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2014-04-21 21:26:17

ソソカ

テーマ:ブログ
メルマ旬報より
割と最近の創作です


『ソソカ』


その昔、「本音でしか話さない男」と呼ばれる男がいた。
男の噂は誰もが知っていたが、その誰もが、男の噂をどうやって耳にしたのかと思い返すと、はてさてどうにも思い出せない。
誰もが男を知っているのに、誰もが何故自分が男を知っているのか、憶えていなかった。
今では、その男の話をする者は、もはやいなかった。
かつては、新聞社やテレビがこぞって男の元を訪ねたという。
しかし、どの新聞社もテレビ番組も、その男についての記事を載せることも番組を放送することもしなかった。
理由は二つ。
一つは、男の本音には、記事や番組にできるような可愛げがなかったから。
一つは、期待したほど面白くなかったから。
どんなに旺盛な好奇心を持って男に会ってみようとも、ひとたび男を目の前にすると、「なんだ、こんなもんか。それほどでもないな」と落胆してしまう。
男と会った新聞記者は、男について言葉を紡ぐことをやめ、テレビマンは、取材したテープを二度と再生しなかった。
男にも誰にも、どうして男の噂が流布され認識されているのか分からなかった。
不思議な話である。
男の名を、ウノウという。

時を同じくして、もう一人、世間の誰もが知る男がいた。
その男はこう呼ばれていた。
「不安を捨てた男」。
名前はサノー。
サノーは本能で不安を捨てたわけではなく、その思考を推進しているだけの、凡人だった。
サノーは自分を自ら宣伝し、噂を広め、認知度を得た男だった。
サノーは、一度だけウノウと会ったことがあった。
まだウノウの元へ取材が殺到していた頃だ。
サノーとウノウの対談が、新聞社によって企画されたのだ。
サノーはウノウの自宅へ会いに行った。
サノーは、ウノウを一目見るなり、「なにかがイヤだ」と思ったが、如何せん“不安”という概念を捨てているものだから、その感情は断ち切って対談に臨んだ。
ウノウは突拍子もなく言った。
「あのー、すみませんけど、私を愛してくださいませんか?貴方様には不安がないのでしょう?ならば、貴方様だけは、私を愛せるかもしれない。私の存在に不安を抱くこともなく、むしろ誰よりも純粋に、愛していただけるのではないかと思うのですが、いかがです?」
サノーはこう答えた。
「ウノウ君。僕はね、そもそも愛なんて概念があることが馬鹿らしいと思うのね。不安っていうのはね、愛もどきが起こす“作用”なのよ。その根源である愛もどきを捨ててなんぼなのよ」
「ふーん。貴方様は、なんのために、不安をなくそうと思われたのですか?なんのために、愛もどきを捨てようと思われたのですか?不安でいっぱいだからですか?」
ウノウにそう聞かれたサノーは、はっはっはっと大笑いして答えた。
「あのね、よくいるのよ。君みたいな質問してくるやつね。僕はね、そうやって、人の心を分かったようなふりをして打ち負かそうとしてくるやつが一番嫌いなわけ。その“感じ”はね、ある種の攻撃性を伴うんだけれど、大体そういうアプローチをしてくるやつって言うのは、自分というものがないのよ。自分がないから、人を糾弾することでしか自分の存在価値を見つけることができないの。いるんだよね、そういうやつ。わかる?」
「へぇー。ところで貴方様は不安でいっぱいなんですかね?私の質問には答えたくないですかね?なんか、あれだな。可哀想だなぁ」
「どういう意味かな?」
「人に愛されない自分を守ることに必死と見える。だからそんなくだらない思考を推進するのでしょう?いいじゃないですか、人の考えなんか。それをわざわざ。あはははは。でもそれでいいと思いますよ。みんなそうですからね。誰もが不安とともに生きているのですから」
