2010-01-07 17:23:23

補助輪外してハッピーエンド

テーマ:ブログ
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実家にて。
車の免許を取ったばかりの姉が「どこでも連れてってあげるよ」と私に言いました。
「水が見たい」と言うと、姉は私の心情を察したのか、理由も聞かず秘密の場所へ連れて行ってくれました。
でこぼこな道に車を停め、大きな岩をすべらないように手を取り合いながら歩き、生い茂った雑草を掻き分けると、眼前に絶景が広がりました。
遠くに見える雪化粧をした山脈。そして美しい川。それをまたぐローカル線が走る鉄橋。私は中州にしゃがみこみ、水に触れ、音を聴きました。
気がつくと、1時間が経っていました。
ふと後ろを振り返ると、姉の姿が見当たりません。
姉は、ずっとずっと遠くの河川敷にいました。
視力の悪い私にははっきり見えませんでしたが、姉は体育座りをして川を眺めているようでした。
姉は、私に景色だけではなく「時間」をプレゼントしてくれました。
それはまるで「遠くにいるけど、でも『いるよ』」と言ってくれているようでした。
全く同じ角度ではないけれど、同じ景色と音を聴いてくれる。
無理矢理近づいてはこないけれど、私が川で溺れたら間違いなく走ってきて助けてくれる。
そんな人。
姉が霞んで見えたのは、私の視力の問題だけではなかったんだ、きっと。

姉は善者。
私は偽善者。
でも、偽善も貫けばきっと善になれる。
私は大人計画の「キレイ」という舞台に出てくるある登場人物が好きです。
その人は、偽善の塊で、またそれを自認している女性でした。
彼女は他人に利用されても「いいのいいの、これ善人な感じよね♪」みたいな明るさを持っていました。そして、主人公がピストルで撃たれそうになった時、「チャンスッ!」と
言って、主人公の代わりに自分が撃たれて死にました(「チャンス」て)。
私は徹底的に善者に憧れを抱き最期まで貫いた彼女がとても好きでした。
「善」って、無意識なものを指すことが多いけれど、意識をした時点で「偽」がつくというのはどうなのでしょう。
私は「偽」がついてもかまわない。
貫いて、少しでも家族や友人のような善者に近づきたいんだ。
あらためて思う、この頃。
そしたらね、この前ある人に言われました。
友人「こないだ○○ちゃんと、もしさ『酒井若菜さんが人を救って亡くなりました』とかいうニュースを観たら、きっと『若菜らしいなぁ』って思うんだろうな、って話してたんだ」
基本的に、死に纏わる話はしたくないし、安易にそんな例えをすることが大嫌いな私。
友人は、それを知っています。
でも私に伝えました。
リスクを背負って伝えたかったその言葉の真意を、私は受け取り感謝をしました。
「そんな人に、ずっとなりたかったんだ」

ほいで、新年を迎えたわけですが、昨年の終わりに「来年は心が割れるような台詞が言いたい」とブログっていた私。
めでたいことに、早速そんな台詞が私の元に届きました。
台本が実家に送られてきたのですが、読み次第割れました、心。
詳細はまた今度書きますが、声の仕事なのでしっかりめに喋らないといけないのだけれど、何度練習しても泣いてしまうんで、困ってます。
今のままだと「あの人、今なんつった?え?なんつった?」と皆さんを戸惑わせること必至なので。
とりあえず、心が割れたので慌てて帰京しました。
実家で割れた心を見せるわけにはいかないもの。
新年早々、素敵な仕事を頂けてとっても嬉しい。
ありがとうございます。
あ、読者のかたで「オーディションに落ちてへこんでる」みたいなメッセージがあったなぁ。
だいじょうぶ。
私、100回以上オーディション受けたけど、90回は落ちたよ。
他にもたっくさん悩み相談がありました。

心がグラグラするのは、補助輪を外せた証かもしれません。
一概には言えませんが、ぐんぐん進んでいるように見える人に限って、補助輪がついていたりもします。
人や言葉を利用して(補助輪にして)ぐんぐん進んでも、結局その人に補助輪がついていたら。ね。
かっこいい自転車に乗るためには、たくさん転ばないと。
いっぱい傷とか痣を作った人にしか、乗りこなせませんから。
なんとなくぐんぐん進んで、なんとなくかっこいい悪いを見極められる目も養って、なんとなく買えるようになっても、結局補助輪つけなきゃ乗れないのでは全部台無しになってしまいます。
自転車だってうかばれない。
だから、今はかっこ悪く転んでおきましょ。
そして誰かがどうしても前に進めなくなって困っている時は、その時だけは自分がその人の補助輪を買って出ましょ。
「ダサいね」と一緒に笑われよ。
そんな勇気も持ち合わせていけたら、きっといい。

実家に帰ったとき、母がゴダイゴさんのアルバムをくれました。
銀河鉄道999、メール受信音から着信音に変えました。
着信音のほうが長く聞けて嬉しいから。

さあ行くんだ
その顔をあげて
新しい風に心を洗おう
古い夢は置いてゆくがいい
ふたたび始まるドラマのために

私の着信音はここまで(このあと恋愛ソングになってくけど、ここまでだと何にでも当てはまるから)。
いっぱい転ぶ。
起き上がったら歓声が沸く。
希望も湧く。
補助輪外してペダルを漕ご。
悲劇のヒロインぶるな、なんて思わない。
歴とした悲劇のヒロインになるんだよ。
悲劇のヒロインが、立ち上がって胸張って歩きだして、最後に笑ってゴールしたらめちゃくちゃかっこいい。
少なくとも私は、絶対に立ち上がってみせるよ。

自分のドラマを、ハッピーエンドにするために。

私は毎日楽しいよ。
皆さんにも楽しいことがたくさん訪れますように。

ごきげんよう