第2話番外編(5)
「お昼は?行きたいとこありますか?食べたいものとかは?」
何だか妙に落ち着かなくて、予定より30分も早い時間に準備ができてしまい、することもないから家をでることにした。
だから、当然というべきか、待ち合わせ場所には30分近く早く着いていた。
落ち着かないから落ち着こうと何度もシミュレーションしたのに、いやだからか、もう余計に変に焦って、まくしたてるように口をついて出たのが最初の言葉だ。
さらに、じゃあドライブの行き先はお任せしますから、お昼は任せてください。そう勢いこんで、早速に、心に決めていた店を案内して、いまここにいる。
車を停めてもらって店内に入ると、そこは昼時のざわめきにあふれていた。
カウンター横の壁面にかけられた二つの黒板が印象的だ。
本日の定食の内容が書かれた黒板と、所狭しと、こちらは写真が貼ってある黒板と。
座ったのはそれらが視界に入るカウンターだ。
……正面で向き合いながら話をすると視線のやり場に悩む気がしたから。
それから予定どおり、オススメの定食を注文し終えたところで、ようやく気分が落ち着いてきたような気がした。
というか、ここまでの間については、我ながら余裕がなさすぎて、衛の表情とか何を考えているのかとか、そういったことが全くもって認識できていなかったように思えたのだ。
そもそも、お昼ご飯を食べるつもりじゃなかったかもしれない、もうちょっとあとに食べようって考えてたかもしれない。
そういうことだって考えられるのに、自分のペースで、もうお店まで案内してしまっていた。
ようやくそのことに思いいたって、今度は意識して、彼の表情をうかがってみる。と、どうやら初めての場所だからか、きょろきょろと物珍しげに視線が動いていて。
……よかった、いまのところ特に問題はなさそうだ。
そこでようやく、一心地ついた気分になる。
何だろう、デートが初めてってわけでもないのに、こんなで大丈夫かといっそ自分で不安になるくらい、本当に緊張している。
「衛さんの口にあうといいんですけどね~」
緊張を忘れようと、とにかく言葉を口にのせてみる。
このお店は美帆ちゃんに事前に衛さんの好みをリサーチしてから決めたし、達哉自身もお気に入りのお店ではあるけど、気に入ってもらえるか、それでもやっぱり不安だ。
「大丈夫だろ」
カウンター向こうに視線をやったままそう返す衛を横目でみていたら、その目線に気づかれたのか、何だ?と目線でとわれたような気がした。
何でもない、というように無言で首をふって…その無言のやりとりが何だか照れくさくて、うれしくって、どうにもにやけてしまう。
自分でも理由は説明できないけれど、やっぱりこの人が好きなんだなあとしみじみ思う。
そうしてしばらく取り留めのない話をしているうちに料理が登場した。
お盆のうえには所狭しとのった小鉢と、ほかほかのご飯と、あつあつのお味噌汁。
普通の、本当に普通の定食だ。
「お、うまいな」
一口食べた衛はそうつぶやいて……うん、やっぱりそこまでは衛の反応も普通だったはずだ。と思う。
…おそろしく自信はないけれど。
よかったと安心して、このおひたしの味付けが好みだとか、この煮物はやわらかすぎる、いやもっと固くてもいいとか、そんなたわいもない話をして…ふと気づくと、それらを食べ終わる頃には、何だか浮かない顔をした衛がいた。
何かやらかしたか?
……思い起こしてみても心当たりは特には浮かばないのだけれど。
ひとしきり自問自答して、でもやっぱりわからなくて、とにかく聞いてみることにした。
「……あの、どうか、しましたか」
「ん?あ、いや……」
遠慮がちに問うてみるが、衛の応えは何だか煮えきらない。
でも、やっぱり浮かない顔のまま、それは明らかで。
それは食後のデザートとコーヒーが目の前に並べられても変わらなかった。
この人が好きだと思う。
この人を理解できるようになりたいと思う。
この人と一緒にいたいと、そう思う。
…でも、それは、この人になりたいってことじゃない。
この人になれるってことじゃ、ない。
衛は衛で、達哉は達哉で、だから「一緒にいたい」
そう思うのだ。
いつかは言葉にしないでもわかりあえるかもしれない。でもそれは本当にいつかの話で、それまでに何度も言葉をつくして、だからわかりあえるようになるんじゃないかと思う。
たったさっき、無言で通じあえた気がした。
それなのにもう、いまは、この人が何を考えているのか、わからない。
わかりあえたと思って、またわからなくなって。それをこれからも、何度も繰り返していくんだろう。
でも、それでも、やっぱり近づきたいなら、一緒にいたいなら。
わかりたいなら、わかりあえるようになりたいなら、言葉にしないと、伝わる可能性さえなくなってしまう。
「俺、何か、しましたか?」
もう一度、今度はすがる響きを帯びた達哉の言葉に、衛は意を決するように息を吸い、口を開いて、だけどそれは言葉にならずに、閉じられてしまった。
なじりたいわけじゃない。追いつめたいわけじゃない。でも、
「何かいやなことがあるなら言葉にしてみてください。俺が気づいてないかもしれないから。…何かあるんでしょう?」
我慢したくもさせたくもないから、わかりあえるよう言葉をつくすしかないと思うから、どうか教えてほしい。
あの日、衛にいれてもらったコーヒーをこの手にして、自分の思いを言葉にした。
衛があのとき、いまの達哉と同じように、達哉の気持ちを理解したくて話を聞いてくれたとは限らない。
単にお客さんの一人として、会話の相手をしたにすぎないかもしれない。
それでも、あのときの衛は達哉の救いだった。
いまも、それは変わりなく。
だから、あのときと同じように、いまは他人がいれたコーヒーをこの手にして、衛の言葉を待とうと、そう思うのだ。
第2話番外編(6)
へつづく。
うん☆まだ終わりませんでしたよ☆
全4回と予測していた読みが甘すぎるわたし…
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★『スパゲッティのお店』について
目次ページ
第1話(シンゴ×シロ編)
全11話/番外編
全3話
第2話(タツ×マモル編)
全16話/番外編
全8話
第3話(ミホ&ケンジ編)
全12話/番外編
全3話
第4話(トオル×リョウジ編)
全17話/番外編
全10話
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