2011-07-06 12:06:03

「日本秘境交通」・・・輪島港から舳倉島への定期船・へぐら航路

テーマ:舳倉島
「線路の端の、その先へ 日本秘境交通 マボロシ紀行」(発行:辰巳出版社、編著:全国秘境を旅する会)というムック本が発行されました。

輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-日本秘境交通

「列車の末端に人しれず残るパラレルワールドへ」ということで、交通絶滅危惧種を集めました、というコンセプト。

1部は鉄道編、2部はバス編、3部は航路その他の秘境編。

この3部に、石川県輪島市から舳倉島へ行く定期船「へぐら航路 ニューへぐら」が登場してます。

輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-ニューへぐら

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輪島港から舳倉島へのフェリーは1日にわずか1本だけ。人口わずか160人の小さな離島には、商店も自動販売機もない。
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と書かれています。(注:自動販売機は港の近くに設置されています)

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今も多くの住民が海士(海女)を生業として暮らしているという舳倉島の集落は、港のある東南部に集中している。
(略)
浮き世と隔絶されたような生活がいまだ残されている舳倉島は文字通り「現代の孤島」といえるのではないだろうか。
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と紹介されています。

そして、海女さんの写真も・・・・。

輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-海女さん

この写真、私のブログを以前からご覧になっている方は、見たことがある写真かも。

そう、編集者さんから、私のブログに載っている海女さんの写真がほしいということで連絡があり、ご協力させていただいたんです。

ちゃんと、巻末に「写真・資料提供者/協力者一覧」として、「橋本三奈子」の名前を出していただきました。

輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-協力者

この海女さん写真は、もちろん、デジカメのズームアップ機能を使っていますが、こんなに近くから、ベストショットを撮れたのは、船を出して海女漁の近くまで行ってくださった「民宿つかさ」のご主人のご協力あってのことでした。

でも、残念ながら、この舳倉島のページは、白黒ページ。

もし、カラーで海女さんの写真や、舳倉島の写真を見てみたいな、という方は、今、話題(?)の「facebook」の「わじまの海塩」ファンページのアルバムに載せていますので、ぜひ、ご覧になってみてください。

「わじまの海塩ファンページ」はこちら → 

ついでに、「わじまの海塩」ファンページの左側メニューにある「いいね!」をクリックしてください!

そして・・・、この夏の旅行先に、能登半島はいかがですか?7月、8月の土日は、能登のどこかで、キリコ祭りが開かれていますよ。

能登半島広域観光協会のホームページ:
URL: http://www.notohantou.com/

キリコ祭りのスケジュール:
URL: http://www.notohantou.com/image/event/kiriko.pdf
2011-05-28 12:06:03

能登空港で見つけた日本地図

テーマ:舳倉島
先週、石川県の能登・輪島に行ってきたんです。

能登空港で見つけた珍しい日本地図です。

輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-地図

普通の日本地図は北が上になるので、北海道が上、九州が下に位置していますが、これは、東の東京あたりを上にしたような位置の地図です。

真ん中が日本海で、読みにくいですが、「能登空港」と太字で書いてある矢印の先が能登半島。

この角度で見ると、昔、文化の進んでいた朝鮮半島から、海路で日本に文化や技術が伝わった道筋がとてもわかりやすいと思いませんか?

島根県の出雲に、神の集まる出雲大社があったり、因幡の白うさぎのような神話が残されていたり、能登半島では弥生時代から塩作りの技術があったり・・・。

日本海というのは、まるで瀬戸内海のような内海だったわけですね。

江戸時代から専売公社の塩になるまで、日本の塩の産地として、能登と瀬戸内海は有名でした。

普通の日本地図を見ているだけでは、両者はかけ離れた感じがしますが、、こうして見ると、共通点もわかる気がします。

そして、この地図の真ん中の海は、ロシアの大河・アムール河(全長約4,444km)から始まるリマン海流という寒流と、中国大陸の大河・黄河(全長約5,464km)から始まる対馬海流という暖流が、能登半島から50km沖の舳倉島(へぐらじま)あたりで、ぶつかり混じり合うという地形、海流。

川の河口は、海水に鉄分などが多く、牡蠣や海藻がよく育つと言われていますが、日本一長い川が367kmの信濃川であるということと比べれば、日本海は、10倍以上スケールの大きな大河の河口とも言えるわけです。

