第2話(11) | 若の好きずき

第2話(11)

 何だかあたたかい気持ちのまま、マグカップのように大きなコーヒーカップを手に包みこんで、まずは目をつむったまま香りをかいでみた。


 コーヒーの香りは大好きだ。
 この匂いには何だかほっとする。

 さっき衛さんが「リラックス効果もある」って言ってたのも頷けると思う。



 今度はその黒い色をそっと、覗いてみる。


 コーヒーの黒い色は、実は、最近何だか苦手だ。
 人に話したら考えすぎと言われると思うし、一般的な感覚でいえば実際そうだということも判るから話したことなんてないけど。
 この黒い色が、自分の澱んだ心をうつしているようで、何だか落ち着かない心地がする。


 美容師になりたかった。なりたくてなった仕事だった。
 人を綺麗にすることが好きだった。自分の手で、誰かを見違えるように美しくすることができる、そのことが楽しくて仕方がなかった。


 美容師の仕事は、好きなだけでできる仕事じゃない。
 ……でも好きじゃなくてもできるのかもしれない。

 ふと気づくと、笑っても笑っているのかわからない瞬間が増えていた。楽しそうに笑って見せながらも心はどこか上滑りしていた。

 何が好きだったんだっけ?
 何がやりがいだったんだっけ?

 わからなくなっている自分がいた。


 そこまで考えたところで無理矢理目をつむった。
 もう一度、落ち着くその香りをいっぱいに吸い込んで、カップから一度手を離す。


 コーヒーの、苦かったり酸っぱかったりする味も得意ではない。きっと自分はお子様舌なのだ。

 砂糖と牛乳をたっぷりと入れてしまえば、そうした味も黒い色も気にならなくなることはわかってはいたけれど、あれだけ薦めてくれたのだ。ここはまず、やはり言われたとおりにして飲んでみよう。
 ……とは思ったものの、冷たいアイスに熱いコーヒー、甘いアイスに苦いコーヒー。これって合うんだろうか??

 疑問に感じながらも、恐る恐るアイスにコーヒーをかけてみる。
 当然というべきか、すぐにアイスが溶け始めて、あわててスプーンですくって何も考えずにその勢いのまま口に運んで……

「あ、おいし」



 ……何というか、考える前に口が動いていた。
 そのまま一口、二口とスプーンをすすめる。


 熱くて冷たい。苦くて甘い。
 この不思議な相性はなんだろう。

 その不思議な感覚に魅了されたようにさらにスプーンをすすめて。

「うまかったか…?」
 その声で初めて、夢中に食べすすめていたスプーンの動きをとめ、面をあげた。

 まさに固唾を飲んで、といった様子でのぞき込んでいた衛と視線がぶつかる。

 あぁ、もう何というか
「美味しいですよ~」



 幸せだ。


(12)へつづく。