働きながら断薬

ベンゾジアゼピン及びSSRI断薬の記録。


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ベンゾジアゼピン離脱成功と宣言したい。
昨年10月、うつで休職を機に一発断薬を試み失敗し、本年1月より再度減薬を開始し成功した。レキソタンを14年間のうちかなりの期間1日15ミリ服用した私が成功したのだから、多くの方が成功するのではないかと思う。ちなみにレキソタン15ミリは、ジアゼパム換算でデパス9ミリに相当する量であり、多量である。また、某掲示板等では、ベンゾジアゼピン離脱に一回失敗すると、キンドリングが出て、二回目の離脱成功の確率が低くなる、などとまことしやかに語られているが、キンドリングはベンゾジアゼピン離脱に当てはまらないのではないか。キンドリング理論が消えれば、ベンゾジアゼピン離脱で一度失敗したら終わりだから、何が何でも再服薬せず耐えるというような、無理をすることがなくなる。
ちなみに離脱成功を宣言したのは、ベンゾジアゼピンを完全に抜き10日経過したが、離脱症状における身体的症状(頭痛等)が現れないからである。精神的症状(朝涙が止まらない)は、あるものの、仕事を休まず行けている以上、問題としなくていいであろう。
wahikoは、今回(本年1月以降)減薬するにあたり、以下の点にこだわった。
まず、働きながら減薬することである。ここでいう、働くとは、日常生活を送る以上のレベルを維持したという意味である。うつの状態には、働けるレベル、日常生活ができるレベル、入院を要するレベルがあるが、働けるレベルを保ったということだ。要は、離脱症状で苦しむことなく、ベンゾジアゼピン離脱を行った。もちろん精神的症状には、多少苦しめられた。精神的症状の軽いレベル(ベンゾジアゼピンが切れてゾワゾワするする感)は、耐えるしかないと思い耐えた。もっとも、自殺を考えレベルの劇鬱発作は今回の減薬で経験しなかった。
次に、大体ベンゾジアゼピン離脱は、減薬以上に断薬後、苦しむことが多いが、十分減薬に時間をかければ、断薬後離脱症状が出ないことを証明したかった。現実、現在朝の涙が止まらない症状には、多少苦しめられているが、ドリンク剤を飲めば止まるレベル。その他、離脱症状らしきものは出ていない。
今回の離脱成功の鍵は、時間をかけたこと。もう一つは、身体的離脱症状が出たら、直ちに減薬をストップしたことの二つが挙げられるのではないかと思う。
まず、ベンゾジアゼピン離脱症状発現のメカニズムについては、私が考えるに、ベンゾジアゼピン長期服用により、脳がベンゾジアゼピンが存在する状態に慣れ、脳のある部分の機能が著しく低下する。そして、ベンゾジアゼピンの減薬を契機に、脳のある部分の機能が回復していない状態が顕在化し、離脱症状が発現すると考える。そして、その脳の機能は、ベンゾジアゼピンの濃度を少しづつ減らすことにより、脳がベンゾジアゼピンの濃度が減少していることに気付かず、かつその機能が回復すると考える。
このメカニズムで考えれば、私が一回目の断薬で行ったナルコノンシステムは否定されることになるだろう。ベンゾジアゼピンは脂溶性であり、運動をしたりサウナに入れば、脳内のベンゾジアゼピンが排出され、正常化されるというものだ。実際、サウナに入ったり、運動をしたりすると気持ちがよくなり、一見治った気がするが、所詮気持ちの問題のように思える。というのは、サウナに入った次の日、相変わらず離脱症状に苦しめられるからだ。
では離脱のメカニズムの仮説に基づき、行う治療法は、とにかく減薬に時間をかけることだ。アシュトンマニュアルは、二週間単位で漸減を進めるが、これは早すぎると感じる。多分二週間単位で漸減し成功するレベルの減薬なら、極論一発断薬でもなにも起きないのではないかと思う。私の場合、1日レキソタン15ミリ服用してきたが、2ミリまで減らして初めて離脱症状が出た。そして、一旦離脱症状が発現したら、最低一ヶ月単位の漸減に切り替え、少しづつ減らしていく。主治医は一ヶ月単位、離脱のための漢方薬を処方してもらった小児科医は二ヶ月単位、赤城高原ホスピタルの医師は三ヶ月単位の漸減を勧めた。離脱のあるステージで時間がかかると、ついやけになり、減薬を進めようとするが、そこが我慢のしどころ。いつかは回復することを信じてステイすればよいのではないかと思う。

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