高校の頃

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唯一、自分の書きたいことをぶちまけることができた日記は、高校生になっても続けて書いていた。たまにレコードの感想やらライブレポートなんかも書いたりして、「音楽ライターってこんな感じ?」とか思ったりして。
(※その日記帳は、今回実家の引越しに伴い、ばっさり捨ててきたが)

その一方で数学がとても好きだった。化学も好きになっていった。大学も行きたいと思うようになって、行くんだったら理系の大学って思ってた。
でも将来の夢は音楽雑誌の編集や音楽ライター。

夢と現実の狭間で揺れる。

高校2年から3年に上がる時、本格的に進路に向けての選択科目を決めることになる。
提出書類には、国公立理系大学受験用の選択科目を書き、将来の希望職業のところに「出版社」と書いた。

後日、担任に呼ばれた。
「出版社に行きたいなら、文系にするべきじゃない?」

そうか、大学と将来就きたい仕事って別に考えちゃいけないんだ。大学って就職のために行くんだ…。
選択科目を変えた。国公立文系大学受験用に。

それを知った当時の数学のW先生が
「なんで変えちゃうの? 理系だって出版社行ける可能性あるよ。教科書とか参考書とか技術書を出してる出版社だってあるんだから」と。
でも私がやりたいのは音楽誌だし…。所詮、W先生は担任じゃないし…。

なぜそのとき、理系の選択科目に戻さなかったんだろう。
文系の選択科目のまま、3年に進級した。

しかしどうもしっくりこない。古文なんて超苦手だったし、数学は共通一次用の数Iだし、化学は相変わらずとってたけど、そっちのほうが断然面白かった(そういや選択クラスで女子一人だった…)。
やっぱ理系の大学行きたいよなーって思うようになって、独学で微積の勉強を始めた。W先生に相談したら、校内模試で微積受けさせてくれたり、選択とってないのに補習も受けさせてくれたりした。
受験に関係なくなった古文の時間は、数学の内職してた。
数学、面白かった。化学も面白かった。

某国立の理系大学を受けた。

落ちた。

合格発表の数日後、母親が亡くなった。
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中学生の頃

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ライターになりたいと思うようになったのは中学2年頃だった。
それまで、文章を書くことは嫌いではなかった。そういうことについては要領もよかったので、小学校のときは区とか市の作文コンクールで賞をもらったりもしてた。そのときは「自分の書きたいこと」を書いていたわけではない。形のないマニュアルに沿って優等生的に書いていただけだ。
思春期の頃、自分の書きたいことを書ける場所を見つけた。日記だった。でも書くことを職業に…なんてことはこれっぽっちも思ってなかった。

中学2年の冬。行きたくても行けなかったコンサートのレポートが、ある音楽雑誌に載っていた。写真もさることながら、文章に臨場感があり、とても躍動していた。感受性豊かな14歳には、そのページを見るだけで大興奮モノだった。

多分それがきっかけだったと思う。こんな仕事をしたいと思うようになったのは。
まぁ、ミーハーな気持ちもあったけどね。音楽雑誌の仕事をしてれば憧れのミュージシャンに会えるかも…って(苦笑)。
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