「子供じみた発想だな。僕はね、“不安”というのは、未来を想像することで生まれる概念だと思ってるのね。つまり、“今”に焦点を当てて生きていれば、未来なんて見る余裕あるわけがないの。それなのに、みんな欲張って未来を見過ぎるから、“今”が疎かになって不安になるの。そりゃそうだよね。焦点を“今”に当ててないんだもん」
「そうですか。未来は“今”にしか見ることができないのにですか?」
「んー確かに“今”にしか未来を感じることはできないかもしれない。未来という概念は、今が生み出すものだからね。だからね、つまりね、そうすると、今のことはいつ考えるの?って話になるよね。今のことはいつも過去の自分が考えてるの?って。そうではないよね。“今”は、今と未来のことを同時に考えてるの。時にはそこに“過去”も混ざってくる。それって、無駄だと思わない?だからね、今は今のことだけ考えればいいじゃないのよ、それで十分じゃない、っていうのが僕の考えなわけ。」
「でも、例えば、昨日考えてた今日と、今日考えてる今日は、同じではないですよね。昨日考えていた今日は“予想”“予測”で、今日考えてる今日は“判断”とか“実感”ですよね。それって、同じ今日という日を思っていても、全く別の意味を持つんじゃないですかね?昨日考えていた今日も、私は無駄と言い切るには難しいと思いますけど。もし無駄だとお思いになるなら、それは貴方様の思考が悪いのではないですか?ひねくれてるというか、偏屈というか、おっかなびっくり生きているというか。だから未来を想像する時、大した想像力も持てないんじゃない?死にたくないよぉ、怖いよぉ、みたいなね。あはははは。未来を考えると、不安で死にたくなっちゃうから、死なないために今を生きざるを得ない。そんな感じではないです?」
「君は子供すぎて話ができないな。死ぬだ生きるだの問題ではまるでないのね」
「まあそりゃあね、どうせ死にますからね。あ、もしかして、生きたいってことの裏返しですか?」
「だからそうじゃなくて」
「不安です?」
「は?」
「死ぬの、不安です?」
「あのね。ふぅー。君ね、大人の話をさせてもらいたいんだよ僕は。死ぬ、って発想は、もうね、陳腐なの。陳腐。分かる?」
「そうでしょうか。私にとって死ぬってことは、一大事ですよ。だからこそ、私は貴方様がここで死んでくだされば、信じられるんです。ああ、本当に貴方様は不安という概念を捨てたかたなんだ、って、私は信じられるんですよ」
「今ここで?」
「そうです」
「それはあまりにも極端だと僕は思うが」
「私が貴方様を殺しても別にいいんです。ただしそれは“今”だけを考えれば、の話ですね。私は、“未来”も考えますんでね、ああ、のちのち困るからやめよう、と思うんですよ。おっと、話がズレましたね。そもそも別に殺したいとも思っていませんし。だから、ちょっと証明してもらえません?」
「君のために死んで見せろと?」
「私のためにではありません。無論貴方様のためでもありませんがね。あれ?あれれ?“~のために”っていうのは、愛情の切れっぱしの言葉ではありませんか?あはははは。可笑しいなぁ。やっぱり貴方様には、愛があるのではないですか?本当は愛があって、その作用として生まれる概念“不安”も、やっぱりあるのでしょ?つまり、不安があるということは、それを派生させた母体、貴方様の言う根源ですか?その詰まる所、愛を認めることになる。言い換えれば、貴方様にとってそれは不安の種だ。愛が種なら不安は芽。貴方様は臆病だから、芽を摘むだけではまさに“不安”で、種から根こそぎ捨てるでもしない限り、その不安を打ち消すことができないのでしょう」
「ちょっと待て!君はなにが言いたいんだ。僕の粗探しをして、吊るし上げたいのか?」
「吊るし上げられるのは不安です?」
「違う!君の真意を知りたいだけだ!」
「なんのために?」
「なんのためにとはなんだ!?」
「なんのために、私の真意を知りたいのですか?」
「それはだな、えーと」
「不安だから?」
「ん?」
「吊るし上げられる、っていう不安を取り除きたいから」
「違う!」
