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2014-04-28 00:00:58

くよくよしたって始まる!後編

テーマ:ブログ

「おさむさんなら大丈夫!」

舞台出演をするか悩んでいた時、たくさんの人に相談したら、全員そう言った。
全員だ。

かつて舞台降板をし、一年休業。
復帰しても、仕事がなかった。
降板前は、ゴールデンの連ドラの主役の話も来ていて絶好調で、私はひどい天狗だった。
しかし復帰してからは、仕事がなくなった。
ホステスB。
ようやく掴んだ仕事が、それだった。
プライドがズタズタに切り裂かれた。
死にたくなった。
休業中、闘病で死にかけていたところから這い上がってきたのに、這い上がってきたところには、私の居場所はなかった。
なんのために必死に這い上がってきたのか、わからなくなった。

落ちぶれた。

這い上がってきたのに落ちぶれた。
深海魚のように、ひっそりとそのまま生きてればよかったかな、と思った。
休業中より、休業があけてからのほうが、よっぽど辛かった。
ホステスBをやっているとき、控え室で、「ドラマの話がやっときたよ」とマネージャーからプロットを渡された。
男女四人の話。
そのメイン四人の一人として、オファーがきたという。
「今の私をメインどころにキャスティングする人いるんだ…」
嬉しくて、プロットを抱きしめた。
そのプロットに書かれていた文字。

「脚本 鈴木おさむ」。

私のキャスティングは、おさむさんがしてくれたものだった。


数年後。
今度はおさむさん脚本作品の連ドラに出させていただいた。
打ち上げで、30秒くらいしか話す時間がなかったのに、おさむさんは急いで連絡先をバッと紙に書いて私に渡してくれた。
「とりあえず!とりあえず!」と。
そして、後日メールをすると、間も無く、おさむさんからの返信。
そこには「酒井若菜という女優がもったいない」という内容が書かれていた。
「いつか一緒にまた仕事しましょうね」と。
「いつか」、なんて信用しない。
だけど、「もったいない」という言葉がやけに刺さって、嬉しかった。


そして来た「いつか」。
今までなら、迷うことなく舞台の依頼はスルーしてきた。
だけど今回の舞台「イケナイコトカイ?」は迷った。
「おさむさんなら迷うんだ、私」と思った。
迷える、というのは幸せなことだ。
おさむさんはまた「もったいない」と私に言った。
やっぱり嬉しかった。
でも私は迷っていた。
おさむさんは「断りにくいと思わせてたらごめんね」「無理だけはしないでね」「気を遣わせてたらごめんなさい」「全然忘れてもらっていいから」と、決して無理強いしなかった。
無責任に「やりましょう!トラウマ?関係ねぇよ!」とは絶対言わなかった。
それが面白かった。
そして、たくさんの人の「おさむさんなら大丈夫!」という言葉に後押しされて、出演を決めた。
すると、おさむさんは「絶対後悔させません!」「裏切りません!」「酒井さんの中に曇ってるものが晴れますように!そうさせます!」「やってよかった!と思ってもらうものにします!そうさせます!」と、私の荷物を預かってくれた。

舞台の初日、私がちょうどいい感じの窓(?)から飛び降りてないか確認しに来てくれたとき、おさむさんは言った。
「何かあったら、僕が責任とります!だから大丈夫です!」
カッコイイな。

ちなみに、この舞台「イケナイコトカイ?」の後半の台本は、結構本番の直前に出来上がったのだが、後半で、私が演じる近藤美月がトラウマを告白するシーンがある。
近藤美月は、奈落の底に突き落とされ、這い上がってきた女だ。
そして、人を救うことでしか生きられなくなってしまった女だ。
これは、完全なる私への当て書きだった。
おさむさんは、私を通して近藤美月を書いたのではなく、近藤美月を通して酒井若菜を書いてくださった。
舞台の上で、私のトラウマを「台詞」という形で表現してくださった。
私が最後まで台詞がうろ覚えだった部分は、まさにそのクライマックスの独白シーンだった。
一番大切なシーンだが、そこにピントを合わせたら、心が持たない。
だから、最後まで覚えなかった。
そして、おさむさんは、美月に対し、最高の報いをそこに足してくれた。
私にはなかった報い。
嬉しかった。

私は、おさむさんが作るバラエティ番組が大好きだ。
よく、ライトタッチなドラマや、コメディを作っている人が、たまに映画や舞台でシリアスな重い作品を作ると、「本当にやりたいのはこういうのなんだよね」などとちょっと鋭い感じの誰かに言われて、満更でもない表情をしているのを見たりする。
私はその度、少しがっかりする。

今回私が出た「イケナイコトカイ?」は、超絶重いシリアスな話。
おさむさんの前作「美幸」もかなり重いシリアスな話だったが、私はおさむさんの重い作品に触れるたび思う。
おさむさんは選んでバラエティをやっている、と。
「だから笑いが好きなんだ!」と、選んでバラエティをやっているのが分かるのだ。

痛みも辛さも知っている。
おさむさんがこういう重い作品を作るのは、恐らく逆説だ。

「だから笑いが必要なんだ!」

憶測に過ぎないが、鈴木おさむという人は、いつだってそう言っているように、私には見える。

そうじゃなきゃ、私の重たい荷物を一緒に背負って、笑いあったりしない。
いや、正確には、一緒には背負っていない。
おさむさんは、「悲しみは半分、喜びは二倍」なんて嘘だ、ということを知っている。
八年半の痛みは私にしか分かり得ない。
おさむさんは私の痛みや悲しみを一緒に背負えないことを知っている。
だからおさむさんは、私には持ちようのない、おさむさんだけが持てるありったけの痛みを抱き、脚本を書いた。
私の八年半に匹敵するくらいの重い荷物を背負って。
その上で、私の背中をさすり続けた。
感覚の話。

