第1話(11) | 若の好きずき

第1話(11)

 結局その日はおじやを食べさせた後、病人はさっさと寝ろとばかりに店を追い出したので、ぬいぐるみを買った30男の奇行の理由は問いただせず仕舞いとなった。腹のあたりに何だか悶々としたものがたまっていく一方である。


 次こそは問いただしてやると息巻いて決心した翌日の昼、いつもならもうとっくの前に来ているはずの伸宕は、まだ現れていなかった。その代わり、昼を過ぎてしばらくしてから、しろとしげが二人でやってきた。


「外は暑そうですねぇ」

 2人は、暑さのためか真っ赤な顔をして店内に入ってきた。すぐにお冷を渡すと、あっという間に飲み干してしまう。もう1杯ずつ飲み干してやっと人心地ついたのか、メニューを開く。


「今日のランチは何ですか」

 メニューを開いてもしろはいつもランチだし、しげはいつもシフォンケーキなのだが、やっぱりお店にくると人間メニューを開いてしまうものらしい。


「今日のランチは、しらすおろしとツナのスパゲッティです」

 ツナは保存がきくのでパスタメニューには欠かせない。今日のレシピは混ぜるだけのもので、夏場の暑いときにはあっさりしているので食べやすいと好評の一品だ。めんになじむように卵黄を入れるのがみそである。


「……ツナ、ですか……」

 いつも迷わずランチのしろがためらう素振りを見せる。……これはもしかして


「ツナ、だめですか……?」

「…はい……」

 ぬかった。

 しろは常連でも日参はしていないので、いつもランチでも今までツナのメニューは偶然はずしていたようだ。


「伸宕に続いて、しろくんもダメですかー……」

と思わずつぶやいたところでハッとする。先日、伸宕の話題を振った後、変な空気になったのではなかったか。


 気づいて、そっとしろの顔色を伺うと、聞こえていなかったのだろうか。怒ってはいないようである。

 ほっとして、それ以外の好き嫌いをたずねようとしたところに、入口の鈴が鳴る。


挿絵


「あ~まいったまいった。遅くなった、な……!」

 普段より二時間近く遅い時間に登場した伸宕だった、が、ひどく驚いた様子で入口のドアノブを持ったまま固まっている。

 その様子にデジャヴュを覚える。


「あ、しろくんと同じだ」

 そのつぶやきに、入口を向いていたしろがもの凄い勢いで尚人の方、正面に振り返り、それを見た伸宕が更にもの凄い勢いで謝りだす。


「ごめ……っ!すみません!申し訳ない!許してください!しろくん許して!」

「何に、謝ってるんですか……?」

 その場にいた伸宕以外がともに感じたであろう疑問を、ご指名のしろが口にする。


「何って……あの、ぬいぐるみ。彼女にでもあげるんじゃなかったのか?それを俺が横取りして買ったんだから怒ってるよな……」

 開け放った入口からは容赦なく熱気が流れ込んでくる。伸宕は暑さからか緊張からかよく分からない汗をだらだらと流している。

 暑いからドア閉めてほしいなあ。 その場に流れる何ともいえない張り詰めた空気を感じて、さすがに口を開くことはできないが……と、そんな空気をものともせず口を開いたのはしげだった。


「しろ、彼女いたの?」

「いないよ!」

 怒ったように即答する。 ……年頃の青少年が、張り切って即答かつ断言してもよいところなのだろうか? 


 素朴な疑問が脳裏に浮かぶが、いや、まあ嘘をつくことでもないなと思い直す。

 そもそも彼女がいないことが何だというのだ。そんなものは縁だ。無理に作るものではない。

「彼女にじゃ、なかったのか……?」

「違います!あれは、あれは……あなたに、似てると思ったら気になって……」

 しろの消え入りそうな声が指し示す、くまのぬいぐるみ、リアルくま。そこにいたしろ以外の視線がレジ横のリアルくまに集まった。


……


…………


………………


「ぶっ!!!あははははははは!!!!」

 しばらくの静寂の後、笑いが止まらなくなった。そうだ!そうだよ!何で気づかなかったかなあ!

 あのリアルくまは、何に似てるって、目の前の親友にそっくりだったのだ。ふわふわの毛の感じだとか、眉毛だとか(ぬいぐるみなのに眉毛があるっておかしいよな!)、口元だとか、かなりそっくり。そりゃ何かに似てるって気になるに決まってる。


 ふと見ると、しげも肩を震わせて笑っていて、目が合った。

 そうして更に笑い出しそうになったとき、しろがすっと立ち上がると、入口付近に憮然とした表情で突っ立ったままの伸宕の手をがっしと掴んでお店から出ていってしまった。


  しばらく笑いの衝動が止まらなかったが、ようやく笑い終えたら、しげが水を差し出してくれた。

「あぁ、ありがとう」


 笑いすぎてがらがらになった喉を、しげのお冷で湿らせてから、人心地つく。

「あれはさ、」

「はい?」

 しげと2人、彼らが出て行ったドアを見つめてたずねる。


「収まるべきとこに収まった、ってことかな」

 ドアから目線を戻したしげが、いつものように頷きながら答える。


「でしょうね」

「そっか……」

「はい」



 しばらくしたら、きっとさっき以上に顔を真っ赤にした二人が入口から顔を出すに違いない。

 ツナが嫌いな二人のために、何を作ろうか考えなければならない。

 その前に、しげにはいつものケーキと紅茶を準備しよう。



 今日こそは、おいしいと言わせてみたいものだ。



第1話おわり。おまけ もどうぞ。

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『スパゲッティのお店』について 目次ページ
第1話(シンゴ×シロ編) 全11話/番外編 全3話
第2話(タツ×マモル編) 全16話/番外編 全8話
第3話(ミホ&ケンジ編) 全12話/番外編 全3話
第4話(トオル×リョウジ編) 全17話/番外編 全10話
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