「可笑しい!可笑しい!なるほど、真意=種=愛、というわけですね。貴方様は、私の真意に“愛”があるとでもお思いですか?真意を話せば不安が解消される?私の真意に“愛”があると、期待しておられるのですか?可笑しい!可笑しい!」
「違うと言っているだろう!!」
「ま、どちらでもいいです。ところで、お返事を聞かせていただけませんか?」
「なんの返事だ」
「私を愛していただけるのかどうかです」
「馬鹿者!この期に及んで何を言う!愛されたいなら、それなりの態度を示してから言え!」
「何故です?」
「何故??」
「何故、無償では愛してくれないのです?何故、見返りを求めるのです?貴方様は欲だらけでみっともないなぁ」
「みっともないのはお前だ!常識もない!頭も悪い!子供じみた言葉で挑発する!その上、無償の愛を求めるとは強欲にもほどがある!そんなお前を、どうしたら愛せるというのだ。おい。愛されたいなら努力しろ。それが常識だ!モラルだ!」
「常識、モラル、欲、努力、無償の愛。どれもこれも、人間が不安を取り除くために作ったただの理屈だ。あるがままでは、愛されないのですか?」
「当たり前だろう!」
「そうかぁ。何故だろう。貴女様は、何故常識に捉われるのです?愛されたいからではないのですか?」
「いや、そうではない。それは上手く生きていくための処世術に過ぎない。持ち合わせておいて損はないからね。しかし、理屈に屈しているのは事実だ。でもだ、履き違えちゃいけないよ。愛されたいなどと、いい大人が思うものか。仮に、万が一思っても、そんなことは口にしないのが大人ってものよ」
「上手く生きていく?上手く?上手く、かぁ。それは面白いのかなぁ。そうかなぁ。そうなのかなぁ。」
「そういうもんなんだ!」
「なんか、オトナオトナって、うるさいですよねー。でもまあ貴方様が愛されようが愛されなかろうが、不安だろうが不安じゃなかろうが、正直言うと私はどうでもいいんです。ただ、私を愛して欲しいんですけれど、ダメですか?ねぇ、ダメ?」
「あのね、理屈で人を愛せるものじゃないのよ」
「めんどくさいなぁ。愛について語っちゃってんじゃん。愛って概念を否定した矢先だよ?」
「君のどこを愛せばいいのか僕にはわからないね。だったら何故君は愛されたい?それを聞かせてくれよ」
「愛されたいと思うのは、変です?愛されないから余計に愛されたい。初めて会ったあなたにお願いするくらい、愛されたいと必死に願う。切実ですよー。変ですか?私は当たり前のことだと思いますけど」
「あのね、愛されたいならね、それなりの人間性を持ちなさいって言ってるの。例えばね、君がお腹を空かせた時に、目の前にパン屋があるとしよう。君はパン屋の店主に“お腹が空いたからパンをくれ”と言う。店主は君が選んだパンの代金を君に伝える。そうすると君は“お腹空いてるんでパンが食べたいんですけど、お金を払わないといけないのは何故です?”、そう言ってるようなものだ。パンが食いたきゃ金を払え。そう思うのが店主の当たり前の感情だろ?」
「そうでしょうか」
「そりゃそうだろう!」
「私なら、お腹を空かせてる客が来たら、パンをくれてやればいいと思いますがね」
「あのね、そんなことしてたらパン屋は潰れるのね。それで店主の食い扶持がなくなって野垂れ死にしたらどうする。君は責任が取れるのか?」
「いやいや、それは店主が選んだ道ですからね、私が責任を取るだうんぬんではないですよ」
「それじゃあ店主があんまりじゃないか!もうだめだ!時間の無駄だ!君とは話ができない!」
「これだけ私と向き合って話してくれてるのによく言うよ。自分のことも、自分の思考も、貴方様は愛してるんですよ。だからパン屋の店主の不安も汲み取る。優しいなぁ」
「わかった!わかったよ!認めるよ!僕には自己愛はある!自己愛を守るために、他のものは捨てた!はいはい、それでいいです」
「だからー。私のこともなんとか愛してくださいよ」
「まったくもって君は馬鹿か!君みたいな人間をどうしたら愛せるって言うんだ?」
ウノウは、迷わず答えた。
「不安をなくせばいいんですよ」