「おさむさんなら大丈夫!」
この言葉の意味が、今はよく分かるんだ。


酒井若菜です。
克服しました。
私は身を持って証明したかった。
「くよくよしたってはじまる!」
って。
この中途半端な女優の復帰劇が、僭越ながら誰かの希望になりますように。

そして、今回、未熟な私に力を分けてくださった数々の皆さんに心から感謝致します。
ありがとうございました。

そして、このスローガンをお裾分けしてくださった水道橋博士編集長へ、心からの感謝を。


くよくよしたってはじまる!
ね。ほんとだよ。


ごきげんよう



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2014-04-27 23:54:19

くよくよしたって始まる!前編

テーマ:ブログ

水道橋博士のメルマ旬報より
先月、舞台復帰致しました。
その際に書いた文章です。
このブログでは、これまでに10年越しの物語として、「テリー伊藤さん」「水道橋博士さん」とお二方のことを書かせていただいたことがありました。
その二つのエントリーは、私のブログの代名詞となっています。
今回、後編で「鈴木おさむさん」を書かせていただきました。
私の中では、今回で三部作です。

この文章を書く上では、メルマ旬報の博士さんが書いてくださった「著者紹介」が必要でしたので、それも引用させていただきました。
皆様にお読みいただきたく存じます。
メルマ用に書いた文章に加筆修正したものですので、ブログの書き下ろしではありませんが、ご了承ください。


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酒井若菜の『くよくよしたって始まる!』

【博士による著者紹介】

彼女が10代の時に知り合ったが、当時から煩悩と希望を大きな胸に秘めた小娘。
大女優のキャリアを刻みながらも文章家であることを知ったのは、つい最近のこと。
テリー伊藤さんを描いたBLOGの一文に心打たれた。ボクが描いた『藝人春秋』のテリー伊藤の章とは大違い(笑)文章でしか描けない悶々たる心象風景の乙女心よ!
単行本『心がおぼつかない夜に』にボクは帯文を捧げた。
「くよくよしたって始まる」――。
それはボク自身の人生のスローガンのお裾分けだった。

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『イケナイコトカイ?』


くよくよしたってはじまった。


舞台「イケナイコトカイ?」
無事千秋楽を迎えることができた。
台本は半分しかできていないまま、毎日夜から朝方まで稽古。
稽古が始まって一週間で、体重が6キロ落ちた。
元々体が弱い。
昨夏は、ドラマや映画の現場で何度も貧血を起こし、撮影を中断した。
5分まともに真っ直ぐ立っていられない。

生活リズムの変化と、体重の落ち方に、私は、貧血がいつくるか、と思っていた。
でも結局、一度も貧血にならなかった。
これは驚いた。
代わりに、想定外だった腰痛が日に日にひどくなったけど…。

稽古も楽しくできた。
普段、映像の仕事をする時とは違う自分で臨んだからかもしれない。
私は普段、女の割りには序列や規律にうるさいし、基本的に頼られる側に立つことが圧倒的に多い。
普段の私なら仕事場で「教えてください」「不安」「怖い」など、口にしない。
今回は、そういうことを取り払って、まな板の上の鯉、ならぬ、まな板の上のカエル、なテンションで、鈴木おさむさんやスタッフキャストに身を預け、バカみたいにヘラヘラしながら「不安~」「怖いよぉ~」と言葉に出していた。
かつての自分が最も出来なかったことである。
かつての失敗の根源は、体調不良はもちろんだが、それ以外では、歌でも演技でもなく、自分への過信、だったから。
人に頼れない。
体調不良さえ言えなかった。
それが根源。
だからそこからやめてみた。

稽古場での稽古は、本当に楽しいまま終わった。

本番前日。
劇場入りした。
しかも演劇の聖地、本多劇場。
感慨深かった。
初めて観る舞台セット。
劇場で感じる初めての音響や照明の効果。
稽古とは全然違う世界がそこにあった。
無論みんなはそれを想定した稽古をしていたのだと思うが、如何せん初舞台の私は、効果音や光が、こんなに芝居に作用するのか、と面食らった。
そして、八年前のことがここに来て一気によみがえってきた。
「やっぱりできない、私」

“やっぱり”。

自分に「やっぱり」と思ってしまったことが悲しかった。
以前ブログに書いたことがあるが、当時の降板に置いて、最も傷ついた言葉が、「やっぱり」だった。
「グラビア上がりが女優気取ってると、やっぱり」「初舞台でミュージカルの主演をやるなんて思い上がってるから、やっぱり」そんな容赦のない言葉が、一番悲しかった。

劇場での稽古が終わった瞬間、ロバートの秋山くんに「できないできないできない」と駆け寄って小声で言ったら、「いやいや大丈夫っすよ」と笑っていた。
パッと振り返ったら、楽屋に帰ろうとしていた主演の松岡充さんが目に入った。
私は追いかけて、舞台袖で松岡さんの背中にしがみついて「できないできないできない」と小声で言った。
松岡さんは、近くにある椅子に私を座らせ、その前にしゃがみ込むと、私の手を取って、「何が怖くなったの?」から聞き始めてくれて、最後に「大丈夫だよ」と言った。
しばらく話してから立ち上がり、二人で楽屋のほうに帰ると、秋山くんが楽屋から出てきた。
あとから聞いた話だが、秋山くんも心配してくれていたらしい。
「大丈夫」と、二人に山ほど励ましてもらって、帰宅した。