世界的に見ても、漁場として恵まれているということが理解できます。

「わじまの海塩」は、そんな位置の海水を原料としているんですよ。

2010-10-13 12:06:03

舳倉島は世界有数の渡り鳥の交差点 by『舳倉島・七ツ島からの手紙』

テーマ:舳倉島

COP10(「生物多様性条約約10回締約国会議」)が、先日2010年10月11日から日本の名古屋市で開催されていますね。


多様な生き物や生息環境を守り、その恵みを将来にわたって保つため、国家間で協力しあうことを目的にした会議です。


「わじまの海塩」の原料となる海水を取水している、石川県輪島市の「舳倉島」は、多様な生き物の生息地として、日本の中でも代表的な場所になっているんですよ。


先日もご紹介した「舳倉島・七ツ島からの手紙」(舳倉島・七ツ島自然環境調査団、北國新聞社発行・2010年8月)から、今日は渡り鳥についてご紹介しますね。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-舳倉島・七ツ島からの手紙

舳倉島は世界有数の渡り鳥の交差点と言われています。 渡り鳥の季節には、大きな望遠鏡付きのカメラを持ったバードウォッチャーさんがたくさん舳倉島を訪れています。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-p46


舳倉島では、2009年までに361種の野鳥が確認されています。日本では、約590種の野鳥が確認されているそうですが、その半分以上の61%を舳倉島が占めているというわけです。


面積約1km²の狭い島で、これだけ多くの野鳥が確認される場所は、日本では他に類を見ないということです。すごいですよね。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-p9


「ちょっとしたら世界的にも上位ランクに位置するバードウォッチングスポットかもしれない。国際交流の拠点に・・・」というのが英国からきたバードウォッチャーの提言だそうです。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-p47


以下、本から引用します。

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寒冷地、熱帯に生息する野鳥、水辺(海洋、岩礁、海岸、湖、池、川)や、山野(荒地、草原、畑、集落、林、森)の野鳥など、あらゆる生活環境の野鳥が観察されている。


大きい鳥や小さい鳥、動物食(鳥、魚、虫)や植物食(草木の実、海藻)の鳥、いろいろな色の鳥、渡り鳥と留鳥など、舳倉島は「あらゆる野鳥が行き交う交差点」といっても過言ではなくい。


日本の渡り鳥として分類される鳥のほとんどが舳倉島で観察されている。


大きい鳥はアネハヅル、コハクチョウで、重さは7~10キロある。一方、小さい鳥の代表はキクイタダキ、カラフトムシクイで4グラム台である。これは10円玉1枚分の重さである。


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舳倉島は、周囲約5km、面積1.04km²、標高約13mの小さな島。そこで深い山の鳥を代表とするアカショウビンと、海の鳥のウミネコ、ウミウとを同時に見ることができるのも、舳倉島ならではの醍醐味だそうです。

輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-p48


掲載されている生息地別の表を見ると、ヨーロッパ系、北アメリカ系、シベリア・モンゴル・中国北東部系、東南アジア系、中国大陸中央を南北に渡るコース系などからの渡り鳥が確認されていることがわかります。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-p49


珍鳥の宝庫ですね。この環境を大事にしていかなければと思います。

2010-10-10 12:06:03

「ナホトカ号重油流出事件のその後」…「舳倉島・七ツ島からの手紙」より

テーマ:舳倉島

御茶ノ水のスケッチ会、アートバザール、今日もやっています。

やっと雨も上がってきたようでホッとしています。


さて今日は違う話題を。


輪島市の中道肇氏から、「舳倉島・七ツ島からの手紙」(2010年8月・北國新聞社発行)という本を送ってもらいました。B5判・オールカラーの本です。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-舳倉島・七ツ島からの手紙

「舳倉島・七ツ島自然環境調査団」編で、団長は、金沢大学・金沢学院大学名誉教授の藤則雄先生。


地質・気象・漂流物、魚介類・海藻、野鳥、動物、昆虫、植物、考古など各分野の専門の先生方が調査団のメンバになっています。


輪島沖に浮かぶ二つの離島「舳倉島(へぐらじま)」と「七つ島(ななつじま)」の自然環境について、北國新聞社が2008(平成20)年から2年余りをかけて実施した自然環境調査団の成果や、豊かに息づく動植物、魚介類、昆虫類の姿が収められています。


「舳倉島(へぐらじま)」は「わじまの海塩」の原料の海水を取水している場所。
「七つ島(ななつじま)」は「わじまの水塩」の原料の海水を取水している場所。
中道肇の生まれ育った島々です。


どのページもとても興味深いものなのですが、その中で特に興味深かった内容をご紹介します。


「重油流出事故のその後」という項目です。


1997年1月、ロシア船籍タンカーの「ナホトカ号」が島根県隠岐島沖で座礁し、へし折れた船首部分が福井県三国海岸に漂着したという事件を覚えていらっしゃいますでしょうか?