それから数年。
ウノウの前に、一人の女が現れた。
ソソカという名の女は「他人に期待しない女」だった。
女は、本音でしか話せない男ウノウを愛した。
ウノウも、ソソカを愛した。
ウノウは恋をして、変わった。
本音の合間に、嘘を挟むようになった。
言わなくてもいいことがある、ということを覚えたりもした。
何年もかけて、初めて知るウノウなりの“上手く生きていく”方法だった。

上手く生きようとするのはやっぱり面白いものではなかった。
それでもウノウは、大切なものを失わないために、それを選んだ。

ウノウはよく「なんで私を愛そうと思ったのですか?」とソソカに聞いた。
ソソカは決まって「理屈じゃないわ」と答えた。
ソソカは本当に、期待しない女だったから。
しかしウノウは違かった。
ウノウは、ソソカに期待して欲しかった。
「ねぇ、ソソカは私を愛してるというけれど、私は時々思うんです。期待されていないということは、愛されていないのとほぼ同じなのではないかと」
「そんなことありませんわ。ソソカはあなたを愛しています。あなたがソソカに何かをしてくださるだなんて望んだりしません。ソソカは今、あなたを愛している、それだけでいいじゃありませんか」
「そうかなぁ。不安になったりしないんですか?」
「なにがです?」
「私の真意を知りたいと思ったりしないですか?自分をどう思ってるのかしら、とか、他の女と結婚したらどうしよう、とか」
「何故?」
「何故って…」
「あなたの真意なんて関係ありませんの。ソソカがあなたを好き。それだけですわ」
「うん。でも」
「あなたはいつだったか、どうやら不安というのは愛の作用らしいですよ、とソソカにおっしゃいましたね。だから、不安のない愛を疑ってしまわれるのでしょう」
「ああ。そうか。そうなのかもしれません」
ウノウは、“本音でしか話せない男”を一生懸命装った。

幾年もの年月が過ぎた。
二人はずっと、一緒に生きた。
ある午後。
すっかり年老いたウノウは、ベッドに横たわっていた。
ウノウが皺だらけの手をベッドのふちから差し出すと、やはり皺だらけになったソソカの手が、それを受け止め、握りしめた。
「ソソカ。君は、私と生きたことを後悔していませんか」
「後悔などするもんですか。ソソカは幸せですよ」
「ありがとう。私は、ソソカに何をしてあげられたのかな。ソソカは本当に、私になにも期待しませんでしたね?」
「なにをしてもらいたいなど、そんな欲はございません。私は、あの頃から今この瞬間まで、一度もあなたに何かを期待したりしなかった。それが、本当の愛で、あなたの求める愛でしょう?」
ウノウは少し寂しげに笑った。
「ああ、そうだったね。ねえソソカ」
「なんです?」
「期待されないというのは、少し寂しいね」
「まあ!可笑しいわ。あはははは。変なことおっしゃらないで。そんなこと言われても、私にはよくわからないわ」

ウノウはソソカに出会って恋をしてから、ずっと寂しかった。
ソソカはウノウが自分にしている期待に、最後まで気づかなかった。
「いつか、ソソカに期待してもらえるはずだ」
心のどこかで、ウノウはずっとずっと、そう期待していた。

ソソカは、本当に期待しない女だった。
「あなた。ソソカは期待などしません。期待は本当の本当の愛ではありませんもの。ええ。あなたに期待など致しません。だからソソカは、“あなたにずっと生きていて欲しい”などと期待したりも致しませんでした。ただの一度もです。安心してくださいな。私は貫きます。それが私の愛ですから」
ソソカの心は、満足感でいっぱいだった。

かつて“不安を捨てた男”と呼ばれたサノーが、ウノウの元へと駆けつけた。
サノーは何十年も前のあの日、ウノウと別れたあと、自己愛について考えていた。
サノーは「自分は、ただ愛されたかったんだ」ということにとっくに気がついていた。
ウノウと同じように、本当はただ、自分を自分が愛すように、誰かに自分を愛してほしかった。
自分の価値観を、誰かに認めてほしかった。
本能的に生きられないサノーは、理屈で全てを封じ込め生きていた。
それが、本能で生きているウノウに会って壊された。
あの時、サノーはウノウに会って、安心したのだ。
自分の愛す自分、この価値観を認めろと。
不安だっていいじゃないか、と。
どこかでそんなニュアンスを感じとっていたのだ。
ウノウはサノーとは違って、取り繕ったり、いかにも正論らしい理屈で思考を閉じ込めたりしなかった。
サノーは、ウノウの不器用さを少し羨ましく思った。
あの日からしばらく経って、いつしかサノーは不安を受け止めるようになった。
「いい大人が、馬鹿らしい」と自分を揶揄しながら、そんな自分の本能を受け入れた。
「不安でいい。」
その肯定こそが、不安を捨てる一番の近道なのだと知った。
あの対談も、結局“面白くない”という理由でボツになったが、サノーにとってはとても面白く、意味のある出会いだった。