ちなみにこの段階で、台詞はまだうろ覚えだった。
でも稽古は楽しかったし、この仲間なら本番もなんとかなるだろうともどこかで思っていた。
が、音響や光にこんなにドキッとしてしまうとは思いもよらず。
普通の舞台は、劇場入りは本番の二、三日前からやるらしいのだが、今回はその数時間だけしかなかった上、出演者四人のうちの一人、平田裕一郎くんがこれず、ほぼぶっつけ本番で初舞台を迎えることになった。

家で台本を読んでいたら、逃げ出したくなって泣いた。
正直に言うと、今回は、ほんの少しだけ、二度目の降板を期待していた。
「二回連続で舞台降板をしたら、さすがに潔く芸能界自体を諦める」と。
その覚悟もあっての舞台再挑戦だった。

電話が鳴っていた。
出なかった。
また鳴った。
出なかったけど、電話を見た。
かつて、助けてあげたくてたまらなかった宝物のような先輩からの着信だった。
メールも来ていた。
メールに「電話でれる?」と書いてあった。
「うん」と返信したら、すぐにまた電話が鳴った。

“やっぱり”のことを話すと、先輩は、「昔の酒井若菜じゃないんだよ」と言った。
そして、
「自分ができる練習はちゃんとしたんだから大丈夫」って。
「やる!って決めた時点で前より進んでる」「本番前日まできた時点でさらに進んでる」って。
「楽に、楽に」って。

「はいはいやりまーす!よろしくお願いしまーす!ができるんじゃ、復帰に挑戦する意味ないよ」って。
「怖くて出来ない。をやりにいくんだ」って。

ああ。そうだった。
はいはいやりまーす!よろしくお願いしまーす!を保とうとしてた自分に気がついた。
私は、怖くてできない、をやりにいく。
そう思ったら、心が軽くなって、泣き止んだ。
そしてその先輩は、芸人さんなのだが、「何かあったら秋山を見れば助けてくれる!」と断言した。
「芸人は、アクシデントやハプニングを山ほど越えてきてる。何かあったら必ず芸人は助けてくれるよ。そういうもんやで、芸人って」。

初日。
マネージャーが遅刻して、入り時間に遅れた。
おさむさんは秋山くんに「酒井さんがこないまま舞台始まったら、一人コントで繋いでね」とすでに話していたそうで、秋山くんもそれを了承していたそうだ。
本多劇場に着くと、みんなが「きたぁ!よかったぁ!」と言っていた。
いやいや、私のメンタルで遅刻したわけじゃないから、と苦笑いしつつ、秋山くんに、「何かあったら秋山くんのこと見ていい?」と言った。
秋山くんは「もちろんっすよ。見てください。何とでもしますよ。」と言った。

通し稽古が終わった。
舞台上でワタワタしている私のところに、3人が寄ってきてくれた。
秋山くんが「稽古と一緒っす。稽古んときみたいに、松岡さんと俺と平田くんだけを見れば、少し落ち着きません?」と言った。
松岡さんが「そうだよ。俺らだけ見ればいいよ」と言った。
平田くんが、ニッコリ見守ってくれてた。

ゲネプロ。
客は関係者だが、人前で初めての芝居。
舞台袖で、松岡さんが私の前にまたしゃがみ込み、「いいのいいの、ゲネプロなんだから、楽にさ、一回やってみよ~って感じでやってみようよ」と言った。
秋山くんに言われた通り、稽古を思い出して、松岡さんと秋山くんと平田くんだけを見てやったら、集中できて、いつもの顔をしている3人の表情、存在に、安心した。
ふと、3人を見ていたら「仲間だ!」と突然思って泣きそうになった。
舞台の上では四人の世界に戻れた。
無事終わった。

その後、いよいよ本番。
本番前、おさむさんが楽屋に来た。
「あー居てよかったぁ。窓がちょうどいい感じだったんで。」
と言った。
聞けば、私が窓から飛び降りてるんじゃないかと思って心配してきてくれたらしい。笑
ちょうどいい感じの窓、って。笑
思わず笑ってしまった。

いよいよ本番。
私は、一番奥の楽屋なので、みんなの楽屋の前を通る。
ここからは、最終日までの恒例会話。

平田くんににっこり出迎えられる。
秋山くんも出てきて「酒井さん、なんちゅう顔しとるんですか」。
笑うみんな。
「緊張する…」と私。
「大丈夫っす。繋ぎます」と秋山くん。
にっこり平田くん。

二人は下手スタンバイ。
松岡さんと私は上手スタンバイ。
なので、いつも私は二人の顔を見てから袖につく。
たまに二人の楽屋をスルーしようとすると、平田くんが「秋山さん!酒井さん行っちゃいます!」と言って、秋山くんを呼んでくれる。
そうすると秋山くんがタタタッと楽屋から出てきてくれて、恒例会話。
これには助けられた!
みんなに、緊張や不安が顔や芝居に出ない、と言われるので、大袈裟に緊張した顔を作ってみたりしたこともあった。

話は前後するが、初日。
そんな会話のあと、上手に行ったら、すでに松岡さんがスタンバイしていて、ぎゅーーーっとしてくれた。
そしてまた私を椅子に座らせ、しゃがみ込み、「大丈夫」と。
初日だけ、秋山くんが突然本番二分前に上手側まできて、「よろしくお願いします!何かあったら、(目を)見てください」と言って、私の背中をトントンして去っていった。
ついさっき、おさむさんに「大丈夫っす!いきましょう!」とトン!と押してもらえた背中。
みんなに触れてもらえた。
幸せだと思った。