船首部分からは、大量の真っ黒な重油が海岸に漏れ出し、流れ出た重油は能登半島の西側一帯の海岸に漂着しました。


私も、「ナホトカ号」という名前や、テレビニュースで、地域の住民や、のボランティアたちの皆さんが、柄杓(ひしゃく)とバケツで油の除去をしている作業が映ったのを覚えています。


その重油流出事故の直後の2,3月、北國新聞社と金沢大学で、舳倉島と七ツ島の環境調査を行ったときには、油膜は海面を帯状になって漂い、海藻やごみを含んだ塊が海岸に押し寄せていたそうです。


七ツ島の一つに船で上陸してみると、大量の重油が大きな岩の間に漂着し、岩の表面の海藻が黒く覆われるという惨状が広がっていたそうです。

さて、それからその重油はどうなったでしょう?この本に書かれていました。引用してご紹介します。

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流出事件から11年経った2008年5月、今回の自然環境調査で舳倉島、七ツ島(荒三子島、御厨島)で重油汚染のその後を調べた。


埋められた油、大きな火山灰や溶岩、コンクリートの表面にへばりついた油は11年経っても黒く残っている。


ところが、本来の重油が持つ異臭や粘着性がない。手でも容易にはがれるほどである。


黒い部分を持ち帰り、電子顕微鏡で観察したところ、重油は「ろう」の一種である無害なパラフィンに変わっていた。


パラフィンには球菌、杆菌、糸状菌の「石油分解細菌」がぎっしりと詰まっていた。


つまり、重油が石油分解細菌の働きによって無害なパラフィンに変化していたのである。


自然の浄化力に驚かされるばかりである。

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海水の中に生きる石油分解細菌・・・。自然の力は本当にすごいですね。


「日本海すごいっ!!」と思ってしまいました。


この石油分解細菌の力は、いろいろな分野に応用ができるのではないかなと思いました。

2010-07-29 12:07:03

塩士・中道肇が12才で無人島暮らしをしたワケ

テーマ:舳倉島

中道肇が中学1年の夏に、お両親からのお仕置きで、島流し(?)され、1ヶ月無人島ぐらしをした、ということを
ちらりとご紹介しました。


いったい何をやらかしたのでしょうか?


海女さんのお母さんと、漁師のお父さんという家で生まれそだった中道肇。


普通の海女さん一家と同様に、舳倉島(へぐらじま)と輪島市と、家は2軒あり、夏には、舳倉島(へぐらじま)で暮らし、冬になると、輪島市で暮らしていたということです。


島育ちのため、力も強く、相撲大会では負けたことがないという、わんぱくなガキ大将だったそうです。そして、いろんなアイデアを考えついていたのは、子供時代から。


風呂敷をマントにして、空をとぼうと、屋根から飛び降りて、骨折したり、というようなことは日常茶飯事だったそうです。


あるとき、海の中を潜るのに、顔にバケツをかぶれば、息ができるから大丈夫と考え、嫌がる友達を引き連れて、足に重しをつけて、バケツをかぶって、海に潜って、海の底を探検したのだそうです。


はじめのうちは、息ができたそうなんですよ。


でも、そのうち、バケツの中が吐いた息の二酸化炭素だけになり、苦しくなり、でも、足には重しがついているので、浮き上がれず・・・


・・・ということで、命がけに。


なんとか助かったそうですが、友達の親からクレームがきて、お母さんは平謝り。


この調子では、夏の忙しい海女漁の季節に、この子をほっておくと大変なことになるから、と、無人島の七ツ島に、友達と二人、送り込まれてしまったそうです。


それがこの島。



輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-七ツ島

七つ島。輪島市から20キロ沖。輪島市と舳倉島の真ん中付近にあります。


マッチと米と味噌だけ持たされて、1ヶ月、魚を採って、海藻を食べて、暮らしていたそうです。


「塩」を持っていかなかったのかって? 