サノーがウノウに会うのはあの日以来。
サノーはウノウの家で初めてソソカと会った。
ソソカに促され家の中に通されたサノーは、ウノウの姿を見るなり、おんおんと泣き出した。そうして、
「ウノウ。僕は君と、もう一度やり合いたいよ。酒の一杯でも飲もうよ。頼むよ。ウノウ、僕は不安だよ。君がいないこの世界は、不安だよ」
とすがりつくようにしてウノウを抱きしめた。
ウノウはケラケラ笑いながら答えた。
「サノーさん。ずいぶん久しぶりじゃないですか。しかしその口ぶりはなんです?まるで私が今すぐにでも死ぬかのようだ。私はまだ死んでませんよ。あはははは。死んでから泣いてくださいよ。不安も愛も捨てた貴女様には涙はなんだか不似合いだ」
サノーは、そうか、そうか、と涙を拭いながら言った。
「ごめん。ごめんよ。ウノウ君、僕はね、もうすっかり変わってしまったよ。あの日君は“ありのままでは愛されないのか”と僕に聞いたね。僕はね、ありのままの君を見たあの日、本当に不快な思いをした。でも、少しね、自分を許せた気がしたんだ。君はこう言いたかったんだろ?“不安だっていいじゃない”って。あれからずいぶん経って、僕はね、変わったよ。いいのか悪いのか、変わってしまった。だけど僕は、こんな自分をも愛しているよ。可笑しいよ。あの日から、時々君のことを思い出すんだ。ウノウ、どうやら僕は、自分のことも君のことも、とても大切で、大好きなようだ」
ウノウはまたケラケラ笑って言った。
「私も、変わりました。変わる、ということも、あるがままの一つですね。だけど、私、少しそんな自分がイヤだな」
「どうしてだい?」
「貴女様が、私の命に不安を抱いてくれてることが、嬉しいんです。それなのに、一方では、貴女様に自分のせいで不安を与えてしまっていることが苦しいんです。だけどやっぱりどうしても嬉しくて、ほら、涙が出てきました」
「いい大人が二人して泣いてるなんて、なんだか子供じみているぞ。どうしようもないな、僕たちは」
「ほんとです。僕たちは、どうしようもない子供ですね」
そう言って、二人は泣いて笑った。

二人の姿を、眉間に皺を寄せて見ていた一人の女。
無論ソソカである。
ソソカは、無垢に笑い、泣いている二人の姿を目の当たりにしても、決して心を動かされたりしなかった。
むしろその目は蔑みの影を含み、
「まあ、はしたない。期待って、つくづくみっともないわ」
とでも言うようだった。


ブレない強さが鈍感さに変わる前に。
ブレて揺れて震えてなんぼ。
それでいい。
心臓ドクドク。
心もね。
ブレブレ、ヨロヨロ、フラフラ、ズキズキ、ザワザワ、イライラ、ドキドキ、ブルブル、シクシク、ビクビク
エンジン音なら選び放題
ワクワク、ウキウキ
そんなのもある
ナデナデ、ヨシヨシ
は贈り物用
いずれにしたって振動は必要
エンジンかけなきゃ進まない。


おわり

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2014-04-21 21:20:23

オアシス

テーマ:ブログ
メルマ旬報より
結構初期の文章です



『オアシス』


「オアシス」というファミレスがあった。
そのファミレスは、私の地元のほうではそこそこ大きな街にある、小さくて古びたデパートの最上階にあった。
年に数回、私達家族はそこに行ってお昼ごはんを食べた。
私はいつも海老グラタンを頼んでいた。
「グラタンとかドリアは少し時間がかかるけどいいの?」と、母はいつも言った。
私は「いいよ」と言って、注文した
ご馳走の海老グラタンが来るやいなや、ふぅふぅしながらも勢いよく頬張っていた。
両親と姉と四人の時もあれば、母と姉と私の三人の時もあるし、中学生くらいになってから、母と二人きりで来たこともあったと思う。
とにかく母が、いつもいた。
小学生の時のファミレスは、無駄に楽しい。
会計の時、私は姉と店の外に出て、ガラスケースの中の食品サンプルを眺めたり、向かいにあるガチャガチャを眺めたりして、会計が終わった母が出てくると、ガチャガチャをねだった。
私がガチャガチャの中で特に好きだったのは、スリンキーというものだった。
針金をコイル状に巻いてあるもので、それを階段などに置くと芋虫のようにビヨーンビヨーンとスプリングのように伸縮しながら階段を下りていく地味なものだったが、それのシャーンシャーンと鳴る音が大好きで、それを買ってもらえると、私はすっかりご満悦なのだった。