そして、初日を終えた。
ちょっと噛んだりはしたが、台詞が飛んだり、うろ覚えのところを詰まったりすることはなかった。
本番には強い、とは自他共に認めるところだが、我ながら、奇跡だと思った。
1日3回やるにはしんどすぎる内容の舞台。
終演後、舞台裏で隠れるようにして松岡さんがしゃがみ込んでいるのを見つけた。
秋山くんと平田くんと3人で近づくと、松岡さんは顔をあげて、途端ににっこり微笑んだ。
そして、「3回はくるねー」と微笑んだまま言っていたが、その目は潤んでいて、それに気づいた私たちは「そうですね」としか言えなかった。
もどかしかったが、そうですね、しか言えないことも、仲間だからこそだと思った。
初日のお客さんとして、妹のような早見あかりちゃんや友人の小橋めぐみちゃん、ヒミキヨノちゃんも来てくれた。
あかりちゃんは、舞台観劇自体が初めてだそうで、初の観劇が私の初舞台なんて、なんだか不思議で光栄で、嬉しかった。
めぐちゃんは女神。出演を決めてからの私を具体的に支えてくれたし、この日も、私に何かあった時のために、一日予定を空けてくれていた。
キヨノちゃんは、泣いちゃった。
実は最後の最後の最後、「今ここでマネージャーさんに“やる”ってメールしなさい!」と言ったのは彼女だった。
二人が初日に来てくれたのが、嬉しかった。
今田耕司さんが「怪物や!」と言って帰られたのが、少し自信になった。

ずっと迎えたかった「初日」。
やっと。
やっと迎えることができた。
カーテンコールで感極まった。

くよくよしたってはじまる!

あのスタンディングオベーションの光景は、永遠に忘れない。


二日目。
夜公演のみだが、初日ができたのが奇跡だった上、日頃から支えてくれている人や、今回舞台再挑戦への最後の後押しをしてくれた人、それからお偉いさん達、とにかくすごい人がたくさんくる。
そして、二日目落ち、と言って、初日の緊張感から解放されて、油断してボロボロになる、という演劇用語も予め聞いていたため、心臓が取れるかと思った。
しかも、松岡さんが体調を崩された。
ちょっとした変更もぶっつけでやることに。
しかし、私が緊張感から解放されるわけもなく、幸い二日目落ちはないまま無事終了。
松岡さん、立ってるだけでも辛かったはず。
凄かった!
この日は、西原亜希ちゃんはじめ、沢山の友人、関係者が来てくれた。
オードリーの若林くんが来てくれたのも嬉しかった。
若林くんも、今回の稽古中、ずっと励ましてくれていた。
舞台出演のきっかけの一つに、おさむさん作、舞台「芸人交換日記」を見たこともあったし、なにより彼は、日頃から完全に私になつかれていて、頻度的に一番舞台稽古の経過報告をしていたのは若林くんだったし、彼もまたそれに応えてくれていた。
終演後、お父さんみたいに優しい言葉をいくつもくれて、そこでようやく私は安堵した。
ほぐれた。
30歳を過ぎて、同世代で、異性で、こういう友達ができるなんて思わなかった。
嬉しかった。

三日目。
今日から2回公演。
腰がヤバイので、朝から治療院へ。
腰を心配してくれた治療院のかたの配慮で、1時間も早く開院してくれ、2人がかりで鍼マッサージ。
本当に、色々な人に助けられていると実感。

腰は痛いが、舞台自体の緊張感からはだいぶ解放されてきた。
いやはやしかし、毎度のスタンディングオベーション。
無論ちょっとした差はあるが。
初舞台だもんで、そういうものなのかと思っていたが、普通はスタンディングオベーションは最終日だけ、あるいは最終日と初日だけ、っていうのが基本だそうで、今回ほとんどの回がスタンディングオベーションっていうのは特殊なのだそうだ。それを聞いて安心。
というか、すごいな。
昼公演後。
臼田あさ美ちゃんや能世あんなちゃんと、美女に囲まれご満悦。
他にも友達たっくさん。
もらい泣き。
夜公演後。
メルマ仲間のサンボマスター山口さんが来てくれた。
「サ、サンボマスター!!」と、山口さんが帰られたあと、楽屋近辺からどよめきが起こった。
鼻高くなっちゃったよね、私。
ありがとう、山口さん。
おさむさん関連でいらしてた初めましての芸人さん達が、わざわざ私のところまで来て挨拶をしてくださって、恐縮した。
いつもテレビでみている人ばかりだったから、開演前に私に情報が入ってこなくてよかった。
緊張しちゃうよ。


最終日。
2回公演。
今日が終わったら、8年半のトラウマから解放される。
腰がヤバイので、朝から1日中マッサージ師のかたに出張してもらった。
朝、舞台上でみんなで軽く練習をしていたら、突然のえづきと目眩。
立ってられなくなった。
稽古から含めて初めての体調不良。
今。。。?
やめてよ。
恐れていた貧血ではない。
確実に違う。
ぐるぐる目が回って気持ち悪くなってしまった。
途中で楽屋へ。
メンタルから来るものだったのは言わずもがな。
一応書いておくが、初日からここまではなんだかんだでずっとヘラヘラしていた。
やりたくない!という思いには一度もなってない。
ここで初めて、笑う余裕と、何故か緊張する余裕もなくなった。

ギリギリまで横になって、昼公演。
みんな心配してくれたからか、トチリ連続だったが、面白い上がりになった。
そして終了。
「酒井さんだけ普通にできるってどういうことっすか。でもよかったですね」と秋山くん。
「酒井さん大丈夫だったじゃないですか!すごいですよ!あーよかったぁ!」と平田くん。
「むしろ俺がだめだったぁ。ごめんね」と松岡さん。
私の顔の血色、サインを見逃さないようにフォローしてくれようとしたからなのに、みんな優しい。
というか、松岡さんはまだまだめちゃくちゃ体調が悪いはず。
それどころか体調は悪化されているようだ。
なのに…
はぁ~
優しすぎる…。
でも、私はこの回の台詞がかち合っちゃう感じ、生々しくてすごく好きだった。
メルマ仲間の木村綾子ちゃんが来てくれたが、咳が止まらないとのことで会うことはできず。
体調がよくないのに来てくれた上、プレゼントまで。
ありがとう、綾子ちゃん。
そして、磯山さやかちゃんも来てくれた。さやかちゃんがあまりにもボロボロ泣くので、もらい泣き。
後輩だが、母親ばりの号泣にほっこり。
地元の友人も来てくれた。
彼女も号泣。
幸せだった。