塩は、岩場の上に、自然にできたものがあったそうです。まさに天然に海水が蒸発してできた塩。


中道いわく「タコをとって、焼いて、岩についている塩をつけて食べたのがうまかったな~」だそうです。(中道の体験すべてが、今の塩作りへの道になっていますね)


無人島といっても、夏の間は、お母さんの仲間の海女さん達が、海女漁のために船を寄せるので、共同体で、誰かが毎日かならず、生存確認してくれていたそうです。お母さんはそれも見越して、息子を島流ししたのでしょうね。


中道は、船が来たら、海女さんが目を離しているスキに、島から脱出しようと船の中に隠れこんでいたそうですが・・・、賢いお母さんは、さらにうわてです。


海女さん仲間には、お母さんから「船の中に隠れるに違いないから、帰りにはチェックしてつまみ出してくださいね」と厳重に頼んでいたそうで、何度も、船の中に隠れていたのを見つかっては、追い出されたそうです。


・・・・


こんなのどかな話を聞くと、ずいぶんおじいさんの話のように感じますが、中道肇は1957年生まれ。


昭和の時代というのは、本当に、高度成長期だったのですね。

2010-07-25 12:07:03

舳倉島(へぐらじま)の海女さんとアワビ

テーマ:舳倉島

北陸放送(MRO)のニュースで放映された「わじまの海塩」の紹介・「一流シェフが注目する舳倉島(へぐらじま)の調味料」はYoutubeで見られます。

こちら: http://www.youtube.com/watch?v=JJ43u7qXMWI


さて、もう少し、「わじまの海塩」の故郷・舳倉島の話題を続けます。


今回、取水船に乗っていて時間がなかったのと、海女さんが遠くの沖で潜っていたので、海女さんの写真が撮れませんでした。


去年の8月に、一人で舳倉島に行ったときには、民宿「つかさ」のご主人のご好意で、釣りのお客さんを小船で釣りポイントまで送るときに一緒に同船させてもらい、その帰りに、海女さんの近くまで寄っていただいたんです。


それで、とても貴重な海女さん写真が撮れました。


海女さんが使う道具として、たらい、浮き輪、命綱という方法があり、それを3種類、撮影できました。


このとき撮った写真を4枚組み合わせて、「わじまの海塩」のチラシに使っています。これです。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-チラシ用海女さん写真
                                       (2010年8月撮影)


これらの写真が乗っているので、去年のブログになりますが、ぜひこちらをご覧ください。
http://ameblo.jp/wajimanokaien/entry-10326560812.html


海女さんは、決められた時間になると、一斉に漁をやめ、漁協に採ってきたサザエやアワビを持ってきます。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-舳倉島のアワビ
                                   (2009年8月撮影)


大きなアワビでしょう?


この漁協のシーンは、こちらの記事です。
http://ameblo.jp/wajimanokaien/entry-10326569859.html


海女さんが素潜りでこんな大きなアワビを採るような輪島沖の海、その清浄で滋味あふれる海水が「わじまの海塩」の原料になっているのです。


2010-07-23 12:07:03

奥田政行シェフと塩士・中道肇・・・舳倉島での取材の様子

テーマ:舳倉島

今回、小学館で年2回発行されている「美食サライ」の取材でした。料理雑誌「サライ」の別冊です。山形のアル・ケッチァーノの奥田政行シェフが全国の製塩所を訪ねていく、という企画。


今、発行されている「美食サライ」には、第一回で沖縄県の製塩所が紹介されています。第二回が能登ということ。奥田シェフのたっての希望で「わじまの海塩」の製塩所を、ということだったそうです。


そして、舳倉島まで奥田シェフがいらっしゃるということで、地元のテレビ局・北陸放送(MRO)さんとのタイアップ取材となり、総勢・11人となりました。


この雑誌の取材は1ヶ月半ほど前から決まっていたのですが、直前に「日経プラスワン」の「ご当地調味料ランキング」にランクイン。塩の中では、日本一となった「わじまの海塩」。


日経新聞のおかげで、全国の製塩所の一つという位置づけだったのが、日本一の塩の製塩所、日本一の塩の塩士という位置づけになりました。(タイミング運に恵まれている私です。) 


取材の方も、いい写真、いい映像を映そうと、熱が入ります。


その取材の様子を私が撮ったメイキング画像をご紹介します。


昼食後、島から2km沖の取水ポイントまで、中道さんの運転で、「宝丸」という船に乗って連れていってもらいました。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-取水ポイント

本来は、船を走らせながらポンプを使って取水します。そうすると、流れがあるので、ゴミなどが入りにくいのです。


この取水ポイントは、60mの水深で、下は砂地です。

海の表面も、海底も、ゴミや舞い上がる砂などがあるので、一番、海水が安定している真ん中の30mのあたりの海水を汲んでいます。


・・・中道さんが、皆さんに、そんな説明をしているところです。


穏やかなように見えても、小さい波があり、船は、かなり揺れていました。メモを取りながら聞いていたライターさんは、途中で船酔い。「すみません、もうダメです」と。ハードですね。