高校を卒業して一年後、19才の時に上京した。
色々あって、逃げるようにして栃木から出た。
当時グラビアアイドルだった私は、海外のロケから日本に帰ってくると、そのまま渡されていた鍵を持って、渋谷区にある知らない部屋に住むことになった。
見慣れない家具の中に、見慣れた服や生活道具が入っていた。
海外に立ったその日まで栃木にあったはずのもの達だった。
母が、引っ越しを全部済ませてくれていた。
あっけなく、寂しい上京だった。

二十歳になる少し前、ストレスで過呼吸を起こすようになった。
母への遅い反抗期が始まったのは、この頃だった。
時々、「うるさいなぁ!」と声を荒げたり、平然とした口調で「私はプロだから、親が死んでも仕事があれば葬式には行かない」などとひどいことを言える残酷なコドモだった。
母は、私を東京の病院へ連れて行った。
ストレスからくる過呼吸。
私は、自覚がなかった。
病院からの帰り道、母は言った。
「みーちゃん。帰ってきてもいいかんね。」

私は、女優になりたかった。
だから帰れなかった。
母は、月に何度も東京にやってきた。
私は、友達がいないこととストレスを武器に、母にすべてをぶつけた。
時には私の行き過ぎた傍若無人ぶりにさすがの母も怒って、帰ったりすることもあった。
それでも私は、自分が正しくて、のろまな母を憎らしいとさえ思っていた。
一言、言えたら良かったんだ。
でもどうしても、言えなかった「ツライや」。
どうしても言えなかった。
母に対するあれこれは、今思い出してもゾッとする。
ある映画で、自分で自分を撲殺するシーンを観たことがある。
かなり嘘くさいシーンだが、私は、当時のことを思い出せば、いつだって自分を撲殺できてしまうと思う。
それくらい、あの頃の自分に怒りと恥ずかしさを感じ、呪っている。

一昨年くらいだったか、お正月に実家に帰った時、母と二人きりで話す機会があった。
母に「10年以上ずっと謝れなくて、ごめんなさい」と謝った。
母は、当時のある日、東京にある私の部屋を訪ねるやいなや、私に「迷惑なんだよ!」と怒鳴られて、傷ついて、新宿の高島屋まで行って、外のベンチに座って泣いたことが心に残っていると言った。

二十歳頃の私と会ったことがある人は、私が当時どれだけ真面目で、どれだけ大人しくて、どれだけ「いい子」だったか知っていると思う。
一言、誰かに言えたらよかった。
「ツラいや。」
それだけなのに。

でも私は、その数年後の休業期間中、二十歳の頃とは比べものにならないくらいのツラい経験をした。
そしてその時、ツラいや、と言える人を見つけた。
そして、更に数年経ってその人がいなくなった。
たぶん今の私は、またツラいやが言えない人になっている。
でも、そりゃそうだとも思う。
言葉に出すことも大切だけど、出さなくてもいい時もある。
だって私は、どんなことがあっても、あの頃よりはツラくない。
それは、私の強みだから。
とて所詮は「きっと」。
それでもいい。

そういえば、母に謝った次の日、母が買い物について来て、と言った。
私たちは、例の地元ではそこそこ大きな街の新しく出来たデパートに行った。
そして、そこにあるレストランで、二人でお昼ごはんを食べた。
帰りに、「オアシス」が入っていたデパートの跡地が視界に入った。
ああ、そういうことか、と思った。