夜公演。
千秋楽。

母や佐津川愛美ちゃん、竹中直人さんも来てくれる。
ギリギリまで横になって、完全復活!
最後は絶対キメる!!
もう声がなくなっても、ぎっくり腰になってもいい!!
この日のために、私はずっと生きてきた。
8年半の全部をぶつける。
これまでの5公演の本番のうちに、うろ覚えだった台詞も完全に入った。

私は私を救いたい。
トラウマから解放してあげたい。

秋山くんと平田くんと恒例会話をした後、舞台袖でスタンバイ。
松岡さんと握手を交わす。
スタッフからの続々のエール。
みんな大好き。

オープニング。
岡村靖幸さんが歌う「太陽の破片」が流れる。
幕があいた。
2時間後には、私は絶対報われている!
心の中で毎日言っていた言葉を、小さく声に出して言った。

「くよくよしたって、はじまる!」

そして私は舞台に上がった。
出演者の芝居も、今までとはまた感触が違う。
みんな、出し切ってる。
個々のエネルギーが伝染しあって、相乗効果を感じる。

結果。
私的には稽古から含め、今までで最もいい出来になった。
私も、初めて完璧にできた。
完璧だったと思う。
泣いちゃうよ。
8年半分だもの。
お客様に頭を下げて、袖にはけて、嗚咽出るくらい泣いちゃう。

カーテンコールに出る時、おさむさんが松岡さんに何かを耳打ちしていた。
二度目だか三度目だかのカーテンコールの時、松岡さんが突然、私のこれまでの経緯を話し始めた。
そして、私も挨拶するようにと促してくれた。
おさむさんの耳打ちの正体。

「カーテンコールまでが舞台」

いつだったか誰かからそう聞いた。
その時間を、私に与えてくれた。
嬉しかった。


こうして私は、トラウマを克服した。
怖かった。怖かった。
生きててよかった。






後編へ続く



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2014-04-21 21:26:17

ソソカ

テーマ:ブログ
メルマ旬報より
割と最近の創作です


『ソソカ』


その昔、「本音でしか話さない男」と呼ばれる男がいた。
男の噂は誰もが知っていたが、その誰もが、男の噂をどうやって耳にしたのかと思い返すと、はてさてどうにも思い出せない。
誰もが男を知っているのに、誰もが何故自分が男を知っているのか、憶えていなかった。
今では、その男の話をする者は、もはやいなかった。
かつては、新聞社やテレビがこぞって男の元を訪ねたという。
しかし、どの新聞社もテレビ番組も、その男についての記事を載せることも番組を放送することもしなかった。
理由は二つ。
一つは、男の本音には、記事や番組にできるような可愛げがなかったから。
一つは、期待したほど面白くなかったから。
どんなに旺盛な好奇心を持って男に会ってみようとも、ひとたび男を目の前にすると、「なんだ、こんなもんか。それほどでもないな」と落胆してしまう。
男と会った新聞記者は、男について言葉を紡ぐことをやめ、テレビマンは、取材したテープを二度と再生しなかった。
男にも誰にも、どうして男の噂が流布され認識されているのか分からなかった。
不思議な話である。
男の名を、ウノウという。