こちらは、帰りの船の上で、奥田シェフと中道肇の対談の様子をカメラマンさんが狙います。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-船の上

そして、輪島に戻って、海をバックに、塩のアップの写真をとるテレビ局のカメラマンさん。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-輪島鴨ヶ浦


取材の最後に、中道肇の奥様も一緒に記念撮影。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-奥田政行シェフと


私の名前は「三奈子」ですが、中道さんの奥様も「美奈子」さんというお名前なんですよ、Wミナコなんです。


奥田シェフや皆様は、この後、金沢へ行って、雑誌の撮影のため、「わじまの海塩」を使った料理の撮影をなさったそうです。


お疲れ様でした。

2010-07-22 12:07:03

舳倉島の民宿「つかさ」の昼定食

テーマ:舳倉島

舳倉島には、民宿が2軒あります。その一つが民宿「つかさ」。


舳倉島には売店がないので、お昼は自分で確保しておかないと食べ損ねます。予約すれば、民宿「つかさ」で、お昼の定食が食べられます。


ご主人が漁師で、女将さんは海女です。海の幸です。


サザエの壺焼き、もずく、塩辛・・・


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-民宿つかさの定食


焼き魚。かさごでしょうか。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-かさご


こちらのご主人は、実は、中道肇のご親戚。舳倉島にある製塩所では、普段は、こちらのご主人が作業をしているんです。


今回、私達が行ったときには、カゼでダウンということで、お会いできませんでした。



「民宿つかさ」のプロフィール:


住所;石川県輪島市海士町舳倉島
電話:0768-22-8713
1泊2食付 5800円~

2010-07-22 10:07:03

わじまの海塩の故郷・石川県輪島沖にある舳倉島(へぐらじま)の景色

テーマ:舳倉島

昨日、東京に帰ってきました。ここしばらく、皆様のブログの訪問もできず、ペタをお返しすることもできずに、申し訳ありません。


さて、何から報告したらよいでしょう。昨日の夕方の北陸放送のニュースでは、私はもう見られませんでしたが、中道さんの電話によると、かなりいい内容だったそうです。


こちらについては、DVDに焼いて送ってもらうことになっているので、それを見てからまた報告します。


まず、「わじまの海塩」の原料である海水を取水している島・舳倉島(へぐらじま)の紹介から。


石川県輪島市から50km沖合にある舳倉島(へぐらじま)。


冬にも住んでいらっしゃる方は60名ぐらいですが、夏には100~200名ほどの海女さんがアワビやサザエや海藻を採っているという島です。


車は走っていません。売店も1軒もありません。


春と秋には、野鳥の会の方々が、大きな望遠レンズのついたカメラを持ってバードウォチングにいらっしゃるという島です。

舳倉島は、薄べったい島です。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-舳倉島


桟橋に着きました。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-桟橋

舳倉島で一番高い水道タワーから見た景色をご紹介します。


これは、竜神の池。この中は真水だそうです。昔、竜が住んでいたうです。その竜の正体は、トドだったそうです。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-竜神の池


こちらはお墓。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-お墓

灯台とヘリポート。救命ヘリが金沢からやって来るところです。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-灯台

港と逆側の海。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-海


港。乗ってきた定期船が停まっているのが見えます。


輪島の塩に魅せられて大手IT企業を飛び出した女社長の奮闘記-舳倉港


きれいな、穏やかな島です。ため息が出ます。


小さな島から見える海なのですが、海の色が何色もありますね。



2010-07-20 19:07:21

舳倉島にて

テーマ:舳倉島
わじまの海塩の海水取水地の舳倉島(へぐらじま)にて。

携帯で撮った写真だけアップします。

取水に行く「宝丸」で取水ポイントへ。

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中道肇。

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中道肇を取材する方々。小学館様、それにMRO(北陸放送)のテレビ局様。

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海女さんがとってきたサザエ。海女さんが潜っているところの写真はとれませんでした。

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舳倉島の高台・水道タワーからの写真。

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輪島に帰る船の上で。山形アルケッチァーノの奥田シェフと中道さん。

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日焼けとやぶ蚊対策で長袖を着ていたので、体中から汗が出ていきました。

輪島に戻って、温泉に入って、今、ビール。
染み渡ります。


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