言葉に出さなくてもいい時がある。
私はこの母の娘だと、実感した。
母の言葉に出さない優しさに、心の中でありがとうと答えた。

大事なことを書き忘れた。
母は、外食が大嫌いだ。


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2014-04-21 21:16:39

PRIDE

テーマ:ブログ
メルマ旬報より
『君じゃない。』から数ヶ月後に書いた文章です




『PRIDE』



「ある尊敬している友人」というワードをこれまでに何度書いてきただろう。
2009年に再開したアメブロ。
そこで私は何度も何度も現在形でその人のことを書いて、ある年を境にパタリと書かなくなった。
そしてしばらく経つとまた、何度も何度もその人のことを過去形に変えて書いてきた。
メルマ旬報でも書いてきた。
面白いくらいその人が好きで仕方ない。
そして面白いくらい誰にも、そのことを聞かれない。
友達だけじゃなく、読者にも聞かれたことがない。
聞くことが不謹慎だと感じ取れる心ある人達ばかりで、それは私に、世間は意外と優しいのかもしれないよと教えてくれているようでもあった。
友達も読者も、桜が咲くと教えてくれて、私が「桜はまだか」とtweetすれば、「もう少しだよ」と一斉に返ってくる。
桜を待てた時なんかは、ファン同士が「若菜ちゃんが桜を待てるようになった」と泣いて話し合ってくれるような優しいやりとりを見たこともある。

今日は、唯一私に「ある尊敬している友人」についてダイレクトに聞いてきた、かつての恋人の話をしようと思う。
適度に嘘を交えながらになるけど堪忍くださいな。

「ある尊敬している友人」と、少し前のメルマに書いた「君じゃない。」という記事に出てきた人は、別人だ。
別人というか、そんな人は存在しない。
ある尊敬している友人と、もう一人の男性を混ぜて書いた。
恐らく、過去の私の文章を読んだことがある人は、「君じゃない。」に出てきたその人を「ある尊敬している友人」と受け取ったに違いない。
だけど、実はある尊敬している友人がいなくなったあとに、私は一度、恋愛をした。
「君じゃない。」に出てきたのは、その恋人と、ある尊敬している友人、二人のことだ。

私の心にはいつも、二人の男が存在している。

ある尊敬している友人がいなくなった時、20代の小娘だった私は、二度と恋愛をすることなどないだろうと思っていた。
辛かったからじゃない。
満たされていたからだ。
友人に足りないものは何ひとつなかった。
何ひとつ、だ。
その頃の心境は、後日談として、ブログにて「桜々の涙そうそう」というエントリーに記してある。
一部抜粋する。
2011年4月19日のことだ。

「今の私は、その人からできている。
細胞の1つ1つにまで、その人が入っている。
どんなに密接な関係よりも、私自身がその人になってしまった以上はいつもその人といられるので、むしろよっぽど幸せを感じている。
恋は自分を見て欲しいもの。あるいは愛の枠から少しはみ出しているものだと仮定しよう。
愛は相手が見ているものが自分でなくてもかまわない。同じ方向を見られることで十分幸せなもの。
はみ出したものを押し込まず、面倒くさがらず、自分の枠を大きくしようと思えるもの。
親友が「若菜が恋を求めなくなるなんてね」と笑った。
「その人との記憶をほんの少しずつ食いつぶしていけば、生きていけるんだよ」と言ったら、「めぞん一刻か!!」と突っ込まれて大笑いした。」

当時の私は、自分がめぞん一刻の彼女だとしても、めぞん一刻に出てくるあの男の子が私の前に現れることなどないと思っていた。
しかし、そこに現れたのが、以前メルマ旬報に書いた「君じゃない。」の彼だった。
出会ったその日に愛してる、などと外来語のような違和感を私に正面からぶつけてきた人。

彼は、美しい人だった。

ある日彼は、私に聞いた。
「若菜ちゃんの前の彼、死んじゃったの?」
彼はわざと全身に無垢を纏って、私にそう聞いた。
私はそれが怖い一方で、彼のことを面白い人だなぁと思った。
誰一人として、私にそれを聞く人はいなかったから。
私は聞かれるたび「わからない」と答えた。
彼は、「勝てないよぉ。彼に勝てないよぉ」とごねた後、機嫌を損ねることもなく、また外来語のような違和感のある「愛してる」で私を包んだ。

男は「包容力」を誤解している。
自分には包容力がないなどと嘆く必要も開き直る必要もない。
女は、必ずしも男の余裕や強さに包容されたいわけじゃないのだから。
無垢で優しくて弱くても、食らいついてくるような愛に包容されたような気持ちになることもある。
現に私が、私の鎧に体当たりして、鎧を割ってくる彼の姿を愛おしく思い、なのに何故か包まれて安心したような感覚を得たあの日のように。
例えにならないか。
彼の心はあまりにも大きすぎるから、私に合わせて未熟に分かりやすくぶつかってくれたのかもしれない。