時を同じくして、もう一人、世間の誰もが知る男がいた。
その男はこう呼ばれていた。
「不安を捨てた男」。
名前はサノー。
サノーは本能で不安を捨てたわけではなく、その思考を推進しているだけの、凡人だった。
サノーは自分を自ら宣伝し、噂を広め、認知度を得た男だった。
サノーは、一度だけウノウと会ったことがあった。
まだウノウの元へ取材が殺到していた頃だ。
サノーとウノウの対談が、新聞社によって企画されたのだ。
サノーはウノウの自宅へ会いに行った。
サノーは、ウノウを一目見るなり、「なにかがイヤだ」と思ったが、如何せん“不安”という概念を捨てているものだから、その感情は断ち切って対談に臨んだ。
ウノウは突拍子もなく言った。
「あのー、すみませんけど、私を愛してくださいませんか?貴方様には不安がないのでしょう?ならば、貴方様だけは、私を愛せるかもしれない。私の存在に不安を抱くこともなく、むしろ誰よりも純粋に、愛していただけるのではないかと思うのですが、いかがです?」
サノーはこう答えた。
「ウノウ君。僕はね、そもそも愛なんて概念があることが馬鹿らしいと思うのね。不安っていうのはね、愛もどきが起こす“作用”なのよ。その根源である愛もどきを捨ててなんぼなのよ」
「ふーん。貴方様は、なんのために、不安をなくそうと思われたのですか?なんのために、愛もどきを捨てようと思われたのですか?不安でいっぱいだからですか?」
ウノウにそう聞かれたサノーは、はっはっはっと大笑いして答えた。
「あのね、よくいるのよ。君みたいな質問してくるやつね。僕はね、そうやって、人の心を分かったようなふりをして打ち負かそうとしてくるやつが一番嫌いなわけ。その“感じ”はね、ある種の攻撃性を伴うんだけれど、大体そういうアプローチをしてくるやつって言うのは、自分というものがないのよ。自分がないから、人を糾弾することでしか自分の存在価値を見つけることができないの。いるんだよね、そういうやつ。わかる?」
「へぇー。ところで貴方様は不安でいっぱいなんですかね?私の質問には答えたくないですかね?なんか、あれだな。可哀想だなぁ」
「どういう意味かな?」
「人に愛されない自分を守ることに必死と見える。だからそんなくだらない思考を推進するのでしょう?いいじゃないですか、人の考えなんか。それをわざわざ。あはははは。でもそれでいいと思いますよ。みんなそうですからね。誰もが不安とともに生きているのですから」
「子供じみた発想だな。僕はね、“不安”というのは、未来を想像することで生まれる概念だと思ってるのね。つまり、“今”に焦点を当てて生きていれば、未来なんて見る余裕あるわけがないの。それなのに、みんな欲張って未来を見過ぎるから、“今”が疎かになって不安になるの。そりゃそうだよね。焦点を“今”に当ててないんだもん」
「そうですか。未来は“今”にしか見ることができないのにですか?」
「んー確かに“今”にしか未来を感じることはできないかもしれない。未来という概念は、今が生み出すものだからね。だからね、つまりね、そうすると、今のことはいつ考えるの?って話になるよね。今のことはいつも過去の自分が考えてるの?って。そうではないよね。“今”は、今と未来のことを同時に考えてるの。時にはそこに“過去”も混ざってくる。それって、無駄だと思わない?だからね、今は今のことだけ考えればいいじゃないのよ、それで十分じゃない、っていうのが僕の考えなわけ。」
「でも、例えば、昨日考えてた今日と、今日考えてる今日は、同じではないですよね。昨日考えていた今日は“予想”“予測”で、今日考えてる今日は“判断”とか“実感”ですよね。それって、同じ今日という日を思っていても、全く別の意味を持つんじゃないですかね?昨日考えていた今日も、私は無駄と言い切るには難しいと思いますけど。もし無駄だとお思いになるなら、それは貴方様の思考が悪いのではないですか?ひねくれてるというか、偏屈というか、おっかなびっくり生きているというか。だから未来を想像する時、大した想像力も持てないんじゃない?死にたくないよぉ、怖いよぉ、みたいなね。あはははは。未来を考えると、不安で死にたくなっちゃうから、死なないために今を生きざるを得ない。そんな感じではないです?」
「君は子供すぎて話ができないな。死ぬだ生きるだの問題ではまるでないのね」
「まあそりゃあね、どうせ死にますからね。あ、もしかして、生きたいってことの裏返しですか?」
「だからそうじゃなくて」
「不安です?」
「は?」
「死ぬの、不安です?」
「あのね。ふぅー。君ね、大人の話をさせてもらいたいんだよ僕は。死ぬ、って発想は、もうね、陳腐なの。陳腐。分かる?」
「そうでしょうか。私にとって死ぬってことは、一大事ですよ。だからこそ、私は貴方様がここで死んでくだされば、信じられるんです。ああ、本当に貴方様は不安という概念を捨てたかたなんだ、って、私は信じられるんですよ」
「今ここで?」
「そうです」
「それはあまりにも極端だと僕は思うが」
「私が貴方様を殺しても別にいいんです。ただしそれは“今”だけを考えれば、の話ですね。私は、“未来”も考えますんでね、ああ、のちのち困るからやめよう、と思うんですよ。おっと、話がズレましたね。そもそも別に殺したいとも思っていませんし。だから、ちょっと証明してもらえません?」
「君のために死んで見せろと?」
「私のためにではありません。無論貴方様のためでもありませんがね。あれ?あれれ?“~のために”っていうのは、愛情の切れっぱしの言葉ではありませんか?あはははは。可笑しいなぁ。やっぱり貴方様には、愛があるのではないですか?本当は愛があって、その作用として生まれる概念“不安”も、やっぱりあるのでしょ?つまり、不安があるということは、それを派生させた母体、貴方様の言う根源ですか?その詰まる所、愛を認めることになる。言い換えれば、貴方様にとってそれは不安の種だ。愛が種なら不安は芽。貴方様は臆病だから、芽を摘むだけではまさに“不安”で、種から根こそぎ捨てるでもしない限り、その不安を打ち消すことができないのでしょう」
「ちょっと待て!君はなにが言いたいんだ。僕の粗探しをして、吊るし上げたいのか?」
「吊るし上げられるのは不安です?」
「違う!君の真意を知りたいだけだ!」
「なんのために?」
「なんのためにとはなんだ!?」
「なんのために、私の真意を知りたいのですか?」
「それはだな、えーと」
「不安だから?」
「ん?」
「吊るし上げられる、っていう不安を取り除きたいから」
「違う!」
「可笑しい!可笑しい!なるほど、真意=種=愛、というわけですね。貴方様は、私の真意に“愛”があるとでもお思いですか?真意を話せば不安が解消される?私の真意に“愛”があると、期待しておられるのですか?可笑しい!可笑しい!」
「違うと言っているだろう!!」
「ま、どちらでもいいです。ところで、お返事を聞かせていただけませんか?」
「なんの返事だ」
「私を愛していただけるのかどうかです」
「馬鹿者!この期に及んで何を言う!愛されたいなら、それなりの態度を示してから言え!」
「何故です?」
「何故??」
「何故、無償では愛してくれないのです?何故、見返りを求めるのです?貴方様は欲だらけでみっともないなぁ」
「みっともないのはお前だ!常識もない!頭も悪い!子供じみた言葉で挑発する!その上、無償の愛を求めるとは強欲にもほどがある!そんなお前を、どうしたら愛せるというのだ。おい。愛されたいなら努力しろ。それが常識だ!モラルだ!」
「常識、モラル、欲、努力、無償の愛。どれもこれも、人間が不安を取り除くために作ったただの理屈だ。あるがままでは、愛されないのですか?」
「当たり前だろう!」
「そうかぁ。何故だろう。貴女様は、何故常識に捉われるのです?愛されたいからではないのですか?」
「いや、そうではない。それは上手く生きていくための処世術に過ぎない。持ち合わせておいて損はないからね。しかし、理屈に屈しているのは事実だ。でもだ、履き違えちゃいけないよ。愛されたいなどと、いい大人が思うものか。仮に、万が一思っても、そんなことは口にしないのが大人ってものよ」
「上手く生きていく?上手く?上手く、かぁ。それは面白いのかなぁ。そうかなぁ。そうなのかなぁ。」
「そういうもんなんだ!」
「なんか、オトナオトナって、うるさいですよねー。でもまあ貴方様が愛されようが愛されなかろうが、不安だろうが不安じゃなかろうが、正直言うと私はどうでもいいんです。ただ、私を愛して欲しいんですけれど、ダメですか?ねぇ、ダメ?」
「あのね、理屈で人を愛せるものじゃないのよ」
「めんどくさいなぁ。愛について語っちゃってんじゃん。愛って概念を否定した矢先だよ?」
「君のどこを愛せばいいのか僕にはわからないね。だったら何故君は愛されたい?それを聞かせてくれよ」
「愛されたいと思うのは、変です?愛されないから余計に愛されたい。初めて会ったあなたにお願いするくらい、愛されたいと必死に願う。切実ですよー。変ですか?私は当たり前のことだと思いますけど」
「あのね、愛されたいならね、それなりの人間性を持ちなさいって言ってるの。例えばね、君がお腹を空かせた時に、目の前にパン屋があるとしよう。君はパン屋の店主に“お腹が空いたからパンをくれ”と言う。店主は君が選んだパンの代金を君に伝える。そうすると君は“お腹空いてるんでパンが食べたいんですけど、お金を払わないといけないのは何故です?”、そう言ってるようなものだ。パンが食いたきゃ金を払え。そう思うのが店主の当たり前の感情だろ?」
「そうでしょうか」
「そりゃそうだろう!」
「私なら、お腹を空かせてる客が来たら、パンをくれてやればいいと思いますがね」
「あのね、そんなことしてたらパン屋は潰れるのね。それで店主の食い扶持がなくなって野垂れ死にしたらどうする。君は責任が取れるのか?」
「いやいや、それは店主が選んだ道ですからね、私が責任を取るだうんぬんではないですよ」
「それじゃあ店主があんまりじゃないか!もうだめだ!時間の無駄だ!君とは話ができない!」
「これだけ私と向き合って話してくれてるのによく言うよ。自分のことも、自分の思考も、貴方様は愛してるんですよ。だからパン屋の店主の不安も汲み取る。優しいなぁ」
「わかった!わかったよ!認めるよ!僕には自己愛はある!自己愛を守るために、他のものは捨てた!はいはい、それでいいです」
「だからー。私のこともなんとか愛してくださいよ」
「まったくもって君は馬鹿か!君みたいな人間をどうしたら愛せるって言うんだ?」
ウノウは、迷わず答えた。
「不安をなくせばいいんですよ」

