思ったばかりなのに忘れてほおばりつづけて。

 こんなわたしが、彼のそばにいていいのだろうか。




第3話(7) へつづく。

チョコレートムースの回、いかがでしたでしょうか?

にしても美帆ちゃんは本当に浮き沈みがはげしいなー。(お前がいうか)


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『スパゲッティのお店』について 目次ページ
第1話(シンゴ×シロ編) 全11話/番外編 全3話
第2話(タツ×マモル編) 全16話/番外編 全8話
第3話(ミホ&ケンジ編) 全12話/番外編 全3話
第4話(トオル×リョウジ編) 全17話/番外編 全10話
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