第3話(3) | 若の好きずき

第3話(3)

 誰もいなくなった教室を後にして、二人は何となく無言のまま、連れ立って図書室のある特別棟に向かった。

 真っ直ぐ伸びた背筋。真っ直ぐ伸びた肩までの髪。
 清花は何もかもが真っ直ぐで、きっぱりしていて、迷いがない。
 美帆は、羨ましいともねたましいともつかないいやな感情を覚えながら、清花のまっさらな上履きが交互に動くのを目で追って渡り廊下を進んでいた。
 
 その動きが、渡り廊下半ばで突然止まって、
「美帆」
「え?」
 清花の、思いの外真面目な声に、上履きから黒縁メガネまで目線を戻す。

 がしかし、今度は清花が目線を落とし、二人の目線は交わることなく
「あのさ、無理にわたしに話すことはないけど…」
「うん…」
 やはり、当然というか、清花は気づいていてそっとしておいてくれたのだろう、言いにくそうに先を続ける。


「誰か…松岡先輩か、誰かに話してみたらすっきりするかもよ?」
「…うん……」
 頷くことしかできない美帆に、じゃないとパンクしちゃいそうだよ、と心配げに目線を合わせてそう言ったその瞬間にはもう歩きだしていた清花を、美帆は慌てて追う。

 心配をかけている。
 その申し訳なさと同時に、気にかけてくれていることがどうしてもうれしくて、さっきのいやな気持ちなんか全部忘れてしまった。

 言えなくて、言わなくて、ごめん。でも、
「ありがと!」
 追いかけて、追いついて、後ろからそう声をかける。

 清花は、照れたのか、前を向いたまま別に、とぶっきらぼうに返してきて。
 ふふ、と笑みがもれる。
 悩みごともつらいばかりじゃないなあだなんて思ったりする。

「ま、先輩も進路やらで大変だろうけどね」
 最後につけくわえられたその言葉に、え?と声にならない声をあげたそのときにはもう、清花は図書室のドアに手をかけていて、それ以上つづけることはできなかった。




 「図書室では静かにしませう」
 そう、流麗な文字で書かれたポスターが貼ってあるそのドアは、開けるとすぐに少し高めのカウンターがあって、そこには図書当番が座っている。
 今日の当番である健治は、美帆たちがドアを開けると手元の本から顔をあげ、二人の顔に気づいて軽く手を挙げた。
 清花はそれに会釈で返し、美帆は手を振りかえす。

 試験期間中は試験勉強をする学生であふれかえっていた室内も、試験が終わってしまえば嘘のように静まり返り、いるのはよっぽどの本好きか昼寝ならぬ夕寝の常連くらいだ。
 清花は間違いなく前者で、小説はもちろん、社会学・心理学の本やら美術論、歴史書まで、実に雑多に読みあさっている。
 今日も返却の手続きを済ませると、どこか奥の方の棚の合間に消えてしまった。

 それを横で見ていた美帆はといえば、たまたま図書委員になっているものの、特に読書家というわけでもない。
 だから大抵、図書当番が座るカウンター上にある新刊棚を物色して、そこから読みやすそうな話題の本を選んで適当に斜め読みしたりするくらいだ。

 でも……
 変な別れ方をしてしまった昨日の今日の、さらにさっきの清花の言葉がぐるぐる回りだしたいまの状態では、とてもじゃないけど、健治が座るカウンター横という立ち位置に落ち着くことはできなくて、仕方ないから珍しくも奥の方の棚に向かってみることにした。

 掃除のときくらいしか足を踏み入れない一番奥の棚は「100哲学」と書かれた札が掲げられていて、何かの教科書で見たような名前が並んでいる。
 番号順、五十音順に整然と秩序だてて並べられた本は、見ていて息苦しくさえあった。

 それからその息苦しく並べられた番号を意味もなく順番に追って、棚を行ったりきたりしてみる。
 「200歴史」「300社会科学」「400自然科学」……図書室の本は一定のルールで並べられて、惑うことはない。


 わたしの頭の中もこんな風に整理できたらいいのに。
 そう思わずにはいられない。



第3話(4) へつづく

女の子視点、いかがでしょうか……?(不安)


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『スパゲッティのお店』について 目次ページ
第1話(シンゴ×シロ編) 全11話/番外編 全3話
第2話(タツ×マモル編) 全16話/番外編 全8話
第3話(ミホ&ケンジ編) 全12話/番外編 全3話
第4話(トオル×リョウジ編) 全17話/番外編 全10話
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