それから数年。
ウノウの前に、一人の女が現れた。
ソソカという名の女は「他人に期待しない女」だった。
女は、本音でしか話せない男ウノウを愛した。
ウノウも、ソソカを愛した。
ウノウは恋をして、変わった。
本音の合間に、嘘を挟むようになった。
言わなくてもいいことがある、ということを覚えたりもした。
何年もかけて、初めて知るウノウなりの“上手く生きていく”方法だった。

上手く生きようとするのはやっぱり面白いものではなかった。
それでもウノウは、大切なものを失わないために、それを選んだ。

ウノウはよく「なんで私を愛そうと思ったのですか?」とソソカに聞いた。
ソソカは決まって「理屈じゃないわ」と答えた。
ソソカは本当に、期待しない女だったから。
しかしウノウは違かった。
ウノウは、ソソカに期待して欲しかった。
「ねぇ、ソソカは私を愛してるというけれど、私は時々思うんです。期待されていないということは、愛されていないのとほぼ同じなのではないかと」
「そんなことありませんわ。ソソカはあなたを愛しています。あなたがソソカに何かをしてくださるだなんて望んだりしません。ソソカは今、あなたを愛している、それだけでいいじゃありませんか」
「そうかなぁ。不安になったりしないんですか?」
「なにがです?」
「私の真意を知りたいと思ったりしないですか?自分をどう思ってるのかしら、とか、他の女と結婚したらどうしよう、とか」
「何故?」
「何故って…」
「あなたの真意なんて関係ありませんの。ソソカがあなたを好き。それだけですわ」
「うん。でも」
「あなたはいつだったか、どうやら不安というのは愛の作用らしいですよ、とソソカにおっしゃいましたね。だから、不安のない愛を疑ってしまわれるのでしょう」
「ああ。そうか。そうなのかもしれません」
ウノウは、“本音でしか話せない男”を一生懸命装った。

幾年もの年月が過ぎた。
二人はずっと、一緒に生きた。
ある午後。
すっかり年老いたウノウは、ベッドに横たわっていた。
ウノウが皺だらけの手をベッドのふちから差し出すと、やはり皺だらけになったソソカの手が、それを受け止め、握りしめた。
「ソソカ。君は、私と生きたことを後悔していませんか」
「後悔などするもんですか。ソソカは幸せですよ」
「ありがとう。私は、ソソカに何をしてあげられたのかな。ソソカは本当に、私になにも期待しませんでしたね?」
「なにをしてもらいたいなど、そんな欲はございません。私は、あの頃から今この瞬間まで、一度もあなたに何かを期待したりしなかった。それが、本当の愛で、あなたの求める愛でしょう?」
ウノウは少し寂しげに笑った。
「ああ、そうだったね。ねえソソカ」
「なんです?」
「期待されないというのは、少し寂しいね」
「まあ!可笑しいわ。あはははは。変なことおっしゃらないで。そんなこと言われても、私にはよくわからないわ」