彼は私を一度も疑わなかった。
決して、いなくなった友人を侮辱することもしなかったし、私に友人を忘れることを促したりもしなかった。
彼の心の奥底では、どんな感情の川が流れていたかはわからない。
でも彼は、私が宝物のように大切にしているある尊敬している友人との記憶を尊重してくれて、私の鎧が割れないことを知ると、それを纏ったままの私を丸ごと引き受けてくれた。
「かっこいい鎧着けて、お嬢さんどこいくの?」とでも言うように、彼は私の全てを肯定した。
いつしか私は、時々鎧を脱いだり、装着したり、を繰り返すようになった。
だけど決して、鎧を捨てることはできなかった。
それでもいいと、彼は言った。
私の心の奥底では、どんな感情の川が流れていたか、彼にはわからない。
お互いの川は、お互いに見えない。
私たちの繋がりは、「あなたと私には、川がある」ということを知り、それを“感じ取る”気持ちにあった。

彼が私に要求したことは一つしかない。
「そのままでいて」
それだけだった。

彼はいつも「若菜ちゃんの顔は太陽に似てる」と言った。
陰と陽なら陰。
月と太陽なら月。
私を知る人はみなそんな印象を私に持っていたから、新鮮な意見だった。
もし太陽のように見えるなら、それはある尊敬している友人が太陽みたいな人だったから、その影響が滲んでいるだけだろう。
私は、「あんなに元気じゃないよ」と言った。
すると彼は「太陽だって、いつも元気なわけじゃないよ。雲に隠れるときもあるし、沈むときは顔を真っ赤にして泣いてるように見えることだってあるでしょ。でも、太陽が笑うと、やっぱり俺は嬉しい気持ちになっちゃうんだ」と言った。
私はただ、嬉しかった。

そして彼の口癖は「守って」だった。
それは、要求ではない。
少なくとも私にとっては。
「守って」という言葉は、私にとって最上級の「許可」で、それは「次の恋をしてもいい」という許可でもあった。

余談だが、たくさんの友人から「人に対する力の貸し方が、普通じゃない」と言われる。
それは、私を讃えているわけではなく、「それが怖い」というのだ。
他人のために死んでも構わない、という覚悟が見えて「若菜が死ぬ」といつも思うのだと。
そこに異論はない。
ある尊敬している友人がいなくなってからの私は、誰かが困っていれば、友達はもちろん、ちょっとした知り合いでも飛んでいくし、震災の時は、貯金を全額寄付して一文無しになったりもした。
私の心はいつも「私の命を、誰かにあげたい」だった。
過去の記憶を食いつぶして生きている私には、「明日」はさして重要ではなかったのだろう。
偽善かもしれない。
だけど私は、貫けば、偽善もいつか善になる、と疑わない。
偽の字を死ぬまで隠せば、それは善になると思っている。
そして私は、それが自分にはできると信じている。
だから彼が、太陽に私を見立て、守って、と促してくれたことに、私は報われた。
かつてある尊敬している友人が磨いてまんまるにしてくれた「私」は、友人と一体のマルになった。
そのマルを、友人ごと包んでくれた彼がいて、私は二重マルになった。
二重マルは、天気記号では「曇り」だ。
雲隠れするように、誰に秘密を打ち明けるでもなくひっそりと彼に包まれていた私。
キラキラの太陽にはなかった雲の柔らかさを、私は愛おしく思った。
二度と恋愛などできやしないと思っていた私の元にやってきたふわふわの雲のような、天使のように美しい彼と出逢えてよかった。
一生のうちに、大恋愛を二度もした私は、満たされている。
恋愛に望むものはもうない。
だけど、もし万が一、二重マルの私をさらに包んでくれる勇者が現れたなら、その時私は、二重マルから、花マルな女になれるのかもしれない。
だけど、そんなことは求めない。
たぶん私は、世界で最高の恋愛を二度も経験できてしまったから。
それは奇跡のような経験だったから。
じゅうぶんだ。

今日も一つ、記憶を食いつぶした。
私は明日も記憶を一つ、食いつぶすだろう。
それはとても幸せなことなんだよ。

テレビから今井美樹さんのPRIDEが流れてきた。
うん、まったくそんな感じよ。
ただ二人いるけどね。
気が多くてごめんなさい。
だけど今は、二人への愛こそが、私のプライド
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