ウノウはソソカに出会って恋をしてから、ずっと寂しかった。
ソソカはウノウが自分にしている期待に、最後まで気づかなかった。
「いつか、ソソカに期待してもらえるはずだ」
心のどこかで、ウノウはずっとずっと、そう期待していた。

ソソカは、本当に期待しない女だった。
「あなた。ソソカは期待などしません。期待は本当の本当の愛ではありませんもの。ええ。あなたに期待など致しません。だからソソカは、“あなたにずっと生きていて欲しい”などと期待したりも致しませんでした。ただの一度もです。安心してくださいな。私は貫きます。それが私の愛ですから」
ソソカの心は、満足感でいっぱいだった。

かつて“不安を捨てた男”と呼ばれたサノーが、ウノウの元へと駆けつけた。
サノーは何十年も前のあの日、ウノウと別れたあと、自己愛について考えていた。
サノーは「自分は、ただ愛されたかったんだ」ということにとっくに気がついていた。
ウノウと同じように、本当はただ、自分を自分が愛すように、誰かに自分を愛してほしかった。
自分の価値観を、誰かに認めてほしかった。
本能的に生きられないサノーは、理屈で全てを封じ込め生きていた。
それが、本能で生きているウノウに会って壊された。
あの時、サノーはウノウに会って、安心したのだ。
自分の愛す自分、この価値観を認めろと。
不安だっていいじゃないか、と。
どこかでそんなニュアンスを感じとっていたのだ。
ウノウはサノーとは違って、取り繕ったり、いかにも正論らしい理屈で思考を閉じ込めたりしなかった。
サノーは、ウノウの不器用さを少し羨ましく思った。
あの日からしばらく経って、いつしかサノーは不安を受け止めるようになった。
「いい大人が、馬鹿らしい」と自分を揶揄しながら、そんな自分の本能を受け入れた。
「不安でいい。」
その肯定こそが、不安を捨てる一番の近道なのだと知った。
あの対談も、結局“面白くない”という理由でボツになったが、サノーにとってはとても面白く、意味のある出会いだった。

サノーがウノウに会うのはあの日以来。
サノーはウノウの家で初めてソソカと会った。
ソソカに促され家の中に通されたサノーは、ウノウの姿を見るなり、おんおんと泣き出した。そうして、
「ウノウ。僕は君と、もう一度やり合いたいよ。酒の一杯でも飲もうよ。頼むよ。ウノウ、僕は不安だよ。君がいないこの世界は、不安だよ」
とすがりつくようにしてウノウを抱きしめた。
ウノウはケラケラ笑いながら答えた。
「サノーさん。ずいぶん久しぶりじゃないですか。しかしその口ぶりはなんです?まるで私が今すぐにでも死ぬかのようだ。私はまだ死んでませんよ。あはははは。死んでから泣いてくださいよ。不安も愛も捨てた貴女様には涙はなんだか不似合いだ」
サノーは、そうか、そうか、と涙を拭いながら言った。
「ごめん。ごめんよ。ウノウ君、僕はね、もうすっかり変わってしまったよ。あの日君は“ありのままでは愛されないのか”と僕に聞いたね。僕はね、ありのままの君を見たあの日、本当に不快な思いをした。でも、少しね、自分を許せた気がしたんだ。君はこう言いたかったんだろ?“不安だっていいじゃない”って。あれからずいぶん経って、僕はね、変わったよ。いいのか悪いのか、変わってしまった。だけど僕は、こんな自分をも愛しているよ。可笑しいよ。あの日から、時々君のことを思い出すんだ。ウノウ、どうやら僕は、自分のことも君のことも、とても大切で、大好きなようだ」
ウノウはまたケラケラ笑って言った。
「私も、変わりました。変わる、ということも、あるがままの一つですね。だけど、私、少しそんな自分がイヤだな」
「どうしてだい?」
「貴女様が、私の命に不安を抱いてくれてることが、嬉しいんです。それなのに、一方では、貴女様に自分のせいで不安を与えてしまっていることが苦しいんです。だけどやっぱりどうしても嬉しくて、ほら、涙が出てきました」
「いい大人が二人して泣いてるなんて、なんだか子供じみているぞ。どうしようもないな、僕たちは」
「ほんとです。僕たちは、どうしようもない子供ですね」
そう言って、二人は泣いて笑った。

二人の姿を、眉間に皺を寄せて見ていた一人の女。
無論ソソカである。
ソソカは、無垢に笑い、泣いている二人の姿を目の当たりにしても、決して心を動かされたりしなかった。
むしろその目は蔑みの影を含み、
「まあ、はしたない。期待って、つくづくみっともないわ」
とでも言うようだった。


ブレない強さが鈍感さに変わる前に。
ブレて揺れて震えてなんぼ。
それでいい。
心臓ドクドク。
心もね。
ブレブレ、ヨロヨロ、フラフラ、ズキズキ、ザワザワ、イライラ、ドキドキ、ブルブル、シクシク、ビクビク
エンジン音なら選び放題
ワクワク、ウキウキ
そんなのもある
ナデナデ、ヨシヨシ
は贈り物用
いずれにしたって振動は必要
エンジンかけなきゃ進まない。


おわり

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